2023年11月29日 (水)

国際決済銀行(BIS) による BIS Paper "Inflation and labour markets" やいかに?

先週11月24日に国際決済銀行(BIS)から BIS Paper "Inflation and labour markets" が公表されています。もちろん、pdfによる全文リポートもアップロードされています。公表はつい最近なのですが、このリポートの内容は今年2023年3月16-17日に開催された新興国中央銀行副総裁による国際会議 "Inflation and labour markets in the wake of the pandemic" の結果を取りまとめたものです。新興国の中央銀行副総裁による会議ですから我が国における注目は決して高くなかった上に、ロシアによるウクライナ侵攻という要素が薄かったもの注目度を上げなかった要因だろうという気がしますが、せんしんこくにくらべてた新興国のインフレにつてい、今回のコロナ禍における特徴をよく取りまとめているという気がします。まず、BISのサイトからペーパーの概要を引用すると以下の通りです。

Inflation shot up in both emerging market economies (EMEs) and advanced economies (AEs) in the wake of the Covid-19 pandemic. While labour market developments were not a key source of the surge, they could become important for the persistence of inflation and, thus, the path of disinflation. Despite this, there is comparatively little work on how labour market developments affect inflation in EMEs, quite in contrast to a substantial body of work in AEs. Instead, attention has mostly focused on other inflation drivers, for instance exchange rates. To fill this gap, the Bank for International Settlements dedicated its annual meeting of emerging market Deputy Governors to the topic of "Inflation and labour markets in the wake of the pandemic". The meeting was held in Basel 16-17 March 2023.
The current volume contains a background paper by BIS staff as well as contributions by the participating central banks. Using the responses to a survey of EME central banks, the BIS background paper analyses the structure of labour markets in EMEs, wage formation and the relationship between wages and inflation. While there are important parallels, there are also notable differences across countries, both within and between regions. For example, a few countries feature strong unions and collective bargaining, while these are mostly absent from others. Such parallels and differences are also apparent in the central bank contributions, which dig deeper into individual country cases.

この論文集にはアルファベット順で、アルゼンティン、ブラジル、チリ、中国、コロンビア、香港、など20か国の中央銀行副総裁がリポートを寄せています。その中で、p.85 から中国のリポート "Labour market and inflation: the case of China" に着目すると、日本と同じでフィリップス曲線が年を経るごとにフラットになっていくのが観察されています。

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上のフィリップス曲線のグラフはリポートから p.92 Graph 6 Relationship between China's inflation and growth を引用しています。明らかに年を経てフィリップス曲線がフラットに変化して行き、かつ、横軸であるy切片も小さくなっています。本来であれば、縦軸はGDP成長率ではなく、GDPギャップ、すなわち、統計から観察される実績GDPと潜在GDPの実績に対する比率、とすべきであろうと思いますが、第1次アプローチとしては実績の成長率でOKでしょう。おそらく、年を追ってフィリップス曲線の傾きがフラットになり、縦軸のy切片が小さくなってきているという意味で、同じことが多くの先進国、日本も含めての多くの国に当てはまっているのだろうと思います。加えて、このリポートで強調されているように、中国の場合は都市と農村の間で、また、産業間や地域間での労働移動の増加が大きく、少なくとも短期には労働市場のタイト化は、先進国や他の新興国に比べて、賃金上昇やインフレに対する大きな圧力にはなっていない可能性が高いと私も考えています。

最終的な結論を得るまでには至りませんが、ノーベル経済学賞も受賞したフェルペス教授らによる垂直のフィリップス曲線や自然失業率、などという仮説はほとんど意味をなさず、むしろ、フィリップス曲線は水平かもしれない、という仮説が出てくる可能性が示唆されているのかもしれません。そうなったら、中央銀行はその昔の日銀が主張するように物価に対する政策手段を持たない可能性すらあります。

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2023年11月28日 (火)

帝国データバンクによる「全国主要路線バス運行状況調査」の結果やいかに?

先週水曜日11月22日に帝国データバンクから「全国主要路線バス運行状況調査 (2023年)」の結果が明らかにされています。少子高齢化に伴う人口減少や来年からのいわゆる2024年問題をはじめ、バス業界では深刻な運転手不足に直面しています。ただ、この背景には、給与水準の低さや長時間労働など待遇面の悪さが人材定着に悪影響を及ぼしているとの見方もあり、構造的な要因も指摘されています。関西では大阪の金剛バスが9月11日付けで、今年2023年12月にはバス事業を廃止するとのプレスリリースを出しています。2023年中、さらに2024年に減便・廃止するなどの路線バス運行状況の調査結果が気になるところです。まず、帝国データバンクのサイトから調査結果の概要を2点引用すると以下の通りです。

調査結果
  1. 路線バスの8割が今年「減便・廃止」を実施 全路線数の約1割に影響の可能性
  2. 「人手不足」深刻 コロナ前から人手「減少」が約半数を占める

pdfの全文リポートも参照して、いくつかグラフを引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、リポートから 路線バス運行127 社の「減便・廃止」動向 のグラフを引用すると上の通りです。こういった減便や廃止街次ぐ要因として、リポートでは以下のようなものを上げています。すなわち、2024年問題への対応としては、残業規制に対する人材配置が困難ないし不可能、あるいは、運転手の確保難や既存ドライバーの高齢化、また、観光・貸切バスへの運転手流出などといった要因であり、加えて、収益環境が悪化しているのは、沿線住民の利用が減少しているとともに、コロナ禍からの減収分が戻らず、経営を圧迫していて、高速バス・貸切バス事業を犠牲にした路線バス維持策が限界に達している、との分析です。こういった減便や廃止は、調査対象となった127社で運行が判明した約1万4000路線のうち、少なくとも約1割に相当する路線に影響が及ぶ可能性がある、と指摘しています。

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続いて、リポートから 路線バス会社の人手状況 のグラフを引用すると上の通りです。需要サイドの人口減少とともに、供給サイドの運転手不足も深刻であり、運転手だけではない従業員単位ですが、1社当たりの従業員数はコロナ前の2019年時点に比べ、対象307社のうち53.1%にあたる163社で減少しています。特に、運転手については「待遇の良い貸切観光バスに人材が流出している」などの要因から、2024年問題への対応も含めたダイヤ維持に必要な運転手の確保や増員が難しくなっている、と指摘しています。

私は今年2023年9月に65歳の誕生日を迎えて、地元バス会社の「敬老パス」のような運賃体系の恩恵にあずかれることから、大学への通勤はJRからバスに切り替えました。しかし、朝夕の通勤時間帯でも30分に1本の運行であり、東京の地下鉄のように終電が夜の12時を軽く超えていたのが懐かしく、コチラの終バスは夜8時台ではないかと思います。確かに、バス会社にもいろんな困難があるとはいえ、加えて、十分な公共交通機関の発達が見られずマイカーに頼りがちな地域ではありますが、私のような自動車すら持たない一般庶民にとってバスは必要な交通手段です。

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2023年11月27日 (月)

再加速した10月の企業向けサービス価格指数(SPPI)をどう見るか?

本日、日銀から10月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月から加速して+2.3%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIについても上昇幅が拡大し+2.4%の上昇を示しています。ヘッドライン上昇率は8月統計から上昇幅が再加速しています。また、32か月連続の前年比プラスを継続しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格10月2.3%上昇 3年9カ月ぶり上げ幅
日銀が27日発表した10月の企業向けサービス価格指数(2015年平均=100)は110.0と、前年同月比2.3%上昇した。上昇率は9月(2.0%)より拡大し、20年1月以来3年9カ月ぶりの大きさとなった。広告で企業の出稿意欲が改善したほか、サービス分野などで人件費上昇を転嫁した値上げが見られた。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格変動を表す。調査対象となる146品目のうち価格が前年同月比で上昇したのは100品目、下落は27品目だった。
広告が前年同月比2.9%上昇した。スポーツイベントで単価が押し上げられ、9月は下落だったテレビ広告が上昇に転じた。運輸・郵便は1.3%上昇だった。中東情勢の悪化でタンカー市況が上昇し、宅配便の一部などで燃料費や人件費を転嫁した値上げも聞かれた。
2.7%上昇だった諸サービスは機械修理や労働者派遣サービスなどで人件費の上昇が影響した。宿泊サービスはインバウンド(訪日外国人)を含めた人流の回復で49.9%と大きく上昇した。

コンパクトによく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルはヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、下のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格のとサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。企業物価指数(PPI)の上昇トレンドは2022年中に終了した可能性が高い一方で、企業向けサービス物価指数(SPPI)はまだ上昇トレンドにあるのが見て取れます。なお、影を付けた部分は、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、企業向けサービス価格指数(SPPI)の前年同月比上昇率の昨年2022年以降の推移は、2022年9月に上昇率のピークである+2.1%をつけてから、ジワジワと上昇率は低下し今年2023年に入って6月統計で+1.5%まで縮小した後、7月統計から再加速が始まり、7月+1.7%、8月+2.1%、9月+2.0%の後、本日公表された10月統計では前月からさらに加速して+2.3%の上昇率を記録しています。ただ今年2023年年央から上昇率が再加速したとはいえ、大雑把な流れとしては、+2%前後の上昇率が継続しているようにも見えます。もちろん、+2%前後の上昇率はデフレに慣れきった国民マインドからすれば、かなり高いインフレと映っている可能性が高いながら、日銀の物価目標、これは生鮮食品を除く消費者物価上昇率ですが、物価目標の+2%近傍であることも確かです。加えて、下のパネルにプロットしたように、モノの物価である企業物価指数のうちの国内物価のグラフを見ても理解できるように、インフレ率は高いながら、物価上昇がさらに加速するわけではないんではないか、と私は考えています。繰り返しになりますが、ヘッドラインSPPI上昇率にせよ、国際運輸を除いたコアSPPIにせよ、日銀の物価目標とほぼマッチする+2%程度となっている点は忘れるべきではありません。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて10月統計のヘッドライン上昇率+2.3%への寄与度で見ると、宿泊サービスや機械修理や労働者派遣サービスなどの諸サービスが+0.96%ともっとも大きな寄与を示しています。引用した記事にもある通り、特に、宿泊サービスは前月比で+31.7%、前年同月比で+49.9%と大きな上昇となっています。ほかに、ソフトウェア開発や情報処理・提供サービスやインターネット附随サービスといった情報通信が+0.58%、リース・レンタルが+0.23%、加えて、SPPI上昇率再加速の背景となっている石油価格の影響が大きい道路旅客輸送や国内航空旅客輸送や鉄道旅客輸送などの運輸・郵便が+0.22%のプラス寄与となっています。

最後に、「宅配便の一部などで燃料費や人件費を転嫁した値上げ」などの引用した記事にみられる通り、資材などの仕入れ価格や人件費の上昇分を価格転嫁する動きが広がっている点は、ある意味で、健全な経済活動といえます。少なくとも、下請けの中小企業がコストアップ分の価格引上げを納入先の大企業に拒否されるよりは価格転嫁できる方が経済的には健全である、と私は受け止めています。

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2023年11月26日 (日)

京都の紅葉を見に行く

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大学の先生方や留学生の大学院生とともに京都の紅葉を見に行きました。上の写真は宝ヶ池の紅葉です。池の向こう側は、左手に国際会館、右手の比叡山です。
少し前に、留学生のご指導が長かった勤務校の教員OBの方からお誘いを受けて、いつもお世話になっているのでお手伝いがてら京都まで出向きました。お花見はもう20年ほど続けているということでしたが、留学生を連れての紅葉狩りは初めてだそうです。私は県内の名所もいっぱいあるので、京都まで行く必要があるのか疑問でしたが、やっぱり、県内ではなく京都でなければダメ、という留学生にリクエストだったようです。レヴィ=ストロースの Triste Tropique を思い出してしまいました。

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2023年11月25日 (土)

今週の読書はグローバル化の変質を論じた経済書をはじめ計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、馬場啓一・浦田秀次郎・木村福成[編著]『変質するグローバル化と世界経済秩序の行方』(文眞堂)では、かつてのグローバル化の方向が、最近では米中の対立に始まって、ロシアのウクライナ侵攻などに起因して、分断=デカップリングの方向に進んでいることから、地政学や経済安全保障の観点も含めたグローバル化の進展を論じています。東野圭吾『あなたが誰かを殺した』(講談社)では、人気のミステリ作家による作品で、警視庁刑事の加賀恭一郎が避暑地の夏のパーティーの夜に起こった連続殺人事件の謎を解き明かします。吉原珠央『絶対に後悔しない会話のルール』(集英社新書)では、会話を台無しにする思い込みや決めつけを排して、観察に基づくコミュニケーションを論じています。新堂冬樹『ホームズ四世』(中公文庫)では、ホームズの曾孫に当たる歌舞伎町のホストがワトソンの曽孫と2人で行方不明の質屋の経営者を捜索します。伊坂幸太郎ほか『短編宝箱』(集英社文庫)は短編集であり、特に、米澤穂信「ロックオンロッカー」で、図書委員の高校生2人がケメルマンの「9マイルは遠すぎる」ばりの推理を披露します。最後に、青山美智子ほか『ほろよい読書 おかわり』(双葉文庫)も短編集で、冒頭に収録されている青山美智子「きのこルクテル」では、作家を目指す青年がライターとして雑誌のアルバイトで、下戸にもかかわらず、取材のためにバーを訪れます。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊でしたが、6~10月に130冊を読みました。11月に入って、先週までに17冊、今週ポストする6冊を合わせて197冊となります。どうやら、例年と同じ年間200冊の新刊書を読めそうな気がしてきました。

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まず、馬場啓一・浦田秀次郎・木村福成[編著]『変質するグローバル化と世界経済秩序の行方』(文眞堂)を読みました。編著者は、順に、杏林大学・早稲田大学・慶応大学の研究者であり、専門分野は国際経済学や貿易論などです。本書では、従来のグローバル化、すなわち、世界経済に網を広げたサプライチェーンやグローバル・バリューチェーンが、米中対立や、さらに、ロシアによるウクライナ侵攻などにより分断ないしデカップリングを生じ、地政学や経済安全保障の観点もグローバル化の分析に必要となった段階の国際経済分析を展開しています。時系列的にガザ地区での軍事衝突は本書のスコープ外ですし、現時点では明白なな石油供給などにおける制約は出ていませんが、パレスチナとイスラエルの対立も深刻さを増しています。本書は5部構成であり、第Ⅰ部ではサプライチェーンやグローバル・バリューチェーン、第Ⅱ部ではロシアによるウクライナ侵攻に対する経済制裁、第Ⅲ部では自由貿易協定などの地域連携の進展、第Ⅳ部では経済安全保障について、それぞれ議論を展開しています。渡しの場合は、特に、サプライチェーンやグローバル・バリューチェーン、さらに、経済安全保障との関連で、私自身が弱くて等閑視していた分野ですので、授業準備も含めて勉強のために読みました。まず、冒頭から明らかなのですが、私の大きな疑問は、WTOドーハ・ラウンドでのシアトル会合が失敗した原因は反グローバル化の直接的な行動だったのですが、それと同様に、米国的なフレンド・ショアリング、すなわち、自由と民主主義といった価値観を同じくする友好国の間で経済関係を進化させ、場合によっては、自由と民主主義ではない専制的ないし権威主義的な国と分断してもしょうがない、あるいは、積極的に分断でカップリングする、という経済政策は、ブロック化のリスクが大いにある、ということです。第2次世界大戦の前における世界経済のブロック化から戦争に至った経緯を反省して、すべての国が平等に加盟する国際連合=国連が発足し、経済分野でも貿易に関してはGATT、その後のWTOがマルチの場を提供し、ラウンド交渉により最恵国待遇をテコにして世界全体での貿易や投資の拡大、ブロック化しないマルチの世界経済全体での繁栄を目指していたハズなのですが、ドーハ・ラウンドの失敗とその後のマルチの場での貿易交渉の停滞により、ブロック経済化が進んでいるように、私には見えます。ブロック経済化の背景には価値観を同じくする友好国でグループを結成し、分断ないしデカップリングが経済的にも政治外交的にも進んでいる、という事実があります。そして、世界経済だけでなく、先進国の国内経済や政治的な面でも分断が進んでいるおそれが散見されます。米国では前のトランプ政権の誕生がそうですし、英国のEUからの脱退、BREXITもそうです。大陸欧州諸国ではポピュリスト政党の躍進が見られましたし、アルゼンチンではとうとう極右の大統領が誕生しました。国内レベルでの分断は本書の分析とは少し離れますが、本書で着目する世界経済レベルでの分断を背景に、サプライチェーンの安全保障が、例えば、私が知る限りでも昨年の「通商白書2022」あたりから明示的に議論され始めています。日本の場合、米中対立においては、同盟関係から米国サイドに立つわけですし、自由と民主主義という価値観と専制的ないし権威主義的な価値観でも前者に属すると考えられるのですが、政治・外交的な見地からサプライチェーンやグローバル・バリューチェーンを構築するのか、あるいは、逆に、サプライチェーンやグローバル・バリューチェーン構築の必要から政治・外交の立場を決めるのか、難しい選択なのかもしれません。少なくとも、第1次及び第2次石油危機の際には、日本は後者の選択を取ろうとしたと見られる動きもあったと記憶しています。世界における日本のプレゼンスが大きく低下し、外交における発言力も小さくなっていますが、日本が世界に対して何らかの発信をする必要があるのかもしれません。

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次に、東野圭吾『あなたが誰かを殺した』(講談社)を読みました。著者は、我が国を代表するミステリ作家の1人であり、私がクドクドと述べるまでもありません。本書も最近よく売れているミステリですから、簡単に紹介しておきたいと思います。謎解きは、警視庁刑事である加賀恭一郎で、リフレッシュ休暇っぽい長期休暇中の行動です。事件は8月上旬に、いかにも軽井沢を思わせる別荘地のパーティーの夜に起こった連続殺人事件です。犯人はすぐに捕まりますが、自供が得られずに真相が不明のまま2か月ほど経過します。この殺人事件を加賀恭一郎が、現場での遺族による事件後に開かれた検証会に出席して、少し現場を見て回りはするものの、安楽椅子探偵のように解決します。ただ、純粋に安楽椅子探偵ではなく、殺害現場で実に重要な発見をしたりします。地元県警所轄署の担当課長もこの検証会に出席しているのですが、ここまで重要な発見を警視庁刑事にされてしまうのも、大きな困りものだという気が私はしました。関係者、というか、殺された被害者や負傷者をはじめとするパーティー出席者は軽井沢を思わせる別荘地に別荘を持っているわけですから、いわゆる「別荘族」であり、お金持ちです。ある意味では、その昔にはやった言葉で「勝ち組」ともいえます。小説の登場人物は主要にはパーティーの出席者であり、その中で被害者はナイフで殺されたり怪我を負ったりしますが、順不同で私が記憶している登場人物は以下の通りです。第1に、公認会計士の夫と美容院経営の妻とその中学生の娘の一家は、夫婦2人が殺されます。第2に、病院経営の院長とその妻と夫婦の娘とその娘の婚約者の一家は、病院院長が殺され、娘の婚約者が軽傷を負います。第3に、企業のオーナー経営者夫妻が殺人事件が起こった夜のパーティーを主催しているのですが、夫人の方が実は夫よりも陰の実力者で「女帝」とされています。第3のオマケとして、従業員夫妻と小学生の子供もパーティーに出席しています。「女帝」の経営者夫人が殺害されます。第4に、夫を早くに亡くして東京から別荘に移り住んだ40代の女性とその姪と姪の夫の一家は、姪の夫が殺されます。加えて、登場人物ではあるもののパーティー出席者ではない登場人物が2人います。すなわち、まず加賀です。最後の家族の姪は看護師をしていて職場の同僚から加賀を紹介されて、検証会に加賀の同行を求めます。最後に、繰り返しになりますが、地元所轄署の刑事課長も検証会に同席します。検証会は2日に及び、初日は検証会出席者が宿泊するホテルの会議室、2日めは現場を歩いて回ります。謎解きは東野作品らしく鮮やかですが、まあ、特別なところはありません。でも、最後の最後にどんでん返しが待っています。これは鮮やかなものです。もっとも、『方舟』のような反転してひっくり返るような turnover のどんでん返しではなく、チョコっと付加されるヒネリという意味での twist のどんでん返しです。ミステリですので、謎解きは読んでいただくしかありませんが、最後に私個人の感想として、別荘を持つくらいのお金持ちであれば、やっぱり、こういった裏の顔があることは、人生60年余り生きて来てそうだろうと実感しています。その昔の公務員をしていて統計局に勤務していたころ、統計局には非常にナイーブな人が多く、役所で出世して局長だとか課長になっている人は人格も高潔なのだろうと考えている人ばっかりで大いにびっくりしたことがあります。国家公務員として役所で出世している人の中には、全員とはいいませんが、たぶん、腹黒さでは世の中の平均よりも腹黒い、というのが私の実感です。ひょっとしたら、大企業でもそういった例が決して少なくない可能性は感じます。平均的なキャリア公務員よりも出世できなかった私自身が自分で人格高潔と主張するつもりはありませんが、人並み以上に出世している公務員なんて、ロクなものではないと思うのが通常のケースではないかという気もします。このミステリでは、主目的ではないのは当然としても、そういった世間の「勝ち組」の裏の顔を見ることができます。

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次に、吉原珠央『絶対に後悔しない会話のルール』(集英社新書)を読みました。著者は、ANA(全日本)、証券会社、人材コンサルティング会社などを経てコミュニケーションを専門とするコンサルタントとして独立した活動をしている、ということです。いろんな職業の中で、噺家と教員ではしゃべるスキルが重要です。本書はよりインタラクティブな会話に焦点を当てていて、噺家や教員に必要とされる一方的なおしゃべりとは違うのですが、まあ、何と申しましょうかで、授業の改善に役立つかと考えて読んでみました。本書で主張されているのは、先入観に基づく何らかの思い込みや決めつけが会話を台無しにし、コミュニケーションを阻害する、ということで、これを防止して心地よい会話にするためには会話の相手をしっかり観察する必要がある、ということにつきます。ただ、それができないから苦労しているのではないか、という気もします。ゴルフで、ティーグラウンドでドライバーを振って、フェアウェイ真ん中に250ヤード飛ばせ、というアドバイスと同じで、それをするために何が必要かという点が必要になる、という意味です。加えて、会話ではないでしょうが、大学の講義の場合、数百人の学生を相手にするわけで、出席学生全員を正確に観察することも不可能に近いものがあります。ということで、私が公務員のころに政治家のいわゆる「失言」をいくつか見てきましたが、その大きな原因のひとつはウケ狙いでジョークを飛ばそうとして滑るケースです。ですから、それを避けるためには、ウケ狙いをせずに面白くなくていいので正確な表現を旨とすることです。そうです。そうすれば、役人言葉に満ちていて正確だが何の面白味もない会話が出来上がるわけです。基本的に、大学の授業とはそれでOKだと私は考えています。少し前に強調された「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)」というのがありますが、大学の授業、少人数で顔と名前が一致してそれなりの親しい間柄といえるゼミなどでは、あるいはOKかもしれないと思うものの、数百人が出席する大規模な講義などでは差別的な発言などのポリコレに反した発言を含む授業はすべきではありません。これはいうまでもありません。でも、そうすると、繰り返しになりますが、正確かもしれない反面、面白味がなくて印象に残らず、したがって、専門知識や教養として身につかない授業になる恐れすらあるわけで、そこは公務員とは違って教員として面白くかつ印象に残る授業を模索する毎日です。長い旅かもしれません。

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次に、新堂冬樹『ホームズ四世』(中公文庫)を読みました。著者は、小説家です。タイトル通りに、シャーロック・ホームズの子孫が活躍するミステリ・サスペンス小説です。歌舞伎町ホストクラブ「ポアゾン」ナンバーワン・ホストである木塚響はホームズの曾孫、ひ孫に当たります。ホームズの孫に当たる父親は探偵事務所を経営しています。ホームズの子供、すなわち、主人公である木塚響の祖父が、ホームズ物語でも言及されているバリツ=柔術を極める目的で来日し、そのまま日本に居着いた、ということになっています。そして、この主人公のホストクラブの太客である加奈という質屋の経営者が行方不明になり、質屋の店長から捜索の依頼が入ります。そして、なぜか、その質屋の店長は別の探偵事務所の女性探偵である桐島檸檬にも同じ依頼をしていて、2人が共同で捜査に当たります。そして、この桐島檸檬はワトソン医師のひ孫であり、彼女の父親も探偵事務所を経営しています。桐島檸檬はとてもタカビーなキャラに設定されています。他方で、木塚響は割合と謙虚なキャラに設定されています。そして、ジェームズ・モリアティ教授の孫と称するする女性ラブリーが敵役キャラとして登場し、ついでに、モラン大佐の孫も登場したりします。ということで、とても突飛であり得なくも、ぶっ飛んだ設定のミステリ、サスペンス小説です。一応、失踪人捜索で謎解きの要素はそれなりにありますのでミステリといえます。ただ、登場人物がすべてホームズ物語の子孫というあり得なさの上に、モリアティ教授の孫と称するラブリーは世界政府のように、世界を裏で牛耳る組織の日本支部長で、政治家からヤクザの裏社会まで、すべてを動かせる権力を持っている、という、これまた、不可解かつ荒唐無稽な設定になっています。ただ、殺人や暴力の要素はほとんどなく、男女が入り乱れますが、エロの要素もほとんどありません。荒唐無稽な設定とはいえ、それは「ドラえもん」の道具と同じで、それなりに夢を感じる読者もいるかも知れませんし、そもそも、ホームズその人がフィクションの世界にいるわけですので、そういった設定を難じるのは野暮というものです。もちろん、ミステリですので、謎解きや事件の真相などは読んでいただくしかなく、あらすじなどもここまでとしますが、まあ、面白かったですし、それなりに記憶にも残る内容です。個人的な事情を明らかにすると、私は基本的に学術書を中心に据えた読書なのですが、町田その子の『52ヘルツのクジラたち』と『魚卵』を読んだ上に、辺見庸『月』でとどめを刺された形になって、先週までの重い読書のために、メンタルに変調を来す恐れすらあると自覚していたので、この小説を手に取りました。そういった軽い読書を求める目的、あるいは、それなりにページ数もありますので、時間つぶしにはもってこいです。その意味で、いい本でしたし、オススメです。

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次に、伊坂幸太郎ほか『短編宝箱』(集英社文庫)を読みました。著者と短編タイトル、さらに、簡単な紹介は以下の通りです。伊坂幸太郎「小さな兵隊」では、小学校4年生の岡田くんが教室にある他児童のランドセルに印をつけたり、学校の門にペンキをかけたりする問題行動を取るのは深いわけがありました。でも、その背景までは岡田くんには理解できていませんでした。奥田英朗「正雄の秋」では、ライバルとの局長への出世競争に破れた50歳過ぎのサラリーマンは総務局勤務あるいは関連会社の役員としての出向の選択肢を示されますが、妻とともに人生の進路についていろいろと考えを巡らせます。米澤穂信「ロックオンロッカー」では、図書委員の高校生2人がケメルマンの「9マイルは遠すぎる」ばりに、美容店店長の「貴重品は、必ず、お手元におもちくださいね」の「必ず」から推理を働かせます。東野圭吾「それぞれの仮面」では、ホテル・コルテシア東京の山岸尚美が元カレのトラブルを解決します。桜木紫乃「星を見ていた」でが、ホテル・ローヤルの従業員の女性に次男坊から優しい手紙が現金といっしょに送られて来ましたが、その稼ぎ方は本人が主張するように左官として働いたからではなく、犯罪行為に関与している疑いがあると報道されます。道尾秀介「きえない花の声」では、主人公の母親は夫、すなわち、主人公の父親が職場の若い女性と浮気しているのではないかと長らく疑っていましたが、後年、昔の勤務先近くに主人公といっしょに旅行した際に、職場での夫の秘密の行動の真相が明かされます。島本理生「足跡」では、人妻の不倫について、「治療院」と称する場で働く男性と主人公の関係から、この作者らしく、うまくいきそうでうまくいかない男女のビミョーな関係を描き出しています。西條奈加「閨仏」は江戸時代が舞台の時代小説で、青物卸商が妾4人を同じ家に住まわせるている中の1人、おりくが木製の仏像作成を始めますが、それが寝室=閨で使うものだったりします。荻原浩「遠くから来た手紙」では、30代で子供ができたばかりの女性が夫婦喧嘩で乳飲み子を連れて実家の静岡に帰って来ると、旧漢字で文字化けするメールが来るようになりますが、何と、差出人は戦争で亡くなった祖父からでした。浅田次郎「無言歌」では、戦争中に大学生から学徒動員された即席士官が海軍に入隊し、仲間や部下の下士官とともに短かった人生を語り合います。朝井リョウ「エンドロールが始まる」では、卒業式の日の女子高校生が図書室で高校生活を思い返すのですが、卒業する母校は他校と合併してなくなってゆくため、エンドロールのように思いが湧き上がります。ということで、長くなりましたが、かなり水準の高い著者による出来のいい短編集です。ただし、それだけに、私の場合は既読の作品が多かったです。直感的員、⅔くらいは既読だったような気がします。でも、再読であったとしても、水準高い短編ですので、特に、私のような記憶力のキャパが小さい人間には、とてもいい時間つぶしだと思います。


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次に、青山美智子ほか『ほろよい読書 おかわり』(双葉文庫)を読みました。なお、おかわり前の『ほろよい読書』も私は読んでいます。短編集で、作者はすべて女性小説家です。タイトルから理解できるように、お酒にまつわるエピソードを集めたアンソロジーです。収録順に、著者と短編タイトルとあらすじは以下の通りです。青山美智子「きのこルクテル」では、大好きな女性小説家の作品を目標に作家を目指す青年が、ライターとして雑誌のアルバイトで、下戸にもかかわらず、取材のためにバーを訪れると、美人バーテンダーがいて酒も飲まずにキノコの話題で盛り上がります。でも、その美人バーテンダーの正体が、何と…、というストーリーです。朱野帰子「オイスター・ウォーズ」では、高偏差値大学出身の女性とベンチャー企業の男性オーナーが、SNSを通じて知り合って、というか女性の方から男性を狙って、かつての復讐のために牡蠣を食べにオイスター・バーで2人で腹のさぐりあいを展開します。一穂ミチ「ホンサイホンベー」では、主人公の父親が死んで、再婚相手のベトナム人とベトナムのジンを飲んで、かつてのわだかまりを解消させる女性の心情を描き出しています。タイトルはベトナム語であり、Không Say Không V'ê と綴ります。「酔わずに帰れるか!」という意味だそうです。ただ、正確にベトナム語を写していないので、似たような記号を使っています。悪しからず。奥田亜希子「きみはアガベ」では、中学生の女子のあるべき姿への童貞と恋の物語をテキーラの原料となるリュウゼツランにからませて展開します。西條奈加「タイムスリップ」はちょっと不思議な体験で、主人公の女性がふらりと入った居酒屋で若い店員から薦められた日本酒をいくつか味わうのですが、別の日に同じ場所にある居酒屋に行くと、店の名が変わっている上に、働いているのもかなり年配のオジサンばかり、という経験をします。繰り返しになりますが、タイトル通りに、すべてお酒にまつわる短編で、作者のラインナップを見ても理解できるように、出来のいい上質な短編が収録されています。これはこれで、オススメです。

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2023年11月24日 (金)

4か月ぶりに上昇率が再加速した10月の消費者物価指数(CPI)をどう見るか?

本日、総務省統計局から10月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の統計で見て前年同月比で+2.9%を記録しています。前年比プラスの上昇は26か月連続ですが、先月9月統計の+2.8%のインフレ率からは上昇幅を再加速させています。+3%を下回っていますが、日銀のインフレ目標である+2%をを大きく上回る高い上昇率での推移が続いています。ヘッドライン上昇率も+3.3%に達している一方で、エネルギーや食料品の価格高騰からの波及が進んで、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率は+4.0%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者物価指数、10月2.9%上昇 4カ月ぶり伸び拡大
総務省が24日発表した10月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が106.4となり、前年同月比で2.9%上昇した。伸び率は4カ月ぶりに拡大した。政府の電気・ガス料金の補助が10月から半減し、エネルギー価格が物価を下げる効果が弱まった。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値の3.0%上昇は下回った。前年同月比でプラスとなるのは26カ月連続で、日銀の物価目標である2%を上回る水準での推移が続く。
生鮮食品を含む総合指数は3.3%上昇した。トマトが41.3%、りんごが29.4%それぞれ上がった。夏場の高温による生育不良などで出荷が落ち込んだ。
生鮮食品とエネルギーを除いた総合指数は4.0%上昇した。4%台の上昇は7カ月連続となる。4.2%の上昇だった9月は下回り、伸びは2カ月連続で縮小した。生鮮食品以外の食料品で、昨年秋以降に相次いだ値上げに一服感がある。
総務省によると電気・ガスの料金抑制策がない想定では、生鮮食品を除く総合指数の上昇率は3.4%だった。単純計算では政策効果で物価の伸びが0.5ポイント抑えられている。9月の抑制効果は1.0ポイントだった。
品目別では電気代が前年同月比で16.8%下がった。9月の24.6%低下から下げ幅を縮めた。都市ガス代も13.8%の低下で、9月の17.5%のマイナスから下落幅が縮小した。政府が石油元売りに支給する補助金を拡充したガソリンは5.0%上昇と、9月の8.7%プラスから上昇率が下がった。
全体をモノとサービスに分けると、サービスの上昇率は2.1%と9月より0.1ポイント拡大した。消費税増税の時期を除くと1993年10月以来30年ぶりの上昇率だった。原材料費の上昇に加え、人件費を価格に転嫁する動きがみられる。
宿泊料は42.6%上昇した。観光需要が回復している。政府の観光振興策「全国旅行支援」が各地で終了していることも押し上げ要因となった。携帯電話の通信料は10.9%伸びた。7月と10月に一部の事業者で料金プランの変更があった。
生鮮食品を除く食料は7.6%上昇と、9月の8.8%上昇から伸びを縮めた。伸びの縮小は2カ月連続となる。上昇率は高く、レトルトカレーを示す調理カレーは16.4%のプラスだった。アイスクリームも12.1%上がった。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にもあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+3.0%の予想でしたので、実績の+2.9%の上昇率はやや下振れした印象ながら大きな違いは感じられません。まず、エネルギー価格については、2月統計から前年同月比マイナスに転じていて、本日発表された10月統計では前年同月比で▲8.7%に達し、ヘッドライン上昇率に対する寄与度も▲0.75%の大きさを示しています。ただし、9月統計ではこの寄与度が▲1.00%ありましたので、10月統計でコアCPI上昇率が9月統計から+0.1%ポイント再加速した背景はエネルギー価格にあります。すなわち、10月統計ではエネルギーの寄与度差が+0.26%に達しています。たぶん、四捨五入の関係で寄与度差は寄与度の引き算と合致しません。悪しからず。特に、そのエネルギー価格の中でもマイナス寄与が大きいのが電気代です。エネルギーのウェイト712の中で電気代は341と半分近くを占め、9月統計では電気代の寄与度が▲1.01%あったのが、10月統計では▲0.69%に縮小しています。+0.32%ポイントの寄与度差を示しています。統計局の試算によれば、政府による「電気・ガス価格激変緩和対策事業」の影響を寄与度でみると、▲0.49%に達しており、うち、電気代が▲0.41%に上ります。他方で、政府のガソリン補助金が縮減された影響で、6月統計で前年同月比▲1.6%だったガソリン価格は7月統計で+1.1%の上昇に転じた後、8月+7.5%、9月+8.7%、そして、直近の10月統計では+5.0%と、ふたたび上昇に回帰しています。この背景は国際商品市況における石油価格の上昇があります。中東のガザ地区の武力衝突が、今後、どのように推移するかについても予断を許しませんし、食料とともにエネルギーがふたたびインフレの主役となる可能性も否定できません。エネルギーだけではなく、食料についても細かい内訳をヘッドライン上昇率に対する寄与度で見ると、コアCPI上昇率の外数ながら、生鮮野菜が+0.36%と大きく値上がりしています。コアCPIの中では、調理カレーなどの調理食品が+0.30%、まだ暑さが続いていた10月の統計ですのでアイスクリームなどの菓子類が+0.26%、牛乳などの乳卵類が+0.24%、外食焼肉などの外食が+0.18%、食パンなどの穀類も+0.17%、などなどとなっています。

何度も書きましたが、現在の岸田内閣は大企業にばかり目が向いていて、東京オリンピックなどのイベントを開催しては電通やパソナなどに多額の発注をかけましたし、物価対策でも石油元売とか電力会社などの大企業に補助金を出しています。こういった大企業向けの選別主義的な政策ではなく、たとえ結果としては同じであっても、国民に対して出来るだけ普遍主義的な政策を私は強く志向しています。物価対策であれば、例えば、消費税減税・消費税率引下げ、あるいは、物価上昇に見合った賃上げを促す政策が必要であると私は考えます。

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2023年11月23日 (木)

メルカリの男女賃金格差の是正姿勢を考える

メルカリの男女の賃金格差に関するメルカンの記事「『説明できない格差』を埋めてより良い社会にしていきたい - 男女間賃金格差に対する、メルカリが考える是正アクション」を見て、思わずツイッタでつぶやいてしまいましたが、ちょっと間違った部分がありましたので、訂正の意味も含めて、取り上げておきたいと思います。というのは、ミンザー型の賃金関数を用いてBlinder-Oaxaca分解していると思っていたのですが、どうも、階層ベイズモデルを用いているようです。「重回帰分析では全体平均的な補正値しか出せませんが、階層ベイズモデルではグループ差や個人差を考慮できる」とありますから、重回帰分析がミンサー型の賃金関数なのかもしれません。私は階層ベイズモデルの研究成果はありませんが、ミンサー型の賃金関数を基にBlinder-Oaxaca分解を用いた賃金格差分析のディスカッションペーパーを書いたことがありますので、改めて、私の研究成果ともあわせて簡単にコメントしたいと思います。
ということで、私が役所にいたころの研究成果で「ミンサー型賃金関数の推計とBlinder-Oaxaca分解による賃金格差の分析」と題するディスカッションペーパーがあります。何をしているかは、ありきたりな研究なので、詳しくは書きたくもないのですが、タイトル通りに、ミンサー型の賃金関数モデルに厚生労働省の賃金構造基本統計調査(賃金センサス)の個票データをインプットして賃金の決定要因を分析しています。さらに、Blinder-Oaxaca分解という手法を適用して、賃金に関して、産業間格差、地域間格差、企業規模別格差などとともに、もちろん、男女の性別格差についても分析をしています。2015年の研究ですので、データは2011年の震災年を外して、2007年、2010年、2013年の3年ごとの個票データを用いています。
男女の性別賃金格差は、学歴や役職などの詳細属性を含むデータで、各年35~40%と計測しています。そして、階層ベイズモデルを用いてメルカンで「説明できない格差」と呼んでいるのは、ミンサー型賃金関数を基にしたBlinder-Oaxaca分解では、通常、非属性格差と呼ばれています。これは、例えば、女性の場合は男性よりも大卒比率が低いとか、パートタイム比率が高いとか、勤続年数が短いとか、年齢が若いとか、こういった属性に起因する格差と、こういった明示的な属性の違いに起因しているわけではない非属性格差に分解するのが、Blinder-Oaxaca分解と呼ばれる手法です。ですから、非属性格差は人的資本の研究で有名なシカゴ大学のベッカー教授などはズバリ「差別」discrimination と呼んでいます。
私がメルカンの記事で驚いたのは、メルカリにおける男女間賃金格差37.5%は、私の研究成果に比べて平均的といえるのですが、非属性格差に近いと私がみなしている「説明できない格差」がわずかに7%しかない、という点です。すなわち、私の研究成果によれば、35~40%の男女間性別賃金格差のうち、18~20%くらい、すなわち、半分強が非属性格差であったのですが、メルカリの場合はわずかに⅕の7%というのは驚きでした。

まったく別のテーマながら、阪神タイガース優勝パレードはものすごい盛り上がりでした。感激しました。

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2023年11月22日 (水)

世界における基礎的スキルの充足度はどれくらいか?

来年1月に刊行予定の学術誌で "Global universal basic skills: Current deficits and implications for world development" と題する論文が掲載予定と聞き及びました。まず、この論文の引用情報は以下の通りです。

この論文のAbstractを学術誌のサイトから引用すると以下の通りです。なお、下線は引用者が付しています。

Abstract
How far is the world away from ensuring that every child obtains the basic skills needed to be competitive in a modern economy? And what would accomplishing this mean for world development? We provide new approaches for estimating the lack of basic skills that allow mapping achievement across countries of the world onto a common (PISA) scale. We then estimate the share of children not achieving basic skills for 159 countries that cover 98% of world population and 99% of world GDP. We find that at least two-thirds of the world's youth do not reach basic skill levels, ranging from 24% in North America to 89% in South Asia and 94% in Sub-Saharan Africa. Our economic analysis suggests that the present value of lost world economic output due to missing the goal of global universal basic skills amounts to over $700 trillion over the remaining century, or 12% of discounted GDP.

この論文では、著者たちが学習ないしスキルの達成度を経済開発協力機構(OECD)で実施している学習到達度調査(PISA)のスケールに合わせてマッピングするアプローチを開発し、それを世界GDPの99%をカバーする159か国について推計しています。推計方法に注目するアカデミアも少なくなさそうですが、一般向けに結果に着目して、イメージをつかむために、そのマッピングされた世界地図 Fig. 3.World map of lack of basic skills: Share of children who do not reach basic skill levels を論文から引用すると以下の通りです。

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基礎的スキルの欠如に従ってグラデーションさせていますので、黄色とかの色の薄い方が欠如の割合が小さく、したがって、習得あるいは到達の度合いが高い、ということになります。日本、韓国、中国、カナダ、英国、オランダなどが欠如率10-20%、ということで、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアなどのいくつかの大陸欧州諸国、米国、ロシアなどがやや高く20-30%、もっとも高い地域はサブサハラ・アフリカや南アジアなどとなっています。おおよそ、世間一般の常識に合致する結果ではないかと思います。

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続いて、論文から Table 3 Sensitivity of skill estimates: Restriction to higher layers of reliability and bounding of out-of-school children を引用すると上の通りです。タイトルには「学校教育外の子供たち」out-of-school children も表にあることが明記されていますが、日本では学校外教育が一般的ではないことやその他の諸般の事情により割愛しています。Abstract に下線を引いておいたように "at least two-thirds of the world's youth do not reach basic skill levels" なわけで、上のテーブルからは、基礎的スキルの欠如比率が67.2%に達していると結論されていることが理解できます。低所得国では95.6%、低位中所得国で85.8%、高位中所得国で42.3%、高所得国でも25.5%に上ります。なお、引用はしませんが、論文には Table A4. Student achievement on a global scale: Country data として基礎的スキルの欠如率の国別データも収録されています。日本は11.2%、中国が13.9%、米国が22.9%、などとなっています。

この論文から私が得た結論は以下の2点です。

  1. 世界ではまだまだ子供たちに基礎的スキルが不足していて、さらに教育を進めることにより、経済成長をはじめとする社会的・文化的・経済的な各国の発展につなげることができる。
  2. やっぱり、日本の子供たちは優秀であり、当然に、日本の労働者の潜在的な生産性は高いと考えられ、生産性が低いから賃金が上がらない、という経営者団体などの主張にはどこかに誤りがある

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2023年11月21日 (火)

帝国データバンク「2024年の注目キーワードに関するアンケート」の結果やいかに?

先週木曜日の11月16日に帝国データバンクから「2024年の注目キーワードに関するアンケート」の結果が明らかにされています。詳細についてはpdfの全文リポートもアップロードされています。まず、帝国データバンクのサイトから調査結果を3点引用すると以下の通りです。

調査結果
  • 2024年の注目キーワード、「ロシア・ウクライナ情勢」が73.2%でトップ、物価高や人手不足関連が上位に並ぶ
  • 特に「ロシア・ウクライナ情勢」「中東情勢」「チャイナリスク」といった『海外情勢』をキーワードとして捉える企業は93.7%にのぼる
  • 業界別、『運輸・倉庫』で「2024年問題」が突出して高く、『小売』は「食品・日用品価格」が目立つ

続いて、帝国データバンクのリポートから 2024年の注目キーワード トップ20(複数回答) を引用すると以下の通りです。

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画像の右下に昨年2023年の注目キーワードが小さく示されています。相変わらず、ロシア・ウクライナ情勢がトップで、中東情勢も4位に入っています。こういった国際情勢に関するキーワードに続いて、物価高やインフレが続いているのは昨年と同じです。大きく異なるのはコロナ関連で、昨年はまだコロナの感染法上の扱いが2類でしたが、今年2023年5月に5類になってから、かなり極端に見方が変化したようで、来年の注目キーワードでは17位で大きく後景に退いています。それに代わって、物流・建設をはじめとするいわゆる2024年問題などの人手不足・人材確保が3番めに入っています。

来年のことをいうと「鬼が笑う」といいますが、果たしてどうなりますことやら。

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2023年11月20日 (月)

気候温暖化が貿易を阻害する?

先週11月15日の IMF Blog で「気候変動が国際貿易を混乱させる」 Climate Change is Disrupting Global Trade という記事がポストされています。何それ? と思ったのですが、パナマ運河が干ばつ制限により通行が制限されていることを指しているようです。以下、このIMF Blogの記事の概要です。

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IMF Blog のサイトから Port Watch と題する画像を引用すると上の通りです。Port Watch とはIMFと英国オックスオード大学が共同で開設したオープン・プラットフォームだそうです。このプラットフォームは、リアルタイムの衛星データを使用して世界の海上貿易の99%以上に当たる世界中の約12万隻の貨物船とタンカーを追跡しているそうです。
パナマ運河は毎月約1000隻の船が通過し、世界の海上貿易の約5%に相当する4000万トン超の貨物が運ばれています。しかし、運河に水を供給するガトゥン湖 Gatún Lake での降水量が不足し、干ばつ制限 drought restrictions により通行量が今年に入って1500万トン減少し、船舶の運行が6日間遅れている、と報告されています。
上の画像に見られる通り、もちろん、地理的に近い米州大陸諸港への影響が大きいのですが、実は、欧州よりも日本の港への影響の方が大きいようです。気候変動=地球温暖化はさまざまな局面で経済や生活に大きな影響を及ぼし始めています。気候変動の防止のために温室効果ガス排出削減は待ったなしの状況です。

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