2025年2月11日 (火)

インテージによる「バレンタインに関する調査結果」やいかに?

先週2月7日に総務省統計局から昨年2024年家計調査の集計結果が公表され、都道府県庁所在市+政令市の間で餃子やラーメン屋といった消費支出のランキングがアチコチの報道で取り上げられています。私は総務省統計局に出向して、2年半余りの間この家計調査の担当課長を務めていましたので、それなりに懐かしく拝見していました。
その消費動向のひとつとして、この季節の話題としてインテージから「バレンタインに関する調査結果」が先週2月8日に明らかにされています。カカオショックともいわれている値上がり圧力が生じており、今年のチョコレート事情を知りたいところです。まず、インテージのサイトから調査結果の[ポイント]を5点引用すると以下の通りです。

[ポイント]
  • バレンタインの予算(女性)は平均4,574円。前年比91.0%
  • 予算が減る理由、増える理由いずれも1位、2位は「チョコの値上がり」「物価高・円安」
  • 値上げは用意する女性67.3%の行動に影響。「価格帯が低いチョコ」「個数を減らす」「安く買える購入先」で対応
  • 「義理チョコ」は個人で用意するチョコ(前年比78.6%)、複数で用意するチョコ(前年比79.4%)いずれにおいても減少
  • 有職女性で職場の義理チョコに「参加したくない方だ」は84.2%。4年連続高水準で今年は調査開始以来最高

まず、会社などで何人かのグループではなく個人で用意する予算は、一昨年2023年3,750円から昨年2024年は5,024円と+34%増の大幅アップの後、今年2025年は4,574円と▲9%減と見込まれています。予算が増える理由/減る理由、いずれもトップと2番目は「チョコが値上がりしているから」と「物価高・円安だから」でした。カカオショックやコーヒーショックといった国際市場における商品価格の高騰に加え、昨秋あたりからコメ価格も上昇し、バレンタイン向けのチョコの価格弾力性の低い人はご予算アップ、価格弾力性の低い人は予算圧縮、ということなのだろうと思います。

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上のグラフは、インテージのサイトから、全国小売店パネル調査である小売店販売データSRIに基づいて、板チョコレートの平均個数単価推移 をプロットしています。2年ほど前の2023年2月ころまで100円程度であった単価が、昨年2024年暮れには150円近くに達するほろ、チョコレートが大きく値上がりしているのが見て取れます。

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上のグラフは、インテージのサイトから チョコレートが値上がりしていた場合の影響 を引用しています。チョコレート値上がりの影響があると回答したのは67.3%、すなわち、2/3に上っています。対応策としては、「価格帯が低いチョコを買う」が32.9%、「個数を減らす」が22.3%、「安く買える購入先で買う」が21.5%とトップスリーを占め、続いて、「自分チョコを減らす/やめる」が9.5%、「義理チョコを減らす/やめる」と「他のお菓子・スイーツを買う」がともに7.7%となっています。そして、義理チョコについては、「参加したくない方だ」が84.2%に上り、昨年2024年の82.2%から+2%ポイント増加しています。

私が役所を定年退職した際の研究所という職場は義理チョコなんてものを想像もできない質実剛健(?)な職場でしたし、現在の大学勤務もまったくご同様です。したがって、私は世のバレンタイ事情には疎いかもしれません。

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2025年2月10日 (月)

半ノッチ基調判断が下方修正された1月の景気ウォッチャーと貿易・サービス収支が黒字を記録した12月の経常収支

本日、内閣府から1月の景気ウォッチャーが、また、財務省から昨年2024年12月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から▲0.4ポイント低下の48.6となった一方で、先行き判断DIも𥬡.4ポイント低下の48.0を記録しています。また、経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+1兆0773億円の黒字を計上しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから記事を引用すると以下の通りです。

街角景気1月は0.4ポイント低下、食品価格上昇などでマインド悪化
内閣府が10日に発表した1月の景気ウオッチャー調査は現状判断DIが48.6となり、前月から0.4ポイント低下した。3カ月ぶりマイナス。引き続きインバウンドや観光関連が景況感の押し上げ要因となっている一方、物価高がマイナス要因となっている。景気判断は「緩やかな回復基調が続いている」で維持した。
指数を構成する3部門では、企業動向関連DIが0.3ポイント上昇した一方、家計動向関連が0.6ポイント、雇用関連が0.7ポイントそれぞれ低下した。
食料品や日用品など身近な商品の値上がりが人々の消費マインドを悪化させているとみられ、回答者からは「野菜や卵などが高くなったという声が多い。98円均一セールなどの商品に魅力がなくなっていることから、客の買物かごの中身が減ってきている」(中国=スーパー)との声が聞かれた。
企業関連では「運賃値上げの気運が高まってきている感はあるが、実現には至っていない。燃料をはじめとした資材価格の高騰が止まらない中、人手不足が更なる状況悪化を招き厳しい環境下にある」(南関東=輸送業)との指摘もあった。
2-3カ月先の景気の先行きに対する判断DIは前月から1.4ポイント低下の48.0と、2カ月連続で低下した。
内閣府は先行きについて「緩やかな回復が続くとみているものの、価格上昇の影響などに対する懸念がみられる」と表現を変更した。先月までの「価格上昇の影響などを懸念しつつも、緩やかな回復が続くとみている」から、文章の前後を入れ替えた。
内閣府の担当者は「回答者からの物価に関するコメント数が、先行きで多くなっている。コメントの内容もマイナス方向のものが多いということで、より回答者の見方を的確に表現した」と説明した。
大和証券のエコノミスト、鈴木雄大郎氏は「年後半にはインフレ率の鈍化を背景に実質賃金が改善して個人消費は回復することが予想されるが、コロナ後のリベンジ消費が一巡している様子もあり、力強さには欠ける動きとなる」と指摘。足元では人手不足倒産も増えており「街角景気が上向く可能性は低い」との見方を示した。
経常収支12月は1兆円、訪日客増で旅行収支の黒字拡大 24年は過去最高の黒字
財務省が10日発表した国際収支状況速報によると、12月の経常収支は1兆0773億円の黒字となった。ロイターが民間調査機関に行った事前調査の予測中央値を若干下回ったものの、堅調な所得収支や貿易黒字に支えられた。
海外証券投資や直接投資等からなる第1次所得収支は、証券投資収益が赤字幅を拡大したことから黒字幅を縮小したが、1兆2755億円の黒字となった。第2次所得収支は2401億円の赤字、貿易・サービス収支は419億円の黒字。
訪日外国人旅客者数が前年比27.6%増となり、旅行収支は前年比26.5%増の5521億円の黒字だった。旅行収支の黒字幅拡大でサービス収支の赤字が大幅に縮小した。
東日本大震災後、貿易収支の赤字化に伴い、経常収支も赤字に転落するのではないかと危惧されたが、2023年1月に2兆円超の赤字を記録した後は、円安と食料品、エネルギー、資源価格の高騰などによる貿易赤字にもかかわらず、海外への証券投資や直接投資からの収入に支えられ黒字が続いている。今後も第1次所得収支に支えられ黒字基調を保つとの見方が大勢で、財務省担当者は、経常収支が近い将来、赤字に転落する可能性は少ないと分析している。
農林中金総合研究所理事研究員の南武志氏は「経常収支は、国内の投資・貯蓄(IS)バランスの反映だといえる。巨額の経常黒字は、国内の投資不足・消費不足の表れ」と指摘し、今後少子高齢化が進むにつれて国内貯蓄が減少に転じる段階で黒字に下押し圧力がかかる可能性があるとしつつ、「向こう何年かで急減することはない」とみている。
2024年通年の経常黒字は前年比6兆6689億円増の29兆2615億円と過去最大を記録した。
第1次所得収支が黒字幅を前年比4兆円超拡大した。輸出額の増加が輸入額を上回り、貿易収支の赤字幅も2兆6019億円縮小し、3兆8990億円になった。為替は対ドルで前年比7.8%の円安で、保有する外貨を円換算した時の金額が膨らむ一方、子会社からの配当金や、海外金利の上昇で債券の利回りが上昇した。


やや長くなりましたが、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気ウォッチャーのグラフは下の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしており、色分けは凡例の通りです。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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景気ウォッチャーの現状判断DIは、最近では昨年2024年10月統計で47.0となった後、11月統計では48.6、12月統計では49.0、そして、本日公表の1月統計でも48.6と3か月ぶりの下低下となっています。家計動向関連が先月から▲0.6ポイント低下した一方で、企業動向関連は+0.3ポイント上昇を見せています。ただし、家計動向関連のうち飲食関連が前月から▲4.0ポイントと大きく低下しており、また、住宅関連も▲2.0ポイントの低下となっています。先行き判断DIでも家計動向関連のうちの住宅関連はさらに▲4.6ポイントの低下となっている一方で、飲食関連は+2.0ポイントの上昇が見込まれています。基本的には、飲食関連は物価高の影響と私は受け止めています。特に、外食のはコメ価格の高騰が大きな影響を及ぼしていると考えるべきです。加えて、コメ以外にも食料品価格の値上がりも激しくなっている点は広く報じられていることと思います。加えて、インフルエンザの流行で人出が少なかった点も上げられるかもしれません。さらに、住宅関連がここまで低迷しているのは、価格上昇に加えて、どこまで金利上昇が影響しているのか、やや気になるところです。また、企業動向関連については、現状判断DI、先行き判断DIともに製造業は前月差プラスで、逆に、非製造業は前月マイナスとなっています。ただ、現状判断DIの水準は家計動向関連で48.6、企業動向関連で48.9と、50に近くて高い水準を維持している点も見逃すべきではありません。長期的に平均すれば50を上回ることが少ない指標ですので、現在の水準は、マインドが決して悪い状態にあるわけではない点には注意が必要です。統計作成官庁である内閣府では基調判断を「景気は、緩やかな回復基調が続いている」の基本ラインは据え置いていますが、引用した記事にもあるように、ビミョーに懸念材料が明示されて、半ノッチ下方修正という印象です。先行きについては、価格上昇の懸念は大いに残っていて、最大の焦点となりそうです。また、内閣府の調査結果の中から、家計動向関連のうちの見方に着目すると、小売関連では「主要原材料、特に米やのりの値上げが過去最高となっており、価格転嫁せざるを得ず、それが販売数の減少につながっている (南関東-コンビニ)。」や住宅関連では「いつまでも建築資材等の価格上昇が止まらない。様々な物の価格が上昇し、利益が圧迫されている (近畿-住宅販売会社)。 」といったものが目につきました。

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続いて、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。季節調整していない原系列の統計では、引用した記事にもあるように、貿易・サービス収支が419億円の黒字を計上したようで、私が確認したところ、季節調整済みの系列でも久しぶりに2023年10月以来の黒字を計上しています。季節調整済み系列による貿易・サービス収支の黒字は、この2023年10月をさかのぼると、2021年3月ですので、ここまでさかのぼれば、超久しぶりといえます。ただ、この先の今年2025年1月統計や2月統計は中華圏の春節の時期次第で貿易・サービス収支が大きく振れますので、その点は注意が必要です。私が調べた範囲で、今年の春節は1月29日から2月にかかる期間となっています。お休みは1月28日から始まるそうです。ですので、1月統計と2月統計に何らかのかく乱要因が持ち込まれる可能性があります。さらに、引用した記事にもある通り、日本の経常収支は第1次所得収支が巨大な黒字を計上していますので、貿易・サービス収支が赤字であっても経常収支が赤字となることはほぼほぼ考えられません。ですので、経常収支にせよ、貿易収支・サービスにせよ、たとえ赤字であっても何ら悲観する必要はありません。エネルギーや資源に乏しい日本では消費や生産のために必要な輸入をためらうことなく、経常収支や貿易収支が赤字であっても何の問題もない、と私は考えていますので、付け加えておきます。

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2025年2月 9日 (日)

アセモグル教授のFTへの寄稿コラム

昨年のノーベル経済学賞受賞者の1人であるアセモグル教授が Financial TimesThe real threat to American prosperity と題するコラムを寄稿しています。かなり長文で難解な上に、当然ながら日本語ではなく英語ですし、もちろん、全文を引用するのはコピーライトの観点からも好ましくないので、私の感じたキーワードやキーとなるセンテンスをいくつか引用したいと思います。さらにさらにで、強調部分もハイライトしておきます。
まず、イーロン・マスク氏を政府効率化症のトップに据えた点について、"This didn't do much to improve the business environment or competitiveness, but further weakened oversight of corruption." と評価しています。そして、米国の "unexpected decline" は "The most significant was the crumbling of American institutions." であるとの結論です。
そして、米国の分断の起源として、"Economic growth in the US was rapid for most of the post-1980 era, but about half of the country didn't benefit much from this." としています。すなわち、人口の半分を占める大学卒業者は "robust growth" を経験した一方で、大学卒業未満の米国人の実質賃金は下がったとの指摘です。その上、この分断は "The flames of grievance were powerfully fanned by social media, which deepened polarisation." となったということです。
ここでトランプ大統領が登場し、"In this environment, Trump quickly transitioned from being a symptom to being a cause, repeatedly breaking with democratic norms and refusing to abide by the constraints that laws and precedents set on presidential behaviour." となってしまいます。日本の安倍総理の登場についても、こんな感じではなかったか、と評価する向きがあっても不思議ではありません。
最後に、アセモグル教授が2050年の近未来から現時点を振り返ると、ということで、いくつかディストピア的な米国の将来像、ひとまとめにして "America's collapse" を示しています。このあたりは読んでみてのお楽しみです。ただ、最後の方で、"Looking back from 2050, however, one thing is clear. This was all avoidable." と予想していると述べて、まだ間に合う可能性を示唆しています。

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2025年2月 8日 (土)

今週の読書はピケティ教授の平等に関する経済書をはじめ計8冊

今週の読書感想文は以下の通り計8冊です。
まず、トマ・ピケティ『平等についての小さな歴史』(みすず書房)では、10年ほど前の『21世紀の資本』で世界を席巻したエコノミストが、人類の進歩における平等の役割を論じ、続いて、平等へと進む歴史を概観し、最後のに平等の達成に向けた政策や目標を取り上げています。妹尾麻美『就活の社会学』(晃洋書房)では、聞き手への忖度に基づいて、企業やメディアが求める学生像に合わせて「やりたいこと」をいかにも自発的に語らされる就活を社会学的に分析しています。ブライアン・クラース『なぜ悪人が上に立つのか』(東洋経済)では、権力と指導者について論じていて、サイコパスのような独裁者が権力を握るのを防止し、模範的な指導者が権力に就くようにするための方策が10点に渡って提案されています。スティーヴン・キング『ビリー・サマーズ』上下(文藝春秋)では、主人公のビリーが40代半ばにして引退を決意し、自叙伝ともいえる小説を書き始める一方で、とても報酬のいい最後の仕事を請け負うところから物語がスタートします。朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班『限界の国立大学』(朝日新書)では、取材班が2004年に導入されて20年を迎える国立大学法人化の首尾につき、アンケートやインタビューを駆使した取材結果に照らし合わせて結論を得ようと試みています。竹中亨『大学改革』(中公新書)では、法人化されて20年を経過した国立大学を主たる対象として日本とドイツの大学改革について基本となる理念や理論的背景を含めて解釈と解説を試みています。鈴木俊幸『蔦屋重三郎』(平凡社新書)は、やっぱり、NHK大河ドラマのお勉強として読んでいまして、話題となっている蔦屋重三郎についての教養書です。特に、文化史の背景が詳しいです。
今年の新刊書読書は年が明けて先週までに16冊を読んでレビューし、本日の7冊も合わせて23冊となります。Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。なお、櫻田智也『蝉かえる』も読んだのですが、2020年出版で新刊書読書ではないと考えられますから今週のレビューには含めず、すでにFacebook、Twitter、mixi、mixi2で取り上げておきました。

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まず、トマ・ピケティ『平等についての小さな歴史』(みすず書房)を読みました。著者は、10年ほど前の『21世紀の資本』で世界を席巻したフランス人エコノミストです。本書のフランス語の原題は Une Brève Histoire De L'Égalité であり、2021年の出版です。本書は10章から成っており、冒頭の2章で人類の進歩における平等の役割を論じ、その後、タイトル通りに平等へと進む歴史を概観し、最後に平等の達成に向けた政策や目標を取り上げています。まず、分析の視角として、平等に関する、というか、不平等を形成してきた歴史の中で果たした闘争とパワーバランスの重要性に着眼しつつ、闘争とパワーバランスだけに不平等の是正や平等の達成を委ねる両極端な見方を排しています。かつて土地持ちといわれた不動産所有を基盤とする不平等から、マルクス主義的な生産手段所有を基盤とする不平等、そして、最近では金融資産所有を基盤とする不平等までを視野に入れ、もちろん、その上で不平等をもたらす要因として、所得、そして、その所得の基礎となる学歴、年齢、職業、性別、出身地あるいは出身国、などなどの要素をあげています。個人ではなく、国レベルの不平等については、当然、産業革命が起源となります。ポメランツ『大分岐』などを引いています。そして、経済社会基盤としては個人間では奴隷制、国レベルでは植民地主義などが不平等をもたらす歴史を概観しています。もちろん、歴史的に一直線に不平等が拡大してきたわけではなく、米国のリンカーン大統領による奴隷解放、その前の歴史的イベントとしてのフランス革命による身分制の廃止などがあります。しかしながら、現在の民主主義も、元はといえば、納税額などにより不平等を容認した選挙制度から始まっています。女性まで参政権を拡大したのはそう昔のことではありません。そして、本書では、第1次世界大戦が始まった1914年から欧米で新自由主義政権が相次いで樹立される1980年までを「大再分配」と名付けて第6章で分析しています。その主要な政策手段は、課税前所得の格差を縮小させる累進課税と社会国家を上げています。私はやや不案内なのですが、本書でいう「社会国家」というのは、福祉国家に近い概念と受け止めました。もっとも、それほど自信があるわけではありません。加えて、歴史的な事実として、累進課税が普及してもイノベーションや生産性向上が阻害されることはなかった、との分析結果を示しています。ただ、1980年ころから格差が拡大し始めます。基本的には、明記していませんが、新自由主義的な方向への政策転換が大きいと私は受け止めています。米国では、激しい反労働組合政策と最低賃金の下落を本書では上げています。加えて、教育の機会均等が事実上失われていて、高所得者の子弟が大学進学で極めて有利になっている事実を指摘しています。そして、それに対する対抗軸として、ベーシックインカムとグリーン・ニューディールに基盤を置く雇用政策を上げています。最後に、1点だけ指摘しておきたいと思います。すなわち、日本以外の欧米先進国では1980年以降に高所得者がさらに所得を増やす形で不平等化が進みました。他方、日本では低所得者がさらに所得を減らす形で不平等化が進んでいます。この点は忘れるべきではありません。ですから、日本ではピケティ教授が考える以上に、というか、欧米諸国以上にベーシックインカムとグリーン・ニューディールのための雇用政策が、特に低所得者層に有効である可能性が高い、と私は考えています。

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次に、妹尾麻美『就活の社会学』(晃洋書房)を読みました。著者は、追手門学院大学社会学部准教授です。タイトル通りに、社会学的な分析がなされており、統計的な、というか、数量分析よりも、インタビューによるケーススタディが中心です。本書では、自由応募による就職活動を対象にしています。ですから、教授が就職先を割り振るような形の就職活動は含まれていません。学生サイドの就職活動としては、ネット上でエントリーシートを提出し、面接に進む、という形が多いのだろうと想像しています。そして、いわゆる「ガクチカ」といわれる学生時代に力を入れた活動とともに、サブタイトルにあるように、就職してから「やりたいこと」も学生は語る必要があります。というか、学生は聞き手への忖度に基づいて、企業やメディアが求める学生像に合わせて「やりたいこと」をいかにも自発的に語らされる就活を社会学的に分析しています。ただ、日本では広くメンバーシップ型の就職であり、本書でも、学生の就職とは企業を選ぶことであって、企業の中で何の仕事をするかは学生ではなく企業が決める、というのも一面の真理があるのではないかと思います。別の見方で、その昔にいわれたことで、「やりたいこと」を永遠に探すのがフリーターである、という考え方も成り立つ余地があります。「やりたいこと」を語らされた上に、実際にやらされることは企業の方で決める、というのは大きな矛盾かもしれません。そういった中で、大学のキャリア教育についても目を向けられており、インタビューの対象にもなっています。ただし、キャリア教育政策が労働市場におけるキャリアの曖昧さを過度に想定している、という批判も明らかにしています。はい、私もそう思います。私自身は、キャリア教育を担当しているわけではありませんが、キャリア教育にどこまで意味があるのかは不明ながら、大学では必須とされている不思議を感じます。そして、本書では、最初から最後まで底流を流れているのは、ライフコースという見方です。かつては、大学を卒業するところにもかかわらず、ほとんど「白紙状態」で就職し、終身雇用とさえ呼ばれた長期雇用システムの下で、男性基幹社員は定年まで無限定に長時間働き、それには、家事や育児に加えて介護まで家庭を仕切ってくれる専業主婦の存在が不可欠でした。逆に、女性は限界的な役割を担う労働者として結婚や出産までの短期間だけ働き、結婚・出産後は夫を家庭から支える役割を期待されていました。そして、子育てや介護から開放されればパートタイムに出るわけです。しかし、グローバル化が進んで世界的な競争が激化し、日本企業の体力が低下している中で、こういった役割分担的な家庭は少数派となり、共働き世帯が専業主婦世帯の3倍に上るという現実もあります。加えて、そういった就業や家庭が変化し、就職活動が変容するのであれば、教育と就労の接点である大学教育も何らかの変化が避けられません。その意味で、とても参考になった読書でした。

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次に、ブライアン・クラース『なぜ悪人が上に立つのか』(東洋経済)を読みました。著者は、米国生まれで英国オックスフォード大学で博士号を取得し、現在はユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの国際政治学の准教授です。冒頭に難破船から助かって無人島にたどり着いた人々の同じようなグループに着目して、独裁的なリーダーが出現しておぞましい結果を招いた例と、階層なくフラットな関係で友好的な関係を維持して救助された例の2つを示し、実は、難破船から無人島にたどり着くグループではなく、実際の現実的な社会においては前者のケースが少なくない点が強調されます。その上で、3つの問と1グループの解答を示そうと試みています。問は、サイコパスのような人物が権力を握るのか、そうではなく、権力に就くとサイコパスのような独裁者になるのか、はたまた、市民がサイコパスのような人物を指導者に選んでしまうのか、という3点であり、当然ながら、サイコパスのような独裁者が権力を握るのを防止し、模範的な指導者が権力に就くようにするための方策が10点に渡って提案されています。はい。極めて示唆に富む多数の事例が引かれています。アフリカや中南米の独裁者、あるいは、米国の住宅管理組合=Home Owners Associationの管理者、そして、明示はされませんが、企業のCEOや管理職の中にも決して少なくなく存在すると示唆しています。私は私立大学の教員ですので、同業者の中には私立大学の理事長を上げる人がいそうな気がします。広く報じられたところでは、日大の理事長がそうでしたし、東京女子医大の理事長経験者も最近逮捕されたことはニュースになっていたりしました。そして、本書で上げられている防止策については、読んでみてのお楽しみなのですが、1点だけ私の考えを明らかにすれば、くじ引きに基づく民主主義がひとつの選択肢になる可能性があるのではないかと考えています。かつて西洋の古典古代でも実践されていたことがありますし、現在の投票による民主主義が、先の兵庫県知事選挙なんかを念頭に置いて、ホントに、本書の観点からして、好ましい結果をもたらしているかどうかは小さからぬ疑問があります。もちろん、SNSの悪影響もあ否定できません。でも、そうでなくても、日本の国会議員や総理大臣に世襲が極めて多いのは、国民の多くが感じているところではないでしょうか。民主的な投票で選ばれているから世襲もOK、という点は強調されて然るべきですが、どこまでホントに自由な投票かは疑問です。単に投票で選ばれているという形式的な点だけに着目すれば、中国だって、北朝鮮だって投票で選ばれているのではないか、という気がします。ですので、私自身は投票に100%の信頼を置いたり、投票以外の指導者選出方法を否定するのはひょっとしたら危険なのではないか、と考え始めています。マルクス主義的な暴力革命はまったく可能性がない上に、百害あって一利なし、といわざるを得ませんが、くじ引きにより指導者を選出する、あるいは、チェノウェス教授の『市民的抵抗』で示唆されているような直接的な行動、などなどを指導者選出のひとつの方策とする可能性も決して無条件に排除することができない、と考え始めています。ただ、本書の指摘通り、基本はチェック・アンド・バランスによる市民による指導者の監視がもっとも重要です。それだけに、監視される側の指導者とともに、監視する側の市民の教養やバランス感覚、常識的な判断能力などのリテラシーが問われるところではないか、と考えます。こういった基礎的なリテラシーの涵養のためにも大学が果たすべき役割は決して小さくないと思います。

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次に、スティーヴン・キング『ビリー・サマーズ』上下(文藝春秋)を読みました。著者は、ホラー小説の帝王とも呼ばれる小説家です。本書は、作家デビュー50周年記念の一環としての出版です。ホラーではなくて犯罪小説=クライム・ノベルと呼ぶべき作品で、近代物理学に反する現象や存在は出現しません。本書のタイトルは主人公の名前であり、ビリーは米軍の海兵隊を除隊してから殺し屋家業をしています。ただし、誰でも暗殺するというわけではなく、悪人しか標的にはしないというのがポリシーです。基本的に、ゴルゴ13と同じスナイパーと考えてよさそうです。そのビリーが40代半ばにして引退を決意し、自叙伝ともいえる小説を書き始める一方で、とても報酬のいい最後の仕事を請け負うところから物語がスタートします。そのため、小さな町に作家のフリをしながら潜伏して殺しの準備を進めることになりますが、この仕事にはなにかウラがあるような胡散臭さを嗅ぎつけて、ビリーは作家のフリに加えて、独自の逃走ルートのために、もうひとつの隠れ家的な潜伏先を設けて三重生活を送ることにします。すなわち、作家のフリをして原稿執筆するのは標的が護送されてくる裁判所の近くの依頼主が借りたオフィス、そして、ビリーの生活のために依頼主が借りた住宅、そして、依頼主から逃れる可能性も考えてビリーが別名で借りた別の住宅、ということになります。上巻の舞台はイリノイ州南部と示唆されます。すなわち、ミシシッピ川の東に位置して、北部と南部の分岐であるメイスン・ディクスン境界線のすぐ南にある小さな町で、標的となる人物が警察によって裁判所へ護送されてくる機会を待ちます。この際、ビリーはホントは極めて聡明であるにもかかわらず、「おバカなおいら」を演じます。依頼主が借りた住宅では、絵に書いたような米国的なご近所との交流がなされます。そして、依頼主のミッションを終えて、警察などの当局と依頼主の両方から逃亡を始めようとするビリーは、レイプされて死にそうな20歳そこそこのアリスを拾ってしまいます。そして、ビリーとアリスの2人組の逃亡劇が始まるわけです。この下巻の逃亡劇は怒涛のように展開します。そのあたりは読んでみてのお楽しみ、ということになります。ただ、出版社のうたい文句にあるように「キング史上最も美しいラストに涙せよ」というのは、出版社自身が宣伝文句にしているわけですので、ネタバレでも何でもないと思います。いや、さすがに圧巻の小説でした。上巻の緻密な構成と展開、下巻の一気に驀進するストーリー、上下巻とも300ページを超え、合わせて600ページ強あり、しかも、2段組でびっちり文字が各ページに埋め尽くされています。もともと、長くて詳細な記述の小説が得意な作者のキングではありますが、ボリュームに負けずに読み通すことは、この作品の場合は決して難しいことではないと思います。一気に読めます。

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次に、朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班『限界の国立大学』(朝日新書)を読みました。著者は、朝日新聞紙上とデジタル版でこの問題に関する特集記事を展開した取材班です。テーマは、いうまでもなく、2004年に導入されて20年を迎える国立大学法人化の首尾です。アンケートやインタビューを駆使した取材結果に照らし合わせた判定は明らかに失敗だった、という結論かと思いますが、その失敗の原因についてはもう少し掘り下げて欲しい気がして、私には物足りない部分が残りました。ただ、日本の場合は大学のクオリティは圧倒的に国立大学に分があって、私立大学は国立大学トップには叶わないわけですので、教育についても、研究についても国立大学を対象に検証や分析を試みるのは意味があると考えるべきです。ということで、一応、私は国立大学と私立大学の教員をどちらも経験しています。キャリアの国家公務員からの現役出向として長崎大学に2年間単身赴任しましたし、国家公務員を定年退職した後に現在の立命館大学でほぼ5年間のongoingの教員経験があります。長崎大学での経験はもう15年も前のことで、国立大学法人化がなされた数年後であり、毎年1%ずつ削減される運営費交付金の削減額もまだそれほど深刻な影響を及ぼしていなかった気がします。ただし、私がいずれも経済学部の教員でしたので理工学系の大規模な実験設備に資金が必要というわけではなく、ソフトウェアと書籍や何やを買うくらいで、研究費がとんでもなく不足したという記憶はありません。とんでもなく不足しているわけではありませんが、常に研究費の不足には悩まされていました。長崎大学のころにはテレビ局からお呼びがかかったにもかかわらず、旅費が捻出できずにテレビ出演がボツになった経験もあります。ただ、研究を離れて教育に目を向ければ、国立大学と私立大学で圧倒的に違うのはST比です。私立大学は学生がいっぱいいて、多くの授業のコマ数を担当せねばなりません。長崎大学在籍当時は運営費交付金の削減が進んでいなかったこともあって、非常勤教員や任期付教員はそれほどいませんでしたが、現在、こういったいわば大学教員の非正規雇用が進んでいるのは、運営費交付金が削減されたためであると同時に、国立大学の評価のひとつの項目に常勤教員1人当たりの研究成果があるのも関係している可能性があります。分母の常勤教員を減らしておけば、この評価項目は高くなったりするわけです。ただ、何といっても、国立大学の研究力がここまで落ちたのは、政府の「選択と集中」による研究費の分配であることは明らかです。基礎研究はかえりみられることなく、製品化に近い研究ばかりが重視され、大学の研究が企業に下請けになっている感があります。政府の文教・研究政策だけでなく、ひとつには、本書で掘り下げられていない企業の能力低下が上げられます。これほど利益剰余金を積み上げながら、研究開発の能力が中国や欧米先進国に比べて相対的に低下した企業が多数に上るのは、多くのビジネスマンが実感しているところではないでしょうか。そして、その企業の能力低下のツケを交付金削減の憂き目にあっている国立大学にツケ回ししているように見えます。他方で、政府、というか、「財務省が押し切る」という表現もあるものの、その責任の重大性が見逃されている気もします。この点ももっと掘り下げて欲しく、大学教員として物足りませんでした。もちろん、私大についてはまったく無視されています。本書p.37でも指摘しているように、国立大学86校には1兆円余の運営費交付金が配布されている一方で、学生数で3.6倍に上る620校ほどの私大には3000億円しか助成金が割り当てられていません。この現状も何とかして欲しいと考えている私大教員は私だけではないと思います。

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次に、竹中亨『大学改革』(中公新書)を読みました。著者は、大学改革支援・学位授与機構教授です。本書は、法人化されて20年を経過した国立大学を主たる対象として日本とドイツの大学改革について基本となる理念や理論的背景を含めて解釈と解説を試みています。本書の記載順を離れて、私なりに本書を解釈すると、まず、大学改革が1990年代、特に1990年代後半に国際的に盛り上がった背景には、いわゆるニュー・パブリック・マネジメント(NPM)の影響があると本書では指摘しています。さらに、その背景には大学のオープン化/パブリック化があります。すなわち、長らくエリート層の特権っぽく見えていた大学進学が一般市民、という表現もヘンなのですが、大学が広く中等教育終了者に開放されて、学齢期市民の約半分ほどが大学に進学することになります。高校については、その前から日本では実質的に進学率が100%近くに達していたのは広く知られている通りです。学齢期の半分が大学に進学するだけでなく、同時に、学齢期以外の市民にも広く開放されることになります。たとえな、学び直し=リカレント教育で社会人が、会社に勤務しながら、あるいは、会社の休みである週末や夜間を使って大学院に通う、ということも広がり始めたからで、したがって、国立大学の法人化や運営費交付金の削減をヤメにして、昔の形に戻っても問題は解決しない、と本書では指摘しています。ですので、クラークの三角形と呼ばれる国家規制/市場メカニズム/教授自治の3要素でコントロールする、あるいは、クラークの三角形を拡張した5累計からなるイコライザーでコントロールする必要があると論じます。このあたりは、エスピン-アンデルセンによる福祉レジーム論と通ずるものがあると私は感じました。それはともかく、日本があたかもお手本にしているかのような米国の大学は、東海岸のアイビーリーグをはじめとして、市場メカニズムにより私立大学をコントロールするわけですので、同じく私立のオックス-ブリッジが飛び抜けた存在となっている英国とともに、日本の国立大学に適用するのは難がありそうだというのはよく理解できると思います。ですので、ここで州立大学が少なくないドイツが登場するわけです。ただ、この先で、ドイツの大学と日本の大学のそれぞれの改革についての本書の議論は、私にはよく理解できませんでした。要するに、結果として、ドイツはうまくいっていて、日本は失敗である、というのは明らかなのですが、その原因が何であるのかは本書では十分に分析しきれていないきらいがあります。少なくとも、ドイツの大学評価は日本と比べて大雑把でゆるやか、というのは理解しましたが、それがなぜ日本とドイツを分けているのか、そのあたりの分析は十分でないと私は受け止めました。誰が見ても日本のトップ校である東京大学とに対して、本書でしばしば登場する鹿屋体育大学を同じ土俵で同じ尺度で評価するのは、明らかに間違っているのは理解します。本書が指摘するように、法人としての大学をいっしょくたにして同じ基準で評価するのは、義務教育と高等教育を同列に見てい謬見に基づくものであり、確かに批判に耐えないことと思いますが、逆に、ドイツはどうしてうまくいっているのか、単に評価が緩やかなだけなら、本書で否定しているような「昔に戻す」で十分ではないか、と私は受け止めてしまいました。たぶん、私の読み方が不足している可能性が高いとは思いますが、少し物足りない読書でした。


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次に、鈴木俊幸『蔦屋重三郎』(平凡社新書)を読みました。著者は、中央大学文学部教授であり、ご専門は近世文学や書籍文化史だそうです。本書は、やっぱり、NHK大河ドラマのお勉強として読んでいまして、話題となっている蔦屋重三郎についての教養書です。特に、文化史の背景が詳しいです。すなわち、蔦屋重三郎が活躍した18世紀後半の江戸には、喜多川歌麿、東洲斎写楽、山東京伝、大田南畝といった江戸文化を彩る浮世絵や文学の花形スターが相次いで登場し、一大旋風を巻き起こしました。これらのスターたちの作品を巧みに売り出し、ご本人のホームグラウンドでもある吉原とともに江戸文化の最先端を演出したのが、版元の「蔦重」こと蔦屋重三郎です。それまでのお江戸の文化といえば、17世紀末から18世紀初頭の元禄文化があったとはいえ、まだまだ、京や大坂といった上方文化には太刀打ちできず、上方からの「下りもの」を有り難がっていたりしました。ですから、江戸の中や近在で取れた産物は「下らない」ものだったわけです。しかし、蔦重が活躍した18世紀末になると江戸の地場の文化が花開きます。江戸っ子の文化が成立したともいえます。本書ではその中心として蔦重を、現代的な表現をすれば、仕掛け人=プロデューザーとして取り上げています。本書では、特に、絵画としての浮世絵とは別に、文学としての狂歌に注目していて、狂歌はそれまで読み捨てられていたものであるにもかかわらず、蔦重が編集して書籍として出版した成果に着目しています。読み捨てで終わらず出版したからこそ、現在まで残されているのはその通りです。ですから、「世の中に蚊ほどうるさきものは無しぶんぶといふて夜も寝られず」といった寛政の改革を皮肉った狂歌が現在の社会科の教科書に掲載されていたりするわけです。本書では、この寛政の改革に先立つ田沼時代に対して一定の評価をしており、学校教育における「悪者」という位置づけに対して批判的な見方を示しています。また、寛政の改革についても、田沼時代の反動としての緊縮財政だけでなく、教育改革、すなわち、学問レベルの向上を目指すもの、という面も強調しています。ですから、これも皮肉なのですが、寛政の改革による学問振興により、無学な武士が質素・倹約・齟齬といった漢字を覚えて喜んでいる、といった事実も指摘しています。NHK大河ドラマはさておいても、私は独身のころに吉原にほど近い東京の下町に住んでいましたので、なかなか、勉強になる読書でした。

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2025年2月 7日 (金)

1月の米国雇用統計とトランプ政権の政策動向やいかに?

日本時間の今夜、米国労働省から1月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は、2024年12月統計の+307千人増から今年2025年1月統計では+143千人増と減速した一方で、失業率は前月からわずかに低下して4.0%を記録しています。まず、Reuters のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事をやや長めに8パラ引用すると以下の通りです。

US job growth misses expectations in January; unemployment rate at 4.0%
U.S. job growth slowed more than expected in January, likely restrained by wildfires in California and cold weather across much of the country, but a 4.0% unemployment rate probably gives the Federal Reserve cover to hold off cutting interest rates at least until June.
Nonfarm payrolls increased by 143,000 jobs last month after rising by an upwardly revised 307,000 in December, the Labor Department's Bureau of Labor Statistics said in its closely watched employment report on Friday. The moderation in job gains was also payback after December's robust performance.
Economists had expected the establishment survey to show 170,000 jobs added, with estimates ranging from 60,000 to 250,000. The employment report was distorted by annual benchmark revisions, new population weights and updates to the seasonal adjustment factors, the model the government uses to strip out seasonal fluctuations from the data.
The final employment report under former President Joe Biden's administration showed slower job growth from April 2023 through March 2024 than had been reported.
Cutting through the noise, the healthy labor market narrative remained intact through January. The unemployment rate was at 4.0%. It is not directly comparable to December's 4.1% rate because of the new population controls, which only apply to January and upcoming reports, meaning a break in the series.
Average hourly earnings rose 0.5% after gaining 0.3% in December. Wages increased 4.1% in the 12 months through January after advancing 4.1% in December.
Labor market resilience is the driving force behind the economic expansion and has given the U.S. central bank room to pause rate cuts while policymakers assess the impact of the fiscal, trade and immigration policies of President Donald Trump's administration, viewed by economists as inflationary.
The Fed left its benchmark overnight interest rate unchanged in the 4.25%-4.50% range last month, having reduced it by 100 basis points since September, when it embarked on its policy easing cycle. The policy rate was hiked by 5.25 percentage points in 2022 and 2023 to tame inflation.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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ということで、ここまで詳細に報道記事を引用すると、もう十分にお腹いっぱいという気もします。米国の雇用は非農業部門雇用者の増加が、昨年2024年11-12月統計では大きく加速して11月+261千人、12月+307千人増を記録しています。11月12月ともに、先月の雇用統計公表時から;50千人ほど上方改定されていたりもします。ただし、引用した記事の3パラ目にあるように、市場の事前コンセンサスでは1月の雇用者増は+170千人程度と見込まれていまそたので、レンジは+60から+250千人増とはいうものの、実績の+143千人増は予想を下回っています。他方、失業率については、ほぼ安定的に推移しており、1月の4.0%は、昨年2024年11月の4.2%や12月の4.1%からさらに低下し、歴史的に低い水準を維持していると考えるべきです。だたし、雇用に関してはトランプ政権の政策動向が不透明な点が気がかりです。すなわち、不法移民の強制送還が大規模に実施されれば人手不足が強まる恐れがある一方で、政府職員の削減がどの程度進められるのかはまったくエコノミストの理解を超えています。米国国際開発庁(USAID)を閉鎖、というか、国務省と統合するなんて、インドネシアにJICA専門家として3年間派遣されていた私にはまったく理解不能です。日本であれば、中央省庁の再編があっても職員が解雇されることは考えられないのですが、米国では平気でありそうな気もしますし、トランプ政権でマスク長官が強行する可能性は十分あるような気もします。不法移民が従事していたjobに比べて、政府職員が果たしていた職責は、量的に比較しようもありませんし、質的には大きく違っていることと考えるのが妥当でしょう。まったく、今後の米国労働市場の動向は予想できません。
広く報じられているように、米国連邦準備制度理事会(FED)は1月28-29日の連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利の据え置きを決定した一方で、日銀の金融政策決定会合は1月23-24日の会合で再利上げに踏み切りました。先に8パラ引用したReuters の記事の9パラめは "Financial markets are expecting a rate cut in June." だったりします。日米の金融政策動向にも注目です。

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2か月ぶりに上昇した2024年12月の景気動向指数CI一致指数

本日、内閣府から昨年2024年12月の景気動向指数が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数は前月から+1.1ポイント上昇の108.9を示し、CI一致指数も+1.4ポイント上昇の116.8を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから報道を引用すると以下の通りです。

景気一致指数12月は1.4ポイント上昇、2カ月ぶりプラス 輸出改善
内閣府が7日公表した2024年12月の景気動向指数速報(2020年=100)によると、足元の景気を示す一致指数は前月比1.4ポイント上昇し116.8となった。指数の改善は2カ月ぶり。輸出や投資財出荷の改善が寄与した。先行指数も、在庫率指数や新規求人数の改善で前月比1.1ポイント高い108.9と2カ月ぶりに上昇した。
一致指数から一定のルールで機械的に決まる基調判断は「下げ止まりを示している」とした。8カ月連続で同じ表現を維持している。
一致指数を構成する経済指標のうち、「輸出数量指数」が米・欧・アジア向け輸出の増加で押し上げに寄与したほか、「投資財出荷指数」もクレーンや掘削機械の出荷増が押し上げた。「小売販売額」も、ネット通販やドラッグストアの好調が寄与した。
一方、「耐久消費財出荷指数」は自動車の生産減で指数を押し下げた。
先行指数は、投資財出荷の好調により「最終需要財在庫率指数」が改善したほか、「新規求人数」や「マネーストック」なども指数を押し上げた。

いつもながら、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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2024年12月統計のCI一致指数は2か月ぶりの改善となりました。3か月後方移動平均も4か月連続の上昇で+0.93ポイント上昇、ただ、7か月後方移動平均は▲0.06ポイントの下降となっています。ただ、統計作成官庁である内閣府では基調判断は、今月も「下げ止まり」で据え置いています。5月に変更されてから半年余り同じ基調判断で据置きです。なお、細かい点ながら、上方や下方への局面変化は7か月後方移動平均という長めのラグを考慮した判断基準なのですが、改善からの足踏み、あるいは、悪化からの下げ止まりは3か月後方移動平均で判断されます。ただ、「局面変化」は当該月に景気の山や谷があったことを示すわけではなく、景気の山や谷が「それ以前の数か月にあった可能性が高い」ことを示している、という点は注意が必要です。いずれにせよ、私は従来から、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そう簡単には日本経済が景気後退局面に入ることはないと考えていて、世間一般と比べるとやや楽観的な見方かもしれません。ただし、日本経済はすでに景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありませんし、多くのエコノミストが円高を展望して待ち望んでいる金融引締めの経済へ影響は、引き続き、考慮する必要があるのは当然です。
CI一致指数を構成する系列を前月差に対する寄与度に従って詳しく見ると、引用したロイターの記事にもあるように、輸出数量指数が+0.74ポイントともっとも大きな寄与を示したほか、投資財出荷指数(除輸送機械)が+0.31ポイント、商業販売額(小売業)(前年同月比)+0.12ポイント、などとなっています。他方、マイナスとなったのは耐久消費財出荷指数▲0.06ポイント、商業販売額(卸売業)(前年同月比)▲0.05ポイントだけでした。

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2025年2月 6日 (木)

明治安田総研リポート「失われた賃金は180兆円、内部留保増分の約半分」を読む

一昨日2月4日付けで、明治安田総研から「失われた賃金は180兆円、内部留保増分の約半分」と題するリポートが明らかにされています。まず、リポートからポイントを4点引用すると以下の通りです。

ポイント
  • 2000年以降の春闘賃上げ率は、従業員の頑張り(生産性)や労働市場のひっ迫具合に比して過小である
  • 企業の出し惜しみ分である「失われた賃金」は2000年以降で累計180兆円と推計され、内部留保増分の約半分
  • 一般労働者の所定内給与は月額9万円増の44万円だった可能性
  • 賃上げが定着していれば、2000年度以降の実質GDP年平均成長率は1.5%と試算でき、米国(2.2%)には及ばないものの、ユーロ圏(1.2%)を上回る。賃金の出し惜しみが日本の成長を妨げた可能性が高い

実にタイトル通りの内容で、引用したポイントも的確に経済的な事実を捉えており、というか、大学などではなく民間シンクタンクのリポートとして、ここまであからさまなリポートは私は初めて見た気がします。当然、私自身もエコノミストとして深く共感する部分がありますので、グラフを引用しつつ取り上げておきたいと思います。

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まず、リポートから (図表1)春闘賃上げ率の実績と推計結果 を引用すると上のグラフの通りです。グラフの中に、インフレモデルとデフレモデルというのが明記されています。すなわち、このリポートでは、「日本で金融危機があった1998年を境に構造変化が観察されたため、推計式は2本立てとなる。」との考えで、1975年から1998年までを対象期間とするインフレモデルを推計し、かつ、1999年から2023年までを対象とするデフレモデルを推計し、2本立てのモデルを推計外期間に適用して延長=外挿しています。当然ながら、インフレモデルは推計期間外の1999年から2023年までのデフレ期にはモデルによる理論値が実績にそれほどフィットしていないのが見て取れますが、何と、2023-24年には再び良好な実績へのフィットを取り戻しています。

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続いて、リポートから (図表3)所定内給与の経路 及び (図表4)企業の利益剰余金と失われた賃金 を引用すると上のグラフの通りです。この2枚のグラフでは、もしも、1999年から2023年までのデフレ期にインフレモデルの理論値を当てはめると、実績とどう違っているかを試算しています。上のパネルでは所定内給与に大きな差が出ている点が明らかにされていて、2024年の実績値である月額35万円は、インフレモデルを当てはめると理論値として44万円になっていてもおかしくない、という点を明らかにしています。そして、下のパネルでは失われた賃金を推計していて、利益剰余金と失われた賃金が左右でスケールが異なるので注意する必要がありますが、2000年度から2023年度にかけて積み上がった利益剰余金の差分+400兆円に対して、失われた賃金が▲180兆円に上るとの結果を得ています。階級対立史観を堅持するエコにミストであれば、利益剰余金の増分+400兆円のうち半分近い180兆円は労働者から搾取されたものである、と主張しても不思議ではありません。

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続いて、リポートから (図表6)実質GDPの経路 を引用すると上のグラフの通りです。このグラフでは、もしも、企業サイドが利益剰余金に回さずに賃金を+180兆円労働者に支払っていたらGDPがどのようなパスで成長したかという試算結果を明らかにしています。失われた賃金の累計▲180兆円のため、2024年度で見て▲120兆円分のGDP=付加価値が失われたとの試算結果です。したがって、リポートでは、最後の結論として「年平均成長率(2000~2024年度)は1.5%と、実績である0.6%の2.5倍に高まる。同期間の米国の伸び(2.2%)には及ばないものの、ユーロ圏の伸び(1.2%)を上回る。海外投資家からのROE改善圧力や先々の不況に備えたいという事情もあったにせよ、賃金の出し惜しみが日本の堅調な成長を妨げた可能性が高い。」

繰り返しになりますが、ここまであからさまに企業行動を日本経済の成長の妨げと指摘したリポートは、私は大学の研究者以外では見たことがありません。官庁リポートではありえないでしょう。要するに、日本経済の弱点は企業団体などが指摘するように、労働者の生産性が低いという点にあるのではなく、企業が利益剰余金を溜め込んで労働者の賃金支払を出し惜しんだ、という企業行動である、との結論です。低賃金も同様に生産性が低いからではなく、企業が賃金への支払いを出し惜しんだから、ということです。要するに、企業は労働者の首を絞めたつもりで、実は、自分で自分の首を絞めた、ということなのかもしれません。

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2025年2月 5日 (水)

2024年12月の毎月勤労統計に見る賃金の伸びやいかに?

本日、厚生労働省から2024年12月の毎月勤労統計が公表されています。従来からのサンプル・バイアスとともに、調査上の不手際もあって、統計としては大いに信頼性を損ね、このブログでも長らくパスしていたんですが、久しぶりに取り上げておきたいと思います。統計のヘッドラインとなる名目の現金給与総額は季節調整していない原数値の前年同月比で+4.8%増の61万9580円、消費者物価指数(CPI)上昇率が+4.2%でしたので、実質賃金は+0.6%増となっており、景気に敏感な所定外労働時間は季節調整済みの系列で前月から▲3.8%減となっています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

実質賃金12月0.6%増、賞与増が寄与 24年通年は0.2%減
厚生労働省が5日発表した2024年12月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)によると、物価変動の影響を除いた実質賃金は前年同月から0.6%増えた。プラスとなるのは2カ月連続だ。冬のボーナス支給額が増加したことが寄与した。
名目賃金を示す1人あたりの現金給与総額は61万9580円だった。伸び率は4.8%で、実質賃金の計算に用いる消費者物価指数(持ち家の家賃換算分を除く総合)の上昇率(4.2%)を上回った。名目賃金のうちボーナスを含む「特別に支払われた給与」が6.8%増の33万3918円とけん引した。
ボーナスの影響を除いた賃金は物価上昇の勢いに追いついていない。基本給や残業代を含む「きまって支給する給与」でみると、実質で1.5%下がった。厚労省の担当者は「3%を超える物価上昇率は(適切な水準よりも)やや高い」との見方を示した。
就業形態別では、正社員などフルタイムで働く一般労働者の現金給与総額は4.9%増の83万8606円だった。アルバイトなどパートタイム労働者の1時間あたり所定内給与は4.9%多い1380円となった。
厚労省が同日発表した2024年の実質賃金は、前年から0.2%減少した。マイナスとなるのは3年連続。ボーナスの支給がない月は実質賃金のマイナスが続き、通年でみると賃金の上昇が物価高に追いつかなかった。
1人あたりの現金給与総額は、2.9%増の34万8182円だった。伸び率は1991年以来、33年ぶりの大きさだ。きまって支給する給与は2%増の28万1990円。特別に支払われた給与は6万6192円で、伸び率は比較可能な2001年以降で最も高い6.9%に達した。

物価とともに賃金は注目の指標ですので、やや長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、毎月勤労統計のグラフは下の通りです。上のパネルは現金給与指数と実質賃金指数のそれぞれの前年同月比、下は景気に敏感な所定外労働時間指数の季節調整済みの系列、をプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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毎月勤労統計については、広く報じられた通り、不正事案として統計の信頼性に疑問を生じたことから、しばらく私の方では放置して注目の対象から外していましたが、一昨年2023年春闘に続いて、昨年2024年も大幅な賃上げがあったと考えられることから、賃金や労働時間に着目した毎月勤労統計を再び取り上げることにしました。なお、統計不正の最終的な報告については統計委員会から「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する追加報告書」などが出ています。
ということで、昨年の春闘の結果などを受けて、現金給与総額は季節調整していない原系列の前年同月比で4月+1.6%増、5月+2.0%増から、6月+4.5%増、7月+3.6%増と跳ね上がって、11月も+3.9%増、そして、本日公表された12月も+4.8%増となっています。ただし、12月現金給与指数の大きな上昇には好業績を背景としたボーナス分が寄与しており、今後の動向には留意が必要と考えるべきです。ボーナスの統計については、追って公表されると考えています。ですので、決まって支給する給与ベースで見ると、4月+1.6%増、5月+2.0%増、6月+2.1%増、7月+2.2%増、の後、少しすっ飛ばして、11月+2.5%増、12月+2.5%増と緩やかに上昇率を加速させているのが理解できます。ただ、足元で消費者物価指数(CPI)のヘッドライン上昇率が11月+2.9%、12月+3.6%ですので、インフレには到底及びません。ただ、日銀が物価目標の+2%を達成できれば、ボーナスや諸手当などを含めない「決まって支給する給与」のベースでも、何とか実質的な賃金がインフレを上回ることができる数字だという点は理解しておくべきです。加えて、ボーナスなどを加味すると、長らく前年同月比マイナスだった実質賃金の上昇率は11月+0.5%増、12月+0.6%増を記録しています。いずれにせよ、ボーナス要因が剥落する今年2025年1月以降の統計を慎重に見極めたいと思います。最後に、所定外労働時間指数、すなわち、残業についても、上のグラフに見られる通り、ジワジワと減少を示しています。景気拡大局面が後半に入っていることを実感させられるグラフかもしれません。

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2025年2月 4日 (火)

米国トランプ政権による関税引上げの影響はいかに?

先月1月20日にトランプ大統領が就任し、いよいよ今週からカナダとメキシコには25%、中国には追加で10%と大きな関税引上げ政策が行政命令により発動されるかと思っていたら、延期の報道が見られ、早くも世界経済が混乱に陥りかけているよう見えます。このトランプ2.0の関税政策の経済的影響については、昨年の段階で大和総研から日本経済には明確にマイナスの影響という試算結果が示されており、私を含む多くのエコノミストが緩やかに同意していたことと思いますが、先週になって、JETROアジア経済研究所から真逆の日本経済にプラスという試算結果が示されています。また、主要な眼目ではないながら、日本総研からもそれらしい試算が示されていて、これもマイナスという結果となっています。各シンクタンクの試算結果の引用元は以下の通りです。

また、web上でオープンにされている資料はありませんが、知り合いのエコノミストから送ってもらっているSMBC日興証券のリポート「トランプ関税による日米経済への影響」では、米国内の物価上昇に対する需要の価格弾力性や内閣府の短期マクロモデルの定数などから日本の実質GDPにはマイナスの影響があるとの大雑把な試算結果を示しています。はい、私もこれくらいの大雑把な感触なのですが、明らかに、トランプ2.0の関税政策は世界経済にも、日本経済にもネガな影響を及ぼすと考えるべきです。
米国の関税率の引上げについて理論的に考えれば、通常は、関税率が引き上げられた国、すなわち、カナダ、メキシコ、中国からの輸出が、そうでない国、日本をはじめとする多くのその他の国の輸出で代替されますので、その代替効果と、関税率の引上げが米国経済や関税率を引き上げられた国々、それに世界経済の所得を引き下げる所得効果の両方があります。日本経済への影響は、前者の代替効果がプラスで、後者の所得効果がマイナスとなり、符号は必ずしも確定しませんが、常識的に考えて、後者の所得効果によるマイナスの影響が大きく、トランプ2.0の関税引上げは日本経済にはネガな影響をもたらす、と私は考えています。

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ついでながら、この日本経済へのネガな影響は、世界各国の中でも日本は決して大きい方ではない、という点は強調しておきたいと思います。すなわち、上のグラフは学術論文から引用しているのですが、英国、フランス、ドイツといった西欧先進国の方が日本よりダメージが大きい、との試算結果が示されています。繰り返しになりますが、上のグラフを引用した学術論文は以下の通りです。

最後に、カナダ、メキシコ、中国に対する米国の関税率引上げは、実は、米国経済へのマイナスのインパクトを持ちます。基本的に、物価の上昇とそれに起因するGDP成長率への負の影響です。しかも、カナダからの輸入はともかく、中国やメキシコからの輸入は高所得家計よりも低所得家計に対するダメージが大きい点は十分理解できると思います。そういったいくつかの試算結果について、ピーターソン国際経済研究所(PIIE)によるPIIE Chartsと同様のものをTwitterのサイトに上げられているグラフを、私の視点からいくつか見繕ってつなぎ合わせると以下の通りです。ご参考まで。

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2025年2月 3日 (月)

2024年映画市場は前年からやや縮小も「邦高洋低」は変わらず

やや旧聞に属するトピックながら、先週水曜日の1月29日に日本映画製作者連盟から「2024年 日本映画産業統計」が明らかにされています。pdfファイルによる「2024年 全国映画概況」もアップロードされています。入場人員は155,535千人となり、前年比▲7.1%減、興行収入も221,482百万円と▲6.5%減でした。「邦高洋低」が続いており、邦画の興行収入は洋画のほぼ3倍です。しかも、2024年も邦画の興行収入が+5.1%増であったのに対し、洋画は▲30.2%減となっています。なお、150億円超えのトップは「名探偵コナン」シリーズでした。それをはじめとして、トップ5はすべて邦画で、朝日小学生新聞のサイトから引用すると以下の通りです。なお、洋画トップの興行収入を上げたのは、「インサイド・ヘッド2」53.6億円でした。

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