今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、郡司大志『金融政策の効果測定』(慶應義塾大学出版会)では、1999年2月のゼロ金利から始まって、2024年3月の量的・質的金融緩和の解除と金融政策の「正常化」までの期間の金融政策の効果の測定を試みています。因果推論を活用した計測なのですが、計測対象が適切かどうかは疑問です。マルチェロ・ムスト[編著]『マルクス・リバイバル』(地平社)では、資本主義や共産主義、さらに、民主主義から始まって22のチャプターで専門家たちが最近時点でのマルクス研究の成果を紹介しています。ただ、日本人研究者は参加しておらず、マルクス研究で遅れを取っているのだろうか、と思ってしまいました。岩井圭也『真珠配列』(早川書房)では、近未来の中国を舞台に、異常な速さで進行する癌による死者が出始め、その中に有力政治家の子息が含まれていて、北京市公安局刑事偵査総隊の捜査官アーロンが、ウイグル人の遺伝子エンジニアであるマリクの協力を得て操作を進めます。麻根重次『千年のフーダニット』(講談社)では、コールドスリープした7人が1000年後に目覚めると、そのうちの1人が死んでいた、という事件について、ハウダニットとフーダニットの謎を解き明かそうと試みます。SF的な色彩豊かなミステリです。和仁かや『江戸の刑事司法』(ちくま新書)では、バーチャルお白州ということで、タイトル通りに、徳川幕府の「公事方御定書」を基に、さらに、実際の裁判記録である「御仕置類例集」などをひも解いて、徳川時代の刑事司法を紹介しています。碧野圭『凜として弓を引く 覚醒篇』(講談社文庫)は、中学を終えて名古屋から東京に引越して来て、武蔵西高校に入学する矢口楓を主人公とする弓道青春小説であり、そのシリーズ第5巻に当たる本書では、西武蔵高校弓道部は関東大会に出場し、同級生の真田善美はインターハイの個人戦で優勝します。
今年2026年の新刊書読書は先週に4冊、今週の6冊を加えると合計で10冊となります。また、これらの新刊書読書のほかに、瀬尾まいこ『幸福な食卓』(講談社文庫)、『千年のフーダニット』の前作である麻根重次『赤の女王の殺人』(講談社)、大山誠一郎の短編集『密室蒐集家』と『赤い博物館』と『記憶の中の誘拐』(文春文庫)も読んでいます。ただ、新刊書ではないので、本日のレビューには含めていません。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。

まず、郡司大志『金融政策の効果測定』(慶應義塾大学出版会)を読みました。著者は、大東文化大学経済学部現代経済学科教授だそうです。本書は、タイトル通りに、金融政策の効果を測定していますが、当然ながら主眼は四半世紀に渡った非伝統的な金融緩和政策にあります。すなわち、1999年2月のゼロ金利から始まって、2024年3月の量的・質的金融緩和の解除と金融政策の「正常化」までの期間の金融政策の効果の測定にあります。そして、もともとの著者の姿勢がどうなのかは私は存じませんが、軽く想像されるように、否定的な側面が全面に押し出されている印象があります。ただ、手法としてははやりの因果推論を用いています。というのは、しばしば金融政策分析に用いられるニュー・ケイジアン・モデルには明示的な銀行部門がないから、という理由です。ただ、冒頭第1章で、金融政策や金融政策の効果に関する定義では「はっきりしない」と結論していて、金融論は専門外の私なりにも、本書で金融政策の効果として測定している代理変数に疑問あるものもないわけではありません。例えば、第7章でETF買入れ政策で株価が押し上げられていたという結論ですが、第8章でROA/ROEを企業のパフォーマンス指標として用いると逆の結果が得られます。要するに、株価はROA/ROEを反映していない、という矛盾を不問にした分析がどこまで整合性ある結果を引き出せているかは疑問です。また、第5章のインフレーションターゲティング政策も、効果を測定する指標として企業パフォーマンスを取るのが適当かどうかも疑問です。日銀法は冒頭で、日銀は物価安定を通じて国民経済の健全な発展に貢献するという役割を負うと規定していますが、ほとんどの分析で企業が金融政策効果測定の対象になっている印象があり、国民生活への影響は無視されている、ないし、いわゆるトリックルダウン効果が前提されていると考えられます。せいぜいが、第6章の個人の借入れ意欲に対する効果くらいで、消費への効果分析をもっと前面に打ち出してもいいように思うエコノミストは私くらいで、多くのエコノミストは企業への効果に目が行くのは悲しいことかもしれません。最終第10章のテーマである金融政策に何を求めるのかの視点が、少し私とはズレている気がしました。最後に、私は黒田総裁当時の日銀の異次元緩和は失敗だったと考えています。大きな理由は物価目標を達成できなかったからです。
![マルチェロ・ムスト[編著]『マルクス・リバイバル』(地平社) photo](http://pokemon.cocolog-nifty.com/dummy.gif)
次に、マルチェロ・ムスト[編著]『マルクス・リバイバル』(地平社)を読みました。著者は、カナダのトロントにあるヨーク大学社会学教授であり、マルクス研究の復権に近年多大な貢献をしてきた論者として世界的に知られる存在だそうです。実は、この編著者を招いて、今週、私の勤務する立命館大学で講演会がありました。私も出席しようかと考えなくもなかったのですが、先週に私が参加した経済学部教員の飲み会で講演会が話題になり、reprpductive/reproduction とは、私は something 不妊治療だと思っていて、普通は不妊治療も含めた生殖医療を指すのですが、マルクス研究では「再生産」という特殊な意味を持つ、と聞いて少し驚いてしまいました。少なくとも本書冒頭の資本主義を邦訳している我が同僚教員の宇野派のプリンスは、私の理解が通常の英語の理解だろうと認めてくれましたが、どうも、マルクス研究の界隈では違うようです。私は官庁エコノミストとして60歳の定年まで公務員をしていて、まさに、政府公認の経済学を持ってお仕事をしてきたわけで、マルクス研究ははるか彼方の大昔の大学生だったころで終了しています。ですので、日本語でも理解がおぼつかないマルクス研究なのに、英語の講演会では出席しても意味はなかろう、と考えて出席は取り止めました。本書も読んでみましたが、それほど理解がはかどったとも思えません。序章に続いて、冒頭の資本主義や共産主義、さらに、民主主義から始まって22のチャプターで専門家たちが最近時点でのマルクス研究の成果を紹介しています。最後の22章は、マルクス主義と題してウォーラーステイン教授が執筆しています。繰返しになりますが、冒頭章は資本主義と共産主義から始まる一方で、私がマルクス研究のもっとも興味ある経済学と歴史研究については章立てされていない点は少し不思議に感じました。まあ、好意的に考えれば、経済学や歴史研究についてはすべてのチャプターでそれぞれ言及されている、ということなのかもしれません。いくつかの章で史的唯物論というのはお目にかかった気がしますが、それでも、歴史発展の方向性や法則は私にとってはマルクス研究のもっとも重要なポイントのひとつですので、章立てしてほしかった気がします。最後に、ノーベル経済学賞に日本人がまったくウワサにもならないように、主流派経済学では日本の学界や研究者は決してトップレベルに達していません。ほど遠いといえます。本書を読むと、これまた、マルクス研究でも日本人研究者がまったく執筆に参加していません。グローバル化をテーマとする第16章執筆のチョン・ソンジン教授が慶尚北道国立大学の所属となっていて、韓国のご出身のように見えます。日本人研究者は主流派経済学だけでなく、マルクス研究でも遅れを取っているのだろうか、と少し気になってしまいました。極めて限定的な私の経験からして、日本のマルクス研究は脱成長と環境問題に重点を置いているように見えますが、AIをはじめとする技術進歩の問題にもマルクス研究の観点からの発言を期待しています。はい、大いに期待しています。

次に、岩井圭也『真珠配列』(早川書房)を読みました。著者は、小説家なのですが、最近ではドラマの原作となった『最後の鑑定人』が人気のようです。本書の舞台は近未来の中国であり、その理由はゲノム操作の規制がもっとも緩やかな国のひとつだからであり、本書はそのゲノム操作をテーマとしています。タイトルの真珠配列とは理想的なゲノム配列を意味します。癌をはじめとする病気に罹患しにくかったり、肥満しにくい体質だったり、というような感じで、いわゆるデザーナベビーのヒトゲノム配列のようなものです。それをこれから生まれてくる生殖段階で実施するデザイナーベビーではなく、すでに生まれた後の成人などでゲノム操作をする、というものです。あらすじは、異常な速さで進行する癌による死者が出始め、特に、その死者の中に有力政治家の子息が含まれていて、北京市公安局刑事偵査総隊=犯罪捜査課の捜査官である郝一宇=アーロン・ハオが本書の主人公で、操作を担当する警察官の1人です。捜査協力者として、新疆ウイグル自治区出身のウイグル人の遺伝子エンジニアであるマリク・ヌアイマーンと協力しているのですが、ウイグル人は漢人から強く差別されており、ほとんどテロリストとみなす警察官もいたりします。例えば、アーロンが付き合っている恋人がいて、彼女の父親が警察幹部であることから、アーロンはそのコネを持って出世を期待しているのですが、その恋人の父親がウイグル人を捜査から外すように圧力をかけたりします。ということで、ゲノム操作と異常に早く進行する癌の関係をめぐって捜査が進み、真相が明らかにされます。最後に、ゲノム操作とか遺伝子関係の私の知識は極めて限定的なのですが、そういったこの界隈の情報をそれほど持ち合わせていなくても、ミステリとして十分楽しむことが出来ます。ただ、ウイグル人に対する漢人の感情については、少し日本人の想像を超えています。

次に、麻根重次『千年のフーダニット』(講談社)を読みました。著者は、ミステリ作家なのですが、2023年に『赤の女王の殺人』で島田荘司選 第16回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞して、作家としてデビューしています。この前作は私はすでに読んでレビューしています。本書と前作とはまったく何の関連もなく、それぞれ独立した作品として楽しむことが出来ます。本書、基本的にはミステリと考えるべきなのですが、舞台はほぼほぼ1000年後の世界です。冷凍睡眠=コールドスリープした7人が1000年後に目覚めると、そのうちの1人が死んでいた、という事件について、ハウダニットとフーダニットの謎を解き明かそうと試みます。主人公はコールドスリープした7人のうちのクランです。若くして妻を喪い失意に沈んで人類初のコールドスリープに参加します。ほかにも、イリヤ、シーナ、カイ、シモン、クロエ、マルコのさまざまな事情を抱えた男女7名は「テグミネ」という繭のような装置で長い渡る眠りにつき、1000年後に目覚めると、テグミネのなかでミイラと化したシモンの他殺体を発見することになるわけです。そして、残された6人は、結局、コールドスリープの施設の外に出て活動を始めます。最後はどんでん返しもあって、当然ながら、驚くべき真相が待っています。SF仕立てのミステリで、単行本で400ページ近くと、それなりのボリュームありますが、とてもスラスラと読めます。当然、コールドスリープや何やの基礎知識は必要とされません。ただ、コールドスリープに入るには、本人以外が装置のオペレーションをする必要がある、というのがポイントです。また、私のベタな感想では森博嗣『すべてがFになる』を思い出してしまいました。はい、この2点はギリギリながらネタバレではないと思います。最後に、私個人としては、ハウダニットとフーダニットの謎解きはいいとしても、動機にややムリを感じました。

次に、和仁かや『江戸の刑事司法』(ちくま新書)を読みました。著者は、早稲田大学法学学術院教授であり、ご専門は近世日本法制史だそうです。本書では、バーチャルお白州ということで、タイトル通りに、徳川幕府の「公事方御定書」を基に、さらに、実際の裁判記録である「御仕置類例集」などをひも解いて、徳川時代の刑事司法を紹介しています。本書冒頭でも指摘しているように、近代以降の日本や西洋の刑事司法と違って、徳川期は理不尽な拷問をしたり、残酷な刑罰を乱発したり、といったイメージがある一方で、人情味溢れるいわゆる「大岡裁き」だって存在した、というTVドラマの影響も見逃せないところです。本書では章別に、盗みと火附といった犯罪から始まって、不倫、というか、いわゆる姦通、さらに、現時点でも決して議論がつきない処罰なのか更生なのかの議論、また、現代的な心神耗弱の前近代の表れのひとつである「物の怪」などに起因した乱心による犯罪、最後に、女の罪、のそれぞれを取り上げて歴史的にひも解いています。裁きを下す裁判官役の役人も、重罪である資材や遠島を申し渡す際には前もって幕閣の老中に確認するなど、手続き面も大いに言及されています。もちろん、近代的な三権分立の概念が成立する以前のことであり、立法権と行政権と司法権すべてを幕府が一手に握って、さまざまな配慮をしつつも、近代的な行政や司法制度と違って強権的な裁きを行っていた例があることは明らかです。その意味で、国際法を無視して独裁者的に振る舞って、勝手な利益を追求する米国トランプ政権のやり方を少し思い起こさせるものがありました。

次に、碧野圭『凜として弓を引く 覚醒篇』(講談社文庫)を読みました。著者は、ラノベ作家であり、私が聞いたのことがあるのは「書店ガール」のシリーズです。読んだことはありませんし、渡辺麻友が主演し、稲森いずみも出演しているTVドラマ化されていたのは知っていましたが、それほど熱心には見ていません。この「凜として弓を引く」シリーズは、初巻から始まって、「星雲篇」、「初陣篇」、「奮迅篇」ときて、本書「覚醒篇」で5巻目となります。当たり前ですが、私は第1巻から第4巻まで順に読んでいます。中学を終えて名古屋から東京に引越して来て、武蔵西高校に入学する矢口楓を主人公とする弓道青春小説です。同級生の真田善美やその兄の真田乙矢に誘われて、近くの神社の弓道教室に通うようになり、かつて名門弓道部のあった武蔵西高校2年に進級して、弓道同好会として復活させて各種大会予選に出場する、というのが第4巻奮闘篇までです。この第5巻覚醒篇では、3年生に進級して同好会を弓道部に昇格させて、主人公の矢口楓は引き続き部長を務めます。西武蔵高校弓道部は関東大会に出場し、同級生の弓友である真田善美はインターハイの個人戦で優勝したりします。関東大会やインターハイの場面もあるわけですので、都内や関東に限らず弓道部のある全国の高校のライバルも何人か登場します。そして、この第5巻の最後で、主人公の矢口楓は武蔵西高校を卒業して西北大学に推薦入学により進学します。西北大学というのは「都の西北」なんですから、早稲田大学がモデルなんではないかと想像しています。当然、弓道部がありますし名門だという設定です。主人公の矢口楓や同級生の真田善美が大学生になって、まだまだ、第6巻以降に続きます。なお、私は弓道についてはまったく知識も経験もなく、本書で頻出する弓道の技術的な用語はすべてすっ飛ばして読んでいます。たぶん、そのあたりの知識や情報があった方が読書を楽しめそうですが、そこはラノベですので、窮屈なことはいわない方がいいと思います。
最近のコメント