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2005年11月17日 (木)

政府・与党はどうして日銀の金融政策を牽制するのか?

初めにお断りしておきますが、今夜はエコノミストとして誤解を恐れずかなり思い切ったことを書いてしまいました。正々堂々の論戦はいくらでも受けて立ちますが、非難中傷に終始しているものや表面的で中身のない反論はご遠慮下さい。

本題です。
政府と日銀の政策運営に関して、政府・与党から日銀の金融政策を強く牽制する発言が相次ぐ中で、注目の日銀政策委員会・金融政策決定会合が今日から明日にかけて開催されています。結果は、明日の午後3時に基本的見解が公表されます。

私も官庁エコノミストの一人として、政府・与党と日銀との間の先行きの金融政策、即ち、デフレ脱却後の出口政策をめぐる動きには大いに注目しており、ここで私なりの意見を申し述べたいと思います。
まさか誤解する人はいないと思いますが、念のため、官庁エコノミストとはいうものの、意見や見解に及ぶ部分はあくまで私の個人的見解であり、政府の公式見解ではありません。事実関係は調べたつもりですが、間違っていたらゴメンなさい。

まずは、事実関係のおさらいです。
第1に、日銀の方の動きです。先月10月31日に日銀から展望レポートが発表され、今後の経済見通しに日銀はかなり楽観的であることが明らかになりました。さらに、先週金曜日の共同通信主催のきさらぎ会で福井日銀総裁が講演し、現在の量的緩和政策の解除とそれに続くゼロ金利政策の解除、つまり、金利政策の復活を強く示唆しました。この福井総裁の講演要旨はじっくり読むに値すると思いますので、ここにリンクを張っておきます。
第2に、これに対する政府・与党の動きです。先週末の11月13日に自民党政策調査会の中川会長が京都において「日銀法改正」までちらつかせながら、強い調子で日銀のこの動きを牽制しました。中川政調会長は日経新聞記者出身で、小泉総理の側近中の側近です。続いて、11月14日に小泉総理大臣本人が金融政策については日銀が独自で判断することとした上で、まだデフレ状況にあるとして日銀に慎重判断を求めました。

要するに、日銀は量的緩和もゼロ金利も早く放棄して、通常の金利のある金融政策運営に戻りたいのですが、政府・与党はまだデフレが続いている中で、日銀が金融政策を引き締めるなんて、とんでもないと反論している訳です。

以下は私の意見です。
まず、日銀が早めに金利のある政策運営に戻りたがっているのは、景気がこの夏には踊り場を脱して順調に推移している中で、必要準備を大幅に超える大量の流動性がいわゆるブタ積みされているとの危機感があり、デフレの脱却による一定のプラスの物価上昇と景気拡大が確かなものと見なされるのであれば、このブタ積みされている流動性がインフレにつながる前に処理する必要がある、との意図からであろうと推測されます。やや下がって来たとは言うものの、原油価格もまだまだ高いと考えられることから、これは基本的に正しいです。問題はタイミングです。
過去の例を見れば、1929年10月の暗黒の木曜日に始まり、1930年代まで続く大恐慌からの回復期の出口政策にも同じ問題がありました。米国のFEDは単純に必要準備率を引き上げれば、このブタ積みがそのまま必要準備に転換されるだけだから、と考えて必要準備率を引き上げました。しかし、現在の経済学では必要準備率の操作は金融政策の中でもっとも激烈な効果を持つものとされていることから容易に想像されるように、結局、この準備率引上げは強烈過ぎて、インフレ抑制の目的を超えて、逆に、デフレに再突入する結果に終わってしまいました。

政府・与党は日銀が1930年代の米国のFEDと同じように、早過ぎたり、強過ぎたりする出口政策を採用するのではないかと心配しているのです。なぜなら、日銀の金融政策は失敗続きだから、今回の出口政策のような節目の政策変更時には、日銀は政府の意見も十分に考慮すべきである、ということに尽きると思います。私が官庁エコノミストだから、やや政府・与党にバイアスを持っていることは否定しませんが、これはそれなりに正当性のある要求です。
私が考えるだけでも、日銀の大きな失敗は以下の通りです。私よりも日銀に批判的な人なら、もっと数え上げるかもしれません。
(1) 1980年代末にバブルを発生させた
(2) 1990年代初にバブルをハードランディングさせた
(3) 1997年に金融危機をもたらした
(4) 1990年代後半からデフレに陥らせた
(5) 2000年夏にゼロ金利を解除しデフレを長引かせた

まず、1980年代末のバブル経済の発生については、当時の財政政策は景気拡大の中で税金の自然増収から、結果として引締め気味に運営されており、誰も信じていなかった「増税なき財政再建」を達成してしまったくらいなのですから、緩和され過ぎた金融政策が引き起こしたものです。それならそれで、ダメージの大きくないソフトランディングさせてくれればよかったのですが、急速な金融引締めによりバブル崩壊を招きます。
その後の1993年の冷夏・長雨による日本経済の底割れについては、もちろん、日銀に天候に対する責任はないですし、むしろ、景気の底入れ宣言を早まった政府の方が判断ミスをしていたと言うべきでしょう。
1990年代後半には、1997年に三洋証券、山一證券、北海道拓殖銀行と大型破綻が相次ぎ、そこに、タイを発信源とした東南アジアの金融危機が発生したため、1997年から98年にかけてはシステミックリスク直前の状況まで発生してしまいました。そして、日本経済はデフレに突入します。もちろん、他方で政府を見ると、橋本政権の下で1997年4月から消費税が3%から5%に引き上げられたことには景気抑制の効果がありましたが、金融を危機的な状況に陥らせないようにするのは中央銀行の役割ですし、すぐれて貨幣的現象であるデフレについても通貨当局に責任があると考えるのが常識でしょう。
前世紀末には、橋本政権を引き継いだ小渕政権は、総理大臣自身が「世界一の借金王」とやや自嘲気味に称するほど、大量の国債発行による減税や公共投資を行い、デフレと不況の克服に取り組みます。この政府の動きに合わせて、日銀もゼロ金利で景気を支えていました。さらに、米国を中心とするITバブルによる好況が現出し、日本経済もデフレ脱却が近い状況にあると思われていましたが、1998年から施行された新日銀法の下での初代の日銀総裁である速水前総裁が2000年8月にゼロ金利を解除し、日本のデフレはさらに長引く結果になりました。この時、政府から日銀の金融政策決定会合において1ヶ月の決定延期請求がなされましたが、日銀はこれを拒否してゼロ金利を解除したのです。この最後の日銀の失敗は決定的に政府の日銀への信頼を落としました。

今日明日の金融政策決定会合で量的緩和の解除や、ましてやゼロ金利の放棄が議題になるとはとても思えませんが、今後の金融政策決定会合でこれらが議題に上れば、タイミング次第では、政府は再び決定延期請求を出す可能性が十分あると思います。政府が決定延期請求を出すと言うのは、罵り合って殴り合いのケンカをしているのと同じです。即ち、刃物や拳銃を持ち合って相手を抹殺する可能性のあるケンカではないですが、紳士的にテーブルについて穏やかに話し合っているのとは大違いです。中川政調会長の「日銀法改正」発言は拳銃で相手を抹殺することをチラつかせたものと言えます。

現時点では「中央銀行の独立性」を尊重する立場から、政府・与党の牽制を問題視する向きもありますが、政府・与党から見れば、過去の経験に照らして、失敗続きの日銀の独立性を尊重していれば、さらに失敗が続きかねないと心配している訳です。もっと極端な例を言えば、基本的人権が尊重されるべきなのは当然ですが、重大な犯罪を犯した犯罪者は死刑や懲役刑に処せられて、基本的人権を尊重されなくなる訳ですから、失敗続きの中央銀行には独立性を付与するべきではない、とすら考える人がいてもおかしくありません。いくつかの前提付きながら、このまま、速水前総裁に続いて福井総裁も同じように、政府から決定延期請求にもかかわらず、それを拒否して量的緩和やゼロ金利を解除し、それがデフレへの再突入につながったりすれば、日銀を懲役刑に処する、即ち、中央銀行としての独立性を剥奪することが国権の最高機関で決定されてしまう恐れがないとは言えません。

もともと、1998年に施行された現在の新日銀法は、住専処理やノーパン・シャブシャブ接待などの問題を中心に、当時の大蔵省バッシングがピークにあった時に可決成立したものです。これとほぼ同時に金融監督庁(現在の金融庁)が分離独立したりして、当時の大蔵省の巨大な権限を殺ぐことに国民のコンセンサスがありました。日銀が中央銀行として政府からの独立を果たしたのはタナボタのオマケだったと言う人もいます。逆に言えば、さきほどのいくつかの前提が満たされて日銀バッシングが強まれば、中川政調会長のチラつかせた「日銀法改正」が国民のコンセンサスを得る可能性も皆無ではありません。

私は官庁エコノミストとして研究や調査と名の付く部局にいた経験が長くて、それなりに官庁や日銀、あるいは、民間シンクタンクなどのエコノミストの知り合いもいます。私から見ると、日銀に設置されている研究所の所長さんは、どんなに批判が強い政策変更であれ、日銀の政策の正当性について必ず擁護する立派なペーパーを書ける能力の持ち主です。また、日銀で景気判断をする部局の局長さんは、かなりの期間にわたって景気判断を間違い続けているのではないかと疑われています。実は、この2人の組合せは少し怖いものがあります。ちなみに、何の関係もありませんが、政府の景気判断を行う部局の局長さんは現時点で民間のエコノミストが登用されています。先代もそうでした。

要は、日銀や政府・与党のメンツや政策上の主導権争い、あるいは、過去の失敗の言い訳などではなく、デフレの本格的な脱却と景気回復のさらなる継続のために、日銀が過去の経験に学び、政府の意見も取り入れて、金融政策が正しく運営されることが何よりも重要です。中川政調会長の発言は、総選挙で大勝した政府・与党が日銀の独立性に対して力任せの不当な介入を試みているのではありません。そんな表面的・形式的なことではなく、中身を見る目を養う必要があります。

最初にも書きましたが、堂々の論戦は歓迎します。

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