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2006年1月31日 (火)

「容疑者Xの献身」における数学の活用に不満あり

直木賞を受賞した東野圭吾「容疑者Xの献身」(文芸春秋)を読みました。
ミステリですので、詳細を書くのはルール違反です。ですから、奥歯にものの挟まったようないいかたになるでしょうが、ご容赦下さい。

ミステリとしてはまずまずで4ツ星半くらい、恋愛小説としては5ツ星くらいのカンジでしょうか。私はミステリとしてよりも、恋愛小説としての点数を少し高めにつけます。なぜなら、私は日付のトリックに勤務表のところからうすうす気付いていたからです。それに気付かない人はトリックを高く評価するでしょうが、ミステリを読みなれている人はすぐに見抜くでしょうし、これを見抜いてしまえば謎解きはそんなに難しくありません。それよりも、不可解なのは最後に中学生の女の子がとった行為です。一瞬出てきて、最後までふれられません。あれが何の意味を持つのかは、私は誰かに解説してもらわなければ理解できませんが、おそらく、誰も解説してくれないでしょう。
この中学生の女のこの最後の行為の他に、物理学助教授の数学教師に関する知識が該博すぎます。もう少し、昔の同級生と連絡を取りあったりして、情報収集に励む姿があれば説得的だったと思います。ミステリですから、どこかに裏の裏をかく要素が欲しかったのですが、犯人も謎解きの方も一直線で進みます。恋愛小説の要素との調和を取りすぎているような気がします。

恋愛小説としては、二都物語の焼直しと見る人もいるかもしれませんが、ハッキリと違います。計算されつくしたピカレスク小説という見方もできます。もちろん、スペイン的・カトリック的な要素を取り除いたピカレスク小説です。数学教師は純粋な愛に生きているのだと解釈する人が一般的かもしれませんが、そのためには違う道があるハズで、彼の行為はダーティーであり、ピカレスク的というか、アンチヒーロー的としか私には思えません。私の目から見れば、ということですが、目的が純粋でない上に、やり方もダーティーです。もっとも、前者の目的については異論もありえようと思います。しかし、ダーティーであろうとなかろうと、とてもいい恋愛小説です。大人の恋の物語です。数学者が全部こうだとは全然思いませんが、せちがらいエコノミストの業界ではまず見られません。それだけに、私もいつかはこんな恋がしたいものです。文句なく5ツ星でしょう。

最後に、工学部出身のエンジニア経験のある作者なんですから、もう少し数学をうまくキーワードに使うことができなかったのかな、という気がします。途中に物理学助教授と数学教師が久し振りに再会する場面でリーマン予想が出てきますが、リーマン予想でもポアンカレ予想でもいいんですが、もっと数学をうまくペダンティックに使えなかったものだろうか、という気がします。21世紀に未解決のまま持ち越された数学の難問として、リーマン予想、ポアンカレ予想、P=NP問題があるといわれており、「容疑者Xの献身」ではポアンカレ予想以外のリーマン予想とP=NP問題はチラッと出てきます。クレイ研究所の名前も出てきます。となれば、クレイ研究所が各100万ドルの賞金を出したミレニアム問題くらいは思いっきりペダンティックに、どこかに出てきてもよかったのではないでしょうか。
私でも、クレイ研究所のミレニアム問題くらいは知っています。例えば、もっとも難問と見る向きすらあったポアンカレ予想については、ステクロフ研究所に勤務するロシア人科学者のペレルマン博士によって2002年に証明され、現在も検証中なんですが、ほぼ正しそうだという評価を得つつあります。「容疑者Xの献身」にも出てくるリーマン予想については、パーデュー大学のド・ブランジュ教授が2004年に証明したといって、自分のホームページに論文をアップロードし、ピアチェックを呼びかけました。でも、この人は数年おきにリーマン予想を証明したと言い出す人なので、ほとんどの人は疑っていたのですが、やっぱり、昨年2005年12月に自ら間違っていましたゴメンナサイとホームページ上にPDFファイルをアップロードしました。蛇足ながら、リーマンについてはナッシュ教授を題材にして、アカデミー賞を取ったビューティフル・マインドにも出てきましたし、歴史を画する数学者として名声が確立しているようです。
ド・ブランジュ教授に戻って擁護しておくと、20年以上も前にビーベルバッハ予想を解いたことで知られる高名な数学者ですので、とても優れた知性をお持ちの方なんですが、リーマン予想についてだけはボケをかますことが多く、今回の2004年の証明もほとんど黙殺されていたようです。ド・ブランジュ教授はどうしてもビーベルバッハ予想を解いたのと同じように、リーマン予想も整関数のヒルベルト空間における関数空間論に帰着させたいようなんですが、これにムリがあると考えられています。ですから、リーマン予想については、これからもボケをかまし続ける可能性が十分あります。

さてさて、話が長くなりましたが、数学者が犯罪を犯すととてつもないことになるのは、ホームズ物語のモリアティ教授を持ち出すまでもありません。「容疑者Xの献身」でも論理構成の緻密さのシンボルとして数学教師を用いているように見受けられます。ですから、もっとペダンティックな嫌味が残るくらいに数学を使うのはいかがなものだったかなあ、と思います。
でもいずれにせよ、私は泣き出しもしなかったし、電車を乗り過ごしたわけではありませんが、久し振りにとてもおもしろい小説を読みました。直木賞を受賞するだけの力量を感じさせる作者の作品です。少し辛口の批評を展開してしまいましたが、二重丸のオススメです。

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