ポアンカレ予想は解けたのか?
昨日の朝日新聞の朝刊の片隅にポアンカレ予想が中国人数学者によって証明された、との記事を見かけました。昨日はニュースが満載で、秋田の小学1年生殺害事件、私が昨日のブログでも取り上げた村上ファンドの証券取引法違反事件、芸術選奨に選ばれた和田画伯の盗作事件、などなど、大きくて注目を集める事件がテンコ盛りだったため、興味のない向きには見逃されていたことと思いますが、私はしっかり見つけました。しかし、どうも、中身はよく分かりませんでしたので少し調べてみました。
私は数学者ではないので詳しいことは分からないながら、広東・中山大学の朱熹平教授と米ペンシルベニア州リーハイ大学の曹懐東教授が"Asian Journal of Mathematics"に発表した論文はペレルマン博士のポアンカレ予測の理論を応用しているようなんですが、そもそも、ペルレマン博士が2002年にオリジナルの自分自身の理論によりポアンカレ予想を解いていると考えられるからです。もっとも、朝日新聞の記事は新華社電(北京6月3日発)に基づくものらしいですから、基情報が怪しげなのかもしれません。
数学の難問といえば、2000年に米国のクレイ数学研究所が発表したミレニアム懸賞問題7問が有名です。そうです。あのスーパーコンピュータで有名なクレイ社の研究所です。しかし、その前のミレニアムもあります。ドイツ人の数学者であるダフィット・ヒルベルト博士が1900年にパリで開催された第2回国際数学者会議(ICM)において、数学における当時未解決であった問題をまとめたものがあり、ヒルベルト23問題と呼ばれるものです。なお、ヒルベルト博士はヒルベルト空間にその名を残す大数学者です。ついでながら、ヒルベルト空間とは、完備な内積空間、すなわち、内積の定義されたベクトル空間であって、その内積から導かれるノルムによって距離を入れる時、距離空間として完備となるような位相ベクトル空間のことです。ユークリッド空間もルベーグ空間もヒルベルト空間の特殊な形態のひとつであると解釈されます。申し訳ありませんが、何のことだか分からない人は、今夜のブログはこのあたりで諦めてください。
もちろん、ヒルベルト問題は1900年の時点ですから、その当時としての限界があります。例えば、ルベーグ積分や位相空間などはまだ完成していませんでしたし、23の問題のうち、現在では反証が加えられているものもあります。例えば、第1問題はゲオルク・カントールによって提起された連続体仮説で、「実数の部分集合には(高々)可付番集合と連続濃度集合の二種類しか存在しない。」というものですが、1938年にクルト・ゲーデルによってこの仮説が成り立つような集合論のモデルが構成された一方で、1963年にポール・コーエンによりこれが成り立たないようなモデルが構成されたりしています。
なお、どうでもいいことですが、クルト・ゲーデルは1931年に不完全性定理を解いたことでも有名です。さらにどうでもいいことですが、ゲーデルが証明したこの数学の不完全性定理は、1927年にハイゼンベルクが証明した物理学(量子力学)の不確定性定理、ケネス・アローが証明した経済学の不可能性定理、とともに、3大不完全定理と呼ばれています。ですから、学問的純粋さとか抽象度の点において、数学、物理学、経済学がもっとも完成されたものであると考える人もいる、なんてことが「ホーキング宇宙を語る」に書いてあったような記憶があります。そんなに確かな記憶ではありません。なお、どんどん脱線するんですが、不完全性定理とは「どのような厳密な数学的体系においても、真であるにもかかわらず、その体系内で可能などのような方法によっても決して証明することも反証することもできない命題がある」というもので、不確定性原理は「粒子の位置と運動量のような観測量の同時の計測における精度には一定の限界がある」ということで、不可能性定理とは「社会的に合理的な選好、すなわち、(1)パレート効率性、(2)個人の選好の自由、(3)選択の独立性、(4)非独裁性の4つを同時に満たす社会的選好は存在しない」ということです。
クレイ研究所のミレニアム問題に戻ると、この7問は以下の通りです。
(1) P=NP問題
(2) ホッジ予想
(3) ポアンカレ予想
(4) リーマン予想
(5) ヤン・ミルズ理論と質量ギャップ
(6) ナヴィエ・ストークス方程式の解の存在と滑らかさ
(7) バーチ・スウィナートン・ダイアー(BSD)予想
なお、いつもながら、まったくどうでもいいことですが、ホッジ予想とポアンカレ予想とBSD予想の「予想」はConjectureの訳語ですが、リーマン予想の「予想」はHypothesisであり、「予想」ではなく、「仮説」の訳語を充てる場合もあります。
ポアンカレ予想に戻ると、ポアンカレ予想とは一言でいうと「単連結な3次元閉多様体は 3次元球面S3に同相である」というものです。もちろん、ポアンカレ予想は3次元だけでなく、4次元以上の高次元に拡張して一般化することができ、その場合は、「n次元ホモトピー球面はn次元球面に同相である」ということになります。
ただし、一般化された形では、2次元の場合での成立は古典的な事実であり、次元が4以上の場合はすでに証明が得られています。まず、5次元以上の時は1960年にステファン・スメールによって、4次元の時は1981年にマイケル・フリードマンによって証明されました。当然といえば当然なんですが、画期的な研究成果ですから、両人ともこの業績により数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞しています。ただし、証明に用いたメソドロジーは少し違っていて、スメールの証明は微分位相幾何学的なものでしたが、フリードマンの証明は純粋位相幾何学的なものでした。結果として、3次元だけが残されているわけです。
さて、米国のクレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題に戻ると、ポアンカレ予想を証明した者に100万ドルの賞金が与えられます。私がすでに今年1月31日に東野圭吾「容疑者Xの献身」(文芸春秋)を取り上げたブログでも書きました通り、2002年ステクロフ数学研究所に勤務するロシア人科学者のグリゴリー・ペレルマン博士がポアンカレ予想の証明を発表しています。現在多くの研究者によって証明の検証がされているらしいんですが、多くの数学者がペレルマン博士の証明が正しいと考えているようです。ただしペレルマン博士は賞金を受け取る条件である「レフェリーつき専門ジャーナルへの掲載」をする気がまったくないらしく、また、この証明はあくまでポアンカレ予想を解く手引きを発表したに過ぎないと考えているようで、さらに、ペレルマン博士は賞金を目当てにしていないといわれています。要するに、ペレルマン博士が賞金をもらう可能性はとても低いのではないかと考えられているらしいです。
私はエコノミストを自称していますから、100万ドルは欲しいと思いますし、下種の勘ぐりかもしれませんが、大多数の人は100万ドルを欲しがるんではないかと想像しています。ただし、ポアンカレ予想をめぐるペレルマン博士の証明と朱教授・曹教授の論文との関係、すなわち、とびっきり高度な数学の証明についてはよく分かりません。というか、全然分かりません。でも、今年のアカデミックな世界での話題になるような気がしますので、私に理解できる範囲で今夜のブログで取り上げてみました。なお、何かの機会があれば、クレイ研究所のミレニアム問題のうち、私がもっとも興味あるP=NP問題をこのブログで取り上げてみたいと思います。
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