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2006年8月30日 (水)

広島の断水からサンティアゴとジャカルタの停電を思い出す

やや古いニュースなんですが、土曜日に広島で県営水道のトンネルが岩盤崩落を起こし、広島市から江田島市や呉市にかけて2万6千世帯で断水となっているようです。復旧には3週間かかるらしいです。
いつもの朝日新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

広島県内の呉市など2市1町に水道水などを供給している県営水道の送水トンネルで岩盤が崩落し、26日正午前後から呉、江田島両市の計約2万6000世帯が断水となった。復旧には3週間程度かかる見通しで、県は陸上自衛隊と海上自衛隊に災害派遣を要請した。27日から陸自は両市に給水用車両22両、海自は江田島市に給水船2隻を派遣する。
同県公営企業部によると、25日午後0時半ごろに水位の異常を確認。同日夜からトンネル(直径約2メートル)内を調べた結果、広島市安芸区付近で約45メートルにわたって岩盤が崩落し、トンネルをふさいでいることが判明した。長年にわたる地下水の浸透や風化によって岩盤に空洞ができ、一部が崩落したらしい。付近では、長さ約45メートル、幅約1センチの亀裂も見つかった。復旧工事はこれらの約90メートルでトンネルを補強しながら進める。
トンネルは厚さ約35-40センチのコンクリート製で、65年に送水を開始。水を止めて点検したのは79年が最後という。
呉市では西部と倉橋島など、全世帯の約14%に当たる1万5400世帯、江田島市では約70%の1万650世帯がそれぞれ断水。両市が給水車を出すなどしている。呉市の4工場などで使われている工業用水も、25日午後4時ごろから給水が停止した。

市民生活はもちろん、呉市の日新製鋼なども生産停止になっていると知り合いから聞きました。それにしても、水を止めた点検の最後が1979年というのはお粗末な気がします。自衛隊が給水活動に当たっているとしても、ホントの焼け石に水のような気がします。この暑くて汗をかく季節にシャワーも浴びられないのは衛生面でも好ましくないんでしょう。
電話やテレビなどの通信放送とガスはともかく、水と電気は現代生活には欠かせません。我が家もジャカルタから帰国した折に、空港到着時にNTTに連絡して電話番号を取ったにもかかわらず、4-5日ほど電話がつながらず、当然、インターネットにも接続出来なかった期間がありましたが、それはそれで、死活問題ではなかったような気がします。新聞も同様かと思います。ガスは地震などでガス管が破裂して2次災害の恐れがある場合は注意が必要ですが、この季節なんかは水風呂でもいいですし、調理は電気でも出来なくはないです。でも、水と電気は欠かすことが出来ません。

私が在チリ大使館に勤務していた時に、チリ南部からサンティアゴへの送電線が切断して大停電したことがあります。少し前に、我が家が上毛高原に家族旅行していた時に東京が大停電したのと似ています。今の在チリ大使館は1軒屋に引っ越したと聞きましたが、その当時は雑居ビルの最上階に間借りしていましたので、サンティアゴ大停電も午前中でしたから私も巻き込まれ、ランチに出かける時に19階のオフィスから階段で下りたことがあります。そのときに感心したのは、昼前に大使のアポを取っていた大手総合商社の現地法人の社長さんが19階まで階段を上っていらしたことです。今の私よりも少し上で50歳台前半くらいの年齢層だったような気がしますから、大した体力だと思います。ゴルフで鍛えていたんだと思います。私ならアポの相手が大使でもアッサリとキャンセルしそうな気がします。しかし、私は階段を19階まで上った記憶がないので、その日の午後はランチに出て、そのまま休んでしまったのかもしれません。それとも、ラテンの国の長ーい昼休みを終えたら復旧していたのかもしれません。まったく記憶にありません。また、原因がテロだったのか、何らかの事故だったのかも記憶にありません。
ジャカルタでも時々停電しました。熱帯らしいスコールの時に停電する確率が高かったような気がします。アパートには自家発電機が設置してあり、共用部分のエレベーターなどは細々と動かしていたりしましたが、我が家は3階に住んでいましたので、私はアパートの自家発電機を信用せず、階段で移動していたりしました。家では女房が大量にローソクを買い置きしていたのを記憶しています。停電すると困るのが入浴で、浴室には窓がありませんから、特に、入浴中に停電すると真っ暗になり、子供達が大いに怯えたものです。ですから、スコールが降り始めると、子供達は真っ先に入浴を済ませようとしたりしていました。でも、ガスは各戸にプロパンガスのボンベがありましたので、停電しても調理には困らなかったように記憶しています。ですから、何度かローソクを点して食事したことを覚えています。
幸いにして、サンティアゴでもジャカルタでも大規模な断水の記憶はありません。でも、どちらもメイドさんを雇っていましたので、ジャカルタで大規模なデモが報道されたりして、何らかの不穏な動きがある際には、現地事情に詳しいメイドさんがバスタブいっぱいに水を張っていたのを記憶しています。サンティアゴでは大使館勤務中にメイドさんが来ていましたので、大使館から帰宅するとバスタブいっぱいに水が溜まっていて、とてもびっくりしたことが何度かありました。サンティアゴやジャカルタでは水道水は飲まずに、もっぱら、ミネラルウォーターに頼っていましたので、水はトイレとか入浴だけの用途だったんですが、日本では水道水が飲めるだけに、バスタブに水を張ったのでは衛生面での心配があるような気がします。やっぱり、飲料水は自衛隊の出番なんでしょうか。

何となく、広島の断水から海外で生活していた折の停電を思い出してしまいました。今夜のブログは海外生活の思い出に分類しておきます。

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