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2006年8月26日 (土)

誕生日プレゼントを買いに行く

今月の末に下の子の誕生日が来ます。小学2年生ですから8歳になります。先日来、誕生日プレゼントを考えていたんですが、最近になって急にカメラに興味を示すようになり、私も嫌いではないので、入門用のカメラを買い与えることにしました。富士フィルムのクリアショットというモデルです。デジカメではなく、フィルムを入れるコンパクトカメラです。スペックなんかも含めた発売時の発表資料はこちらにあります。ズーム機能こそありませんが、オートフォーカスストロボもありますし、35ミリのレンズはf=26mmで1:5.6です。まあ、小学生には十分なスペックといえます。
昨年夏のボーナス商戦時に投入されたんで、そんなに新しくはないんですが、それだけに、実売価格は4000円くらいに下がってきています。でも、そろそろ、在庫僅少になってきていて、我が家では新宿西口の大手量販店に電話で在庫を確認の上、取り置きしておいてもらいました。今日の午前中に下の子を連れていっしょに買いに行きます。原宿まで歩いて山手線新宿に行きます。カメラだけでなく、ハクバのショルダーストラップもいっしょに買い求めます。それで貯まったポイントでフィルムを3本買ったりします。
1学期には小学校の遠足で、小学4年生のおにいちゃんが高尾山に行った時に、小学校からカメラを持参するようにとの連絡をもらって、我が家では適当なのがなかったので、フィルム付きレンズだか、レンズ付きフィルムだかの使い切りを持たせた記憶があります。ですから、まあ、小学生ながら、入門機のカメラくらいは持っていてもいいんじゃないかと思って買い与えました。途中の道すがら、宇宙飛行士になりたいと常々いっている下の子が、カメラは宇宙空間でもちゃんと撮れるのか、と聞いてきます。私から、カメラや時計なんかの機械は空気や重力のない宇宙空間でもちゃんと作動する、と答えておきます。映画のアポロ13を見た時の知識で、宇宙飛行士は宇宙服の外側に腕時計をするんだと教えたりします。
昼食前に家に帰って、ストラップを付け、電池とフルムを装填します。オートフォーカスながら、1メートル離れないといけないので、そのあたりを下の子に教えます。精密機械だから落としたりぶつけたりしないように、取扱い上の注意とか、逆光にしないためには太陽を背負って撮るのがいいとか、知らない人や許可なく他の人は撮ってはいけないとか、撮影上の注意も与えます。下の子は、早速、家の中でパシャパシャとキーボッツの作品なんかの写真を撮り始めます。
下の写真は、カメラを買った直後にお店の前で撮ったのと家に帰ってからストラップやケースを付けてカメラを首から下げた下の子の写真です。

お店の前で  家の中で

ここから以下は全面的に脱線話です。
我が家はパソコンはバイオで、デジカメはサイバーショットと、割合とソニー製品が多いんですが、どうして富士フィルムのカメラにしたかというと、単純にソニーがフィルムカメラを製造していないから、と、他に適当な入門向けカメラがないからです。でも、それとともに、大昔に流行ったフジペットに対する特別の思い入れがあるからです。フジペットなんか、おそらく、団塊の世代から、せいぜい、私くらいまでの年代の人間しか実物を見る機会がなかったんではないかと思います。ちなみに、私は団塊の世代から10年以上も後の生まれなんですが、それくらいの40歳代半ばか、それ以降の年配の年代の人しか覚えていなくて、若い世代の人達はフジペットなんて知らないんじゃないでしょうか。でも、「三丁目の夕日」なんかで展開される、私の生まれた昭和30年代には、小学校高学年を中心に爆発的にヒットしたカメラです。物持ちがよければ、今でも持っている人がいるかもしれません。時折、ネットオークションで見かけたりもします。でも、35ミリのフィルムじゃなくて、6x6のフィルムですから、今でも使えるのかどうか、私にはよく分かりません。

以下は、富士フィルムのホームページにある富士フィルムの50年のあゆみからの引用です。社史みたいなものだと思います。なお、引用中に当社とあるのは、当然、富士フィルムのことです。

当社は、“フジカシックス”の商品化で、カメラ市場に参入したが、写真感光材料とカメラを生産する総合メーカーとして、カメラの開発上の最も大きな課題は、写真需要の拡大ということである。この目的に立って、当社は、これまでカメラに触れたことのない人でも、手に入れたその時から気軽に写真撮影を楽しめるカメラの開発を計画した。設計は株式会社甲南カメラ研究所に、デザインは東京芸術大学田中芳郎氏に、それぞれ協力を依頼した。そして、写真の入門機ともいえる6cm×6cm判カメラ“フジペット”を開発し、1957年(昭和32年)9月、発売した。
“フジペット”の標準小売価格は1,950円、ボディーの色は、黒のほかに、赤・青・黄・緑・グレーの各色をそろえ、6cm×6cm判のカメラでありながら、スタイルは、当時流行の兆しをみせはじめた35mmカメラ風のプラスチック製で、左右のレバーを1、2の順に押すだけで手軽に撮影することができた。
この“フジペット”は、写真の入門機として、期待どおり、小学校高学年を中心とする年少者層、さらに初めてカメラを手にした女性と、幅広い各層に使用され、爆発的な人気を呼んだ。
その後、1959年(昭和34年)6月には、フジペットシリーズとして、35mmカメラ“フジペット35”を、1961年(昭和36年)4月には、6cm×6cm判で自動露出調節機構を付けた“フジペットEE”を発売した。
フジペットシリーズは、1957年(昭和32年)の発売開始から1963年(昭和38年)の製造打ち切りまでの7年間に、実に100万台近くを販売し、当時のカメラ販売記録を更新する一大快挙を達成したのである。

もちろん、社史ですから自分の会社をやや過大に評価する傾向はあるんですが、私なんかが小学校に入学した時の高学年には、京都の片田舎の小学校ながら、フジペットを持っている子がいたことも事実です。我が家はビンボでしたので私なんかは買ってもらえませんでしたが、お金持ちの家の子は持っている子がいました。事前に家の人から小学校に連絡しておけば、遠足なんかに持って行くのはオッケーだったような気がします。もちろん、記憶は不確かです。でも、発売が1957年と私が生まれる前ですし、製造打切りも1963年と私が小学校に入学する前ですから、私なんかはフジペットを知っている最後の世代なのかも知れません。
それにしても、現時点でもカメラの入門機が3000-5000円くらいですから、1957年に2000円くらいのフジペットは、それ相応の値段がついていたんだと思います。発売を始めたのがほぼ50年前ですし、2度のオイルショックや狂乱物価をへて、デフレがあったとはいえ、この50年間で直感的に物価は10倍以上になっている気がします。もちろん、フジペットはオートフォーカスやストロボなんてなかったでしょうから、昭和30年代にはいかにカメラが高級品であったかがうかがい知れます。
実は、私が生まれたときの写真はモノクロでした。小学校に上がる少し前からカラー写真になったような気がします。もちろん、フィルム写真です。今では、我が家の下の子なんかは生まれた直後のお宮参りからカラーのデジタル写真ですから、時代は変わったものです。また、我が家は少なくて、おにいちゃんが3歳の時にNHK「おかあさんといっしょ」に出演させてもらったのくらいですが、デジタルの動画を大量に残しているお宅もあるかと思います。
時代の変化が激しいので、すっかりジーサンになってしまった気がします。

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