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2006年8月25日 (金)

伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」を読む

文藝春秋9月号の全文掲載された伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」を読みました。いうまでもありませんが、先日、芥川賞を受賞した小説です。大雑把にいうと、30男の主人公は飲料自動販売機にカン飲料を配送して回るアルバイトをしていて、もうすぐ離婚します。同じトラックを運転している仕事のパートナーの水城さんがいて、この人には何でもおしゃべりして、この仕事が縦糸になり、結婚から離婚に至る私生活が横糸になっています。まあ、どちらが縦糸で、どちらが横糸かは、どちらでもいいんですが、章の区切りごとにこの二筋の流れが交互に出てきます。なお、今夜のブログもネタバレがありますから、ご注意下さい。

まず、いつもの通り、選評です。やっぱり、さえないというのが多かったような気がします。石原慎太郎さんは選評のタイトルが「またしても不毛」だったりしますし、村上龍さんも今回の候補作はどれもレベルが低いといっています。同時に、現代における生きにくさを描く小説にはウンザリ、とも評し、池澤夏樹さんも、他の候補作と併せて、なんでこんなにビョーキのはなしばかりなのか?と嘆いていたりします。山田詠美さんも、今回の候補作の登場人物を評して、こんな人々だけで構成されている世界はやだなー、とうんざりしていたりします。このあたりは私も共感する部分が大いにあります。高木のぶ子さんだけが、受賞作の詰め将棋のけむりづめに例えた表現力や、浮気ではなくてよそ心といった表現をほめているような印象があります。でも、私は、だいたいにおいて、村上龍さんと山田詠美さんの選評を楽しみにしていて、共感できる部分が最も多いと思っています。
さて、小説の中身ですが、前回の芥川賞受賞の絲山秋子さんの「沖で待つ」と同じように、主人公と水城さんはとても不思議な男女関係です。仕事のパートナーという他ないんですが、正社員で希望して総務部に配置転換になるドライバーの水城さんに対して、主人公はアルバイトだったりします。日本の会社では一心同体といわれる場合もある上司と部下でもなく、もちろん、恋愛関係ではさらさらなく、何でもしゃべる、というのが小説の舞台回しになっているわけです。水城さんがトラックを運転して、新宿から大久保あたりの飲料自動販売機にカン飲料を配って回るわけです。その中で、主人公の結婚生活や浮気などについておしゃべりしつつ、小説が展開していきます。
その裏側に主人公の私生活、というか、結婚生活があり、水城さんに代わって奥さんが出てくるもうひとつの流れの部分があります。主人公は脚本家になる夢を見ながら結婚し、結局、脚本家にもなれず、近くの美容院の美容師さんによそ心を抱いたりしながら、結局、結婚生活も破綻に至ってしまうわけです。離婚前の最後のデートなんか、私は離婚したことがないのでよく分かりませんが、こんなものかと思わせる盛り上がりがあったりします。でも、結局、明日になれば、主人公は離婚届を区役所に提出に行き、水城さんは配送ドライバーから総務部に配置転換されて千葉に行きます。その最後の8月31日の物語です。

選評で酷評する選者もいましたが、私は読んでいて肩の凝らない小説だと思いました。それなりに評価しています。佳作ではありますが、芥川賞を取るほどかといわれれば、疑問を呈する人がいるかもしれません。「沖で待つ」ほどではないですが、ナチュラルな男女関係を基に、ムリなくストーリーが流れて行っていると思います。仕事の縦糸と結婚生活の横糸の章別の書き分けも秀逸です。伝えたいことは伝わっていると思います。でも、暗いんです。どうしようもなく暗いです。伝えたいことがどず黒いくらいに暗いです。村上龍さんや高木夏樹さん、山田詠美さんじゃないですが、現代においてはこんなのしか小説にならないんでしょうか。一番の疑問はタイトルで、主人公が「八月の路上に捨てる」のは、縦糸では水城さんとパートナーで仕事をすることと、横糸では結婚生活だと思うんですが、これは他動詞で捨てるんではなく自動詞で失うんだと思います。どうして捨てると他動詞で表現したのかは私には分かりません。そして、主人公が手に入れるものは、差し当たり、何もありません。ですから、暗いんです。生意気なことをいうかもしれませんが、一応、キャリアの公務員として、それなりに安定した収入があり、妻とは離婚もせずに子供達といっしょに家庭生活を送っている、ごく平均的な中流の私には、本質的に理解出来ようがない暗さをこの小説は持っているような気がします。そこが総合職の女性正社員を主人公にしている「沖で待つ」との決定的な違いだと思います。
しかし、エコノミストを自称する私としては、このような暗い小説は景気回復の継続とともに、そろそろ表舞台から去って、バブル時代の突拍子もないジュリアナ小説が出て来るとは思いませんが、より明るいトーンの小説が流行るようになるんではないかと期待しています。もちろん、根拠なく明るい未来を描いて欲しいとは思いませんが、そろそろ暗くてビョーキの人一辺倒の小説から、もっと伝えたい内容がしっかりした小説に主流が転換して行くような気がしないでもありません。希望的観測を含めてそう思います。
あんまり感想を書いていないんですが、取りあえず、芥川賞としては4つ星くらいではないでしょうか。昨年の「土の中の子供」ほどひどくはありません。暗い小説が好きな人にオススメします。でも、泣きたい人には不向きですので注意が必要です。

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