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2006年8月22日 (火)

エコノミストはどうして数学を使うのか?

今日の朝日新聞の夕刊の1面にポアンカレ予測を解いたんではないかといわれているロシアのペレルマン博士雲隠れしたとのニュースが掲載されていました。また、この続報でもないんですが、今日からスペインの首都マドリッドで始まった国際数学者会議で我が母校の京都大学伊藤名誉教授がガウス章を受賞されたことが朝日新聞のインターネットサイトに掲載されていました。ペレルマン博士はフィールズ賞に選ばれたんですが、受賞を辞退したそうです。相当な変わりもんなんでしょうか?
なお、朝日新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

4年に1回開催される国際数学者会議が22日からスペインのマドリードで始まり、社会に大きな影響を与えた数学者を顕彰するために創設されたガウス賞に京都大の伊藤清名誉教授(90)が選ばれた。伊藤氏は、60年以上前につくった確率解析の理論が、金融の分野でデリバティブ(金融派生商品)の価格決定の方程式に応用され、「ウォール街で最も有名な日本人」と注目された。
また、数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞には、100年来の数学の超難問の一つ「ポアンカレ予想」を解決したとされるロシアの数学者グレゴリー・ペレルマン氏(40)ら4人が選ばれたが、ペレルマン氏は受賞を辞退した。
他のフィールズ賞受賞者は米プリンストン大のアンドレイ・オクニコフ教授(37)、米カリフォルニア大ロサンゼルス校のテレンス・タオ教授(31)、パリ南大のウェンデリン・ウェルナー教授(37)。コンピューター科学の研究者に贈られるネバンリンナ賞は米コーネル大のジョン・クレインバーグ教授(35)が受賞した。

引用にもある通り、京都大学の伊藤先生はブラック・ショールズ方程式などに応用された中心極限定理の基礎となる伊藤積分で有名です。また、ペレルマン博士ポアンカレ予測を解いたことについては、私のブログで今年の6月6日に取り上げていますので、よろしかったらご覧下さい。今年のアカデミックな世界の話題になると予言した通りですので、私もうれしいです。それから、フィールズ賞ガウス賞の違いなどについては、朝日新聞のサイトをご覧下さい。

とうことで、数学の話から始まりましたが、先日、ある外資系の証券会社のエコノミストとお話した際、その人の会社の他のエコノミストやアナリストは数式がレポートや説明に出て来ると拒否反応を示し、話を聞きたがらなくなって困る、といっていました。お客さん向けのレポートなんかでは数式を入れるのはご法度だそうです。これは理解出来るような気がします。私は正直に「それは苦しいですねえ」といってしまいました。私もいくつか経済分析のペーパーを書きますが、何もはばかることなく数式を使います。例えば、エコノミストとしての私の業績を公開しているホームページにもいくつかペーパーをPDFでアップロードしてあるんですが、ジャカルタのころに書いたペーパーなんかは、必ずといっていいほど数式で経済モデルを示してあります。その数式を基に実証分析をしたりするわけです。でも、今の出向先のオフィスでは、やっぱり、数式に拒否反応を示す人が少なくないので、そのあたりは気を遣っています。
私が若いころには、経済学とは微分方程式を解くことだとうそぶいていました。もちろん、解析的に解ける微分方程式はほとんどありませんから、コンピュータでリカーシブに解くことになります。計量モデルの場合は収束計算と呼びます。私はやったことはないんですが、乱数を発生させていろんな確率計算をすることもあります。乱数を発生させて再帰的に解くのをモンテカルロ法と呼びます。そうです。ギャンブルで有名な地中海に浮かぶ小島のモンテカルロです。ギャンブルは乱数発生と同じだと考えられるからかもしれません。由来は私もよく知りませんが、そんなところだろうと思います。
ノーベル賞をとった著名な経済学者であるサムエルソン教授の著書の見開きの表紙に「数学もまた言語なり」と書いてあったりします。佐藤隆三教授が訳した「経済分析の基礎」だったと思います。サムエルソン教授の博士論文を集めたものだと記憶しています。この言葉はサムエルソン教授のオリジナルではなく、ギブスからの引用だったと思いますが、これはとても適切な表現だと思います。私なんかがジャカルタでインドネシア人を相手に、どちらもネイティブの英語ではない人達が経済の話をする場合、言葉で延々としゃべるよりも数式一発で示した方がお互いに理解が早い場合が往々にしてあります。
しかし、数学的に物事を考えたり、数式で表現したりすると、論理的な思考力がつく、といわれることがありますが、私はこれは怪しいと思っています。逆はありえます。すなわち、論理的な思考能力の高い人は数学や数式の理解力も高い可能性は大いにあります。でも、数学を使ったり、数式で表現したりしても論理的思考能力が高まるかどうかは定かではありません。
話を元に戻すと、今の職場で強く実感されるのは、数学や数式が使えないと経済学的な表現力がとても制約されることです。ですから、マンキュー教授ブログでも経済学を専攻する学生や院生は出来る限り数学の講義を受講するように、また、同じ文脈で、統計学の基礎的な知識は身につけて置くようにオススメされていたりします。これは経済学の大学教授として当然といえます。それにしても、「ヤバい経済学 Freakonomics」でレヴィット教授が大学院生になるまで偏微分の記号である∂を知らなかった、というか、全微分の記号であるd区別がついていなかったことをあとがきで書いているのには大いに驚きました。

今夜のブログは数学のガウス賞とフィールズ賞で始まったりして、あんまり経済を評論していないんですが、一応、経済評論の日記に分類しておきます。

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