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2006年12月 5日 (火)

フィジー情勢が緊迫

南の島のフィジーで首相の自宅を軍が包囲し、政府と軍の対立が激化して、クーデタの危険が迫っているようです。長くなりますが、いつもの朝日新聞のサイトから引用すると、以下の通りです。

00年のクーデター首謀者らへの恩赦法案などを巡ってガラセ首相と軍が対立している南太平洋のフィジーで5日、首相の自宅を兵士らが包囲した。首都スバ各地には軍の検問所が設置され、政府施設も兵士らが巡回している。軍は首相の自主的な退陣を促す方針とみられ、これを拒否する首相側と軍とのにらみ合いが続いている。
現地からの報道によると、5日午前、スバ市内の首相の自宅に兵士らが車両で到着。敷地内に入ったとの情報もある。兵士らは政府公用車の鍵を受け取り、乗車して去った。他の閣僚たちの車も没収された模様だ。
首相は豪ABCテレビのインタビューで「私と家族は拘束されるだろう。だが、恩赦法案の撤回など司令官の要求に従うことはできないし、辞任するつもりもない」と語った。また、ニュージーランドのラジオに対して首相は「事実上のクーデターが起きている」と述べ、軍を強く非難した。
軍のバイニマラマ司令官は恩赦法案の撤回や首相の辞任について、4日までに回答するよう求めていた。首相の回答がなかったことから、軍は同日、警察の武器押収や大臣らの警護部隊の武装解除などに踏み切ったうえ、スバに戻ったガラセ首相が首相官邸に入るのを阻止した。
司令官は5日、イロイロ大統領と面会。現地からの報道によると、大統領は軍の行動に同調している模様だ。
一連の行動について司令官は「武器が軍や市民に向けられるのを防ぐため」と説明している。
米国やオーストラリアなど周辺国が厳しい目を向けていることもあり、慎重な姿勢をとっているとみられる。
フィジーでは00年、フィジー系武装集団が議会を占拠し、インド系のチョードリ首相(当時)らを拘束。軍が介入し収束させた。フィジー系で国民の融和を掲げるガラセ首相は昨年、首謀者らに恩赦を与える法案を提出したが、事件の標的の一人だった司令官が反発。対立が深まっていた。

どうしてフィジーの情勢に私が注目しているかというと、実は、私の知り合いが在フィジーの大使をしているからです。フィジーには行ったこともなく、それ以外のつながりは皆目ないんですが、それだけの理由で注目していたりします。
我が家はジャカルタに3年間住んでいましたので、東南アジアのリゾートはいろんなところに行きました。インドネシアのバリ島、タイのプーケット島、マレーシアのペナン島なんかに行ったことがあります。みんな南の島です。でも、これらはいわゆる独立国ではありませんから、我が国政府は大使を置いていません。当然です。独身のころにタヒチ島も行ったことがありますが、これもフランスの自治領だったりします。太平洋の他のリゾートもハワイやグアム・サイパンなんかは米国です。でも、フィジーと、太平洋ではなくてインド洋なんですが、セーシェルは同じ南の島でも独立国ですから、大使館があり、大使がいるハズです。もっとも、在セーシェル大使館は外務省のホームページを見ると在ケニア大使館が兼轄しているそうです。フィジーは単独の大使館があって、単独の大使がいます。しかも、これも外務省のホームページによると、在フィジー大使館は、在バヌアツ大使館、在キリバス大使館、在ツバル大使館、在トンガ大使館、在ナウル大使館、在パラオ大使館、在マーシャル大使館、在ミクロネシア大使館を兼轄しているらしいです。まあ、リゾートばかりではありませんが、南の島のオンパレードです。我が国政府はこの地域の取りまとめとしてフィジーに大使館を置いて、大使を駐在させているのかもしれません。
私の知り合いが在フィジー大使に赴任した時は、まるっきりリゾートの南の島で、とてもうらやましい気がしたんですが、政情不安定だとは知りませんでした。フィジー人とインド人が半々で、民族対立的な不安定感があるのかもしれません。他の役所の人事ながら、そうそうはウマい話はないのかもしれません。

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