米国の雇用統計とGDPの乖離は何を意味するのか?
もうひとつの今夜のエントリーでは昨夜に続いて米国経済を取り上げたいと思います。実は、今年に入ってから、1-3月期の成長率は1次速報の1.3%から、2次速報では0.6%にさらに低下し、ハードランディングのシナリオに近い指標なんですが、5月の非農業雇用は15.7万人増える結果となり、決して悲観すべき指標ではなく、矛盾しているように見えます。要するに、GDP 統計では米国景気がかなり悪化しているように見えるにもかかわらず、FED やマーケットが注目している雇用統計ではそうでもなく、この2つの統計が乖離しているように見受けられます。この要因を今夜は考えます。
単純に考えると原因は2つあり得ます。GDP 統計が間違っているか、雇用統計が間違っているか、のどちらかです。第1に、GDP 統計が間違っている可能性があります。昨年末から今年の年初にかけて、私が何人かのエコノミストと米国経済の見通しについて情報交換したところ、四半期の瞬間風速で成長率が2%を下回ればハードランディングに近くなり、不況の色が濃くなるとの印象を持っていたんですが、2%を下回るどころか、1-3月期にはアッサリと0.6%を記録したにもかかわらず、NY市場のダウ平均は史上最高値を更新したりして、米国経済の不況色は出ていません。GDP 統計が景気の実感から外れている可能性は排除できません。しかし、多くのエコノミストはこの説は支持していません。雇用統計の他に検証できないからです。
第2の説は雇用統計が間違っているというものです。これはいくつかの他の指標からも検証されています。私なんかも不思議に思っているんですが、特に、建設労働者数が水増しされている恐れがあります。すなわち、住宅価格が低下して住宅投資が大きなマイナスを記録していて、建設の新規着工戸数は2006年年初をピークに最近時点では20%ほど減少しているにもかかわらず、建設労働者数は2006年から2007年を通して、ほぼ横ばいを続けています。また、建設労働者には中南米諸国からの移民や季節労働者なんかが一定の割合で含まれていることから、中南米への民間資金の仕送りを見ると、ここ1-2年で大きな落込みを示しており、雇用統計との乖離が確認される、と知り合いのエコノミストのレポートにありました。これなんかは傍証ではありますが、うがったものの見方かもしれません。いずれにせよ、建設業労働者数が実体よりも大きく算出されている恐れが指摘されています。
単純でなく考えると、第3の説が浮かび上がって来ます。それが昨年あたりから話題になっている米国の潜在成長率の低下です。一般的なエコノミストの間では、米国の潜在成長率は3%をやや上回るレベルが想定されています。潜在成長率は単純に言えば、資本ストックの成長率と労働の成長率と生産性の伸び率を合計したものなんですが、米国ではこのうちの労働の伸び率に陰りが見られるんではないかと言われています。女性の労働力化率が頭打ちになったり、移民労働者の増加率が鈍ったりしています。さらに重大なことに、生産性の伸びが低下している可能性があります。通常、生産性は景気回復の初期に伸び率を高めて、景気拡大がピークを超えたころから低下を始めます。米国経済は循環的にこの段階に達した可能性が指摘されています。前の FED 議長だったグリーンスパン氏が later stage of the cycle と呼んでいる段階です。さらに、生産性に起因する潜在成長率の低下はフィリップス曲線を上方にシフトさせますから、インフレ抑制のためのコストが高まります。すなわち、より高い失業率やより低い成長率のコストを払わないとインフレが抑制できなくなってしまいます。
私は GDP 統計と雇用統計の乖離は上に述べた第2の要因と第3の要因のいずれかから生じている可能性が高いと考えています。もしも、第3の要因が大きいのであれば、供給サイドにおける何らかの構造改革が必要となる可能性があります。
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