松井今朝子さんの「吉原手引草」(幻冬舎) を読む
今日は、朝から雲が広がり、夕方になってから雨が降り出しました。夜になって本降りの雨になりました。でも、昼過ぎくらいには一時的に陽射しもあって、それなりに気温は上がりました。
図書館から借りていた松井今朝子さんの「吉原手引草」(幻冬舎) を読み終えました。言うまでもありませんが、今年度上半期の第137回直木賞受賞作品です。吉原の花魁失踪事件の謎を目付の若い武士が絵双紙作者に扮して突き止めるというものです。いろんな意味で時代小説の新しいスタイルとも考えられます。まずは、アマゾンのサイトからあらすじを引用すると以下の通りです。
なぜ、吉原一の花魁葛城は、忽然と姿を消したのか? 遣手、幇間、女衒ーー人々の口から語られる廓の表と裏。やがて隠されていた真実が少しずつ明らかになっていく……。吉原を鮮やかに浮かび上がらせた、時代小説のあらたな傑作!
直木賞受賞作ですから、仕方がないんでしょうが、区立の図書館にリクエストを入れてから、3-4ヶ月ほど待たされました。私の前に5-60人の予約が入っていたように聞きました。私がよく使う丸の内オアゾの丸善でも大量に平積みされていたのを見かけたことがあります。当然ながら、それなりに人気なんだと思います。それから、小説自体が謎解きなんですが、今夜のエントリーはそれと意識せずにネタバレがあるかもしれません。ご容赦ください。
作者の松井今朝子さんは1953年9月28日京都市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科演劇学修士課程修了後、松竹株式会社に入社、歌舞伎関係の仕事に取り組んできたそうです。京都生まれで早稲田の卒業となれば、ついつい、2004年に「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞した綿谷りささんを思い出します。なお、松竹を退社して1997年に小説家としてデビューしてから、何度か直木賞候補になったこともあります。ある意味で、この業界のベテランかもしれません。
江戸時代の特に吉原の風俗なんかが詳しく描写されていて、ある意味で、ペダンティックですらあります。例えば、廊下トンビという言葉が出て来ます。我々公務員の場合は国会や議員会館などをウロチョロしていることを指すんですが、吉原では自分の部屋を捜し歩く客のことで、実際に自分がやった廊下トンビの語源がこのあたりにあるんだということを知るだけでも楽しい気がします。私は独身時代に吉原大門が徒歩圏内の浅草近くにアパートを借りていたことがあり、日本手ぬぐいを集めたりして、京都出身にもかかわらず、それなりの江戸趣味の時代があったもんですから、馴染みのある世界だという気がしないでもありません。
手法的には、花魁失踪の関係者が次々に一人語りを続けて行くというもので、評価は分かれるんでしょうが、私のはまどるっこしい感じがしました。特に、失踪した花魁の描写が証言者によって微妙に違ったりするもんですから、戸惑うことすらありました。もっとも、失踪した後の花魁についての主人公や書き手から見た描写は難しいと思いますが、失踪した葛城の魅力を描き切れていないのは、厳しく言えば筆力の不足との批判もあり得ると思います。それ以外にも、周囲の状況に関して客観的な記述がいっさいないため、感情移入が難しい場面がいくつかありました。ハッキリ言って、グイグイと引き込まれるような迫力は感じなかったです。もうひとつ、手法的には、犯人探しではなく事実関係の謎解きですから、関係者の証言をつなぎ合わせても抜け落ちる部分があったように思います。最初に評価が分かれると書きましたが、この手法に関する私の評価はそんなに高くありません。特に、前半は読み進むのに骨が折れました。
最後の結末は、真ん中を少し過ぎたあたりから、段々と分かり始めます。要するに、武家の仇討めいたお話なんですが、花魁が身請けされる直前に仇討の相手がノコノコと吉原に現れるというのは、ご都合主義的なストーリーだという批判もあるかもしれません。それに、証言者の記述をつなぎ合わせても最後の結末の部分は迫力に欠けます。途中と最後の舞鶴屋の主人の証言がかなり食い違っているのも、本人に言い訳させているとはいうものの、謎解きをテーマとする小説としてはかなり致命的な欠陥だという気がしないでもありません。
最後に、上のパラグラフで数えて、私の評価は1勝2敗で少し厳しいものです。スラッと読めば4つ星の割合と平均的に面白い小説だという気がしないでもないんですが、直木賞受賞作と言うことで大きな期待を胸に長々と図書館に待たされた分を加味すると3ツ星かもしれません。間を取って3つ星半くらいというところだと思います。私の独特の分類である買う本と借りる本では、文句なく借りる本だと思います。
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