米国 GSE の救済策に関する感想
今年はどうもテニスの話題を取り上げることが少なくて、グランドスラム大会では年初の全豪オープンでのシャラポワ選手の優勝をこのブログで書いた後、全仏も全英もパスしてしまい、とうとう、全米オープンも男女のシングルス決勝は終わってしまいました。全米オープンでは、女子はセリーナ・ウィリアムス選手が優勝し、男子はフェデラー選手が5連覇です。男子シングルスの5連覇は、かのビル・チルデン選手が1920-25年に達成した6連覇以来だそうです。
米国の話題を続けると、一昨日の日曜日に米国財務省からファニーメイとフレディマックの2社の GSE に関する救済策が発表されました。概要はさんざん報道されているのでごく簡単に済ませますが、要するに、ファニーとフレディ両社を政府の管理下に置き、必要に応じて各 GSE に対して1000億ドルを限度として買取り枠を設定し、優先株購入の形で公的資金による資本注入を進めるほか、公開市場で両 GSE から住宅ローン担保証券 (MBS) を購入することにより資金繰りを支援するというものです。直接的な融資もアリなようです。前者の資本注入に関しては、まず、公的資金の枠外で両 GSE から10億ドルずつの優先株を政府に無償譲渡し、優先株の利回りは10%に設定するとのことです。後者の資金繰り支援に関する MBS 購入については、今月中に50億ドル程度の購入を実施し、議会予算局 (CBO) によれば、トータルで250億ドル程度が必要との試算も出ています。もちろん、その際、経営者と株主の責任を明確化するため、経営トップが辞任するとともに株式に対する配当は無配となります。なお、両 GSE の規模を適正化するため、2010年から毎年10%程度の規模縮小に踏み切るようです。少なくとも、現時点では市場からは歓迎されており、昨日の東証平均株価も NY ダウも値上がりしました。加えて、共和党と民主党の両党の大統領候補であるマケイン上院議員もオバマ上院議員も賛成の意向を示しています。
上の図は"New York Times" のサイトから引用していますが、タイトルは "New Leadership, Same Roles" ということで、要するに、公的資金による資本注入と政府による MBS 買付けが新しいだけで、両 GSE は2010年から規模縮小が始まるというものの、基本的には、住宅ローンを担保として証券を発行し投資家に売却する現在の業務を継続するわけですから、金融システム的には何も変わらないとも言えます。従来から、完全な政府保証のあるジニーメイと違って、財務省も連邦準備制度理事会もファニーとフレディは政府保証のない民間企業である点を強調していましたが、結局は「暗黙の政府保証」と呼ばれていたものが明示的に政府の管理下に置かれるだけで、2010年から規模縮小が開始されるまで金融市場での役割は変わりありません。私のこのブログの7月15日付けのエントリーのタイトル通りに、"too big to fail" が実践されたと言えます。当然です。
分かりやすく、銀行の自己資本比率に例えれば、短期的には公的資金により資本注入して分子の資本を増強し、中期ないし長期的には両 GSE の事業規模を縮小し、分母の総資産を圧縮することにより経営の健全化を図るという、セオリー通りの救済策と言えます。日本の経験を基に、あえて疑問を呈する向きからは、米国住宅金融市場のほぼ半分に当たる総額5兆ドルをはるかに超える両 GSE の発行・保証証券に対して、十分な手当てが出来るかとの意見もあり得ますが、私はそういった量的な面よりも、むしろ、質的な面で3点ほど指摘しておきたいと思います。第1に、短期的かつ個別の救済策とはいえ、今回はあくまで GSE に対する passive な救済策であった点です。3月にベアスターンズ証券を救済した時と同じで個別救済に終始しており、現下の金融市場の混乱を考えると、市中銀行や投資銀行も広く対象に含めた包括的かつ proactive な救済策が模索されるべき時期を迎えているような気がしてなりません。第2に、GSE の債券に明示的な政府保証が付与されることによる金融市場の変質を考慮する必要があります。繰返しになりますが、ファニーとフレディの両 GSE が発行したり保証したりしている証券は5兆ドルをラクに超えます。他方で、米国債の outstanding な残高は約5.3兆ドルです。もちろん、GSE 証券と米国債の間のスプレッドが一気にゼロになることはあり得ませんが、何らかの影響が金融市場に及ぶ可能性があります。現状では、商品市場から債券市場に資金が還流しているといわれており、米国債価格が上昇して金利が低下していますが、GSE 証券が明示的な政府保証の下で米国債に近い存在となると、米国債および同等証券の供給過多から価格が下落して長期金利の上昇などの影響が出ないとも限りません。第3に、より中長期的な観点から、住宅価格の低下に歯止めをかけたり、上昇に転ずる救済策ではない点が気がかりです。米国の場合は日本と違って、資産価格や個人消費が景気循環の起点となることが往々にしてありますので、将来的にファニーとフレディの事業規模を縮小するのであれば、これに対する何らかの措置も必要だという気がします。いずれにせよ、バブル崩壊を経験した日本的な発想で規模として十分かという量的な側面よりも質的な面にも十分注目すべきと私は考えています。もちろん、現時点で両 GSE の救済策にそこまで盛り込むのはムリとの考えもあります。私も長らく行政官の経験がありますので理解はします。大統領選挙の直前に政治的に受けの悪い公的資金による資本注入をメインに据えた救済案をよく取りまとめたものだと思わないでもありません。まあ、それだけ事態が深刻だという見方も出来ます。景気循環の観点からは、住宅という実物資産価格ですから、金融資産と違って調整に時間がかかるのは当然です。私が早くから指摘しているように、今回の景気後退局面が浅くて長いことがさらに明瞭になりつつあると思います。
最後に、前のパラで指摘した1点目の包括的な救済策の観点から、商品市況で原油がジリジリと値を下げており、同時に、リーマン・ブラザーズ証券の株価も落ちて来ている中で、これも従来から指摘している通り、商品市況が大きく崩れるようなことになると、リーマン・ブラザーズ証券かどうかは知りませんが、商品に資金を投入している投資銀行などで経営が怪しくなるところが出て来る可能性も大いにあり得ます。3月のベアスターンズ証券、今回のファニーとフィレディの両 GSE に続いて、ひょっとしたら年内にも、第3波の金融機関の経営危機が迫っている可能性を忘れてはならないという気がします。まだまだ先は長そうです。
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