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2008年9月22日 (月)

麻生総理大臣の財政政策上のインプリケーションは何か?

今日、自民党の麻生幹事長が総裁に選出され、明後日の国会における首班指名で総理大臣に就任することが事実上決まりました。長崎に来て東京の事情も十分把握することが出来ない状態ですので、不完全ではありましょうが、今夜のエントリーでは財政政策における麻生総理大臣就任のインプリケーションを考えてみたいと思います。少し前まで、霞が関で国家公務員をしていた時には、やや怖くて手が出せなかったテーマかもしれませんが、地方に来て大学教授という比較的自由な立場から考えたいと思います。特に、今夜のエントリーではタイトルにあるように財政政策について考えます。
まず、総裁選の結果を見ると、仄聞するところ、2011年度の財政目標を放棄するような発言の続いた麻生幹事長がトップで、同じように2011年度財政目標堅持ながら、増税を柱とする候補が2位、歳出削減を中心に据える候補が3位でした。2011年度にプライマリーバランスの赤字を解消する財政目標を放棄することのインプリケーションを2点上げたいと思います。第1に、政府がカネを握るということです。おそらく、日本国内の経済主体の中で効率性や合理性に関しては決していい点数を取れない政府がカネを握るという意味は、あらゆる意味で好ましくないと私は考えています。まあ、マッサージチェアやカラオケセットを買いまくるとは思いませんが、麻生総裁の地元の九州あたりでは口を開けて待っている人たちがいそうな気がしないでもありません。そもそも、絶対王政の下で、放漫極まりない国王の支出をまかなう徴税をチェックする意味で議会が設置されたという歴史的な経緯がありますから、そう効率的とも考えられていない政府の経済活動をチェックすべき議会選挙を行うことなく、与党内で総理大臣ポストがたらい回しにされていることが大きな原因、との野党の主張にも一理あるのかもしれません。第2に、財政目標を先送りすれば、高齢者が逃げ切る確率が高まるということです。かねてより、このブログでも主張して来ましたが、日本の現在の社会保障制度は高齢者に偏っており、少子化の一因ともなっています。特に、今年前半に話題になった後期高齢者医療制度を見ていると、日本の高齢者はハッキリと負担の増加を拒否しているように私は受け止めています。手厚く保障された高齢者が負担の増加を拒否するのであれば給付を削減するか、別の方法での負担を求めるのが次善の策なんですが、このまま景気後退を主たる理由に、2位候補が主張したような負担増も、3位候補が求めた支出の削減もせずに財政目標を先送りすることは、単に負担を次の世代に先送りすることとほぼ同義となり、逆の見方をすれば、当然ながら平均余命の短い高齢者は負担増も給付減もなしに逃げ切ってしまうことにもなりかねません。

もちろん、日本のような大国の総理大臣ですから、財政政策上の観点からだけ選出されるわけではなく、いろんなミッションが待ち構えているんだと思います。今夜のエントリーではさまざまな総理大臣のミッションのうち、私の専門分野に使い財政政策という小さな一部分を取り上げてみました。

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