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2008年9月15日 (月)

伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』を読む

伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』思ったよりも時間がかかってしまいましたが、伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』を読み終えました。結論を先に書くと、ウーン、もうちょっと、期待したほどではなかったかもしれないということで、4つ星くらいの感じです。同じように、無実の30歳過ぎの男性が警察の追及から逃れるという物語で、先週、読書感想文の日記をアップした平野啓一郎『決壊』は文句ナシの5つ星だったと思うんですが、1つとはいえ星が欠けるのは、伏線を多く配置しているわりには構成が少し甘いという気がしないでもないからです。主人公の細かい癖、例えば、お茶碗にご飯粒を残すとか、エレベータのボタンを親指で押すとか、父親譲りの痴漢に対する嫌悪感とか、細かいディーテールにこだわっているのはよく分かるんですが、大きな構成がどうかな、という気がしないでもありません。すなわち、首相公選制が実現されているとか、セキュリティポッドによる監視体制が成立しているとか、近未来の SF っぽい舞台設定とはいうものの、少し現実味に欠けるくらいに主人公に有利にコトが運んでいるように感じられます。本の最後の謝辞に作者自身が「現実とはかけ離れた部分も多い」と書いているのは謙遜としても、主人公が逃げおおせることについては、確かに、「現実とはかけ離れた」有利な条件が設定されているのが、構成が甘いと感じた大きな原因だという気がしないでもありません。書下ろしなんですから、もう少し構成を考える余裕はあったんではないでしょうか。特に、ラストに物語のふくらみが感じられませんでした。大きなどんでん返しやターンオーバーを期待した私には、少し期待外れと映った可能性があります。でも、楊逸『時が滲む朝』の直後に、『決壊』を差し置いてこの本を先に読んでいたら、ひょっとしたら、5つ星と評価してたかもしれません。いうまでもなく水準以上の出来の作品で、十分読みごたえはあったんですが、私が読んだ順番という偶然の要素により『ゴールデンスランバー』には少し厳しい評価になってしまったのかもしれません。なお、いつもの通り、今日の読書感想文にもネタバレが出て来ますので、特に、未読の方が読み進む場合は自己責任でお願いします。
まず、何の物語かというと、思い切りネタバレから始めますが、首相公選制が実現された未来の日本において、仙台に地元入りした金田首相がパレードの最中にラジコンヘリに積まれた爆弾により暗殺され、その犯人と警察に特定された無実の青柳雅春が逃げる物語です。大学時代の友人の森田森吾、樋口晴子、小野カズ、あるいは、職場の先輩だった岩崎英二郎、連続刺殺犯のキルオこと三浦、裏社会の人間を自称する入院患者の保土ヶ谷康志、果ては、花火会社の轟煙火や暴漢に襲われたところを助けたアイドルまで総動員の協力を得て、最後は、整形外科で顔を変えて逃げおおせてしまいます。米国などではギャングなんかから逃げる物語は少なくなくて、私が印象に残っているのはジョン・グリシャム『ペリカン文書』などがあり、コチラは最後は FBI に助けてもらって、証人保護プログラムにより、過去の人生を断ち切って新しい顔と戸籍なんかを与えられて逃げ切るというものですが、『ゴールデンスランバー』では警察自身、あるいは、もっと大きな政府が青柳雅春を犯人に仕立て上げ、それも時間をかけて入念に仕立て上げたことが示唆されており、警察に助けを求めることすら出来ないという点が大きく違っています。余りにうがった見方かもしれませんが、日本と米国とで政府に対する信頼性に大きな違いが、ひょっとしたら、あるのかもしれないなどと国家公務員に戻った思考で考えてしまいました。
『決壊』については、デニス・ルヘイン『シャッターアイランド』のような正常と異常の狭間の大どんでん返しがあるかもしれないと考えてしまいましたが、この『ゴールデンスランバー』については、主人公の付き合っていた大学時代の友人の樋口晴子の旦那さんが何か曲者めいていて、ここを起点に大きな逆転ストーリーが始まるかと考えないでもなかったです。『決壊』ではこの緊張感が最後まで持続し、最後の最後に論理的に正しい結末を迎えたような気がしますが、この『ゴールデンスランバー』では途中でそれはないなと達観しました。このあたの緊張感が最後まで持続しないことが、構成が甘くて星ひとつ少ない小さな理由のひとつだったりします。それから、「事件から二十年後」を第三部に置いたのも疑問です。構成からして、メインとなる第四部「事件」の前に置くのは当然なんですが、私が編集者なら直前ではなく文句ナシに第一部に置くよう強く作者にオススメします。これまた、構成が甘いと考える小さな理由のひとつです。それから、青柳雅春の側の視点で書かれている小説なので仕方ないんですが、国家や政府の側の、森田森吾のいうところの「大きな陰謀」について、ヒントなりとも欲しかったような気がします。第三部の「事件から二十年後」で少し触れられてはいるんですが、物足りない気がするのは私だけでしょうか。もちろん、最後の第五部で、岩崎英二郎の妻に夫の浮気を告げ口に来たり、主人公の実家に書初めのような「痴漢は死ね」と書かれた毛筆が郵送されて来て、青柳雅春の母が息子が生きていることを察して満面の笑みから泣き崩れるところなんかは秀逸なんですが、もう少しふくらませて欲しい気もしないでもありません。主人公の青柳雅春の逃亡を直接間接に手助けした人の間で、何らかの意味で逃亡成功を喜ぶ心情を共有できるような連帯感みたいなものとか、あるいは、日本にも時効というものがありますから、もっと時間的に先の話で関係者に青柳雅春の逃亡成功と生存を知らしめるとか、何か手があったような気がしないでもありません。
最後に、「逃げる」とか、主人公の父親のいう「ちゃっちゃと逃げろ」とか、森田森吾が暗殺事件の直前に青柳正春にいった言葉の「無様な姿を晒してもいいから、とにかく逃げて、生きろ。人間、生きててなんぼだ。」に凝縮されている哲学について考えたいと思います。というのは、過去の人生を断ち切って新しい顔と戸籍でもって、新しい人生を歩むことにどれだけの価値があるのかが、私くらいの年齢まで人生を経て、家族もあれば親バカでもある人間には疑問に感じないでもないからです。究極の選択として、それまでの人生を捨てるのであれば、もちろん、自殺はもっと悪いんですが、必死になって何か別の方法を考えなくもないような気がします。『ペリカン文書』の主人公の大学院生やこの『ゴールデンスランバー』の主人公の30歳そこそこの年齢の人には新しい人生もアリかもしれませんが、年齢と人生観によりかなり違った結論が出るような気がしないでもありません。その意味で、青柳雅春の新しい人生を暗示した『ゴールデンスランバー』というタイトルを選んだ作者のセンスは秀逸だと思います。ジャズの好きな私が編集者なら、季節感が悪いんですが、「サマータイム」をオススメしていたかもしれません。でも、ネットで書評なんかをいくつか読む限り、ここまで深読みしている読者は少ないように感じています。

世間的には、これからが読書の秋本番なのかもしれませんが、私は私の事情があって、今週と来週はさ来週から始まる大学の後期に備えて、教科書なんかを読み返して講義やゼミのメモを作成したいと考えています。9月に入ってから3冊ほど読書感想文の日記をアップしましたが、短かった私の読書の秋はここで一区切りです。

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