日米景気の起点、鉱工業生産指数と住宅価格指数を見る
昨日から今日にかけて日米景気の起点となる日本企業の生産活動と米国家計の資産状況を表す指標、すなわち、日本の鉱工業生産指数と米国の S&P/ケース・シラー住宅価格指数が公表されました。東証の株価も昨日今日と反発しているようですから今夜のエントリーでは株価を離れて、景気の先行きを考える上で重要なこれらの指標を見ておきたいと思います。まず、いつもの通り、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。
鉱工業生産指数
経済産業省が29日発表した9月の鉱工業生産動向(速報)によると、生産指数(2005年=100、季節調整済み)は前月比1.2%上昇の105.8で、2カ月ぶりに上昇に転じた。同時に発表した製造工業生産予測調査では、10月が2.3%低下した後、11月も2.2%低下を予測。同省はこうした生産の動向について基調判断を「緩やかな低下傾向」に修正した。
出荷指数は同0.4%上昇の105.3で、在庫指数は同1.9%上昇の107.5、在庫率指数は同0.6%低下の108.4。
S&P ケース・シラー住宅価格指数
米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が28日発表した8月の「S&Pケース・シラー住宅価格指数」は、主要10都市平均で前年同月比17.7%下落し、調査開始以来、最大の値下がりとなった。主要20都市平均も16.6%下落した。ともに下落は20カ月連続。
前月比では主要10都市で1.1%、20都市で1%の下落だった。昨年末から今年初めにかけての急落ぶりに比べると、下落ペースは緩やかになっているものの「住宅価格の下落傾向は続いており、データからは明るい兆しはあまり見られない」(S&P)としている。
都市別で下落率が最も大きかったのはフェニックスで前年同月比30.7%。次いでラスベガスで同30.6%、マイアミが28.1%。前月比で上昇した都市はボストンとクリーブランドの2都市のみで、7月の6都市から減少した。
まず、日本の鉱工業生産指数です。上のグラフは、青い折れ線が月次の、赤が四半期の、それぞれ、季節調整済の指数です。影を付けた部分は景気後退期で、直近はいつもの通り昨年10月をピークと仮置きしています。引用した記事にもある通り、9月単月では季節調整済指数の前月比で+1.2%の上昇となりましたが、基本的には8月▲3.5%減のリバウンドですし、何よりも、製造工業生産予測調査は10月が▲2.3%低下の後、11月も▲2.2%の低下との結果ですから、基調判断は前月までの「弱含みで推移」から「緩やかな低下傾向で推移」と3か月ぶりに下方修正されました。また、四半期で見ると、7-9月期は前月比で▲1.2%の低下を示し、10-11月の指数を製造工業生産予測調査で延ばして、さらに、12月を11月と同じ水準を仮定すると、10-12月期は前期比で▲4%程度の急激な低下を示すことになります。上のグラフを見る限り、今回の鉱工業生産指数の下がり方のスロープは確かに前回の IT バブル崩壊後に比べて緩やかと見えるんですが、これから先、急激な低下局面が控えている可能性が強いと私は考えています。特に、先行きの為替レート次第では、さらにスティープに落ち込む可能性も残されています。今回の景気後退局面は浅くて長いと考えていた私の予想は吹っ飛びました。
次に、今夜のエントリーでは細かい業種別の動向を取り上げない代わりに、このブログでは初出のような気がしますが、在庫循環図を久し振りに描いてみました。上の通りです。初出ですので、在庫循環図の概念図もオマケで付けてあります。在庫循環図では、縦軸に出荷の伸び率、横軸に在庫の増加率を取ると、下の概念図にある通り、時計回りの循環を描きます。第1象限の45度線を上から下に切るのが景気循環の山で、ここから売行き不振による意図せざる在庫積上がりが始まり、さらに時計回りを続けて、第4象限に入ると、本格的な景気後退局面となり、在庫を減らす在庫調整局面となります。そして、第3象限に入って45度線を下から上に切るあたりが景気循環の谷となり、このあたりから売行き増による意図せざる在庫減が始まります。そして、第2象限に入って、需要増加に伴う本格的な在庫の積増しが行われて景気は順調に回復局面に乗ります。出荷も在庫も月次データが公表されているんですが、あまりに細かい動きになるので、通常は四半期データで描くことが多いように思います。上の方の実際のデータに基づく在庫循環図は、第3象限にある緑色の左向きの矢印の1999年第1四半期1-3月期から始まっていて、2008年第3四半期7-9月期まで、すなわち、第4象限にある上向きの緑色の矢印まで1回半強の回転をしています。在庫管理技術の向上や2004年後半から2005年にかけての景気の踊り場などの影響で、ここ3年ほどは第1象限で45度線をはさんだ細かい動きを繰り返して来ましたが、直近の2008年7-9月期にはとうとう第4象限に入り、概念図にある在庫調整局面を迎えたといえます。出荷-在庫バランスが急激に悪化し、本格的な景気調整局面に入ったわけです。なお、在庫循環図に関して、最後にどうでもいいことながら、私の描いた上の在庫循環図は月例経済報告などで使われる政府のスタイルに従っているんですが、理由は不明ながら伝統的に、日銀では出荷を横軸に、在庫を縦軸に取った在庫循環図を描きます。そうすると、在庫循環図は反時計回りすることになります。左回りする在庫循環図を描いている人がいたら、何らかの意味で日銀の影響を受けている、典型的には、日銀出身のエコノミストであろうと私は考えることにしています。何らご参考まで。
最後は、米国のS&P/ケース・シラー住宅価格指数です。上のグラフの通りです。青の折れ線が全米主要10都市平均、赤が同じく20都市です。その名の通り、ケース教授とシラー教授の開発したインデックスを S&P と MacroMarkets という米国の調査会社が共同で調査し、S&P から発表されています。対象は一戸建て (single-family home) だけです。2000年1月を100とした指数になっています。米国では政府機関である連邦住宅公社監督局 (OFHEO) も同様の住宅価格指数を算出しており、リピート・セールス手法と呼ばれる、同じ不動産が異なる時点で複数回売買された際の価格から不動産価格の経年変化を示す価格指数が作成されていますので、エコノミストとしてはコチラの方が信頼性が高いような気がするんですが、S&P/ケース・シラー指数にはジャンボやサブプライムのモーゲージローンが含まれており、現在のサブプライム・ローンを発端とする金融危機を考える際には、コチラの方が情報量が多いような気がしないでもありませんし、報道機関などでも盛んに取り上げているのは S&P/ケース・シラー指数ではないかと思います。なお、詳細な S&P/ケース・シラー住宅価格指数の算定方法については今年3月にリポートが出ています。もちろん、調査地点の詳細情報も含まれています。私はナナメ読みしかしていませんので、詳細な紹介は控えます。40ページほどですから、ご興味ある方はリンクから PDF ファイルをダウンロード出来ると思います。ということで、この S&P/ケース・シラー住宅価格指数もこのブログで初出なものですから、簡単に解説しておきます。
このブログでも何度か触れましたが、日本の景気循環は企業を起点とし、さらにいえば、昔は公共投資などから、最近では輸出の増加などから、企業の生産活動が活発になることが起点となり、雇用者の増加や賃金の上昇を通じて家計の所得が増加し、それがさらに消費の活性化につながる形で景気が拡大して行くのに対して、米国では家計が景気の起点になります。何らかの資産価格、今世紀初頭の IT バブルの際には株価が、少し前まで続いた景気拡大期には住宅資産の価格上昇が家計の所得を増加させ、消費の拡大が企業の生産増加につながる形で景気が拡大します。ですから、家計の保有する資産、住宅価格の動向は米国景気を考える上で重要な位置を占めます。
ということで、前置きばかりが長くなりましたが、最初に引用した記事でも指摘されている通り、いまだに住宅価格は前年同月比で15%を超える下落を続けており、しかも、20か月連続の価格低下です。グラフを見ても、2006年年央のピークから下がり続けているのが見て取れます。正確にいえば、10都市の平均が2006年6月のピークから、20都市では2006年7月のピークから直近の2008年8月まで、どちらも累積で20%以上の価格下落となっています。この住宅価格の下落が止まることが米国景気反転のひとつの必要条件となると私は考えています。好意的に見れば、2008年に入ってから、下がり方のスロープがやや緩やかになったと見られなくもありませんが、株や債券などの金融資産と違って、住宅のような実物資産は価格調整の速度がそんなに速くありませんから、早くても来年年央まで調整が続くんではないかとか私は考えています。もしも、それまでにリーマン・ブラザーズ証券クラスとはいわないまでも、それ相応の金融機関の破綻が生じたり、新興国経済が急激に減速して世界景気がさらに悪化したりすれば、もっと調整に時間を要する可能性も否定できません。
最後に、これらを総合して、世界的な金融危機がさらに深化しないとの前提をもってしても、来年いっぱい、または、来年度いっぱいまで日米ともに現在の景気後退局面が続くと考えざるを得ません。今から1年半先の2010年の春から夏にかけてのあたりで、ようやく明るい話題が出始めるんではないかと私は予想しています。日米両国とも昨年10-12月期をピークにした現在の景気後退局面は優に2年に達する可能性が大いにあります。でも、金融危機がさらに深くなったり、長く続いたりすることにより、景気が下に振れて景気後退が長く続くリスクは決して小さくないと覚悟するべきなのかもしれません。
| 固定リンク
コメント