芥川賞受賞の津村記久子『ポトスライムの舟』(講談社)を読む
今日は、暖かなお天気に誘われて、午後、青山の家から近い港区の区立図書館に行きました。先日2月10日に発売された『文藝春秋』の3月号を借りて第140回芥川賞を受賞した津村記久子さんの「ポトスライムの舟」を読みました。昨年10月号の『群像』所収です。でも、左上の画像のように、今月初めに講談社から単行本として刊行されましたので『ポストスライムの舟』と二重カッコ書きにするのが正しいのかもしれません。繰返しになりますが、私は『文藝春秋』で選評とともに読みました。画像に見えるように、宮本輝さんの選評が帯に印刷されていて好評だったんですが、私が見た範囲では押並べて選者の評価は高かったような気がします。東京都知事の石原慎太郎さんですら消去法の繰上りと称しつつ一番手に上げていました。でも、私が最も共感したのはいつもの山田詠美さんの評で「書かれるべきことが切れ良く正確に書かれている」というものでした。なお、芥川賞の選からは漏れたものの、私が先月1月8日のエントリーで取り上げた田中慎弥さんの『神様のいない日本シリーズ』(文藝春秋) の評価も気になったんですが、宮本輝さんの「『神様』なるものの存在感をどこにも見出すことができなかった」とか、山田詠美さんの「ドアの向こう側に、実は息子がいなかったとしたら、大成功だったような気もする」との評価に同意しつつ、さらに、「ゴドーを待ちながら」を中学生が演劇で取り上げる不自然さや異常さを指摘した評が極めて多数ありました。そういえば、そうかもしれません。バックグランドはこれくらいですが、今日のエントリーにはネタバレがあるかもしれません。未読の人はご注意の上、自己責任で読み進んで下さい。
あらすじについて、主人公はナガセというアラウンド・サーティの女性でまだ結婚していませんが、大学のころの友人には結婚して子供がいる女性もいます。この小説の最後の方で30歳を迎えます。母親と奈良にある築50年の家に2人暮らしですが、大学の友人が居候することもあります。大学を卒業して就職した会社でモラルハラスメントを受けて退職し、乳液を作っているので化粧品か何かの工場だと思うんですが、派遣社員としてラインで働きつつ、夕方から夜にかけては喫茶店でバイトしたり、週末はパソコン教室の講師をしたりしています。工場で見かけた世界一周旅行のポスターに目が止まり、その旅行代金が工場での派遣社員としての年収にほぼ匹敵し、まあ、一念発起とまではいかないんですが、1年かけてこの金額を貯金する期間が小説に収められています。もちろん、いろんなことが起こりますが、はなはだ突飛な事件はありません。大学の友人が居候に来て離婚するくらいです。ただし、男性は出て来ません。話題として触れられるだけです。女性ばかりの登場人物の間で関西弁の会話が交わされ、想像を絶するような大事件が起こらないという意味で、昨年のこの時期に第138回芥川賞を授賞された川上未映子さんの「乳と卵」に似通った点がいくつかあるような気がします。でも、残念ながら、「乳と卵」ほどの緻密な完成度の高さは見受けられません。樋口一葉といった特別のテーマはなく、文体も凝ったものではなく、関西弁の会話のテンポも上がらず、淡々と物語は進みます。主人公が世界一周旅行の代金を貯めるに当たって、無駄遣いしたと考えた時に手帳につけるメモが印象的です。小説を上手に画しています。体育の日の停電のシーンはやや不要な気もしますし、今どき停電するかねとも思いますが、タイトルにもしたポトスの食べ方を考えるくだりなどは秀逸だと感心しました。その昔に第130回芥川賞を受賞した金原ひとみさんの『蛇にピアス』なんかと違って、特別な現代の風俗を描くでもなく、でも現代的な雰囲気は十分に伝わります。一昨年の第136回芥川賞を受賞した青山七恵さんの「ひとり日和」のように、若い年代の主人公の成長もないような気がしますが、見方を変えれば、頼りなく見えながらもアラサーのたくましい関西女性が描かれているとも言えます。いろんな友人が居候に来る築50年の家も存在感があります。
ここ2-3年で、ほぼ毎回の芥川賞はこのブログで取り上げているつもりで、私が取り上げた範囲では、昨年の第138回芥川賞の川上未映子さんの「乳と卵」がいろんな意味で群を抜いていました。やや差が大きいと感じますが、この「ポトスライムの舟」も順番としては「乳と卵」に次ぐくらいの出来栄えだと思わないでもありません。多くの方が手に取って読むことを願っています。
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