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2009年3月21日 (土)

大崎善生『聖の青春』(講談社) を読む

大崎善生『聖の青春』(講談社)大崎善生さんの『聖の青春』(講談社) を読みました。鬼才・怪童の名をほしいままにした将棋界の天才であり、10年余り前に29歳で夭折した村山聖九段の生涯を取り上げたドキュメンタリー、ノンフィクションの作品です。作者は将棋雑誌の編集者を長らく務めたジャーナリストで、村山九段やその師匠の森信雄七段とも親交があるそうです。先日、3月15日付けのエントリーで取り上げたように、同じ森信雄七段門下の大石三段と沢田三段がこの4月から四段としてプロになる報道に接して、彼らの兄弟子の村山九段について久し振りに思いを馳せ、大学にほど近い長崎県立図書館で借りて読み始めました。なお、村山九段が亡くなったのは1998年8月8日ですが、訃報はしばらく伏せられ、私が新聞で知ったのは8月11日でした。この当時、私は役所から外郭団体に出向していて、その夜は偶然にもたった1人で国会待機をしていました。報道自体は8月10日だったのか、11日だったのかは忘れましたが、私が記事を読んだのは国会待機をしている8月11日の夜で、新聞を鷲づかみにしながらさめざめと1人で泣いた記憶があります。村山九段の亡くなる少し前の1996年には羽生名人が谷川王将を倒して七冠を達成していましたが、村山九段が健康な体で将棋を指せていれば、控えめに言っても、羽生名人の七冠達成はより困難なことだっただろうと私は考えてしまいました。また、村山九段の師匠である森信雄七段は、ブログを含めていくつかのサイトを開設しています。大石新四段と沢田新四段の昇段を祝うブログ記事や貴重な村山九段の写真も見かけました。ご興味ある方はネット検索してみると見つかるかもしれません。
小さいころにネフローゼに罹患し、その短い生涯を病魔と闘いつつ、それでも広い日本にわずか10人しかいないA級棋士のまま、最後は進行性の膀胱ガンで死んだ村山九段の生涯について、事実そのままでも文句なく大きな感動なんですが、非常に美しい文章で綴られています。ジャーナリストらしく綿密な取材に基づいていることも言うまでもありません。白眉は「犬の親子のよう」だと表現され、村山九段自身の言葉でも「親子以上」と言わしめている森信雄七段との師弟関係です。もちろん、師匠とともに親や周囲の人との暖かい人間関係、村山九段が目標とした当時の谷川名人や現在の羽生名人などと繰り広げた勝負、そこに微妙な病気との闘いが影を落として、村山九段独特の人生観を醸し出しています。同じ年代の羽生名人や森内九段などが優等生タイプであるのに対して、村山九段はいかにも勝負師らしく野性味あふれる気性の激しい性格で、同世代のチャイルドブランド棋士たちとも少し違った面があることについても的確な描写で迫っています。何よりも、物語の事実そのものが感動的ですから、そんなに感受性豊かでもない中年のオッサンの私ですが、読み進むと特に後半は涙が止まりませんでした。

私は以前に青い鳥文庫で読み、今回、図書館で借りて単行本を読みました。文庫本でも出ているようですが、青い鳥文庫ではいくつかのエピソードが抜けている分、ほとんどすべての漢字にルビがあり、「揺籃期」などの難しい用語にはカッコ書きで意味が記されていたりします。お子さんの年齢により、どちらでもいいと思いますが、私は我が家の子供達には単行本を読ませています。村山九段は文句なしの天才ですから、私のような凡庸な親の下に生まれ育った我が家の子供達に対して、村山九段と同じことを要求するのはムリがありますが、せめて、この本を読んで村山九段に恥じない努力をするように助言してあります。長崎市立図書館・県立図書館は言うに及ばず、港区の区立図書館にもありましたし、かなり多くの公立図書館には所蔵されているんではないかと想像します。大人だけでなく、ぜひ、多くのお子さんが手に取って読むことを願って止みません。

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