政府債務残高は危機的水準で増税が必要か?
やや遅れ気味ですが、先週の金曜日5月8日に財務省から今年3月末現在の国債及び借入金並びに政府保証債務現在高が発表されまています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。
財務省は8日、国債と借入金、政府短期証券を合計した「国の借金」の総額が2009年3月末時点で846兆4970億円になったと発表した。昨年3月末から2兆7426億円減少した。09年4月1日時点の推計人口(概算値)の1億2760万人で計算すると、1人あたりの借金は約663万円になる。
国の借金は四半期ごとに財務省が公表。補正予算の財源確保のために国債を増発した影響で、普通国債の残高が増えたものの、財政投融資の償還が増加し、全体の残高は減少した。昨年3月末は過去最高の849兆2396億円を記録していた。
国の借金の内訳をみると、国債は昨年3月末よりも3兆8796億円少ない680兆4482億円、借入金は4072億円多い57兆5661億円。一時的な資金不足を補う政府短期証券は7298億円多い108兆4826億円になった。
国債及び借入金現在高と政府保証債務現在高に分けて公表されていますが、私は後者の政府保証債務の方は余り興味がないので、前者の国債および借入金の残高を見ると以下の表の通りです。なお、単位は億円ですが、単位未満四捨五入のため合計において合致しない場合があります。また、財務省のホームページからコピペで計数を取っていますので間違いはないと思いますが、完全性は保証しません。正確な計数をお求めの向きは上にリンクを張った財務省のホームページをご覧ください。
区分 | 金額 | 増減 | ||
内国債 | 6,804,482 | ▲38,796 | ||
普通国債 | 5,459,356 | 44,772 | ||
長期国債 (10年以上) | 3,542,378 | ▲1,277 | ||
中期国債 (2年から5年) | 1,610,183 | 64,442 | ||
短期国債 (1年以下) | 306,795 | ▲18,392 | ||
財政投融資特別会計国債 | 1,310,501 | ▲87,042 | ||
長期国債 (10年以上) | 947,372 | 38,558 | ||
中期国債 (2年から5年) | 363,129 | ▲125,600 | ||
交付国債 | 5,266 | ▲507 | ||
出資・拠出国債 | 22,105 | ▲2,952 | ||
石油債券承継国債 | 0 | ▲321 | ||
承継国債 | 7,254 | 7,254 | ||
借入金 | 575,661 | 4,072 | ||
長期 (1年超) | 222,519 | 4,072 | ||
短期 (1年以下) | 353,142 | 0 | ||
政府短期証券 | 1,084,826 | ▲7,298 | ||
合計 | 8,464,970 | ▲27,426 |
上の表は2009年3月末現在の計数ですが、最後の債務残高合計と名目GDPを対比して、政府負債務残高のGDP比をプロットしたのが下のグラフです。青い棒グラフは期末残高で左軸の単位は兆円、これを期中の名目GDPで除した比率が赤い折れ線グラフで右軸の単位はパーセントです。当然のことながら、債務残高とGDP比は同じような動きを示しています。なお、お断りしておきますが、今年1-3月期のGDP統計は今月5月20日に発表される予定ですので、直近の政府債務残高のGDP比はまだ計算できません。
通常、経済分析を行う際は、中央政府に地方政府と社会保障基金を加えた一般政府の国民経済計算 (SNA) ベースで考えるんでしょうが、一般政府の一部をなす中央政府債務残高で見ても850兆円に近づきつつあり、昨年からGDPが大きくマイナス成長に陥っていることも加わって、政府債務残高のGDP比は170%を超えています。直近の拡張的な財政政策を考慮すると、足元ではさらに政府赤字が拡大しているのは確実です。ただし、これをどう考えるかには諸説あります。もちろん、危機的な水準であるとのプロパガンダも盛んです。EU のマーストリヒト条約になぞらえてフローの財政赤字のGDP比3%、ストックの政府債務残高のGDP比60%を主張する意見も無視できません。しかし、私は2点主張しておきたいと思います。第1に、科学としての経済学の現時点での限界かもしれませんが、政府債務残高の最適水準に関するエコノミストの合意はまったく形成されていないことです。財務省が発表した債務残高はグロスなんですが、グロスで考えるか資産とキャンセルアウトしたネットかでもコンセンサスはありません。私自身エコノミストを自称しながら、こんなことを言うのはまったくお恥ずかしい限りなんですが、我が国の現状のグロス170%が高過ぎるのか、まだ低いのかについて、あるいは、ネットで考えるべきなのか、控え目に言っても、エコノミストの間に幅広い合意はないのが実情です。ただし、このまま債務残高GDP比が上昇を続けるのは持続可能性に疑問を生じさせることは確かですし、エコノミストの間でコンセンサスがないという事実は、増税に賛成したり、逆に、反対したりする根拠にはなり得ません。第2に、これだけの国債発行、国債を含む債務残高がありながら、マクロ経済や金融市場の安定が損なわれていないのも事実です。たとえば、現在の日本がインフレになっているとは誰も考えていませんし、金融市場で国債の供給超過から国債価格が暴落、すなわち、金利が上昇したりしていません。見通し得る近い将来にも、そんなことが起こりそうにないことも多くのエコノミストが認めるところだと思います。
他方、昨年以来、麻生総理大臣は近い将来の増税を目指すことを公言しており、増税による財政再建が模索されているように見受けられます。実は、これは、starve the beast 「獣を飢えさせろ」とは逆の方向といえます。少し前のブッシュ米国前大統領のころには、クルーグマン教授が減税を先行させて財政赤字を作り出して政府支出を削減しようとする傾向を starve the beast として批判していたことを思い出します。最近でも、クルーグマン教授の昨年2008年6月16日付けの New York Times のコラムについて、同日付のマンキュー教授のブログで starve the beast が示唆されていると指摘されています。要するに、starve the beast とは減税を先行させて財政赤字が拡大することを理由に、社会保障政策経費などの政府支出を削減することを目的とする方向といえます。では、現在の我が国政府がやっているように、政府支出の拡大を先行させて財政赤字をテコに、逆に、増税を実現するのは、feed the government 「政府を太らせろ」とでも称するんでしょうか。なお、お断りしておきますが、もちろん、starve the beast はクルーグマン教授やマンキュー教授も言及するようなひとつの概念としてエコノミストの間に受け入れられていますが、feed the government の方はまったくの私の思い付きの造語です。ひょっとしたら、財政学の専門家はちゃんとした名称を知っているのかもしれません。それはそれとして、starve the beast と feed the government はその帰結が全く正反対なのを理解すべきです。前者は「小さな政府」に帰着しますが、後者は「大きな政府」につながる方向であるといえます。このブログでも、昨年2008年9月22日付けの「麻生総理大臣の財政政策上のインプリケーションは何か?」と題するエントリー、次は、同じく昨年11月5日付けの「社会保障国民会議の最終報告は大きな政府への第一歩か?」、そして、これも昨年11月19日付けの「日本の社会保障はどのくらい高齢者に手厚いのか?」と続くシリーズで、麻生総理大臣就任の財政的なインプリケーションは大きな政府と行き過ぎた高齢者優遇政策であると指摘して来ましたが、前者の方は着実に進行しているように見受けられなくもありません。
かつて、「中福祉中負担」といわれたこともありますが、「小さな政府」と「大きな政府」のどちらか、あるいはその中間か、行き過ぎた高齢者優遇政策をどうするかに関する将来の社会福祉政策のあり方とも強く関連して、国家としての日本が目指すべき政府の形については、これから先、何回かの選挙で国民の審判を受けることになるような気がします。
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