マイクル・クライトン『NEXT - ネクスト - 』(ハヤカワ文庫) を読む
マイクル・クライトンの『NEXT - ネクスト - 』(ハヤカワ文庫) を読みました。作者の生前最後に刊行された長編バイオ・スリラーです。昨年11月に亡くなりましたが、よく知られている通り、自宅の Mac に 『パイレーツ - 掠奪海域 - 』Parate Latitudes がほぼ完成した形で残されており、これが絶筆となりました。クライトンの作品は『ジュラシック・パーク』と『ディスクロージャー』しか私は読んだことがないんですが、この両方とも映画も見ました。それから、クライトンの名前の方は「マイケル」が正しい日本語表記のような気がするんですが、早川書房が必ず「マイクル」としていますので、版権所有会社に敬意を表しました。
ストーリーは、要するに、遺伝子操作に関する警鐘を鳴らすための作品で、transgenic で作り出されたエキゾチックな生物が登場したり、効果不明のレトロ遺伝子で事故が起きたり、非常にまれな細胞を持つ一家から細胞を採取する際のアクションが展開されたりで、遺伝子や DNA に関する作品です。しかし、視点は一貫して現在の遺伝子操作研究に大きな疑問を示すものとなっています。しかし、闇雲に遺伝子操作を否定しているわけではありません。科学の有用性を正しく認識しつつ、現時点における遺伝子操作に関する研究のあり方に疑問を投げかけ、文庫版のあとがきでは、以下の4点を強調しています。第4の点でも明らかですが、遺伝子操作の研究自体を否定しているわけではありません。作者が科学を否定する立場を取っているわけではないことを理解すべきです。
- 遺伝子特許の取得をやめさせよ
- ヒト組織の利用について、明確なガイドラインを定めよ
- 遺伝子診断のデータ公開を義務づける法案を通過させよ
- 研究の規制をやめよ
読んでいて、マクロ経済を専門とするエコノミストの立場から、ややマイクロな要因を重視し過ぎる印象を持ちました。もちろん、医学の分野は私の専門外もはなはだしいんですが、病気や健康を考える際にも、DNA に刻まれたマイクロな遺伝子情報も重要である一方で、戦争に従軍する兵士がケガをする確率が高いのは当たり前ですし、マクロの衛生や栄養と適度な運動といった条件も決して忘れるべきではありません。マイクロな遺伝子情報という個人版のアカシック・レコードに身体上のすべてが決められていて、そこから外れることはあり得ない世界、というわけでもないような気がします。
クライトン作品にしては、問題提起をするイントロダクションがなく、すぐにストーリーが始まって、しかも、そのストーリーがいくつも同時に流れて、やや取っ付きにくい印象もありますが、そこはさすがの筆の運びで、少し読み始めると私のような単純な人間はのめり込むような展開です。でも、いくつかのストーリーには結末がありません。やや厳しいかもしれませんが、少し割り引いて4ツ星くらいかなという気がします。
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