« 貿易統計の輸出は明確な鈍化を示す、ほか | トップページ | アジア開発銀行の Asian Development Outlook 2010 update »

2010年9月28日 (火)

大幅値上げを前にタバコの経済学を考える (その2)

今週の金曜日10月1日からかなり大幅にタバコが値上げされることから、9月17日に(その1)の「タバコの経済学」を取り上げましたが、これを機会に禁煙をしようと考えている愛煙家諸氏も多いのではないかと勝手に推測し、その決意をサポートするため、第2段の「タバコの経済学」についてエコノミストの立場からいくつかのペーパーやリポートを紹介したいと思います。なお、あくまで「エコノミストの立場から」であって、医学的あるいは健康の見地からは私はほとんど見識を有していませんが、取りあえず、愛煙家を含めて多くの方がタバコは健康に有害であるとの常識を共有しているとの前提で進めます。このような前提は「タバコの経済学」に何ら必要ではないんですが、一応、この前提が気に入らない向きには、私は反論する見識を持たないことを白状しておきます。

まず、「タバコの経済学」といえば、世銀のリポート Economics of Tobacco Control が有名です。日本に住んでいると見逃しがちですが、途上国では広範にタバコの喫煙が観察されます。世銀のサイトにはホンの2-3歳に見え、日本でいえば幼稚園に行くか行かないかくらいの子供が喫煙している写真があり、ショックを受ける人も多いんではないでしょうか。

先進国に目を転じると、タバコの喫煙率はいわゆる経済社会的な「望ましくない指標」と正の相関を持っていることを認識すべきです。「望ましくない指標」とは所得の低さとか、学歴の低さとかで、口の悪い人は「下流指標」と呼んでいるものです。もちろん、学歴の低い人が全員喫煙し、学歴の高い人がすべて非喫煙である、というわけではなく、例えば、学歴が低いほど、あるいは、所得が低いほど喫煙率が高まる、ということを指しています。よく引き合いに出される文献からグラフと出典を以下の通り上げておきます。ヘルシンキの調査をもとにした研究成果ですが、学歴、職種、所得、持家・借家別、経済的困難、経済的満足度の各指標に対して、喫煙率が優位に異なることが統計的に確かめられています。

Prevalence of smoking by socioeconomic indicators

外国の調査結果に基づく研究成果ではなく、日本経済に及ぼす影響についても試算結果があります。タバコの税収が、読売新聞の昨年2009年11月の記事「基礎からわかる『たばこ税』 税収2兆、6割は地方財源」によれば2兆円強である一方で、医療経済研究機構による「たばこ税増税の効果・影響等に関する調査研究」から、喫煙者が社会に負担させているコストは1999年で7兆円を超えます。国民経済に対する喫煙の負の経済効果はネットで5兆円ほどになります。詳しくは以下の引用の通りです。

「たばこ税増税の効果・影響等に関する調査研究」
1999年度の喫煙による超過医療費は13,086億円となった。また、喫煙による労働力損失は58,454億円となった。これらを合わせると、喫煙者が一消費者として負担しきれずに、喫煙者が属している共同体に負担させているコストは、71,540億円となる。

ただし、国民経済ではなく、財政に対する効果に限ればプラスという調査結果もあります。例えば、Philip Morris 社が Arthur D. Little International, Inc. なる企業に依頼して調査したところ、1999年時点でチェコの国家財政に対してネットで 5,815 mil. CZK、米ドルに換算すれば $147.1 million のプラスと試算されています。この為替レートは私の目から見て少し怪しいんですが、それはともかく、この総額 5,815 mil. CZK のうち、Health care cost savings due to early mortality が 968 mil. CZK に上るという結果も併せて報告されています。すなわち、ネットで国家財政にプラスになるうちの 1/6 くらいは、喫煙により国民が早死にするので医療費が少なくて済むことに起因するというわけです。この結果をどう受け止めるべきかは諸説あるかもしれませんが、少なくとも事実として、Philip Morris 社はこの結果をすぐに回収したと私は聞き及んでいます。なお、この調査結果は以下の web サイトで見ることが出来ます。詳細に興味ある向きはどうぞ。

最後に、今回のような値上げによる間接的な禁煙の奨励について考えます。というのは、今回の値上げはかなり大幅であると考える向きも少なくないと私が聞き及んでいるからです。しかし、日本においてはタバコが諸外国と比較してかなり安価で手に入るという研究成果があります。下の表は各国の主要都市でマールボロ、あるいは、国産ブランドの代替タバコを買うのに必要な労働時間を計測したものです。極端な例を考えて、2-3倍になったとしても、労働時間で計った東京でのタバコ価格は標準的な水準に止まることが理解できます。すなわち、豊かな日本人の労働時間で考えると、まだまだ値上げの余地があるといえます。表と出典は以下の通りです。

Minutes of labour required to buy a pack of cigarettes

最後に、私自身が喫煙や禁煙について、どのような考え方をしているかは、9月17日付けのエントリーの最後のパラにまとめましたので繰返しませんが、歴史的に興味ある点が1つだけあります。すなわち、タバコの有害性が十分に浸透した現時点では、最初に引用した表にある通り、喫煙率といわゆる「下流指標」に正の相関があるんですが、新大陸の発見に伴って米州新大陸から欧州にタバコがもたらされて以降、近代のある時期までは喫煙率と「上流指標」に正の相関があったことが可能性として、あくまで可能性として考えられます。ひょっとしたら、そのような研究成果がすでにあるのかもしれませんが、エコノミストではなく、ヒストリアンとして興味あるところです。

|

« 貿易統計の輸出は明確な鈍化を示す、ほか | トップページ | アジア開発銀行の Asian Development Outlook 2010 update »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/20840/36956447

この記事へのトラックバック一覧です: 大幅値上げを前にタバコの経済学を考える (その2):

« 貿易統計の輸出は明確な鈍化を示す、ほか | トップページ | アジア開発銀行の Asian Development Outlook 2010 update »