子ども手当のマイクロシミュレーション分析と子育ての外部性
昨日、内閣府の経済社会総合研究所から一橋大学の高山教授と三菱総研の白石研究員の共著になる子ども手当に関するマイクロシミュレーション結果を取り上げたディスカッションペーパーが発表され、全国紙各紙で注目されています。一例として、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。
子ども手当満額なら 所得増世帯38%、負担増は19%
内閣府が試算
内閣府の経済社会総合研究所は13日、子ども手当や高校無償化が家計に与える影響について試算結果を発表した。昨夏の衆院選で民主党が掲げたマニフェスト(政権公約)通りに1人当たり月額2万6千円の手当を満額支給し、所得税の扶養控除などを廃止するとの前提では、日本の5千万強の世帯のうち38%で所得が増える半面、負担が純増する世帯も19%にのぼるという。
一橋大の高山憲之教授と三菱総合研究所の白石浩介主席研究員が、厚生労働省の「国民生活基礎調査」の各世帯ごとのデータをもとに計算した。
子ども手当や高校無償化の対象となる高校卒業前の子どもがいる世帯は、ほぼ例外なく所得が純増になる。ただ各種控除の廃止でも必要財源はまかなえず、子ども手当を満額支給するなら年間で約4兆円の財源不足が生じるという。
民主党マニフェストでは所得税の扶養控除、配偶者控除、配偶者特別控除の3つを廃止する方針。これらを考慮しても、子どもが1人いる世帯は平均で年18万円、2人いる世帯は年41万円、3人以上なら65万円、所得が純増する。一方で、所得が純減する世帯は子どもがいない世帯を中心に19%で、所得が変化しない世帯は43%という。
仮に児童手当のような所得制限を設けると、不足財源は7800億円圧縮できるという。
実は、高山教授らのマイクロシミュレーション結果はかなり前から出ていて、私も長崎大学の紀要に書いたペーパーでも引用したことがあります。引用した表は、オリジナルをかなり要約して、マニフェストの半額の子ども手当に、高校実質無償化を含めて、いくつかの他の施策を前提として、以下のような表になります。一番左の列の世帯区分は世帯主の年齢により分けています。
世帯 区分 (年齢) | 世帯 構成 (%) | 所得の純増減 | ||||||
世帯割合 (%) | 純増減 (平均年額、千円) | |||||||
合計 | - | 0 | + | 合計 | - | + | ||
-24 | 5.2 | 100 | 3 | 94 | 4 | 2 | ▲20 | 63 |
25-34 | 13.5 | 100 | 19 | 54 | 27 | 19 | ▲25 | 87 |
35-44 | 15.5 | 100 | 18 | 29 | 53 | 66 | ▲37 | 136 |
45-54 | 16.4 | 100 | 24 | 36 | 40 | 53 | ▲50 | 165 |
55-64 | 20.9 | 100 | 49 | 41 | 9 | ▲13 | ▲47 | 104 |
65- | 28.6 | 100 | 8 | 41 | 51 | 23 | ▲24 | 49 |
高山教授らのマイクロシミュレーションの主たる前提は以下の5点です。
- 子ども手当は1人月額1万3000円が中学卒業まで所得制限なしで支給される。
- 高校の授業料は実質無料化される。
- 児童手当は廃止される。
- 所得税における扶養控除・配偶者控除・配偶者特別控除の3控除も廃止される。
- 老年者控除(50万円)を復活させ、公的年金等控除の最低額も20万円引き上げる。
この子ども手当半額のシミュレーション結果は以下のペーパーで共通です。
- 高山憲之・白石浩介 (2009) 「"こども手当"導入効果のマイクロシミュレーション」、PIE/CIS Discussion Paper No.454、一橋大学、2009年9月
p.9 表2 - 高山憲之 (2010) 『年金と子ども手当』、一橋大学経済研究叢書57、岩波書店2010年3月
p.112 表5.4 - 高山憲之・白石浩介 (2009) 「子ども手当の所得に与える影響のマイクロシミュレーション」、ESRI Discussion Paper Series No.245、内閣府、2010年9月
p.17 表4
最後の内閣府のディスカションペーパーでは上の表の子ども手当半額ケースだけでなく、全額ケースと所得制限ケース、さらに、消費税1%引き上げケースの4ケースのマイクロシミュレーション結果が示されています。なお、引用した日経新聞の記事にもある通り、厚生労働省の「国民生活基礎調査」の2007年調査の個票をもとにしたモデルによるシミュレーション結果です。これらのペーパーにおける高山教授らの結論は一貫して同じであり、子ども手当とは、子供のいる世帯から子供のいない世帯に対して、子育てに要するコストの一部を転嫁するという負担調整の性格が強い、というものです。明示的には、上の3種のペーパーのうち、例えば、内閣府のディスカッションペーパーでは p.10 に見られます。
私が長崎大学の紀要に書いた子ども手当に関するペーパーの結論は、子育てに対する補助金の必要性を強調しています。すなわち、私的・公的な何らかのコストをかけて子供を育てた結果、その子供が就労する段階になると、徴収される税や社会保障負担は、引退世代が子育てをしたかどうかにかかわりなく便益が及ぶ、という意味で子育てには外部性が認められます。別の言い方をすれば、勤労期に子育てをしたか、しないかに関わりなく、引退期になれば誰かが子育てをしてくれた恩恵が広く及ぶわけです。この外部性を内部化するためには、引退世代の人々が子育てしたかどうかで年金額に差をつけることが一案です。もうひとつは子育てに対して補助金を出すことです。もっとも、コースの定理が成り立たないことが前提ですが、取引すべき当事者がやや不明なので、取引費用はゼロではなくてかなり大きく、しかも、資産効果がありそうですので、コースの定理は成り立たないと考えるのが自然です。なお、子育ての外部性に着目し、解析的に補助金の結論を導いている論文には、私の知る限りで以下のものがあります。
- van Groezen, Bas, Theo Leers, and Lex Meijdam (2003) "Social security and endogenous fertility: pensions and child allowances as siamese twins," Journal of Public Economics 87(2), February 2003, pp.233-251
- 塩津ゆりか (2005) 「子育ての機会費用と公的世代間所得移転政策」、『経済学論叢』第56巻第4号、同志社大学、2005年2月、pp.153-173
子育ての外部性を評価する一方で、もしも年金額で差別することが困難なのであれば、子育てに対して何らかの補助金を提供することは経済合理性があります。特に、現在の我が国のように引退世代に社会保障給付が大きく偏っている現状では、潜在的に子供を持つ可能性があるという意味での勤労世代、さらに直接的には、子供のいる勤労世代に対する何らかの所得移転は、世代間格差の是正も含めて、経済学的に大いに合理的であると私は考えています。子ども手当はこの一環をなすものであると受け止めています。
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