今年の経済書を振り返る
今年もいろいろと経済書が出版されました。来週号あたりで各経済週刊誌でも今年のベスト経済書の特集が組まれることと思います。長崎大学の教授をしていたころには、私にもアンケートが回って来たりしたんですが、今では誰も聞いてくれませんので、このブログで自説を展開したいと思います。特に、私の勝手な方針で、このブログには小説の読書感想文は書いても、経済書のレビューは書かないことにしていますので、この年末に今年の経済書のレビューを一挙に取り上げたいと思います。もっとも、いちいち取り上げない理由のひとつが、膨大な数に上るという点にありますから、特に、私の印象に残ったものだけに限りたいと思います。もちろん、私が読み逃した本もいっぱいあると思います。悪しからず。
ということで、もったいぶらずに明らかにすると、今年一番の感銘を受けたのがカルメン・ラインハートとケネス・ロゴフの共著になる『国家は破綻する』です。定評ある経済学の学術誌である American Economic Review に掲載された一連の論文を基に、かなり長期にわたるデータを用いて定量的な分析を広範に試みています。テーマは表題から明らかですが、政府の債務問題です。数年前に富田俊基『国債の歴史』(東洋経済)という、これも立派な本が出版されましたが、同様の問題を扱っています。欧州だけではなく、日本でも政府債務問題は大きな転機を迎えつつあり、エコノミストとして読んでおくべき本だという気がします。なお、同じ問題をレギュラシオン学派の観点から分析したロベール・ボワイエ『金融資本主義の崩壊』(藤原書店)も読みましたが、オーソドックスな分析では『国家は破綻する』の方が1枚上だという気がします。また、日本に焦点を絞った本では土屋剛俊・森田長太郎『日本のソブリンリスク』(東洋経済)も論理が明確に展開されていて、資産運用を担当している人以外でも興味深く読めると思います。さらに、必ずしも政府債務問題だけでなく、金融政策を広く論じた出版物では、日銀金融理論のオーソリティが書いた翁邦雄『ポストマネタリズムの金融政策』(日本経済新聞)もなかなかの出来だった気がします。もっとも、現在の日銀総裁の手になる白川方明『現代の金融政策』(日本経済新聞)に比べればやや小粒感が否めません。また、話題の欧州統一通貨であるユーロに焦点を当てたデイヴィッド・マーシュ『ユーロ』(一灯舎)も読みましたが、ユーロが成立するまでの歴史を人物を中心に取りまとめた書物であり、昨年出版された田中素香『ユーロ』(岩波新書)の方が現在の通貨問題を理解するのにずっと参考になります。
必ずしも私の専門ではないんですが、壮大なテーマを扱ったハーバート・ギンタス『ゲーム理論による社会科学の統合』(NTT出版)も印象に残りました。決して一般向きの本ではありませんし、日本語タイトルは少し過大な表現で、英語ではホントは「社会科学」ではなく「経験科学の統合」なんですが、ゲーム理論を専門にしているとはいえない私でも理解が進むように初歩から丁寧な解説がなされています。「最後通牒ゲーム」がゲーム理論の世界を一変させたことは私の記憶にすら残っていますし、比較的簡単に実験できるので実験経済学に道を開いたともいえますから、ゲーム理論の世界では大きな転機となったことがサラリと触れられています。また、今年最大の話題の書のひとつであり、また、今年4月7日付けのエントリーでも取り上げた高野和明『ジェノサイド』のような普通の小説でも神の戦略として「しっぺ返し戦略」が触れられるくらいまで、ゲーム理論は広く社会一般に応用されるに至りました。1944年のフォン・ノイマンとモルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』から70年近くを経て、さらにゲーム理論を身近に感じる最近ではエコノミストとして、この本くらいの基礎知識は身につけておきたいところです。また、我が国のゲーム理論の第一人者のひとりが書いた松井彰彦『不自由な経済』(日本経済新聞)もゲーム理論に限らず、経済社会一般を論じて参考になります。ただし、自由な経済から規制を重視する昨今の論調にやや偏っている印象は否めません。
少し毛色の変わったところでは、デレック・ボック『幸福の研究』(東洋経済)が上げられます。今週号の「ダイヤモンド」誌の書評欄にも取り上げられています。この私のブログでも最近の12月5日付けのエントリーで内閣府の「幸福度に関する研究会報告」を取り上げましたが、エコノミストの間でもGDPや成長が唯一の目標ではないというコンセンサスは昔からあるものの、国民の幸福という観点は希薄で、ブータン国王夫妻の来日を機に私も少し勉強してみました。「第7章 苦痛を軽減する」のようにエコノミストにはサッパリ理解できない部分がある一方で、「第5章 不平等にどう対処すべきか」のようにダイレクトにかかわる部分もあり、また、「第8章 結婚と家族」のように専門外ながら興味ある部分もあります。すでに、幸福度を定量的に把握することは今までの研究成果として蓄積されて来ており、例えば、12月5日付けのエントリーでも紹介しましたが、幸福度は年齢とともにU字型を描くとか、学術的な研究はすでにかなり進んでいます。しかし、私の職場であるお役所ではまだまだ頭が固いというか、「幸福度は定量的に計測できるか?」とか、「政府が幸福度を統計として国民に明らかにすべきか?」といった周回遅れの議論がなされているのも事実です。ひょっとしたら、何の勉強もしていない旧態依然たるお役人の議論と見る向きもありそうな気がしますので、専門的な文献を読みこなすには至らないまでも、概括的な研究成果の勉強はエコノミストとして不可欠です。
上の画像だけ意図的に小さくしてありますが、エコノミストとして、というよりも、定義として国家公務員である官庁エコノミストとして興味深かったのは上の2冊、すなわち、上神貴佳+堤英敬『民主党の組織と政策』(東洋経済)と読売新聞政治部『亡国の宰相』(新潮社)です。経済書ではないような気もします。前者の『民主党の組織と政策』はフォーマルな定量分析もまじえて、政権交代までの民主党の組織と政策を分析しています。もっとも、政策よりも圧倒的なボリュームで組織の方に焦点が当てられています。後者の『亡国の宰相』では読売新聞から見た菅前総理の負の業績が、これでもかとばかりに取り上げられています。いくつかの点では私も同感でした。最後に、画像は上げませんが、新書では戸堂康之『日本経済の底力』(中公新書)、八代尚宏『新自由主義の復権』(中公新書)、橘木俊詔、浜矩子『成熟ニッポン、もう経済成長はいらない』(朝日新書)などが面白かった記憶が残っています。どうしても、私は新書には目が向きませんので悪しからず。
今夜のエントリーで取り上げた本は、『国家は破綻する』を購入したのを別にして、すべて図書館で借りました。ですから、手元にない本も多く、やや記憶が混乱している部分もあるかもしれません。そして、何よりも、ここで取り上げた以上のボリュームの本をムダに読んだ気がします。特に、読み始めて半分も行かずにギブアップした新書は数冊に上りました。
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