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2012年6月 5日 (火)

カルロス・フエンテス『澄みわたる大地』(現代企画室) を読む

カルロス・フエンテス『澄みわたる大地』(現代企画室)

カルロス・フエンテス『澄みわたる大地』(現代企画室) を読みました。原題は La región más transparente です。現代ラテンアメリカを代表し、何度かノーベル文学賞候補に擬せられた偉大な作家の処女長編作品です。著者は先月5月15日に83歳で亡くなっています。セルバンテス賞受賞作品の9冊目のコレクションとして、今年3月に初版第1刷1200部で出版されています。近くの公立図書館で借りました。まず、私のようなラテンアメリカ駐在の経験がなければ、馴染みがない作家かもしれませんので、出版社のサイトから著者の紹介を引用すると以下の通りです。なお、この引用部分は本書巻末の作者紹介と同じです。

【著者紹介】カルロス・フエンテス
外交官の息子としてパナマに生まれた後、キト、モンテビデオ、リオ・デ・ジャネイロ、ワシントンDC、サンティアゴ(チリ)、ブエノス・アイレスなど、アメリカ大陸の諸都市を転々としながら幼少時代を過ごし、文学的素養とコスモポリタン的視点を培う。1952年にメキシコに落ち着いて以来、『オイ』、『メディオ・シグロ』、『ウニベルシダッド・デ・メヒコ』といった文学雑誌に協力しながら創作を始め、1955年短編集『仮面の日々』で文壇にデビュー。『澄みわたる大地』(1958)と『アルテミオ・クルスの死』(1962)の世界的成功で「ラテンアメリカ文学のブーム」の先頭に立ち、1963年にフリオ・コルタサルとマリオ・バルガス・ジョサ、1964年にガブリエル・ガルシア・マルケスと相次いで知り合うと、彼らとともに精力的にメキシコ・ラテンアメリカ小説を世界に広めた。1975年発表の『テラ・ノストラ』でハビエル・ビジャウルティア文学賞とロムロ・ガジェゴス賞、1988年にはセルバンテス賞を受賞。創作のかたわら、英米の諸大学で教鞭を取るのみならず、様々な外交職からメキシコ外交を支えた。フィデル・カストロ、ジャック・シラク、ビル・クリントンなど、多くの政治家と個人的親交がある。旺盛な創作意欲は現在まで衰えを知らず、長編小説『クリストバル・ノナト』(1987)、『ラウラ・ディアスとの年月』(1999)、『意志と運』(2008)、短編集『オレンジの木』(1994)、『ガラスの国境』(1995)、評論集『新しいイスパノアメリカの小説』(1969)、『セルバンテス、または読みの批判』(1976)、『勇敢な新世界』(1990)、『これを信じる』(2002)など、膨大な数の作品を残している。

物語は1950年代のメキシコ・シティを舞台にし、イスカ・シエンフエゴスなる正体不明の舞台回しの語り手との対話、あるいは、シエンフエゴス抜きのモノローグで進みます。なお、シエンフエゴスの正体は最後に明らかにされます。20世紀初頭の革命を経て新しい階級がのし上がり没落して行く、典型的には、名家の小作人に生まれて、革命後に銀行家として成功するも、結局、破産するフェデリコ・ロブレスに見られるメキシコ人の人生とメキシコ社会、そして国家の大きな変化を重厚な筆致で描き出しています。突き放した視点を提供しつつも、メキシコやメキシコ人に対する大いなる愛情を感じることもできます。私なんぞからいうまでもありませんが、表題の「澄みわたる大地」とはメキシコそのものを指しています。ものすごい読みごたえがあります。外交官というそれなりの安定した中産階級の家庭に生まれ育ち、西半球のラテン世界を中心にコスモポリタン的な視点を養ったとはいえ、30歳前にこの大作をものにし、スペイン語圏で圧倒的な支持をもって迎えられた作者の力量がうかがわれます。私はラテンアメリカの作家としては、『百年の孤独』のガルシア・マルケスなどのほか、このブログでも取り上げたマリオ・バルガス・ジョサは読んだんですが、フエンテスの作品をキチンと読んだのは初めてで、ただただ圧倒されてしまいました。さすがに、パチェーコと並び称されるメキシコを代表する作家です。
私はチリに外交官として3年間赴任しましたので、ある程度は経済分野を中心にスペイン語は理解します。もっとも、チリやアルゼンティンなどはほとんど先住民が残っておらず、欧州からの移民が大部分を占めており、同じラテンアメリカでも社会の成立ちがかなり違っています。メキシコでは先住民と移民の混血がかなり進んでいます。メスティーソと呼ばれる人たちです。大雑把な印象としては、スペイン人を父に、先住民であるインディオを母にしています。私くらいのレベルではなく、ホントにスペイン語に詳しければ、ある程度は姓によって出自を知ることが出来ます。舞台回しのシエンフエゴスという姓はスペイン語で「100ゲーム」という意味です。しかし、邦訳ではそこまで意味を汲み取ることが出来ません。残念なところです。もっとも、こういった固有名詞に由来する問題は、スペイン語だけでなく、サキの短編でも同じことが生じていて、名前によって「誰が槍玉に上げられるか」を英語のネイティブは予測できる、といいますが、私には分かりませんし、そのような翻訳がなされているわけではありません。しかしながら、こういった翻訳の限界を考慮しても、文体や表現や構成のどれを取っても、本書は文句なく名作です。ほかに書きたいことはいっぱいあるんですが、本書が名作であることを強調して終わりにします。

先月に亡くなったばかりの話題の作家だということもあり、わずか1200部の限定印刷にも関わらず、多くの公立の図書館で所蔵しているように見受けられます。日本人に馴染みの薄いラテンアメリカの文学作品ですが、繰返しになるものの文句なしの名作です。多くの方が手にとって読むことを望みます。

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