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2012年7月13日 (金)

バナジー/デュフロ『貧乏人の経済学』(みすず書房) を読む

バナジー/デュフロ『貧乏人の経済学』(みすず書房)

バナジー/デュフロ『貧乏人の経済学』(みすず書房) を読みました。原題は Poor Economics: A Radical Rethinking of the Way to Fight Global Poverty ですから、この本のタイトルの「貧乏人」とは先進国内の低所得者ではなく、低開発国の国民であり、ジャンルは開発経済学の本です。先月6月9日に同じ出版社のポール・コリアー教授の『収奪の星』を取り上げましたが、開発経済学という点では同じです。本書の著者はインド人とフランス人で、いずれもマサチューセッツ工科大学 (MIT) の教授を務めるエコノミストです。ということで、まず、出版社の特設サイトから本の紹介を引用すると以下の通りです。

バナジー/デュフロ『貧乏人の経済学』
  • 食うにも困るモロッコの男性がテレビを持っているのはなぜ
  • 貧困地域の子供たちが学校に行けるのになかなか勉強できるようにならないのはなぜ
  • 最貧困にある人たちが食費の7%を砂糖にあてるのはなぜ
  • 子供が多いとほんとうに貧しくなるの

「外国援助は役に立つのか、立たないのか」「自由市場に任せるべきか否か」といったJ. サックスやW. イースタリーらの論点を越えて、本書はこう言います。「世界の問題について何を言おうと、手の届く解決策を論じなければ、進歩よりは麻痺に陥ってしまうのです。だからこそ、外国援助全般についてあれこれ考えるよりも、具体的な問題とその個別の答えを考えるほうがずっと役に立ちます」
食糧、医療、教育、子作り、お金のやり繰り、マイクロファイナンス、貯蓄、仕事、保険……。開発経済学の今を代表する研究者が、ランダム化対照試行 (RCT) という手法を用いて、これらを丹念に実証しながら解決策を示しているのが本書です。

本書は、引用にもある通り、サックス教授のような大幅な援助の増加による「ビッグ・プッシュ」で途上国の成長を加速するといった援助重視の立場も、イースタリー教授のような援助を排して市場を重視した開発に傾く立場も、ともに取らず、ランダム化対照試行 (RCT) という手法を用いて、フィールドワークに基づいて援助のあり方を再考するよう求めています。ものすごく大雑把にいえば、ランダム化対照試行 (RCT) とは市場参加者の合理性に疑問を呈した実験経済学的な手法と考えて差し支えありません。
開発経済学のさまざまな分野、食料、医療、教育などで、援助重視と市場重視は、p.106 で導入される本書独特の表現を用いれば、ほぼ「供給ワラー」と「需要ワラー」に相当します。以下、私の理解ですが、前者の考え方は、援助によって食料・医療・教育の供給が適切に管理されれば、人的資本の蓄積などに伴って生産性が上昇して開発が進む、というものです。後者は、市場参加者が合理的でそれなりに長期的な視野を有していれば、市場において食料・医療・教育などが需要超過であるサインが出されるハズであり、市場での需要のないこれらの援助を途上国に注ぎ込むのはムダを超えて有害ですらある、というものです。そして、開発経済学にもそれなりの関心を寄せるエコノミストとして、圧倒的に私は前者の援助重視の供給ワラーであると自覚しています。サックス教授の『貧困の終焉』とイースタリー教授の『傲慢な援助』では、これまた圧倒的に前者に賛同します。精緻な数量分析に基づく考察結果ではありませんが、3年間ジャカルタに住んで援助行政に携わったエコノミストの直感でそう思っています。
しかし、もちろん、援助の受け手である途上国市民が、必ずしも合理的に行動していない、と感じることも大いにあります。これも引用の箇条書きにある通り、食料や衣料よりもテレビに支出する消費者、学校に行きたがらない子供や行かせたがらない親、近代的な病院における医療よりも原始的な宗教や呪術的な行為に頼る病人、などの私なんかから見た広い意味での非合理な消費行動を本書ではランダム化対照試行 (RCT) により分析しようと試みています。当然ながら、すべてに回答が用意されているわけではありません。私自身はこれらの非合理性について、医療事情も含めて短い平均寿命などに起因して現在割引率が極めて高いこと、さらに、宗教も含めた前近代的な思考の残滓の影響、の2点で理解できるんではないかと自分自身を納得させていたんですが、本書における分析はこれらの非合理性の完璧な解明にはほど遠いものの、少し考えるヒントを与えてくれたように私は受け止めています。

国内の不平等でも、国境を超える国の間の不平等でも、決して科学的ではないかもしれませんが、直感的に、100倍を超える現実の不平等があるのは、現在の経済システムの何かがおかしいんだろうと私は受け止めています。それを個人の努力やその結果としての生産性に理由を見出そうとするのは合理的ではありません。一般名詞としての「貧乏人の経済学」を傾聴すべき時代が来ているような気がします。

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