古屋晋一『ピアニストの脳を科学する』(春秋社) を読む
古屋晋一『ピアニストの脳を科学する』(春秋社) を読みました。今年の話題の書のひとつではないでしょうか。まず、出版社のサイトから内容紹介を引用すると以下の通りです。
ピアニストの脳を科学する
10本の指を自在にあやつり、目にもとまらぬ超高速で1分間に数千個もの音符を打鍵するピアニスト。その超絶技巧と驚異の記憶力を支える脳の神秘のメカニズムとは? 医学博士にしてピアニストという異才が、最新の実験成果から明らかにします。
次に章別の構成は以下の通りです。
- 第1章
- 超絶技巧を可能にする脳
- 第2章
- 音を動きに変換するしくみ
- 第3章
- 音楽家の耳
- 第4章
- 楽譜を読み、記憶する脳
- 第5章
- ピアニストの故障
- 第6章
- ピアニストの省エネ術
- 第7章
- 超絶技巧を支える運動技能
- 第8章
- 感動を生み出す演奏
ピアニスト、それも一流のピアニストとそうでない人の間の差は運動能力や筋肉系で分類されるのではなく、脳の違いに起因することを分かりやすく解き明かしています。もっとも、学術論文に基づいた学説の展開ですから、直感的な技や巧みの世界ではなく、あくまで科学的かつ実証的な根拠に基づく記述となっています。データやグラフなども豊富に示されていますから、とても読みやすくて一気に読めます。一部に古い常識と異なる結果も示されていますが、おそらく、直感的にそうなんだろうと考えられていたことを科学的に裏付けた、という面の方が大きいように私は受け止めています。
例えば、一流であれば「省エネ」というより、効率的な演奏が出来ることは当然でしょうし、ショートカットする神経構造も考えられます。ピアニストだけでなく他の楽器演奏やスポーツにも通ずる部分が少なくありません。また、ピアニストのフォーカル・ジストニアがゴルファーのイップスと同じであり、「健常なピアニストに起こっている脳の回路の変化がさらに進んだ状態」という記述には大いに納得させられましたし、ジャズ・ピアノを愛聴するファンとして、譜面通りに弾かねばならないストレスが希薄で、かなり自由に improvise するジャズ・ピアニストには起こりにくいことも容易に想像できました。譜面通りに弾くクラシックのピアニストを対象としているので仕方ないんですが、自由なアドリブを繰り広げるジャズ・ピアニストももう少し取り上げて欲しかった気もします。
私自身、ピアニストになれずにエコノミストになってしまったのは、手が小さいのが原因と長らく考えていましたが、薄々気づいていたことも含めて、いろいろと面白く読みました。ただし、評価は分かれることとは思いますが、私の目から見て、プロのピアニストを目指す向きにどこまで参考になるかは疑問が残ります。F1のドライバーに内燃機関の物理学がどこまで有益か、というのと同じ気がしないでもありません。
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コメント
ピアニストの才能ってすばらしいですね。
楽譜を覚える記憶力
脳の中で楽譜を辿りつつ、強弱・長短を付加しながら指や足を操る、我々のキーボードのブラインドタッチとは別世界の技巧
天性と努力のたまものですね。
投稿: konti526 | 2012年10月14日 (日) 20時10分
ピアニストもキーボードのブラインドタッチも左右の手が別々に動くという意味では同じような気もしますが、暗譜とかも含めて、色々と違いがあるんだろうと思います。
とっても興味深い本でした。
投稿: ポケモンおとうさん | 2012年10月15日 (月) 07時24分