社会保障と財政に関する学術書を読む
今年になってから、2冊ほど経済学の学術書を読みました。まず、上の表紙画像は井堀利宏・金子能宏・野口晴子編になる『新たなリスクと社会保障』(東京大学出版会) です。社会保障に関して、フォーマルな定量分析を試みています。章別構成は以下の通りです。
- 序章
- 新たなリスクを見すえた政策的エビデンス
- 第Ⅰ部
- 出生・幼少期の社会保障を考える
- 第1章
- 新生児の体重はなぜ減少しているのか
- 第2章
- 子育て支援政策は出生行動にどのような影響を与えるか
- 第3章
- 日本はなぜ「子ども養子小国」なのか - 日米比較にみる養子制度の機能と役割
- 第4章
- 子どもへの医療費助成は医療サービスへのアクセスを改善するか
- 第5章
- 子育て世帯への支援策に再分配効果はあるか - 2007年国民生活基礎調査を用いて
- 第Ⅱ部
- 成年期の社会保障を考える
- 第6章
- 若者の就業形態は生涯所得に影響を与えるか
- 第7章
- 失業手当の受給者はなぜ減ったのか
- 第8章
- 独身女性は予備的貯蓄をなぜ積み増すのか
- 第9章
- 「寿退職」「出産退職」を規定するものはなにか - 性別役割分業意識と就業行動
- 第10章
- 長時間労働は健康にマイナスに働くか
- 第Ⅲ部
- 高齢期の社会保障を考える
- 第11章
- 介護サービスは家族による介護を代替するか
- 第12章
- 在宅介護サービスの充実は自宅での看取りを下支えできるか
- 第Ⅳ部
- セーフティネットの機能と効果を考える
- 第13章
- 障がい者の暮らしと家族をどう支えていくべきか
- 第14章
- 地方は生活保護をどのように実施してきたか - 生活保護費に関する関係者協議会における議論をめぐって
- 第15章
- 医療・介護分野への資源配分はどのくらい経済効果をもたらすか
- 終章
- 新たなリスクを見すえた支援策
繰返しになりますが、ほとんどの論文がフォーマルな定量分析を実施しています。ちょっと見ではクロスセクションの最小二乗法とそれを補完する意味での操作変数を用いた二段階最小二乗法が多そうに見受けましたが、パネルデータの分析も援用されています。特に、常識に反するというか、驚くような結果はなかったように記憶していますが、常識的な結果を定量的に確認することも大いに意味があると私は受け止めています。上に見るように、章別構成もライフステージを追うことにより、読みやすくなっています。私が大学院の授業を受け持つと仮定すれば教科書に指定して、1年の半分くらいを使って定量分析の解説を含めて日本の社会保障の解説をしそうな気がします。ただし、バックグラウンドとして、概略でいいので社会保障の制度に関する基礎知識があった方がいいのはいうまでもありません。
次に読んだ井手英策『財政赤字の淵源』(有斐閣) の章別構成は以下の通りです。
- 序章
- なぜ巨額の財政赤字が生まれたのか - 財政社会学の挑戦
- 第1部
- 財政の原型はどう作られたか
- 第1章
- 日本財政の源流 - 金本位制度から管理通貨制度へ
- 第2章
- 占領期の財政運営と大蔵省統制の確立
- 第2部
- 大蔵省統制と土建国家
- 第3章
- 土建国家へ
- 第4章
- 健全財政主義の黄昏
- 第3部
- 寛容な社会の条件
- 第5章
- 変わりゆく社会,変えられない財政 - 激動の1990年代
- 第6章
- 寛容な社会のための財政
副題や第6章のタイトルにある「寛容な社会」とは財政支出をサポートするための増税に対して寛容である、という意味です。手元にある本の黄色い帯には「増税に共感できる信頼と連帯の社会へ」とあります。もっとも、やや誤解を招くかもしれないので、別のいい方をすれば、明示的に書かれていたわけではないように思いますが、著者は現在の日本社会が余りにも増税に対して非寛容だと考えているように私は受け止めました。非寛容の大きな原因は、第1部と第2部で歴史を追って詳述されているように、我が国は、北欧のような福祉国家として徴収した税を社会保障で国民に還流させるのではなく、土建国家として公共事業で還流させたため、手厚く処遇される集団とそうでない集団が生じてしまい、不公平感が根強くて増税に抵抗感が大きい、と結論しています。私の意見を付け加えれば、税ではなくて社会保険料ですが、現在は世代間不平等のために社会保険料の大きな滞納が発生している、といえるかもしれません。
どちらも大学や大学院の授業で取り上げるに足りる立派な学術書ですが、ある程度の基礎知識があれば経済学の専門的な場だけでなく、一般的なリーディングにも耐える書物となっています。いわゆるハウツーもののビジネス書にはない、それ相応に専門的な経済学の学識を得たい向きにオススメします。
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