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2013年1月29日 (火)

ジョン・クイギン『ゾンビ経済学』(筑摩書房) を読みリベラルな経済学について考える

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ジョン・クイギン『ゾンビ経済学』(筑摩書房) を読みました。副題は「死に損ないの5つの経済思想」となっています。著者はオーストラリアのクイーンズランド大学経済学部教授であり、邦訳は山形浩生です。まず、出版社のサイトからこの本の内容を引用すると以下の通りです。

この本の内容
かつて一世を風靡し、政策にまで影響を及ぼした経済理論は、本当に正しかったのか? 本書はこう答える―「経済学では、既に破綻した思想や理論が、破綻したあとも、ゾンビのごとく復活し、幅をきかせているのだ」と。大中庸時代説(安定した経済がずっと続く)、効率的市場仮説(市場は合理的でバブルは起きない)、DSGE(ミクロ的基礎付けを持つマクロ理論が重要)、トリクルダウン説(金持ちが豊かになれば貧困層にも恩恵がある)、民営化など。これらの経済理論は、世界金融危機のなかで、正当性を否定されたはずだった。なのに、いまだゾンビのごとく市場や経済界に跋扈して、あるべき経済理論を生みだす妨げとなっている。5つの理論は、どのように誕生し、どのような生涯を送り、どのように死に絶え、さらには復活を遂げてゾンビとなったのか―。

次に、章別構成は以下の通りです。まあ、上に引用した通りの5つの経済思想が並んでいるだけなんですが、一応、念のため。

第1章
大中庸時代
第2章
効率的市場仮説
第3章
動学的確率的一般均衡 (DSGE)
第4章
トリクルダウン経済学
第5章
民営化
結論
21世紀の経済学とは

第1章の大中庸時代は少しわかりにくいかもしれませんが、リーマン・ショックの少し前までのサブプライム・バブルのころには、ラインハート・ロゴフの著書のタイトルになっている This Time Is Different 今回は違う、とか、バブルではない、からさらに進んで、この好況により景気循環は克服され永遠の好景気が続く、という論調があったことを指します。童話から取って「ゴルディロックス経済」と呼ばれていたりしました。実は、同じような論調は1980年代末の我が国のバブル期にもあって、『平成元年 経済白書』には景気循環はすでに過去のものとなったような記述が何か所か散見されたりします。また、第2章で取り上げられている効率的市場仮説については本書でも何段階かあることは明らかにされており、『ウォール街のランダム・ウォーカー』で有名なマルキール教授などが指摘する「弱い意味での効率的市場仮説」は成り立つ可能性があるんではないかという気もします。もちろん、本書の p.101 にある「世界金融危機は何にも増して、効率的市場仮説に基づく金融規制モデルの失敗だった」という指摘はその通りです。第3章では動学的確率的一般均衡が批判されているというよりも、そのバックグラウンドにあるリアル・ビジネス・サイクル (RBC) モデルが「トンデモ」だということなんだろうと私は受け止めています。第4章のトリクルダウン経済学は国内の格差の正統化に用いられるのはいうに及ばず、さらに、途上国と先進国の間の格差にも現実的な処方箋を描けなくなっています。最後の民営化については米国のレーガン政権や英国のサッチャー政権の亡霊としか思えません。なお、本書でいうところの「ゾンビ思想」のいくつかを組み合わせたものが悪名高い「ワシントン・コンセンサス」であったことは軽く推察される通りです。
ということで、私は本書の内容をかなり評価しています。さらに、本書はかなりリベラルな経済学を展開しており、その意味でクルーグマン教授と同じ方向を示しているといえます。我が国の経済論壇に当てはめていえば、リフレ派がこのリベラルな経済学を志向していて、逆に、リフレ派を否定するエコノミストたちは金融政策などの政策効果を否定ないしは一時的と論難しているわけですから、ほとんどレーガン・サッチャー時代のような、今でいえば新自由主義的な保守的論調を展開していると私は受け止めています。政府の介入に対する見方を比べれば一目瞭然でしょう。私自身がリフレ派の論調を支持するのは、第1に、理論的に、明らかにフォーマルな定量分析でリフレ派の見解が支持されているからであり、逆に、新自由主義的な解釈は定量分析ではなく一定の偏りを持った思想的な基礎を置いているように私には見えるからです。もちろん、Hayashi and Prescott (2002) のような生産性ショックが日本経済の長期停滞の原因とする定量分析はいくつかあり、中長期の生産性向上が重要であることは当然ですが、本書のようにDSGEモデルやその基礎となるRBCに疑問が残るとする見方も決して無視できません。というか、私は本書のような見方の方に信頼が置けると考えています。第2に、実践的に、大学教員に出向している時にリーマン・ショックに遭遇し、若き大学生諸君の就職難を目の当たりに見て、何の政策的な対応もなく生産要素を遊休させておく愚を強く感じたからです。特に、日本の労働市場や勤労現場のように新卒採用に大きな偏重があって、かつ、OJTがかなり強力な環境では、卒業時に就職できない学生はその後の人生でさまざまなハンディを負うことにもなりかねません。従って、生産要素、特に若年労働力に遊休を生じさせないことを志向する現政権の積極的な政策対応は大いに期待が持てると私は評価しています。

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現在の安倍政権のリフレ策などの経済政策をさらに詳しく考えると、上の図が参考になります。実は、先週末から今週初めにかけて、みずほ総研が「緊急リポート」として何本か安倍政権の経済政策に関して取りまとめていますが、上の画像はそのうちの「安倍政権で何が変わるのか - 経済政策10分野での提案とマインド転換への10のポイント」の p.7 から引用しています。私のこのブログでも1月11日付けのエントリーで「解散とそれに続く pro-business な政権交代」と表現しましたが、みずほ総研でも同じように安倍政権の経済政策は「プロビジネス」と捉えています。民主党政権下では同じように政府が左端にあるとしても、企業と家計の位置関係が逆になっており、政府は子ども手当などの直接給付や社会保障などにより家計に対するサポートを重視していました。かつての政党名ではありませんが、「国民の生活が第一」というわけです。その家計が消費を増加させて企業活動を活発化させるというルートです。しかし、日本の景気循環の波及を考えると、拡張期も収縮期もいずれも家計ではなく企業活動が先行しており、米国経済とはまったく逆の順になっています。ですから、上の図にあるように、公共事業や税制などで企業を支援し、それが雇用や賃金を通じて家計の所得増に結びつくというルートは、我が国の景気循環の波及パターンを考えれば合理的であると考えることもできます。これは『ゾンビ経済学』で取り上げられ、格差の拡大を容認しかねない「トリクルダウン経済」とは異なる考え方だと私は受け止めています。

最後に、格差に関する対応なども含めて、アベノミクスの全容はまだ明らかになったとはいえないような気もしますし、生活保護の縮減も目指しているやに報じられていますが、少なくとも、生産要素の遊休を回避するという意味で、リフレ政策というリベラルなマクロ経済政策を志向していることは事実です。他方、私は専門外ながら経済政策以外、例えば安全保障政策では、憲法改正から始まって国防軍創設まで、リベラルとは真逆の政策を志向しているように見えなくもありません。私には手に余る部分も大いにありますが、まだ発足して1か月の現政権の経済政策を引き続きウォッチしたいと思います。

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