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2013年2月26日 (火)

吉川洋『デフレーション』(日本経済新聞出版社) を読み物価と賃金の関係について考える

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吉川洋『デフレーション』(日本経済新聞出版社) を読みました。我が国を代表するマクロ経済学者がクルーグマンのモデルに取り組み、ややアサッテの方を向いたデフレ論を展開しています。まず、出版社のサイトから本の内容紹介と目次を引用すると以下の通りです。

デフレーション
従来議論されていたマネーサプライの調節だけでは、わが国が現在陥っている今日的なデフレ現象は解明できない。名目賃金の変化など新しい視点から「なぜ日本だけが?」の答えを捉え直す、現代デフレ論議の決定版!

第1章
デフレ論争 - デフレの何が問題なのか
第2章
デフレ20年の記録
第3章
大不況1873 - 96
第4章
貨幣数量説は正しいか - リカードからクルーグマンまで
第5章
価格の決定
第6章
デフレの鍵は賃金
第7章
結論 - 迷走する経済学

第3章までは我が国の現在のデフレを考察するためのバックグラウンドといえる部分で、第4章の特に第2節から第3節でクルーグマンのモデルを分析しているのがコアな部分になるんだろうと思います。さらに、そのための政策対応が第6章になります。でも、最初の方で注目に値する議論として、不良債権がある場合の流動性の罠のケースやデフレとインフレの非対称性のテーマについて、私はとても興味を持って読み進んだんですが、その後の展開は大したものではありませんでした。ひたすら貨幣数量説を否定し、賃金と一般物価水準の関係に着目したまではいいんですが因果関係については踏み込めず、フォーマルな定量分析なしにエコノミストとしての信念が披露されるにとどまります。著者が吉川教授でなければ読むのを止めていたかもしれません。特に、第5章以降で示されるマイクロな価格決定がなされるローカルな市場における「公正」な価格や賃金の決定に関する問題については、大きな疑問を感じます。期待と合理的期待の間の混同も見られます。
しかし、最大の疑問は賃金とデフレの関係です。「ニワトリとタマゴ」の関係に似ていますが、吉川教授は先験的に賃金低下がデフレを招いたと前提しているように私には読めました。この部分の分析が決定的に欠落しています。例えば、私くらいの世代は1970年代前半のいわゆる第1次石油危機の狂乱物価をかすかに記憶にとどめているんですが、この狂乱物価においては、少なくとも直感的に考えれば、外生的な物価上昇が生じてそれが賃金上昇を引き起こしたと考えるべきです。逆に、1970年代後半の第2次石油危機においては石油価格の上昇があったにもかかわらず賃金上昇がマイルドであったため、第1次石油危機ほどにはインフレは高進しなかったと理解されています。すなわち、物価が賃金に先行したわけです。ですから、このブログでは何度も賃金上昇はデフレ脱却の十分条件であると主張して来ました。現在のデフレでも同様に、金融政策により引き起こされたデフレが賃金の低下をもたらしたと、私を含めた多くのリフレ派のエコノミストは考えていますが、吉川教授は先験的にこの第1次石油危機時の物価上昇が賃金に波及するという関係を否定しているように見えます。ですから、デフレに対する政策対応がまったく引き出せない結論となっています。

どちらにせよ、デフレに対応する経済政策に関する議論は新たな段階に差しかかっています。エコノミストの信念の表明の段階から、事実によって議論が収束する段階に進む可能性が大いにあります。サブプライム・バブルが崩壊した際には、新自由主義的な経済学を批判して中谷教授がカギカッコつきの「転向」をしました。もしもアベノミクスがこのままデフレ脱却に成功すると仮定すれば、吉川教授をはじめとするリフレ策を否定したエコノミストにどのような反応が見られるんでしょうか。今から楽しみです。

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