片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』(光文社新書) を読みアベノミクスに関する理解を深める
片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』(光文社新書) を読みました。上の画像に見える通り、副題は「現在・過去・未来の視点から考える」となっています。実は、明後日の4月17日の発売らしいんですが、ご著者からご寄贈いただいて早めに入手しました。私はこういったご寄贈があった場合はつねに義理堅く対応することにしています。すなわち、極めて貧弱なメディアではありますが、我がブログに読書感想文を掲載することにしています。ひょっとしたら、別の方から別の著書もご寄贈いただけることを期待しているわけです。なお、この本は出版社のサイトにはまだ現れていないので、ご著者のお勤め先のシンクタンクのパブリシティのサイトから内容紹介を引用すると以下の通りです。なお、本のカバーの見返しにある内容紹介と基本的には同じです。「ですます」調と「である」調の違いだけだったりします。
アベノミクスのゆくえ
アベノミクスとも言われる「大胆な」金融政策、「機動的な」財政政策、「民間投資を喚起する」成長戦略の3つの経済政策への期待感は、現在、将来の予想が重要な材料となる株式市場や為替市場の活況という形で表れています。
一方で、例えば「大胆な」金融政策は長期金利の急騰や行き過ぎたインフレをもたらすのではないか、結局賃金上昇という形で国民に恩恵が行き渡らないのではないかといった不安の声も聞こえます。
このような期待と不安が入り混じる現状において、アベノミクスをどう評価すれば良いのでしょうか?
本書は、アベノミクスを支える"3本の矢"の現状評価と今後のゆくえを、精緻な分析によって論じています。
さらに、本書の章別の構成は以下の通りです。
- はじめに
- アベノミクスの衝撃
- 第1章
- 日本経済の現状
- 第2章
- 日本経済を考えるための視点
- 第3章
- 過去から考える日本経済
- 第4章
- 未来から考える日本経済
- おわりに
- アベノミクスのゆくえ
アベノミクスの中核をなすリフレ派の経済学を解き明かし、非常によくまとまった好著です。過去を振り返って、いかにデフレが日本経済の成長や国民生活の改善を阻害して来たか、日本銀行がいかに誤った金融政策を実行してデフレ・レジームを強化する結果につながったか、ほかにもいろんな論点がありますが、とても分かりやすく解説を加えています。しかし、アベノミクスの単なる提灯持ちになっているわけでは決してなく、いかにも慶応ボーイらしくというか、辻村教授の説を引きつつ、現時点までのアベノミクスでは格差是正の観点が弱いと批判も忘れていません。また、p.201 で明らかにされている通り、アベノミクスの「3本の矢」は、実は、「1本の矢」であり、アベノミクスの本質は大胆な金融政策であると喝破しています。この点については、100パーセント私も同意します。しかし、本書では金融政策以外の「2本の矢」である財政政策については消費税率引上げの時期について議論し、成長戦略でもTPPを分析するなど、タイトルに即した目配りを忘れていません。
私自身は割りと消去法的に、というか、安倍総理の所信表明演説の「これまでの延長線上にある対応では、デフレや円高から抜け出すことはできません。」との考え方を出発点にしているに近いんですが、地方大学に出向して就職に苦しむ学生諸君を見たりするにつけ、少し前までの日銀の金融政策では展望が開けないとの思いを強くし、日銀のトラック・レコードの悪さをここまでかばい立てする政府やメディアの論調に違和感を覚えており、残された政策はリフレ策しかないと考えていたところ、本書は実に体系的にリフレ政策を解き明かしてくれています。
「おわりに」では、pp.322-28 で行き過ぎたインフレ、金利上昇による財政圧迫、バブルの懸念、資金需要は活性化するか、賃金が上昇しない懸念、円安による貿易赤字の拡大、といった一般に懸念されている6つの疑問に答えています。これら6点のうち、少なくとも、私でも直感的に金利上昇による財政圧迫は起きないことは理解できます。金利上昇とは国債価格の下落であり、国債価格が下落すれば日銀が買支えを行うでしょうから、そんなことは起こり得ません。「黒田プット」という言葉も見かけるくらいです。それから、賃金と物価の因果関係というか、経済学ではホントの科学的な因果関係というよりも、時系列的な先行性をもってグレンジャー因果と呼ばれる関係を計測したりするんですが、少なくとも、1970年台前半の第1次石油危機の時は、外生的なショックにより物価が大きく上昇し、それに続いて、すなわち、物価上昇を後追いする形で賃金が上昇してホームメード・インフレになったのは、エコノミストでなくても記憶している人は、年配者であれば少なくないと思います。
なお、少しは私も勉強しているところを見せると、p.223 から「異なる政策決定主体が固有の認識に基づいて行動を行うと、連携強化を図ったはずが、逆の方向に政策を動かしていく可能性」について論じられており、結論としては、政府が目標を決定し、日銀が手段の決定において政府から独立する、ということになっています。私の専門にやや近い分野で、多国間のマクロ経済政策協調においても、同様に、認識の差が逆の結果をもたらす現象が生じることがあります。おそらく、著者はご存じなんでしょうが、前提とするモデルに関する認識の差があれば、政策協調によりまったく逆の結果が生じる可能性があることは、以下のフランケル教授らの古典的な論文により常識とされています。ご参考まで。
最初に書いた通り、リフレ政策を理解し、アベノミクスに関する認識を深めるための好著です。表現や解説も平易で、経済学に関する深い知識があるに越したことはありませんが、多くのビジネスに関わる人々にも取り組みやすい内容となっています。私はこの週末に一気に読み切りました。新書版という手軽なサイズとお手ごろ価格ですし、もちろん、図書館にも所蔵されることと思いますので、多くの方が手に取って読むことを願っています。
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