魚住和晃『書聖 王羲之』(岩波書店) を読む
魚住和晃『書聖 王羲之』(岩波書店) を読みました。著者の魚住教授は石川九楊教授などとともに、私がもっとも尊敬する関西書道界の大先生のおひとりです。
よく知られた通り、王羲之はすでに真蹟が散逸しており、何らかの方法で取った摸本しか残されていません。ですから、先生の趣味にもよりますが、私が習っていた際には欧陽詢の「九成宮醴泉銘」をお手本にしていました。王羲之をお手本にしていた人は少ないかもしれません。
私はほのかにしか知りませんでしたが、郭沫若が仕掛けた「蘭亭序」論争については勉強になりました。魚住教授ですらこの説が発表された当時は「蘭亭序」贋作説を支持していたとはしりませんでした。この論争を回顧する中で、書道についての常識ながら知る人の少ない事実として、草書をよりきちんと書いて行書となり、行書をさらに正書化して楷書が成立した、という説明が p.142 以下にあります。多くの人が誤解しているような、楷書を崩して行書ができ、行書をさらに崩して草書ができた、という歴史の流れはまったく逆だということです。
また、p.184 以下の王鐸による王羲之の書法観も極めて勉強になりました。彼の時代あたりから条幅と呼ばれる縦に長い用紙を用いた書法表現が今の展覧会に多く出品されている形式だということは知りませんでした。第6章では我が国の書法に関する考察が加えられ、4世紀初頭に活躍した王羲之の書法を、本当の意味で理解した日本人は8-9世紀の空海まで待たねばならなかった、という説にも感心させられました。そうかもしれません。我が国独自の流儀と考えられる小野道風の仮名書道にも王羲之の流れが連綿と続いていることがよく理解できます。
ハッキリいって、かなり難しくて学術書に近い内容です。さすがに岩波書店、といったところかもしれませんが、その意味で、万人にオススメ出来る本ではありません。それなりの基礎知識と一定の目的意識を持って取り組もうとする人には大いに参考になるいい本です。
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