先週読んだ本から
先週の昨日までに読んだ本の読書感想文です。あまり意識していないんですが、先週は学術書や専門書なしでエンタメ系のフィクションばかり読んだようです。
まず、真山仁『黙示』(新潮社) です。かの有名なレイチェル・カーソン『沈黙の春』でその危険性が指摘された農薬から始まって、後半では遺伝子組換え(GMO)作物まで、食料や生態系のリスクを主題としています。ただし、農薬とGMOがほぼ同じ比重で取り上げられている上に、主人公の農薬研究者や戦場カメラマンから転じた養蜂家らの発言が極めて中庸というか、私のような専門外の人間にも理解できそうな常識的な内容ですので、農水省の女性キャリア官僚などとともに、ほとんどキャラらしいキャラが立っていないような気がしなくもありません。キャラが明らかなのは高ビーな女性代議士だけだったりします。ストーリーも農薬散布のラジコンヘリの事故から始まるものの、主人公の農薬研究者が会社の都合でCSR推進室長に抜擢された後は、特に盛り上がりもありません。仕方ないので、作者は主人公の不倫シーンをまったく必要性なく入れ込んだりしています。私はこの作者の作品は初めて読んだんですが、テーマが発散しているような気がしないでもありません。それとも、『ハゲタカ』からすべて、とはいわないまでも、ある程度は作者の作品をさかのぼって読んでおかないと面白くないんでしょうか。もしそうだとすれば、作品としては少し問題があるのかもしれません。しかし、これだけの売れっ子作家の最新刊ですから、私が読みこなせなかった可能性が高く、いずれ、この作家の作品には再挑戦したいと思っています。ついでながら、週刊朝日に連載されていた篠田節子『ブラックボックス』(朝日新聞出版) も農薬をテーマにしていて、なかなか世間の評判がいいので、図書館にて予約待ちしているんですが、併せて読むべき本かもしれません。
次に、リチャード・プライス『黄金の街』(講談社文庫) 上下です。オバマ米国大統領が休暇の際の読書としてピックアップした1冊として有名です。デビューから40年ほどで10作足らずという寡作な著者なんですが、誠に恥ずかしながら、私はこの作者の作品は初めて読みました。そのせいでもないんでしょうが、会話のテンポに少しついていけないところが私にはありました。読みこなしがやや不十分な私には、最後の青山南の解説が極めて適切でした。すなわち、主役はレストランのマネージャーをしているエリックでも、アイルランド人の男性刑事マッティとヒスパニックの女性刑事ヨロンダでも、プエルトリカンのトリスタンでも、殺害された被害者の父親のビリー・マーカスでも、もちろん、警察幹部のバーコウィッツ警視などでもなく、場所が、すなわち、移民がまず上陸するポイントであるニューヨークのロウアー・イースト・サイドが主役なんだという主張には耳を傾けるべきものがあります。ネイティブ・アメリカンこそ登場しませんが、ヒスパニックを含めてさまざまな種類の白人、アフリカ系の米国人、アジア系の米国人、などなど、人種の坩堝のような米国人をよく書き分けています。表紙に見える通り、原題はジャズの名曲から取った Lush Life ですが、邦訳のタイトルもイディッシュ語の GOLDENEH MEDINA として上巻 p.322 に現れています。
続いて、角川ホラー文庫の新刊を3冊ほど読みました。『クロユリ団地』と昨年5月に亡くなった吉村達也による『妖精鬼殺人事件』と『13の幻視鏡』です。まず、『クロユリ団地』は前田敦子と成宮寛貴の主演になる映画「クロユリ団地」の堀江純子によるノベライズです。なお、監督は中田秀夫であり、鈴木光司の原作による映画「リング」の監督としても有名です。さらに、4月からTBS系列でドラマも放送されています。ストーリーとしては、いわゆるモダン・ホラーではなく、古くからの幽霊や妖怪といったあの世の存在がこの世で怪奇現象を引き起こすというもので、小説を読むよりは映画やドラマといった画像や動画でビジュアルに恐怖を感じさせる作品ではなかろうかと受け止めています。それから、吉村達也の作品2冊ですが、よく知られた通り、吉村達也は極めて多作であり、ホラー小説やミステリを中心に作品も多岐に渡っています。私も『初恋』、『文通』、『先生』、『ふたご』といった初期のホラー小説くらいしか読んでおらず、『妖精鬼殺人事件』は氷室想介シリーズの1冊と位置づけられるんですが、私はこのシリーズは読んだことがありません。また、この作品は「新・魔界百物語」のその1であり、その2の『京都魔王殿の謎』も角川ホラー文庫版で図書館から借りているんですが未読です。その3の『幻影城の奇術師』まですでに出版されていますが、作者が亡くなって絶筆となったので、ここまでということになるんではないかと想像しています。QAZの正体は5冊目に明らかになるとの触込みで、訃報のサイトにも「QAZの正体、魔界百物語の真相、私の葬儀の段取りなど、詳細については後日お知らせ申し上げます。」とありますが、結局どうなったのかは寡聞にして知りません。最後に、『13の幻視鏡』はこれまで書籍化されていなかった吉村達也の短編12作を1冊に収録したものです。この作者独特の恐怖、というか、奇妙な世界に迷い込んでしまった人々を描く短編集です。
角川ホラー文庫は、我が家の下の中学生がホラー小説のファンですから、親としてチェックの意味も含めて読んでいます。キングやクーンツのような米国のモダン・ホラーとは少し系統の違う我が国独特のホラー小説はそれなりに評価されるべきと考えています。暑くなったこれからはホラーの季節かもしれません。
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