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2013年9月16日 (月)

先週読んだ本からジャーナリストによるドキュメンタリーほか

色んな本を図書館で借りて読んだ読書感想文です。先週読んだ本は、意図したわけではないんですが、ジャーナリストの著書が多かった気がします。なお、今日のブログでは、著者や登場人物などについて、政府高官や国会議員などは当時の肩書きで、時には敬称略となっています。私は国家公務員ですから、総理大臣や政府高官を呼び捨てにするのはためらうんですが、「元」や「前」をつけるのも厳密ではないかもしれませんし、ご容赦願います。

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まずは、来年2014年4月からの税率引上げの可否について安倍総理の判断が注目される消費税についての2冊です。すなわち、清水真人『消費税 政と官との「十年戦争」』(新潮社) と伊藤裕香子『消費税日記 検証 増税786日の攻防』(プレジデント) です。清水は日経新聞の、伊藤は朝日新聞のジャーナリストです。どちらも消費税がテーマになっているんですが、本のタイトルを見ても分かる通り、時間軸が大きく異なります。清水『消費税』が10年を鳥瞰しているのに対して、伊藤『消費税日記』は2年余りです。内容もかなり違っていて、インタビューも含めて事実関係を延々と書き連ねる伊藤『消費税日記』に対して、清水『消費税』は政府高官発言の背景説明や税制の解説などもていねいで、事実だけでなくより深い分析に突っ込んでいます。言ってみれば、対象とする期間の長さから直感する手法と逆になっています。例えが悪いかもしれませんが、伊藤『消費税日記』ではリンゴが落ちた、だけでなく、モモが落ちた、ナシが落ちた、など、広く浅く事実関係のデータに数多く接することが出来ますが、清水『消費税』ではリンゴしか落ちない一方で、深い探求がなされて、その背後にある万有引力の法則を明らかにしようと試みています。加えて、伊藤『消費税日記』では消費税率引上げが人間関係の偶然による面を強調しているのに対して、清水『消費税』では高齢化を背景とする社会保障費の増大に起因する必然の結果、のような議論が展開されているような印象も受けました。これらの差はやや私が対照的に大げさに書いた面があり、ある意味で、両者は補完的でどちらも読めばいいんでしょうが、どちらかに軍配を上げるとすれば、私は清水『消費税』だろうと見ています。もっとも、私は清水の著書については、以前の『官邸主導』、『経済財政戦記』、『首相の蹉跌』も読んでいますので、その記憶も合わせてという認識かもしれません。もちろん、かなり多くの論点で両者は同じ結論に達しています。例えば、当時の菅総理が参議院選挙を前にして突如として「消費税率10パーセント」を言い出したのは、カナダのイカルイットにおけるG7サミットに出席し、日本の財政赤字を諸外国から指摘されたことに起因する、と初めて政権の座に就いた民主党が諸外国の首脳の意見に初めて接し、言わば「外圧」を感じる中で財政規律をより強く自覚するに至った点とか、与野党を渡りい歩いて節操がなかったかに見える与謝野大臣が消費税率引上げに向かうキーパーソンの1人であった点とか、両書は同じ議論を展開し同じ結論に達しています。

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次に、消費税論議に先立つ政局のドキュメントということで、読売新聞政治部『民主瓦解 -政界大混迷への300日-』(新潮社) も読みました。これは必ずしも新刊の範囲に入らないかもしれませんが、昨年2012年10月に出版されています。知る人ぞ知るのかもしれませんが、読売新聞政治部はこの本に先立って、『自民崩壊の300日』、『民主党 迷走と裏切りの300日』、『亡国の宰相 官邸機能停止の180日』も出版しており、2009年の民主党による政権交代の直前からこの本まで4冊の本を出版しています。なお、私はこのうちの『亡国の宰相』を読んでおり、一昨年2011年12月20日付けのブログで取り上げています。ということで、前置きが長くなりましたが、この『民主瓦解』はほぼ野田内閣の1年を対象にしています。その中でも、やはり消費税率引上げがもっとも大きなトピックのひとつとなっています。エピローグのタイトルが奮っていて、「あれは何だったのだろう」となっています。結論として、綱領も持たずに政策的に一致した集団でもない民主党なんですが、ただ1点、自公政権からの政権交代だけに集中して政党として結集した勢力が、実際に政権交代して政権に就いたらアイデンティティ・クライシスを起こして瓦解した、と取りまとめています。私もこれに近い印象を持ちますが、逆から見て、この民主党に政権を奪われた自公政権、あるいは、政権を託した、託してしまった日本国民て何なんだろうか、という気がしないでもありません。日本の民主主義の成熟度とは、何ら裏付けのない「バラ色の夢」を信じて総選挙で選択する程度なんでしょうか?

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次に、消費税論議とは少し離れますが、公務員制度改革を取り上げた塙和也『自民党と公務員制度改革』(白水社) です。著者は毎日新聞から日経新聞に移ったジャーナリストです。対象としているのは民主党による政権交代前の福田内閣と麻生内閣の時の自民党内の公務員制度改革です。担当大臣は、すでに自民党を離れてみんなの党を創設した渡辺喜美代議士と現在の経済財政担当大臣である甘利明代議士です。上げられている参考文献も伊藤裕香子『消費税日記 検証 増税786日の攻防』などとは比較にならないくらいに多岐にわたり、分かりにくい公務員制度改革というテーマを深く掘り下げて情報収集すると同時に、ていねいにバックグラウンドや制度そのものを解説しています。妙にメッセージ性を出したり、まさかの党派性を明らかにしたりすることなく、長らくキャリアの国家公務員をして来た私ですら理解が及ばないほど複雑な制度、あるいは、改革なんですが、専門外の私にもほのかに概要を把握できるように書かれています。なお、私自身の公務員制度改革の観点は、制度としてシステム的に質的な面の制度疲労や崩壊というよりも、かつては天下りも含めて公務員にそれだけリソースをつぎ込んでもペイするくらいまで、公務員の生産性や役所のアウトプットが評価されていたし、実際にもそうだったのが、決して質的なものではなく量的に生産性が低下しアウトプットが小さくなっているのが原因ではないか、と考えています。ですから、例えば、天下りを「悪」と捉えて全廃するのも一案なんですが、公務員の生産性や役所の組織的なアウトプットに合わせて適切な水準まで縮小する、という勝手な考え方も成り立ち得ると思っています。すなわち、全員一律の横並びではなく、私のようなボンクラはダメでしょうが、生産性が高くて立派な業績を残した公務員はもっと報いられるべきなのだという気がしないでもありません。

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日本を少し離れて、次に、チャールズ・デュヒッグ『習慣の力』(講談社) です。著者は「ニューヨーク・タイムズ」紙のジャーナリストです。本書で紹介されているように、いくつかの研究に従えば、日常行動の4割以上が無意識の習慣によるものだそうで、もしそうなら、習慣がどのようにして形成されるか解明できれば、人間の生き方だけでなく会社などの組織やひいては世界のシステムさえも変えることができる可能性があります。本書はこうした習慣の驚くべきパワーを明らかにすべく、様々な例を持ち出して解明を試みています。すなわち、禁煙や肥満防止などにつながる「キーストーン・ハビット」の存在を明らかにし、いかにすれば個人生活を豊かにし、会社などの組織を効率的にし、世界をうまく動かすことができるか、を考えます。この『習慣」について、私の脳裏をよぎったのは、今年2013年3月25日付けのエントリーで紹介したダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』上下巻 (早川書房) のファストの方です。ファストの意思決定のうち、いい結果をもたらすものは、かなり「キーストーン・ハビット」に近いんではないかと私は受け止めました。ただし、本書の結論として、意志力を鍛えるというのがホントに習慣と関係あるのか、という疑問は残りました。むしろ、本書の論旨からすれば、偶然が支配する領域の方が広そうな気がしないでもありません。私は一般的な教養書として読みましたが、実践的な人生のマニュアルとして読む人がいるかもしれません。

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やや毛色の変わったところで、オーストリアの日本研究者の作になるブリギッテ・シテーガ『世界が認めたニッポンの居眠り』(阪急コミュニケーションズ) です。実にまじめに、日本の居眠りを研究しています。「居眠り」とは、日本人には当然ながら、「居る」+「眠り」であり、「いながらにして眠る」という意味です。私の実感として海外から日本に「居眠り」を見ると、私は英語とスペイン語しか解さないんですが、英語では "catnap" の役が当てられることが多くなっている一方で、この語は「一眠り」とか、日本語では「仮眠」に近い意味であり、正確な日本語の「居眠り」に当たる英語はありません。私の知る範囲でスペイン語には、日本でも知られた「シエスタ」=午睡という語がありますが、明確に居眠りとは違います。本書では、日本の「居眠り」とは、会議や授業などの主要関与に対して、その会議や授業の場で眠りを副次関与とすることと定義されています。本書では、睡眠というものを分析した後、さまざまなケーススタディから始まって、日本のNHKや韓国のKBSといった放送機関による国民の生活時間に関する統計も駆使し、パジャマを着てベッドに入る睡眠とは明確に異なる日本の居眠りを社会学的に考察しています。そして、性差や社会的なヒエラルキーによる居眠りの受容性などを考えています。私も南米ラテンアメリカやインドネシアなどでの海外生活の経験を持っていますので、なかなか興味深い点が多々ありました。日本人のアイデンティティを高めるというほど高尚な本ではありませんが、それなりの雑学的知識の蓄積には役立ちそうです。

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続いて、米国連邦制度理事会 (FED) ベン・バーナンキ議長のスピーチの翻訳である高橋洋一『リフレが正しい』(中経出版) です。バーナンキ議長の講演集の邦訳ですから、どこかで何らかのエッセンスが報じられたものが多いんでしょうが、改めてまとめて読み通すとそれなりに勉強にはなります。特に私が強く意識させられたのは2点あって、第1に、デフレや低いインフレのデメリットは実質金利を引き下げる障害となる、という点をバーナンキ議長は強調しています。すなわち、実物経済に影響をおよぼすのは名目金利ではなく、いわゆるフィッシャー方程式により物価上昇率を差し引かれる実質金利なんですが、この実質金利がデフレや極めて低いインフレ率の下では引き下げが困難である、という点です。その意味で、物価上昇率がプラスかマイナスかというのが重要なのではなく、マイナスのデフレでなくても極めて低いインフレ率はデフレと同様に実質金利を引き下げるハードルとなるという考えが示されています。第2点は、第4章で展開される中央銀行の独立性の議論です。すなわち、バーナンキ議長は中央銀行は民主主義下で政策目的を与えられた際に、手段の独立性のみを有するという考えを明確に示しています。民主主義化で中央銀行が政策目的を国民から、すなわち、代議制の議会から独立した政策目的を持つことはあり得ず、民主主義化で議会、もしくは執行機関としての政府から目的を与えられた下で、手段の独立性を発揮して政策を遂行する、という点を明確にしています。その際に、説明責任が果たされるべきであることは言うまでもありません。

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最後に、ケント E. カルダー『新大陸主義』(潮出版社) です。ユーラシア大陸をめぐるエネルギーの地政学をテーマにしています。カルダー教授はジョンズ・ホプキンズ大学のライシャワー東アジア研究所の所長です。エネルギーの地政学ということで、やや炭化水素、すなわち、石油と天然ガスに偏っていて、原子力はほとんど出て来ませんし、ユーラシア大陸の大陸主義、とはいっても、実は、西欧はほとんど含まれておらず、シルクロード諸国という言い方も出来そうです。でも、さすがに、博覧強記のカルダー教授の著書ですから、読みこなせばかなり勉強になりそうです。専門外の私には難し過ぎたかもしれません。きちんと理解したと胸を張って言うことは出来そうにありません。

もうすぐ、近くの図書館から『ライス回顧録』(集英社) の予約待ちの順番が回って来そうです。書店で手に取ったんですが、日本的な四六判よりもう少し大きな版で、上下2段でビッチリと字が埋まっています。内容はまったく違うんでしょうが、体裁や分厚さだけならば、20年以上も前に読んだスティーヴン・キング『It』のようなカンジです。『It』は上下巻でしたから、分量だけからすれば『ライス回顧録』くらいは読めると思いますが、時間がかかる可能性があります。

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