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2014年11月15日 (土)

今週の読書6冊のうちの経済書3冊はややハズレかも?

今週の読書は経済書・専門書が3冊と小説も3冊で、以下の通り、『英エコノミスト誌のいまどき経済学』のほか、合計6冊です。アチコチの図書館から借りまくっていて、これが本でなくて借金なら首が回らなくなっているかもしれません。ややオーバーフロー気味です。だからというわけでもないんでしょうが、今週読んだ経済書・専門書はやや疑問符の多い本ばかりでした。残念ながら、経済書3冊ともオススメしません。

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まず、サウガト・ダッタ編『英エコノミスト誌のいまどき経済学』(日本経済新聞出版社) です。上の画像に示された表紙やタイトルなどから、いかにも読書欲をそそられる人も多そうな気がしますが、誠に残念ながら、実際に読んだ私は決してオススメしません。まず、内容が新たに書き下ろされたものではなく、今までに「エコノミスト誌」に掲載された記事をそのまま寄せ集めただけです。私のような記憶の不確かな人間でも見たような気がする記事が収録されていたりしました。そして、内容的にも決して最新ではありません。2010年くらいまでの記事を集めて2011年に出版されていますので、少し違和感ある内容の記事もいくつか散見されます。ですから、最後の「訳者あとがき」に正直に書かれている通り、本来は3部構成の原書をコンテンポラリーな内容を持つ第2部を割愛して邦訳として出版されています。私の目から見ても、いくつか専門外の分野の文献や論文を新たに発見したのは事実ですが、一般読者にとってどこまで有益な本であるかは疑問が残ります。英国の「エコノミスト誌」は経済誌というよりは、むしろ、日本語で表現するのは少し難しいんですが、英語でいうところの quality paper に近い存在であって、経済関係にとどまらず、それなりに固定的なファンも少なくないでしょうから、「英エコノミスト誌」が好きな人は読むのがいいような気がしないでもありません。私の場合は割合とニュートラルでしたので図書館で借りました。もちろん、もっと好きな人は買うべきかもしれません。

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次に、タイラー・コーエン『大格差』(NTT出版) です。コーエン教授の前著『大停滞』の同じ出版社から出版され、それなりの反響があったと記憶していますが、誠に申し訳ないながら、私の記憶には残っていません。ひょっとしたら、読んでいないのかもしれません。なお、前著の原題は The Great Stagnation ということで、邦訳もそのままなんですが、本書は Average Is Over であり、少し趣向を凝らしていたりして、その分、疑問符が多くなったりします。本書の趣旨は、要するに、新たな技術革新のおかげで、機械を使いこなせる労働者と引き続き単純な未熟練労働にとどまる労働者の間で格差が広がり、前者が10-15%を占めるようになる、という議論です。このような議論は昔からあり、新たな技術革新が生ずるに当たって繰り返されてきた議論です。今回はどう違うのかについて何らかのエビデンスが欲しかった気がします。その一方で、本書では、単なるコンピュータではなく人工知能 AI に近いコンピュータを念頭に置いており、著者の得意分野であるチェスを例にした議論が延々と続きます。一定の基準を満たせない労働者が弾き出される、という意味でグーグル的な働き方を是認しているのはいいんですが、事後的な格差の是正についての議論はありません。市場経済では資源配分が効率的になされる一方で、所得分配の平等性が確保されないことから、そこは政府の役割と私のような官庁エコノミストは考えていますが、そのあたりは無視されています。しかも、今度の技術革新はコンピュータのワープロとか、表計算ソフトを使いこなすかどうかではなく、いきなり AI ですから、かなり大胆、というか、大雑把な議論に終始しています。また、通常の議論で「格差拡大」を論じる場合、所得の分布の平均となる山が低くなって両端が厚くなる(fat tail)分布を思い浮かべるんですが、本書の場合はツイン・ピークスを前提にしているのかもしれません。明確な言及はありません。本書の結論の中で私が合意する数少ない点が教育に関する第10章にあります。すなわち、「重要性が高まるのは、落ち着いて机の前に座り、学習に取り組める性質の持ち主かどうかだ。そこで、教育のかなりの部分は、真面目さをはぐくむことを目的とするものになる。」(p.242)という部分です。

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次に、ウリ・ニーズィー/ジョン A. リスト『その問題、経済学で解決できます。』(東洋経済) です。タイトルから分かりにくいんですが、サブプライム・バブルが始める前にはやったような経済学礼賛本、すなわち、人間はインセンティブに反応するので、経済学によってインセンティブ構造を明らかにすれば、マイクロな人間行動は経済活動に限らずすべて解明できる、とするタイプの少し恥ずかしい本ではありません。さすがに現在ではそんな本は出版されない気がします。そうではなく、実験経済学の本です。フツーの男性優位な社会と母系社会では、競争についての性差はどのように現れるか、といった興味深いテーマもありますが、先週の読書感想文のブログで取り上げた『リターン・トゥ・ケインズ』にあったようなマクロ経済学のミクロ的な基礎づけなんて、もはや間違いだらけの経済学のひとつですから、インセンティブに反応するマイクロな経済学がどこまで経済政策に有用かも疑問が残ります。当然ながら、お金をインセンティブとしてバラまけば多くの有益な結果がもたらされることも事実ですが、マクロな費用対効果の考えというのは実験経済学にはないのでしょうか。1万ドルの便益を得るために10万ドルのインセンティブを必要とするのであれば、経済学者はどのように考えるか、一般市民や納税者はどのように考えるか、もう少し常識的な目線を持ちたい気がします。例えば、p.127 にある通り、100万ドルのインセンティブをチラつかせても、2階の線形偏微分方程式を解けない人は解けないという事実は明らかです。インセンティブがあっても出来ないことは出来ないわけです。今日のエントリーで最初に取り上げた『英エコノミスト誌のいまどき経済学』の p.218 では「経済関係のあらゆるバブルの中でも、経済学そのものの評判ほど華々しく弾けたものはめずらしい」との指摘があります。この本の著者にはよく噛みしめて欲しい気がします。

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経済書を終えてフィクションの小説に入って、次に、下村敦史『闇に香る嘘』(講談社) です。今年の第60回江戸川乱歩賞受賞作です。とても重いテーマばかりなんですが、戦前の満州開拓団と終戦直後の日本への引揚げ、それに関して残留日本人孤児とその帰国、さらにさらにで、生体腎移植まで絡む上に、主人公のストーリ・テラーが全盲と来ています。物語としては、全盲の主人公の孫娘への生体腎移植を主人公が兄に依頼するところから始まり、兄が頑なに拒否するところから血のつながりに疑問を持った主人公が、兄が偽装孤児ではないかと満州開拓団当時の日本人を訪ね歩いたり、帰国の際の話を聞いて回ったりするところから、意外な真実が明らかにされるというものです。ほとんどネタバレに近いんですが、最後に取りまとめられている選評で桐野夏生が「すべての疑いが反転して、自分の身に跳ね返ってくる終章には息をのむ迫力があった」と書いています。私から見ても、満州開拓団についてはどれくらいの取材をしたのか知りませんが、それなりに私のような歴史観についてのシロートには納得のいくストーリーですし、満州開拓団や日本への引揚げ、さらには中国残留日本人孤児の問題などの「大きな物語」と孫娘の生体腎移植のドナー探しという家族に関する「しいさな物語」がうまくつながっている気がしました。また、母親が信じていた迷信めいた古くからの言い伝えが、妙に妊婦に関するものが多く、その昔のNHK朝ドラ「カーネーション」で主人公が妊娠していた時に火事を見て、「火事を見た妊婦はあざのある子を産む」といっていたのを思い出してしまいました。どうでもいいことですが、妊娠中はいわゆる「大事な体」ですので、それなりに体調を崩しそうなタブーが少なくなかったんだろう、という気がして読んでいました。こういった伏線が最後にはきれいに回収されます。重いテーマに挑みながらも、構成はなかなか見事です。でも、主人公が自ら事実を解明するのもいいんですが、何分、目の不自由な人の視点からの事実解明ですし、その主人公が自分自身でもかなり性格が悪かったと自覚している上に、孫娘の生体腎移植のドナー探しのためにかなりバイアスのかかった見方を提供しているのですから、出来れば晴眼者である誰かの客観的な解説も欲しかった気がしています。

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次に、湊かなえ『山女日記』(幻冬舎) です。「山ガール」という言葉が少し前に流行りましたが、この小説は山に登る女性を主人公にし、幻冬舎の文芸誌「GINGER L.」に連載されていた7編の短編を6篇に編み直した連作短編集です。ただし、1篇だけ十数年の時間の開きがあります。なお、主人公たちの女性の中でも中心になるのが何人かの丸福百貨店の女性達です。新宿にあるという設定だったような気がします。中央線や小田急線などを使って山へのアクセスがいいのかもしれません。広く知られている通り、この作品の作者はモノローグの手法を用いたミステリ、というか、やや読後感の悪いイヤミスの女王的な存在の1人なんですが、この作品はミステリではありませんし、決して読後感も悪くありません。結婚や離婚や仕事の行詰りや何やかやで、何らかの人生の分岐点において、山に登り頂上を目指し、風景や高山植物を楽しみ、日本百名山のひとつである妙高山の登山から始まって、最後はニュージーランドのトンガリロのトレッキングまで、女性のグループで、あるいは男女のカップルで、山に登る女性達のさわやかな物語です。私自身は誠に不調法ながら登山の趣味はなく、ほとんど経験もないんですが、そんな私にも分かりそうな登山の雰囲気を持った小説です。デビュー作の『告白』から始まったモノローグのイヤミスから新たな一歩を踏み出した作者の転機になる小説かもしれません。その意味で、先月発売された同じ作者の『物語のおわり』も短編集として大きな話題をさらい、著者の転機となる作品と目されていますので、私も機会を見つけて読みたいと考えています。

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最後に、中山七里『アポロンの嘲笑』(集英社) です。小説の最初に取り上げた『闇に香る嘘』が最後に一気に解決するタイプのミステリであるのに対して、この作品はタマネギの皮をむくようにストーリーが進むに従って徐々に真実が明らかにされるタイプのミステリです。私はこのタイプのミステリも大好きです。しかも、この作品はかっけーです。舞台は2011年3月11日の大津波で大損害を受けた直後1週間経過時点くらいの福島第1原発です。ともに神戸で1995年1月の震災で被災した20代の若者の原発作業員の間で何らかのいさかいがあり、一方が他方を殺害します。しかし、犯人は警察に護送される途中で逃走し、なぜか、福島第1原発に向かいます。警察の中でも刑事事件の解明に当たる刑事と左翼やテロの情報収集に当たる公安と、さらに加えて、陸上自衛隊、北朝鮮を強烈に示唆するアジア近隣国の独裁国家のテロリスト、等々が入り混じって、単純な殺人事件に見えた出来事があらぬ方向に展開し、最後は福島県警所轄警察署の刑事が真相にたどり着きます。逃亡殺人犯と見なされていた原発作業員が実はスーパーヒーローだったことが明らかになり、信号が停電のために交通整理に当たっていた警官の敬礼を受けて警察の刑事のバイクで福島第1原発に乗り込み、陸上自衛隊から借り受けた工具でもって無事にミッションをコンプリートし、実際に起こった原発事故をはるかに超える可能性のあった大事故というか、独裁国家のテロを未然に防止するという非常に「大きな物語」です。最初に書いた通り、私のようなカンの悪い読者にも無理なく理解できるように、ストーリーの進展とともに徐々に真実が明らかにされ、最後は一気にサスペンスフルな結末を迎える、とよく考えられたプロットです。今週読んだ本の中ではこの作品が一番でした。

実は、先週、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの片岡剛士主任研究員から、発売されたばかりのご著書『日本経済はなぜ浮上しないのか - アベノミクス第2ステージへの論点』(幻冬舎) をちょうだいしました。小説も取り混ぜた読書感想文のブログで紹介するのは失礼かと思い、というか、実はまだ読んでいないので、来週にでも単独で取り上げたいと考えています。

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コメント

これらの本の中で面白そうだなと思ったのは、山女日記でしょうか。私も山登りは趣味ではありませんが、お話を伺っていると、アウトドア系の別世界の楽しみがなんとなく伝わってきます。ロードバイクも似たようなものかな。早速図書館に予約を入れました。

投稿: kincyan | 2014年11月18日 (火) 12時41分

同じ作者の『物語のおわり』も短編集として大きな話題を集めています。私は読もうと考えていますが、待ち行列が長いようなので買ってもいいかと思っています。

投稿: ポケモンおとうさん | 2014年11月18日 (火) 19時36分

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