先週の読書は経済書ばっかりで伊藤隆敏『日本財政「最後の選択」』ほか
先週の読書は伊藤隆敏『日本財政「最後の選択」』ほか、経済書が多くて以下の4冊です。この先、読書に関してはゴールデンウィーク体制に入りそうな気がします。
まず、伊藤隆敏『日本財政「最後の選択」』(日本経済新聞出版社)です。本書のタイトルや第1章の表題「このままでは日本は破産する!」などから伺える通り、我が国の財政についてカタストロフィックな議論を展開しています。私もリフレ派のエコノミストの中では財政のサステイナビリティに対して大きな疑問を有している方ですから、問題意識は本書の著者である伊藤教授と大いに共通しているんですが、本書では財政のサステイナビリティ回復のための手法として、もっぱら増税を念頭に置いており、その点がかなり違うと受け止めています。本書第5章では簡単なシミュレーション結果が示されており、財政のサステイナビリティ維持のために最低でも15%、出来れば20%の消費税率が推奨されています。私は本書の論調に対して一方的に反対するものではありませんが、高齢者に大きく偏った社会保障支出への切込みが甘いままで増税しても、結局、高齢者向け支出が大きく膨らんでしまう可能性が高く、非常に困難な政治的課題である増税を決定したところで、穴の開いたバケツのようなものとなる可能性を危惧しています。
次に、スティーブン・ローチ『アメリカと中国 もたれ合う大国』(日本経済新聞出版社) です。本書のタイトルからは地政学的ないし安全保障にかかわるテーマ設定かと思わないでもないんですが、著者がモルガン・スタンレーの著名なエコノミストですから、中身は経済がほとんどを占めます。要するに、ひと昔前に流行った議論ですが、中国の過剰貯蓄が米国の過剰消費をサポートしているというもので、特に新味はないんですが、この両国のもたれ合いが決してサステイナブルではなく、中長期に持続不可能であると指摘している点です。米国経済の舵取り役は米国連邦準備制度理事会(FED)の議長であり、中国経済は政府の首相である、というのは当たり前のような気もしますが、グリーンスパン-朱鎔基、その後のバーナンキ-李克強のパーソナリティも含んだ議論展開は、それなりに斬新な雰囲気があります。だからどうしたという政策的な議論がないのはご愛嬌かもしれません。
次に、キャス・サンスティーン『恐怖の法則』(勁草書房) です。実現する確率がかなり小さいにもかかわらず、ダメージが非常に大きいため、これらの積である期待値が無視できないイベントとして「恐怖」を考え、実際の現象としては、炭疽菌などの病原菌、有毒化学物質、テロリズムなどについて議論を展開しています。そして、非常に難解なんですが、結論は予防措置は否定しないものの、予防原則は否定し、私には矛盾した用語に見受けられる「リバタリアン・パターナリズム」による解決がベストであると示唆しています。著者はシカゴ大学からハーバード大学に移った法学者であり、特に明示的な説明はなかったものの、バックグラウンドとしてシカゴ学派のナイト流のリスクと不確実性に関する峻別を理解しておく必要はありそうです。その上で、これも明示的な提示はないものの、低い確率と高いダメージをかけ合せた積で表現される「恐怖」の期待値への対応を考察しています。ランド研究所流の「フェイル・セーフ」と本書で否定されている「予防原則」がどういった関係にあるのか、同じ概念なのか、少し違うのか、まったく違うのか、については私は読み解くことは出来ませんでした。また、「リバタリアン・パターナリズム」も、セイラー教授の論文や本なども含めて、今までに何度か聞いたことがあるものの、明らかに矛盾する概念であり、私は結論として支持できないと感じざるを得ませんでした。まるで、積極的にバットを振って打ちに行けと言いつつ、フォアボールを選べと言われているような感じです。
最後に、若田部昌澄『ネオアベノミクスの論点』(PHP新書) です。著者は早大教授であり代表的なリフレ派のエコノミストといえます。本書では昨年の総選挙後に再起動(リブート)される経済政策について「ネオアベノミクス」と捉え、その論点や課題を論じています。そのネオアベノミクスで重要なポイントをいくつか取り上げていますが、そのひとつが「オープン・レジーム」という概念です。反対が「クローズド・レジーム」であることは容易に想像できます。本書が出版されているPHP社の「PHP Online 衆知」のサイトで著者自身がオープン・レジームとクローズド・レジームの特徴として、「オープン・レジームはルール・枠組みを重視し、そのもとで新規参入を促進しようとする。政府がおカネを使うよりは民間がおカネを使うことを重視する。再分配についても、ルールを定めて裁量が働かないようにする。他方のクローズド・レジームは、政府の裁量・計画を重視し、特定産業の利害を重視する。」と述べています。アセモグル/ロビンソンの『国家はなぜ衰退するのか』では、inclusive と exclusive だったんですが、これに類似の概念で、明快な定義は現時点では難しそうな気もします。なお、どうでもいいことながら、国際通貨基金(IMF)のエコノミストによりアベノミクスを論じた本が、もちろん英語ですが、最近出版されました。 Can Abenomics Succeed?: Overcoming the Legacy of Japan's Lost Decades というタイトルです。IMF directのブログでも取り上げられています。邦訳が出版されるまで少し時間がかかるでしょうが、何らご参考まで。
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