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2016年1月31日 (日)

週末ジャズは宮川純の The Way を聞く!

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今週の週末ジャズは、ピアニストの宮川純の The Way を聞きました。基本は、荻原亮のギターを含めたカルテットの構成なんですが、1-2曲目にトランペッター黒田卓也が参加しています。サイドは坂崎拓也のベースと石若駿のドラムスがサポートしています。2009年に21歳でデビュー・アルバム Some Day My Prince Will Come をリリースしてから、3枚目のアルバムになります。まず、曲目構成は以下の通りです。

  1. Introduction
  2. The Way
  3. JB's Poem
  4. Pulse
  5. The Water Is Wide
  6. Automata
  7. Glossy
  8. The Gold Bug
  9. Just a Moment

最初に、宮川純をピアニストと書きましたが、このアルバムではキーボードも弾いています。このアルバムは基本的に宮川のレギュラー・コンボと考えてよさそうで、ブルーノート契約アーティストである黒田卓也をゲストに迎える形を取っています。ライナー・ノートでは、おそらく宮川自身が各曲の紹介を書いていて、ほとんどがオリジナル曲のようです。ただ、5曲目は有名なスコットランド民謡であり、少し前のNHK連続テレビ小説『マッサン』でもフィーチャーされたところです。演奏については若手のピアニストの平均的なパフォーマンスと受け止めています。リリース元の T5Jazz Records のサイトには、「宮川純のもつ抜群のセンス、テクニック、作編曲能力」などの美辞麗句が並んでいますが、まあ、宣伝文句といえます。私はまだウォークマンに入れていません。ただ、ドラムスの石若駿のサポートはかなりしっかりしている印象があります。今後に期待します。
下の動画は、アルバムのリリース元がYouTubeにアップしたアルバムのタイトル曲です。

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2016年1月30日 (土)

今週の読書は圧巻だったアトキンソン教授の『21世紀の不平等』ほか計5冊!

今週の読書はフィクションの小説はなく、経済書を中心に専門書・教養書を合わせて以下の5冊です。5冊も読めばハズレはありますが、アトキンソン教授の『21世紀の不平等』が圧巻でしたし、ビッグデータをひも解いた『ソーシャル物理学』もとても示唆に富む本でした。

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まず、何といっても、アンソニー B. アトキンソン『21世紀の不平等』(東洋経済) です。著者は英国の経済学者で、貧困や不平等に関する第一人者のエコノミストです。タイトルは一昨年のピケティ教授の『21世紀の資本』になぞらえて邦訳してありますが、ピケティ教授は『21世紀の資本』一発で有名になったのに対して、アトキンソン教授はもともとが不平等などの分野の代表的な研究者です。格差指標のアトキンソン指標というのもあります。私が地方大学に出向していた際に取りまとめた紀要論文 "A Survey on Poverty Indicators: Features and Axiom" でも解説していたりします。リーマン・ショック以降の大景気後退でマクロの成長率などの注目が集まりましたが、本来は、マイクロな不平等の是正も成長に寄与する可能性が大いにあるわけで、国民の厚生向上に必要な政策が求められているのはいうまでもありません。本書は賃金や労働分配率などの市場で決まると考えられている経済指標や技術進歩の性質についても問い直し、戦後一時期の不平等の是正が図られた理由や、逆に、現在の不平等拡大について分析を加えるだけでなく、効率と平等のトレードオフを否定し、あるべき経済政策の必要性を明らかにしています。すなわち、累進課税の強化やベーシック・インカムなどのやや聞き慣れた議論もありますが、私なんぞが考えも及ばないような成人時点ですべての若者に資本給付=最低限相続を与えるとか、ソヴリン・ウェルス・ファンドの活用など、とても斬新な政策提案も含まれています。それらは不平等を減らす提案として15のポイントがp.275 以下に展開されています。ピケティ教授が寄せている序文にあるように、やや英国の制度に偏重した提案かもしれませんが、日本をはじめとする先進各国には応用可能な政策提案も少なくなさそうな気がします。なお、本書を敷衍してニッセイ基礎研の櫨さんが日本の格差に関する論考を東洋経済オンラインで明らかにしています。リンクは以下の通りです。ご参考まで。

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次に、カル・ラウスティアラ/クリストファー・スプリグマン『パクリ経済』(みすず書房) です。著者は2人とも知財法を専門とする法学者であり、米国の大学教授です。一般に、知的財産を保護するシステムはイノベーションの利益を独占的に獲得する機会を与え、その後のそれに続くイノベーションへの強力なインセンティブとなって、イノベーションの源泉となる、という通常の理解に挑戦し、ファッション産業、ガストロノミーの外食産業、コメディアンのギャグ、さらにアメフトなどのスポーツの戦略からフォントの知財権、金融テクノロジー、最後に音楽まで、知的財産権が十分に保護されていないにもかかわらず、十分に創造性豊かな活動がなされている多くの事例をケーススタディで明らかにして、知財権保護とイノベーションの関係を解き明かそうと試みています。そして、本書に取り上げられたセクターでは、創造性はしばしばコピーと共存できていて、それどころか、条件次第ではコピーが創造性の役に立つことさえあることが示されます。少し考えれば理解できることですが、創造性を媒介にして、知財権の保護と模倣はトレードオフの関係にあり、保護が強力であれば模倣のコストが高くなり、逆は逆です。模倣が活発な方が生産性が高いのであれば、知財権保護のレベルを引き下げることがアジェンダに上ります。これは昨年大筋合意したTPP協定に関する交渉でも議論されたところです。もっとも、本書でも明らかにされている通り、フォーマルな法制度で知財権保護がなされているだけでなく、コピーした場合には何らかの社会的な規範により不利益をこうむる場合もあり得ますし、コトはそう簡単ではありません。結論めいたものは、本書のp.255-6に渡って「イノベーションとイミテーションに関する六つの教訓」で明らかにされています。コピーされることによるトレンドの醸成や流行の発生が利益になる場合があることや法的保護だけでなく社会的規範が果たす役割などのほか、モノではなくソフトなパフォーマンスによるコピー可能性の低減、あるいは、コピーされるまでの先行者優位性によるイノベーションの収益性などが議論に上げられています。ケーススタディの中にコピーがイノベーションを阻害した例がないのがやや疑問ですが、私はスティグリッツ教授の観点も含めて、現在の米国における知財権保護は行き過ぎている面があるような気がしてなりませんので、本書を読むことによって、それなりに参考になる意見を垣間見たような気がします。

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次に、湯本雅士『日本の財政はどうなっているのか』(岩波書店) です。著者は日銀OBで、以前に同じ出版社から財政に関して『日本の財政 何が問題か』という著書があるらしく、その改訂版的な位置づけですが、本書の中に「詳細は前著を参照」という趣旨の脚注がかなりあって、両者の関係はよく理解できません。本書が素材に取り上げているのは、公共財の供給などの資源配分、所得の再分配、マクロ経済の安定の3点を主眼とする財政政策なんですが、本書が指摘する通り、何分、役人が予算を作成し、かつ、執行していますので、一般に理解しやすいような仕組みになっているわけもなく、複雑怪奇なシステムをそれなりにていねいに解き明かそうと試みています。しかしながら、読者層の想定が私には理解できないものの、ややレベルが低きに流れたきらいがあり、高校の社会科の副読本に毛が生えた程度の仕上がりとなっています。財政政策や予算の仕組みなどにまったく不案内な向きにはいいのかもしれませんが、日本経済を対象に仕事をしているエコノミストにはやや物足りないと受け止める人もいるかもしれません。社会保障における負担と給付の関係や財政赤字の帰結の問題など、もう少し掘り下げた分析と政策提案が求められるような気がしてなりませんが、あくまでも淡々とシステムと現状の解説に終始しています。本書を出版した著者と出版社の目的、あるいは、繰返しになるものの、読者層の想定やマーケティング方針が、私には判りかねています。

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次に、玉田俊平太『日本のイノベーションのジレンマ』(翔泳社) です。私は不勉強にして著者がどういう方なのかは存じませんが、given name は「しゅんぺーた」と読ませるんでしょうね。ハーバード大学ビジネス・スクールのクリステンセン教授のお弟子さんなのかもしれません。私のような経営学には専門外のエコノミストでも、さすがに、ポーター教授の『競争の戦略』とクリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』くらいは知っています。本書はクリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』に「日本の」という形容詞を付している通り、『イノベーションのジレンマ』から演繹された日本企業のイノベーションを論じています。すなわち、通常の科学書は、例えば、ニュートンのように、リンゴが落ちるという数多くの事象の観察から法則性を帰納的に導き出すんですが、本書はクリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』で展開されているいくつかの確立された法則を日本企業の現実に当てはめているわけです。特に、「破壊的イノベーション」に焦点を当てています。そして、ここからが私のような頭の回転の鈍いエコノミストには理解の及ばないところなんですが、その破壊的なイノベーションを起こすため、破壊的なアイデアを生み出すためのブレーン・ストーミングのやり方とか、破壊的イノベーターを買収するための破壊的M&Aのハードルのクリアの仕方とか、などなどのマニュアル的な知識を羅列しています。日本の製造業やおもてなしサービスなどの過剰スペックについてはダウンサイドに向かうイノベーションの対象になりうる点などは私も大いに同意するところですが、私が疑問に感じる大きなポイントは、本書において詳説されているような、何というか、いかにもコンサルが推奨するようなマニュアル的な方法で、いわばお手軽に破壊的イノベーションが起こせるのかどうかです。実践例や成功例を知りたい気がするのは私だけでしょうか。いずれにせよ、本書で強調するような破壊的イノベーションについては、私の理解を超えているのかもしれませんが、日本企業が「失われた20年」で国際競争力を大きく減じたのは、もちろん、イノベーションの問題も否定出来ないものの、為替が大きく円高に振れた日銀金融政策のとんでもない大失敗も一因ではないかと考えています。

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最後に、アレックス・ペントラン『ソーシャル物理学』(草思社) です。経済書ではないんでしょうが、ビッグデータを用いたとても新しい試みです。著者はマサチューセッツ工科大学教授でビッグデータ研究の第一人者です。そして、一昨年2014年10月11日付けの読書感想文で取り上げた『データの見えざる手』の作者である矢野和男さんが解説文を寄せています。本書では、大上段に振りかぶって、社会の進化をビッグデータにより解き明かそうとしていますが、進化というほどでもないとすれば、影響の伝わり方、という方が適当かもしれません。明示的でないので、気づいていない読者もいるかもしれませんが、情報が家族や親しい友人といった数人のグループ内をどう伝わるかから始まって、都市のレベルでの伝わり方を解明し、最後には社会全体への影響の広がりを「データ駆動型社会」と名づけています。本書でエンゲージメントと探求、たぶん、explore の訳語、などの活動をキーワードとして、新しくて望ましいアイデアがどこから生まれ、そのアイデアがどのように広まり、集団の中でどのように行動に移され、すなわち、エンゲージメントと探究活動が実行され、社会的学習、すなわち、協調的で生産性が高くて創造的な社会構造を実現できるようになるのか、を解明しようとしています。集団知を重視し、プライバシーの保護とともに、自発的に情報を開示するような仕組みが可能かどうか、はたまた、経済学的にチャレンジすると、市場の価格メカニズムでなくアイデアの流れで資源配分を行うことが効率的か、あるいは、好ましいか、などなど、とても知的な挑戦が数多く本書に詰まっています。経済書としては、2013年3月25日付けで取り上げたカーネマン教授の『ファスト&スロー』が近い印象のような気がします。人間性の本性のようなものをビッグデータから解明し、それを集団や社会の中でどのようにポジティブに活用するべきなのか、とても示唆に富む本です。ただし、2点だけ気づいた点を上げると、第1に、経済学と同じで人間をかなり機械的かつカギカッコ付きで「平等」に扱っています。「カリスマ仲介者」とか「カリスマ的リーダー」という言葉は見えますが、インフルエンサーのような人物の影響力をどう評価すべきなのか、私には理解が及びませんでした。例えば、女優さんがドレスや化粧品などのファッション・リーダーになるとか、又吉のような芥川賞受賞者が読書界で影響力を発揮するとか、です。こういった個人は実在しますし、それなりに影響力を発揮しているように見えます。第2に、「よいアイデア」はいいんですが、「悪い企み」の広まりや実行可能性などはどう考えるべきか、という点です。宮部みゆきの小説ではありませんが、模倣犯的な犯罪や、犯罪まで行かなくても、イタズラの連鎖は現実社会であり得ます。望ましくなく社会的にネガティブなアイデアの広がりや実行をどのように防止するのかについても、同じように解明がなされる値打ちがあるような気がします。最後に、付録の4の数学については、読んでおくことを強くオススメします。この数学が雰囲気なりとも理解できれば、本書の深みが大きく違ってきます。たとえ理解できなくとも無理やりにでも読んでおくべきです。

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2016年1月29日 (金)

本日公表の鉱工業生産指数と雇用統計と消費者物価はすべて日本経済の停滞を示しているのか?

今日は今月最後の閣議日に当たり、主要な政府経済指標がいくつか公表されています。すなわち、鉱工業生産指数が経済産業省から、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、また、総務省統計局から消費者物価 (CPI)が、それぞれ公表されています。いずれも昨年2015年12月の統計です。鉱工業生産指数は季節調整済みの系列で前月比▲1.4%の減産を示し、失業率は前月と変わらず3.3%、有効求人倍率は前月からさらに0.02ポイント上昇して1.27倍となり、消費者物価は生鮮食品を除くコアCPIの前年同月比上昇率で+0.1%を記録しています。まず、長くなりますが、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

12月の鉱工業生産1.4%低下 スマホ部品など低調
経済産業省が29日発表した2015年12月の鉱工業生産指数(10年=100、季節調整済み)速報値は前月比1.4%低下の96.5だった。マイナスは2カ月連続で、QUICKがまとめた民間予測の中央値だった0.3%低下も下回った。半導体製造装置やスマートフォン(スマホ)用の電子部品などが低調だった。
12月は出荷が1.7%低下となり、在庫率指数は0.4%上昇した。経産省は生産の基調判断を「一進一退で推移している」に据え置いた。15年10-12月期は前期比0.6%上昇となって3期ぶりにプラスとなったものの、15年通年では前年比0.8%低下となり、2年ぶりに前年水準を下回った。
12月の生産指数は15業種のうち11業種が前月から低下し、4業種が上昇した。はん用・生産用・業務用機械が2.9%低下したほか、電子部品・デバイスも3.5%低下した。中国向け輸出を中心にスマホ用電子部品の落ち込みが目立った。輸送機械も0.9%低下した。
1月の予測指数は7.6%の上昇、2月は4.1%低下を見込んでいる。もっとも経産省はこれまでの計画から実績が下振れてきた傾向をふまえると、1月の高い伸びは実績では大きく引き下がる可能性があるとしている。
有効求人倍率、15年は1.2倍 24年ぶり高水準
厚生労働省が29日発表した2015年平均の有効求人倍率(季節調整値)は1.20倍と1991年以来、24年ぶりの高水準となった。総務省が同日発表した完全失業率(原数値)も3.4%で97年以来、18年ぶりの低い水準だった。生産や消費は低迷しているが、宿泊・飲食、医療・福祉を中心に人手不足が続いており、雇用情勢は堅調だ。
有効求人倍率は全国のハローワークで仕事を探す人1人あたり求人が何件あるかを示す。
2015年12月の有効求人倍率は前月より0.02ポイント増の1.27倍で、単月でも24年ぶりの高水準だった。仕事を探す人が減っている一方で、企業の求人は増えており、採用が難しい状況が続く。
雇用の先行指標とされる新規求人数(原数値)は前年同月より6.2%増の78万980人だった。業種別では、宿泊・飲食サービス業(同16.7%増)、医療・福祉(同7.6%増)などで求人数の増加が目立った。
15年平均の完全失業率(原数値)は前年より0.2ポイント減となり、5年連続で低下した。就業率は前年比0.3ポイント増の57.6%。年齢階級別にみると、15-64歳は73.3%と比較可能な68年以降で最高だった。男女別でも女性の就業率が68年以降最高の64.6%だった。
15年12月の完全失業率(季節調整値)は3.3%で前月から横ばい。就業者数が6403万人と前月比45万人増えた一方で、非労働力人口は50万人減の4442万人だった。15年3月以降、完全失業率は3%台前半の低い水準で推移しており、総務省は「雇用情勢は引き続き改善傾向で推移している」とみている。
全国消費者物価、12月は0.1%上昇 1月都区部はマイナス0.1%に
総務省が29日発表した2015年12月の全国消費者物価指数(CPI、2010年=100)は、値動きの大きな生鮮食品を除く総合が103.3と、前年同月比0.1%上昇した。プラスは2カ月連続。QUICKが事前にまとめた市場予想(0.1%上昇)と一致した。食料(生鮮食品除く)や家庭用耐久財、テレビをはじめとする教養娯楽用耐久財が値上がりし、原油安によるエネルギー品目の価格下落の影響を補った。
チョコレートなどの値上がりで食料価格が2.3%上昇。家庭用耐久財は4.7%、教養娯楽用耐久財は14.7%上がった。一方、原油安を背景にガソリンや電気代などエネルギー関連の価格下落は続いた。ただ前の年の12月に原油価格の下げ幅が大きかった反動で、前年比の下落の影響が11月より和らいだ面もある。食料・エネルギーを除く「コアコアCPI」は101.6と0.8%上昇し、11月(0.9%上昇)から伸び率がやや鈍った。生鮮食品を含む総合は0.2%上昇した。総務省は物価動向について「エネルギー関連の影響を除くと上昇基調」との判断を据え置いた。
併せて発表した15年通年のCPIは生鮮食品除く総合が103.2と、前年比0.5%上昇した。プラスは3年連続。同年3月までを中心に14年4月の消費増税の影響が残り、この要因を除く実質では横ばいだった。
先行指標となる東京都区部のCPI(中旬速報値、10年=100)は、16年1月の生鮮食品除く総合が101.1と、前年同月から0.1%下落した。12月(0.1%上昇)から一転、3カ月ぶりのマイナスとなった。原油安でエネルギー品目が軒並み下落した。コアコアCPIの上昇率は0.4%となり、12月(0.6%)から伸びが鈍った。外国パック旅行やテレビなどの上昇の勢いが11月より鈍ったことが影響した。

いつもながら、網羅的によく取りまとめられた記事だという気がします。しかし、3つもの統計の記事を一気に並べるとそれなりのボリュームになります。これだけでお腹いっぱいかもしれません。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは以下の通りです。上のパネルは2010年=100となる鉱工業生産指数そのもの、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は次の雇用統計とも共通して景気後退期です。

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まず、鉱工業生産ですが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは前月比で▲0.3%の減産で、レンジでも下限が▲0.9%の減産でしたから、この下限を下回って大きな減産を記録しています。先行きは引用した記事にもある通り、製造工業生産予測調査で見て1月は+7.6%の増産の後、2月は▲4.1%の減産と中国の春節要因を織り込んだ形になっていますが、どうもこの製造工業生産予測調査は実際には下振れすることが多く、どこまで信用すべきか疑問が残ります。従って、経済産業省による基調判断は「一進一退」ながら、真横の横ばいでないなら、やや下向きの横ばいになりそうな気がしています。ここ1年ほど生産は一貫して踊り場にあり、12月統計の基となる12月時点での日本の経済活動は天候要因もあって、かなり弱かったわけですので鉱工業生産も昨日公表された商業販売に応じて減産した、ということなのかもしれません。また、問題は設備投資なんですが、日銀短観の設備投資計画がその後大きく下方修正されつつあるという情報には接していませんが、年が明けても投資が「爆発」する兆候が見られるわけでもなく、どこまで生産や日本経済をけん引するかは不透明です。上のグラフのうちの下のパネルを見ても、耐久消費財出荷はやや下向き、投資財は横ばいないしやや上向きと見えますが、日銀短観の設備投資計画に整合的なほどの上向きとは私には見えません。また、生産だけから10-12月期のGDP成長率を考えるのも無謀な気はしますが、それでもあえて予想するとすれば、鉱工業生産は四半期ベースで前期比プラスながら、10-12月期はほぼゼロか小幅のマイナス成長と私は受け止めています。

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次に、10-12月期の四半期データが利用可能となりましたので、いつもの在庫循環図を書いてみました。上の通りです。縦軸は出荷の前年同月比を、横軸は在庫の前年同月比を、それぞれプロットしています。ただし、ややトリッキーなんですが、季節調整済みの指数の前年同月比です。右向きの黄緑色の矢の2008年1-3月期から始まって、リーマン・ショックの大きな循環を経て、黄色の右上向きの矢まで循環しました。一昨年10-12月期から直近の昨年2015年10-12月期まで5四半期連続で第4象限にあり、在庫調整局面を示しています。もっとも、直近の10-12月期は横軸上はマイナス領域ながら縦軸上にあります。通常は時計回りを描くところが、この5四半期はほぼ反時計回りの動きを示しており、踊り場的な停滞局面を脱することができれば、もしそうならば、第1象限に戻るんではないかと私は予想しています。もっとも、繰り返しになりますが、足元の1-3月期は踊り場から脱することは難しそうに感じているのも確かです。

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次に、雇用統計のグラフは上の通りです。上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期です。失業率についてはほぼ完全雇用状態に差しかかって、3%を下回って低下する可能性は少なさそうな気がしますが、有効求人倍率については12月統計でもまだ上昇を示しました。1.27倍に達しています。同時に、引用した記事にもある通り、雇用の先行指標である新規求人数についても増加を続けており、労働市場における人手不足はまだ続きそうな気配です。かなり長いラグがあるのかもしれませんが、基本的には、労働需給は人手不足で推移しており、雇用の量的な拡大・増加から賃金上昇や正規雇用の増加などの質的な改善も見込める局面に差しかかっていると私は考えています。

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続いて、いつもの消費者物価上昇率のグラフは上の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く全国のコアCPI上昇率と食料とエネルギーを除く全国コアコアCPIと東京都区部のコアCPIのそれぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフは全国のコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。東京都区部の統計だけが11月中旬値です。これまた、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1位の指数を基に私の方で算出しています。丸めない指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。ということで、11-12月の全国コアCPI上昇率は2か月連続でプラスを記録しましたが、国際商品市況における石油価格の下落はまだ続いており、さらに、ラグを伴いつつエネルギー以外の他の品目にも波及しますから、遅かれ早かれコアCPI上昇率はマイナスに下落すると予想しています。ただし、食料とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPIの上昇率はまだ+0.8%を示していることは忘れるべきではありません。本日の日銀金融政策決定会合で導入されたマイナス金利による物価押上げ効果については未知数の部分が少なくありませんし、国際商品市況も含めて物価の先行きは不透明です。

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最後に、本日、日銀から公表された「経済・物価情勢の展望 (2016年1月)」の p.10 に示された 2015-2017年度の政策委員の大勢見通し のテーブルを引用すると上の通りです。成長率については前回見通しから大きな修正はないんですが、少なくとも来年度2016年度の物価上昇率は大きく下方修正されています。従って、今日の勇敢で大きく報じられている通り、今までの量的・質的緩和に加えて、マイナス金利という金利次元の緩和を開始し、「量」、「質」、「金利」の3つの次元で緩和を進めることとしています。

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2016年1月28日 (木)

チリ産ワインがフランス産を上回って輸入のトップ!

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上の画像は、朝日新聞のサイトから引用しています。
貿易統計については、今週月曜日1月25日付けのエントリーで紹介したところですが、今日の朝日新聞の夕刊で「ワイン輸入量、チリ産が1位 安さ人気、仏産を上回る」と題した記事が1面で報じられていました。私は20年余りも前に、在チリ大使館で経済アタッシェとして3年ほど勤務した経験があります。私自身は今も昔もほとんどアルコール類は飲まないんですが、誠にご同慶の至りです。

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2か月連続で前年割れした商業販売統計に見る消費は大きな不振に陥ったのか?

本日、経済産業省から12月の商業販売統計が公表されています。商業販売統計のうちヘッドラインとなる小売業販売は季節調整していない原系列の前年同月比で▲1.1%減の13兆3640億円を記録しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

12月の小売業販売額、前年比1.1%減 15年は4年ぶり前年割れ
経済産業省が28日発表した2015年12月の商業動態統計(速報)によると、小売業販売額は前年同月比1.1%減の13兆3640億円だった。マイナスは2カ月連続。減少率は同年11月と同じだった。季節調整済みの前月比では0.2%減。経産省は小売業の基調判断を「一部に弱さがみられるものの横ばい圏」に据え置いた。
業種別では、原油安による石油製品の価格低下の影響で、燃料小売業の販売額が前年同月から16.3%減った。自動車や機械器具もマイナスだった。
百貨店とスーパーを含む大型小売店の販売額は0.9%増の2兆924億円で2カ月ぶりに増えた。既存店ベースでは0.0%増だった。既存店のうち百貨店は0.3%増、スーパーは0.2%減。コンビニエンスストアの販売額は5.1%増の9718億円だった。
併せて発表した15年通年の小売業販売額は前年比0.4%減の140兆6740億円だった。4年ぶりに前年割れした。

いつもながら、コンパクトによく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、商業販売統計のグラフは下の通りです。上のパネルは季節調整していない小売販売額の前年同月比増減率を、下のパネルは季節調整指数をそのまま、それぞれプロットしています。なお、影を付けた部分は景気後退期です。

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市場の事前コンセンサスでは、小売業販売は前年比で小幅のプラスという見方もあったんですが、結局、2か月連続の前年割れですから、かなり不振な内容と見る向きもあるかもしれませんが、基本は統計作成官庁である経済産業省の基調判断である「一部に弱さがみられるものの横ばい圏」ということではないかと私は受け止めています。というのは、ここでも国際商品市況における石油価格の低下が影を落としているように見えるからです。2014年と2015年のそれぞれ12月の小売業販売額の差は▲1460億円なんですが、うち燃料小売業の減少幅が▲2150億円あって、寄与率が100%を超えています。数量の寄与か、価格の寄与かは統計だけからは判然としませんが、石油価格の低下が小売販売の減少にも寄与しているのは間違いありません。加えて、暖冬という気象条件に起因して、機械器具小売業におけるエアコンや暖房器具の伸び悩みも見られますし、あるいは、自動車小売業の軽自動車や輸入車の販売不調などは、一部にガソリン安と円安が影響していそうな気がしています。1月には東京でも積雪があり、交通マヒは困りものですが、今週あたりは全国的に気温がかなり下がりましたので、暖冬要因による小売販売不振が緩和された可能性が十分あり、私なんぞは冬物衣料や暖房器具などの売れ行きに注目していますし、ボリュームは小さいものの、スキー・スケート用品も売れ始めているのかもしれません。ということで、12月統計をもって小売業が大きな不振を極めているとは私は見ていません。ただし、2か月連続の前年割れは石油価格の低下の影響もありますが、他方で、好調だったとウワサされている年末ボーナスはどこに行ったのか、が気にかからないでもありません。まだ2017年4月からの2段階目の10%への消費税率引き上げに備えるには時期的に早いでしょうし、ひょっとしたら、給与統計については実感からかなり大きな下振れを示している毎月勤労統計が正しいのかもしれないと思わないでもありません。

最後に、外国人観光客によるインバウンド消費については、中国の人民元が対ドルや対円でかなり減価を示しており、どこまで我が国における小売業のマイナス要因となるかが潜在的に不透明要因と私は受け止めています。ただし、中国富裕層の日本におけるインバウンド消費は為替レートにどこまで影響を受けるかは私には不明です。人民元の減価はインバウンド消費に長期的にはマイナスであることは明らかですが、短期的には貿易収支におけるJカーブ効果のような影響もあり得ますし、中国における富裕層の所得の増加率や富裕層人口の広がりなどを考え合わせれば、為替の減価によるインバウンド消費に対する負のインパクトは相殺される可能性もあり、今のところ私の理解がはかどりません。

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2016年1月27日 (水)

ピュー・リサーチによる米国大統領選挙の世論調査結果やいかに?

やや旧聞に属する話題かもしれませんが、私がよく参照している米国の世論調査機関であるピュー・リサーチ・センターから1月20日に、今年の米国大統領選挙の候補者に対して有権者が懐疑的であるとする世論調査結果 Voters Skeptical That 2016 Candidates Would Make Good Presidents が公表されています。米国大統領選挙やその前段階の各党の予備選などは、今年もっとも注目されるイベントのひとつであることは間違いありませんし、簡単に図表を引用しつつ紹介しておきたいと思います。

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まず、上のグラフはピュー・リサーチのサイトから Voters' views of candidates as possible presidents を引用しています。民主党のクリントン候補の Great と Good の合計がもっとも大きいんですが、他方で、Poor と Terrible も決して少なくない割合が示されています。他方、2番目の民主党トランプ候補はクリントン候補に次いで Great と Good の合計は大きいんですが、Poor と Terrible も、特に Terrible が他の候補を圧倒しているように見えます。トランプ候補の Average の割合が低いのは、何となく判る気がします。

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続いて、上のグラフはピュー・リサーチのサイトから How Republican and Democratic voters view their party's candidates as potential presidents を引用しています。当然ながら、共和党支持者からはトランプ候補に対する評価が高く、民主党支持派の間ではクリントン候補への評価が高くなっています。また、共和党の多数の候補者の中で、クルーズ候補の評価がジワジワと上昇しているような気がする一方で、ジェブ・ブッシュ候補に対する低評価が大きいのは目につきます。前大統領のお兄さんの影響なのかどうか、私にはよく判りません。

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最後に、上のグラフはピュー・リサーチのサイトから、民主党支持者から共和党候補者を評価した Democrats on a possible Trump presidency: Most say he would be 'terrible' と、逆に、共和党支持者から民主党候補者を評価した A majority of GOP voters vie Clinton as a 'terrible' potential president を引用・連結しています。民主党支持者からはトランプ候補への懐疑意識が強く、逆に、共和党支持者からはクリントン候補への懐疑感が強く示されています。判らないわけではなく、ある意味で当然の結果かもしれませんが、このように明示的に数字で示されると理解が深まる気がします。ご参考まで。

他に適当なカテゴリーがなく、無理やりですが、「経済評論の日記」に分類しておきます。

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2016年1月26日 (火)

企業向けサービス物価に見るデフレ脱却の現況やいかに?

本日、日銀から12月の企業向けサービス価格指数(SPPI)が公表されています。ヘッドラインの前年同月比上昇率は+0.4%と前月の+0.2%からやや上昇率を高めています。また、国際運輸を除くコアPPIの前年号月火上昇率+0/5%を示しています。はまず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

2015年12月の企業向けサービス価格、前年比0.4%上昇 テレビ広告など値上がり
日銀が26日発表した2015年12月の企業向けサービス価格指数(2010年平均=100)は103.1で、前年同月比0.4%上昇した。前年比の上昇幅は11月から0.2ポイント拡大した。テレビ広告や都市部の事務所賃貸料が値上がりした。前月比では0.1%上昇した。
価格が上昇した品目は60、下落した品目は48だった。品目数で上昇が下落を上回るのは27カ月連続だった。上昇と下落の品目数の差は12で、前月から拡大した。
品目別に見ると、企業収益の拡大を背景にテレビ広告の値上がりが目立った。大型のスポーツイベント中継や年末番組があったため、番組枠を指定して出稿する広告も増えた。都市部の事務所賃貸料も上昇した。賃貸料を割り引きする動きが、足元で一巡したためとみられる。訪日外国人観光客の増加などで、国内航空旅客輸送の運賃なども上昇した。ホテルの宿泊サービス料金も上昇基調を維持した。
15年通年で見ると、消費税を除く企業向けサービス価格指数は100.1で、前年比0.5%上昇した。土木建築サービス料の上昇が目立った。人手不足で人件費を引き上げる企業が多かった。一方、国際商品市況の悪化や燃料費の下落で外航貨物輸送の料金は下落した。通信サービス料は値下げの動きがあった。
企業向けサービス価格指数は運輸や通信、広告など企業間で取引されるサービスの価格水準を示す。

いつもながら、コンパクトによく取りまとめられた記事だという気がします。次に、SPPI上昇率のグラフは以下の通りです。サービス物価(SPPI)と国際運輸を除くコアSPPIの上昇率とともに、企業物価(PPI)上昇率もプロットしてあります。SPPIとPPIの上昇率の目盛りが左右に分かれていますので注意が必要です。なお、影をつけた部分は景気後退期を示しています。

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昨年2015年4月から消費増税の物価への影響が一巡し、その後、ヘッドラインの企業向けサービス物価(SPPI)上昇率は、2015年4月の+0.7%や5月の+0.6%などからはプラス幅を縮小させつつも、12月も+0.4%と人手不足による賃金上昇などを背景に基本的にはプラスを維持しており、変動の激しい国際運輸を除くコアSPPI上昇率は12月も+0.5%を示しています。ヘッドラインとコアの上昇率の差から、国際運輸がヘッドラインほど上昇していないという事実がインプリシットに読み取れますが、これは運輸コストには石油価格の占める割合が高いと考えられますから当然です。要するに、国際商品市況における石油価格の下落に対して、日本国内の労働市場における人手不足に伴う賃金上昇の綱引きがあり、結果として、人件費コスト比率の高いサービス価格の上昇率がプラスになっているわけです。ただし、物価指数の特徴のひとつとして、ラスパイレス指数で算出されていますので、その上方バイアスを考慮すれば、基準年から5年を経過して、この程度の小幅プラスが本当に「上昇」と呼べる範囲に含めていいかどうかは議論があるかもしれません。その意味で、日銀のインフレ目標+2%の達成にはまだ時間がかかるのかもしれません。なお、品目別に見て、テレビ広告や事務所賃貸がプラスの寄与を示し、リースがマイナスの寄与が大きくなっています。

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2016年1月25日 (月)

12月貿易統計に見る黒字は定着するか?

本日、財務省から昨年2015年12月の貿易統計が公表されています。統計のヘッドラインとなる輸出額は季節調整していない現系列のデータで前年同月比▲8.0%減の6兆3376億円、輸入額は▲18.0%減の6兆1973億円、差し引き貿易収支は+1402億円の黒字となりました。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

15年の貿易赤字、2兆8322億円 原油安で赤字額は10兆円縮小
財務省が25日発表した2015年の貿易収支は2兆8322億円の赤字だった。原油価格の下落によって原油の輸入額が前の年から4割以上減少したことなどで、貿易赤字は過去最大だった14年(12兆8161億円)から約10兆円縮小した。貿易収支は東日本大震災のあった11年以降、5年連続で赤字になったが、赤字幅は徐々に縮小している。
15年通年の輸出額は3.5%増の75兆6316億円だった。輸出為替レート(税関長公示レートの平均値)は1ドル=121円00銭と前の年から14.9%の円安になり、円建ての輸出額を押し上げた。自動車輸出の伸びが目立った。ただ輸出数量指数で見ると1.0%減だった。輸入額は原油安によって8.7%減の78兆4637億円だった。リーマン・ショック後に大きく落ち込んだ09年以来、6年ぶりに減少した。一方、欧州連合(EU)諸国や中国からの輸入は遡れる1979年以降で最大になった。EUからは医薬品、中国からはスマートフォン(スマホ)の輸入が増えた。
同時に発表した12月の貿易統計速報(通関ベース)によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は1402億円の黒字(前年同月は6656億円の赤字)だった。貿易黒字は2カ月ぶり。QUICKがまとめた民間予測の中央値は1100億円の黒字だった。輸出の減少率は12年9月以来、3年3カ月ぶりの大きさだった。半面、原油価格の大幅下落による輸入額の減少がより大きく、貿易収支は黒字化した。輸出額は前の年から8.0%減の6兆3376億円だった。米国向けの輸出が16カ月ぶりに減少した。原油安を受けて建設用・鉱山用機械などの落ち込みが大きかった。アジア向けの輸出も素材や電子部品などが落ち込んだ。輸入額は18.0%減の6兆1973億円だった。

年データに着目しつつも、最終パラの月次データについては、なかなかコンパクトに取りまとめられた記事だという気がします。次に、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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グラフから明らかなように、輸出入とも12月統計は減少を示しました。需要面から見て、日本の国内外とも景気指標としては弱めの内容と受け止めています。しかし、貿易収支は、まず、季節調整していない原系列の統計で見て、12月は10月にツすいて黒字を記録していますし、季節調整済みの系列では11月統計から黒字化して12月統計では黒字幅が拡大しています。いうまでもなく、輸出の増加というよりは輸入の減少、特に、国際商品市況における石油価格の低下による輸入額の減少から我が国の貿易収支が黒字化していると考えるべきです。引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスともジャストミートでした。私は貿易収支はゼロ近傍で膠着すると見ていたものの、国際商品市況の動向がは極めて不透明ながら、現時点での石油価格がしばらくは続くと仮定すれば、貿易収支が黒字化して定着する可能性も出て来たのではないかと受け止めています。細かな品目別や地域別の貿易統計をすべて見たわけではありませんが、少なくとも、我が国の輸出の主力品目である米国向けの自動車輸出は回復を見せており、輸出の底入れも近い可能性が出て来ました。残るは中国なのかもしれません。

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よいうことで、上のグラフはいつもの輸出の推移をプロットしています。上のパネルは季節調整していない原系列の輸出額の前年同期比伸び率を数量指数と価格指数で寄与度分解しており、まん中のパネルはその輸出数量指数の前年同期比とOECD先行指数の前年同期比を並べてプロットしていて、一番下のパネルはOECD先行指数のうちの中国の国別指数の前年同月比と我が国から中国への輸出の数量指数の前年同月比を並べています。ただし、まん中と一番下のパネルのOECD先行指数はともに1か月のリードを取っており、また、左右のスケールが異なる点は注意が必要です。ということで、輸出数量は相変わらず伸び悩んでいるんですが、繰り返しになるものの、米国連邦準備制度理事会(FED)による利上げに伴う為替の円安方向への振れを別にしても、中国の需要をはじめとして、この輸出の停滞もほぼ最終ステージに入ったんではないかと私は考えています。

最後に、7-9月期の2次QEでは外需寄与度がプラスを記録していますが、10-12月期についても、詳細は経常収支次第ですが、貿易収支だけからラフに見てもGDPベースで外需はプラスの寄与を示しそうです。2月15日の1次QEの公表を待ちたいと思います。なお、メディアでは2015年の貿易赤字が2014年から大幅に減少した点が強調されているように私は受け止めていますが、このブログは景気動向に着目していますので月次データを中心に取り上げています。年データには余り関心がないので悪しからず。

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2016年1月24日 (日)

週末ジャズは栗林すみれ TOYS を聞く!

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週末ジャズは、栗林すみれの TOYS を聞きました。一昨年2014年7月にリリースされたデビュー・アルバムだそうです。しかも、栗林すみれは、新レーベルSOMETHIN' COOLの新録アーティスト第1号だそうです。とても未知の領域のような気もしますが、大西順子や松永貴志などを見出して来た行方均氏がプロデュースに参加しているのですから、それなりの意気込みは感じられますし、栗林すみれの個人レーベルではないんだろうと思います。栗林のピアノを加藤真一のベースと清水勇博のドラムスがサポートしています。まず、収録曲は以下の通りです。

  1. Forest and an Elf
  2. I Still Haven't Found What I'm Looking For
  3. Grand Line
  4. Letter to Evan
  5. That Blue Bird
  6. Flying Toys
  7. W.M.P.
  8. Somethin' Warm
  9. Minor Meeting

2曲目がU2をカバーしていて、4曲目はビル・エバンス、最後の9曲目がソニー・クラークで、残りは基本的に栗林すみれのオリジナルと考えてよさそうです。というのは、私は彼女のアルバムで、山本玲子との共演になる「すみれいこ」を聞いたことがあるんですが、5曲目はその山本玲子の作曲です。最後の9曲目はソニー・クラークもトリオでアルバムに収録していて、とても名曲だと思うんですが、比較するのは野暮というものです。昨年2015年10月11日付けのエントリーで、バイオリンの寺田尚子のアルバムを2枚取り上げたこともあり、ついついジャズですから、ブラックでホットなピアノと、ホワイトでクールなピアノを対比させたくなるんですが、もちろん、そのどちらでもありません。とてもキチンとピアノを弾いていて、注目すべきピアニストではありますが、現時点では、昨年2015年12月13日付けで取り上げた寺村容子ほどの力量はないような気もします。先が楽しみというこ言い方も出来るかもしれません。

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2016年1月23日 (土)

今週の読書は当たりとハズレとまちまちの4冊!

今週の読書は標準偏差が大きく、大当たりとハズレの差のある読書でした。量的には4冊と少ない気もしますが、買って読むにはお給料が足りませんので、文句はいえないと思います。ただただ図書館制度に感謝しています。

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まず、ジェレミー・リフキン『限界費用ゼロ社会』(NHK出版) です。著者は文明評論家というか、私が読んだのはその昔の『エントロピーの法則』くらいなんですが、その当時はいわゆる著者近影の写真にとてもガラの悪い人物が写っていた記憶があったりします。ということは別にして、本書はとても興味深い未来像を提供しています。タイトル通り、限界費用がゼロとなる、ということは、同じことを別の表現をすれば、希少性がなくなる、ということを意味します。財・サービスが極めて豊富に社会に供給されるわけで、おそらく、マルクスであれば共産主義社会が実現された、と表現することと私は想像しています。そして、本書で著者はホテリングの限界費用価格付け理論を基に、財・サービスが限界費用に従って無料で提供されるわけですから、一般的な私企業は存続し得なくなると指摘し、コモンズの復活、というか、新しい時代に応じた「協働型コモンズ」という空間で経済社会活動が展開されると予想しています。私が想像するに、著者は限界生産性に応じた賃金決定と限界コストに応じた価格決定をもって「資本主義」と定義しているらしく、その意味で、コモンズに基づく経済社会は資本主義ではなくなる、と主張しています。もっとも、マルクス主義的な共産主義だと主張しているわけではありませんので、念のため。そして、限界費用をゼロにまで押し下げる原動力はモノのイナターネット、すなわち、IoTであると想定しています。また、エアビーアンドビーやカーシェアリングなどは、シェア経済と捉えるのではなく、経済活動の基本が近代的な所有の原理からアクセスに移行したのだと指摘しています。ただ、著者も認識している通り、所有からアクセスに移行しようと、限界費用がゼロになろうとも固定費用は残るわけですし、総コストがゼロになるわけではありません。巨大なインフラを必要とするわけです。それを「協働型コモンズ」だけで解決できるかどうかは、現時点では不明というしかありません。可能かもしれませんし、不可能かもしれません。もっとも、著者が指摘する通り、30年前に現時点でのインターネット社会を予想していたと仮定すれば、同じように受け止められていた可能性が高く、その意味で、本書のような「協働型コモンズ」型の経済社会の実現は十分あり得ると考えるべきですし、逆に、実現しない可能性もあり得るわけなんでしょう。将来の経済社会のひとつの可能性を示す内容ですから、1月10日付けでベスト経済書認定をした酒井泰弘『ケインズ対フランク・ナイト』には及びませんが、かなり示唆に富む書物といえそうです。

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次に、徳勝礼子『マイナス金利』(東洋経済) です。著者は外資系投資銀行のいくつかなどで勤務経験のある人物らしいですが、私はよく知りません。タイトルのマイナス金利は、直接に貨幣にかかるクーポン金利ではなく、外国為替、典型的には米ドルのアベイラビリティに対するコストも含めてマイナス金利という意味です。短期の循環と中長期の構造をゴッチャに論じていたりして、かなり雑な論理構成ながら、おそらく新たな日銀理論を振り回して、極めて緩和的な金融状況の中で低金利を批判する、ないしは、低金利や量的な金融緩和による景気の回復や成長の加速を否定する、という議論ではなかろうかと受け止めています。背景にあるモデルがよく判らないんですが、いわゆる物価水準の財政理論(FTPL)かと思っていたら違うようですし、成長に関しては新古典派的なラムゼイ型の成長論を基本にしているようでもあり、そうでもなく、また、成長率と金利をほぼ同一視している部分も散見されます。必ずしも明示的ではありませんが、金利が高ければ債務者から債権者に所得が流れ、逆は逆、というのも視野に入っていないように感じられます。今や旧来の日銀理論を1人で背負って立っている感のある翁教授の『日本銀行』に大きく依存した記述があったり、藻谷浩介『里山資本主義』を持ち上げたりと、私とは違う方向性を持っているようだとは理解しました。白川総裁までの日銀が20年に渡って日本経済と国民生活に甚大なる損害を与えてきたことを無視しつつ、結局は、本書の冒頭に著者が提示した通り、日銀の金融緩和が進めば円供給が増加して市場に円があふれかえり、円の運用に支障を来すのは投資銀行として困る、というのが著者のポジションなのではないかと勘ぐりたくなってしまいます。もっとも、そのように勘ぐる私の心根が卑しいのかもしれません。いずれにせよ、本書を読み切るのにそれほど時間はかかりませんでしたが、それでもやや時間の使い方に失敗した気がしてなりませんでした。

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次に、山本智之『海洋大異変』(朝日新聞出版) です。著者は朝日新聞の科学分野のジャーナリストです。タイトルは分かりにくいんですが、副題があって、「日本の魚食文化に迫る危機」となっていて、かなりの程度に本書の内容が想像できるかと思います。第1章でハマグリなどの貝類を、第2章でメディアでも騒がれたウナギを、第3章でさまざまな外来種を、第4章でサンゴを、等々と続き、最終の第7章で深海魚に見る海洋の汚染を、それぞれ取り上げています。本書のタイトルになっている海洋の大異変は、基本的に、人類が引き起こしているわけで、乱獲、汚染、気候変動などの影響で海洋生物に大きな影響が及んでいるというのが専門外の私にもよく判ります。ただ、私に判らないのは、というか、誰にも判らないと思うんですが、現在の海洋をはじめとする生物種の生態系の変化の方向です。私自身は、まあ、「秋刀魚」と漢字で書くサンマの漁期が冬にズレて、身も小ぶりになるのは許容範囲ではないかという気がしないでもないんですが、現在の生態系変化の方向が、何らかの均衡に向かって収束しつつあるのか、それとも発散しかねない破滅的な方向にあるのか、あるいは、収束も発散もしないカオス的な循環を生じているのか、おそらく神ならざる地球上の人類には誰にも予測できない方向に乗っているような気がします。それだけに、時計を逆回しにしてその昔の生態系に戻すような方向が正しいのかどうかも私には判断がつきかねます。もちろん、どこまで戻すのかはもっと判りません。たぶん、人類が地球上に現れる以前に戻すのがいいような気もしますが、それでは人類の幸福というか、存在意義を否定する本末転倒な議論だと感じる人も少なくないような気がします。より単純な気温だけを管理する気候条件とか、経済学的な見方も含めたエネルギーの消費と埋蔵量とか、こういった単純な系をモデル化してシミュレーションするのは出来そうな気もしますが、生物種の生態系という複雑極まりない系をモデル化してシミュレーションするのはまだ現時点では不可能なのかもしれませんが、我々人類はどこに向かって進んでいるのか、社会経済的な方向性と生物学的な方向性、あるいは他についても、私はとても知りたいと思います。その基礎的な知識体系として本書のような現状把握の努力も必要ですが、こういった知識の体系を基に時計の針を逆戻しするんではなく、将来の方向を評価できるような議論が必要ではないかと考えています。

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最後に、川上未映子『あこがれ』(新潮社) です。第1章が小学4年生、第2章はその2年後の6年生の最終学年、という設定で、男の子の麦くんと女の子のヘガティーの幼い恋物語、というか、異性の友人をめぐるロマンティックな物語です。ともに小さい3-4歳のころに、麦くんは父親を亡くし、ヘガティーは母親を失っています。ドゥワップやリッスンやチグリス、そして、チグリスのお姉さんのユーフラテスなどの友人や仲間がいますし、親も登場しますが、学校の先生はほとんど出て来ません。第1章は麦くんの1人称で語られ、スーパーのサンドイッチ売り場にいるミス・アイスサンドイッチをめぐる人間関係の物語で、第2章はヘガティーの1人称で語られ、麦くんのお母さんの再婚話が進む一方で、ヘガティーのお父さんの過去の結婚歴とその結婚時の子供、すなわち、ヘガティーから見ると異母姉の存在に関する物語です。映画評論家として著名なヘガティーの父親に関して、ネットで検索して発見されるところが現代的です。当然、会いに行ったりもします。とても繊細な小説で、主人公が4年生の時の第1章と6年生になった第2章では、当然のように子供達の感じ方や行動パターンが変化するだけでなく、小説としての表現形式も変化させてあります。私のような未熟な読者にも理解できるのは、第2章では第1章でひらがなだった表現のいくつかが漢字に置き換えられています。句読点のパンクチュエーションも微妙に変化させてあります。ストーリーの進行に合わせて、しっとりと表現させたり、スピード感を強調させたり、純文学らしいビミョーな表現にこだわった作者らしい、というか、この作者にしかできないような表現や文体が用いられている気がします。残念ながら、海外で出版される場合に翻訳で失われる可能性がありますが、この作者の小説を母国語で読める特権を、私は大いに生かしたいと思います。最後に、作者がこの小説を「あこがれ」というタイトルを付した意味を考えれば、この小説がもっと楽しめる気がします。常々、私がこの作者をして日本人作家で村上春樹に次いでノーベル文学賞に近い可能性があると激賞している才能の片鱗がこの作品から読み取れます。

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2016年1月22日 (金)

今年の花粉シーズンやいかに?

やや旧聞に属する話題かもしれませんが、先週1月14日に日本気象協会から「2016年春の花粉飛散予測(第3報)」が明らかにされています。間もなく花粉シーズンが本格化する時期に、とても気になる情報なんですが、今年の花粉は東京近辺ではほぼ昨年並みと予想されているようです。週末前の軽い話題に、日本気象協会のサイトから図表を引用しつつ簡単に紹介しておきます。

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まず、上の地図は見れば明らかな通り、いわゆる花粉前線を示しています。2月に入れば本格的なスギ花粉の飛散が列島に上陸し、東京では俗に「建国記念日からゴールデン・ウィークまで」といわれる通り、2月の上中旬にスギ花粉の飛散が本格化するようです。

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次に、上の2つの地図は今年2016年の花粉の飛散量を示していますが、比較対象は上の地図が昨年比、下が例年比となっています。見れば分かる通り、東京では昨年比・例年比いずれも「並み」90-110% となっています。関東甲信では昨年2015年夏の気象条件が、気温が高く、日照時間は平年並みで、降水量は多かった結果だそうです。

すでに冬本番で東京では積雪もあって、私は外出時にはマスクが手放せませんが、2月に入れば医者に行って抗アレルギー剤の飲み薬と点眼薬の処方箋をもらわないとこの季節は過ごせません。

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2016年1月21日 (木)

連合総研「非正規労働者の働き方・意識に関する実態調査」の結果やいかに?

やや旧聞に属する話題かもしれませんが、先週1月14日に連合総研から「非正規労働者の働き方・意識に関する実態調査」の結果が公表されています。連合総研のサイトにアップされている記者発表資料から図表を引用しつつ、主として暮らしや家計に焦点を絞って簡単に紹介しておきたいと思います。

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まず、上のグラフは記者発表資料 p.1 から 図表I-2 時給 (性、年代、勤続年数別) を引用しています。調査の回答者全体で平均時給は1086円となっています。性別・年代別に見ると、男性は年齢が高くなるほど、時間当たり賃金が高くなる傾向にある一方で、女性は30代までは男性と同じように年齢とともに高くなる傾向があるものの、40代になると逆に低下してしまっています。また、詳細は不明ながら、勤続年数が長くなるに従って時間当たり賃金はわずかながら高くなってはいるものの、いわゆる年功賃金のような上昇は見られないと考えるべきです。

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次に、上のグラフは記者発表資料 p.2 から 図表I-3 過去1年間の賃金年収 (性、年代、就業形態、稼得者の性格別) を引用しています。一番上の棒グラフですが、何と、全体の97.8%が過去1年間の賃金年収が400万円未満にとどまっています。また、男性の58.0%、女性の74.6%が年収200万円未満となっています。特に、家計の主稼得者に限って見ても、男性の37.5%、女性の48.9%が年収200万円未満となっていて、生活の苦しさが伺われます。

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最後に、上のグラフは記者発表資料 p.4 から 図表I-7 費目別の支出切詰め状況 を引用しています。見れば明らかなんですが、半分を超える世帯で、「衣料費」、「理容・美容費」、「外食費」、「耐久消費財」、「遊興交際費」、「家での食費」を切り詰めています。また、食事とともに基礎的な必要性高い支出項目としては、34.6%の世帯で「医療費」を、さらに、25.1%の世帯で「子どもの教育費」を切り詰めています。特に、「子供の教育費」は低所得のゆえに切り詰められるとすれば、貧困が世代を超えて連鎖する悪循環に陥りかねないと危惧されます。

これら紹介したグラフ以外にも、健康状態、配偶関係などの調査結果も示されており、特に、若い世代ほど初職が正社員だった割合が低いという事実も示されており、シルバー・デモクラシーで歪められた社会保障だけでなく、雇用についても若い世代にしわ寄せが及んでいる実態が明らかにされています。

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2016年1月20日 (水)

国際通貨基金(IMF)による「世界経済見通し改定」World Economic Outlook Update やいかに?

日本時間の昨夜、国際通貨基金(IMF)から「世界経済見通し改定」World Economic Outlook Update が公表されています。今年2016年の世界経済の成長率は10月時点での見通しの+3.6%から+3.4%にやや下方修正されています。我が国の成長率見通しは2016年+1.0%の後、2017年+0.3%と2017年のみ▲0.1%ポイント下方修正されています。サブタイトルは Subdued Demand, Diminished Prospects とされています。国際機関のリポートを取り上げるのはこのブログの特徴のひとつであり、今夜のエントリーでは図表を引用しつつ、簡単に紹介しておきたいと思います。まず、とても長くなりますが、IMFのサイトからリポートのサマリーを3点引用すると以下の通りです。

Subdued Demand, Diminished Prospects
  • Global growth, currently estimated at 3.1 percent in 2015, is projected at 3.4 percent in 2016 and 3.6 percent in 2017. The pickup in global activity is projected to be more gradual than in the October 2015 World Economic Outlook (WEO), especially in emerging market and developing economies.
  • In advanced economies, a modest and uneven recovery is expected to continue, with a gradual further narrowing of output gaps. The picture for emerging market and developing economies is diverse but in many cases challenging. The slowdown and rebalancing of the Chinese economy, lower commodity prices, and strains in some large emerging market economies will continue to weigh on growth prospects in 2016-17. The projected pickup in growth in the next two years-despite the ongoing slowdown in China-primarily reflects forecasts of a gradual improvement of growth rates in countries currently in economic distress, notably Brazil, Russia, and some countries in the Middle East, though even this projected partial recovery could be frustrated by new economic or political shocks.
  • Risks to the global outlook remain tilted to the downside and relate to ongoing adjustments in the global economy: a generalized slowdown in emerging market economies, China’s rebalancing, lower commodity prices, and the gradual exit from extraordinarily accommodative monetary conditions in the United States. If these key challenges are not successfully managed, global growth could be derailed.

次に、下のテーブルはIMFのサイトから引用した世界経済の成長率見通しの総括表です。やや愛想なしですので、いつもの通り、画像をクリックするとpdfのリポートのうちの6ページ目の Table 1. Overview of the World Economic Outlook Projections のページだけを抜き出したpdfファイルが別タブで開くようになっています。

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要するに、かなりトートロジーに近いんですが、需要が下振れして成長率見通しを低下させた、ということになります。今年2016年と来年2017年とも成長率見通しは昨年2015年10月時点から下振れしたんですが、先進国と新興国・途上国に分けると、最近時点で世界の成長を牽引してきた新興国・途上国の成長率下振れの方がやや大きく、2016-17年どちらも先進国▲0.1%ポイントの下方修正に対して、新興国・途上国では▲0.2%ポイントの下方修正となっています。注目の中国は昨年10月の段階ですでに、2015年の成長率実績+6.9%に対して、2016年+6.3%、2017年+6.0%と徐々に成長率が低下していくシナリオでしたから、今回の改定見通しでの下方修正はなされていないんですが、現在の中国の政権が目標としていると考えられている+6.5%成長を下回るとの予想になっています。特に、成長率の下方修正が大きかったのは石油価格下落の影響の大きいロシアとブラジルと予測されています。なお、日本の成長率は今年2016年+1.0%の後、来年2017年は4月から消費税率が10%に引き上げられる影響で+0.3%まで成長が鈍化すると見込まれています。米国は2016-17年にかけて+2.6%成長と、昨年10月時点からは▲0.2%ポイントの下方修正とはいえ、そこそこ高成長を続けると予想されている一方で、ユーロ圏欧州も2016-17年は▲0.2%ポイントの下方修正ながら、+1.7%成長に回復すると見込まれています。
世界経済の先行きリスクとしては、中国の予想以上の減速、米国の金融政策に伴う米ドルの増価と世界金融のタイト化、新興国・途上国での通貨ショックの発生と伝播、地政学的な緊張の高まり、の4点を上げています。政策の優先課題として日本を含む先進国に求められるポイントは、緩和的な金融政策の継続、状況が許せば短期的財政政策により将来の生産資本を強化するような投資により景気回復を支援、構造改革を通じた潜在産出水準の引き上げ、なお、構造改革には労働市場参加及び雇用の押し上げ、過剰債務という負のレガシーへの取り組み、製品市場・サービス市場への参入の障壁の削減が課題として取り上げられるべきと指摘しています。加えて、欧州については難民問題への対応も必要としています。

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最後に、IMF「世界経済見通し改定」を離れて、すでに今日1月20日から始まっているダボス会議を主催している世界経済フォーラムが明らかにした「グローバル・リスク報告書 2016」Grobal Risks Report 2016 から Figure 1: The Global Risks Landscape 2016 を引用すると、上の画像の通りです。私の目には、failure of climate change mitigation and adaptation と large-scale involuntary migration とが大きなリスクに見えます。ブルーの経済的なリスクは少し後景に退いたのかもしれません。

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2016年1月19日 (火)

第154回芥川賞と直木賞が決まる!

第154回芥川賞は滝口悠生「死んでいない者」(文學界12月号)と本谷有希子「異類婚姻譚」(群像11月号)に、そして、第154回直木賞は青山文平『つまをめとらば』(文藝春秋)に、それぞれ授賞されることが決まったようです。誠におめでとうございます。
7時からのNHKニュースで、まず、芥川賞のニュースが飛び込んで来て、私は直木賞は宮下奈都の『羊と鋼の森』だろうとコメントしてしまったんですが、大いに外したようです。反省していますが、やっぱり、文藝春秋から選ばれやすいような印象です。

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政府観光局統計に見る訪日観光客の動向やいかに?

本日、政府観光局(JNTO)から12月の訪日外客数統計が公表されています。12月統計とともに2015年通年の推計値も同時に公表されています。2015年12月の訪日外客数は前年同月比+43.4%増の1773千人、2015年通年では前年比47.1%増の19,737千人と1970年大阪万博の年から45年振りに訪日外客数が出国日本人数を上回って逆転しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

訪日外国人、12月は前年比43.4%増の177万3100人 中国客の伸び拡大
日本政府観光局(JNTO)が19日発表した2015年12月の訪日外国人客数(推計値)は、前の年と比べ43.4%増の177万3100人だった。12月としての最高を更新した。訪日中国人客数は前の年と比べ82.7%増の34万7100人。15年11月の75.0%増から伸び率が拡大した。外国為替市場で円相場が安値圏で推移し、日本での買い物に割安感があるほか、査証(ビザ)の発給要件の緩和、航空路線の拡大などの条件が重なった。
全ての国・地域の15年累計では前の年から47.1%増え1973万7400人だった。過去最多だった14年累計の1341万人を上回った。出国する日本人は4.1%減の1621万人で、45年ぶりに訪日客数が出国日本人を上回った。政府は従来、20年に2000万人を目標にしていたが、上積みを検討している。
特に訪日中国客は約2.1倍の499万3800人。500万人目前まで増え、訪日客全体の25%を占めた。韓国、台湾、香港と続き、これら4つの国・地域で72%を占めた。欧米各国も含む主要20地域では、ロシアを除く19地域で最高を更新した。
同日観光庁が発表した訪日外国人消費動向調査(速報値)によると、15年累計の訪日客の旅行消費総額は前の年から71.5%増の3兆4771億円だった。過去最高だった14年の2兆278億円を上回った。1人当たりの旅行支出は17万6168円だった。

いつもながら、簡潔のによく取りまとめられているという気がします。次に、主要な国別の訪日外客数の伸び率の推移のグラフは以下の通りです。赤い折れ線グラフが合計の訪日外客数増減率の推移を示しており、他は凡例の通り色分けされた国別です。

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繰り返しになりますが、12月の訪日外客数は前年同月比で+43.4%増の1773千人と大きく増加を示しています。昨年2015年についても最後にグラフを出国日本人とともにプロットしてありますが、前年比+47.1%増となり、1-6月の上半期+46.0%増、7-12月の下半期+48.1%増でしたから、月々の細かな変動をならせば、ほぼ1年を通じて50%近い伸びを続けたことになります。引用した記事にもある通り、アジア各国でのビザ発給要件の緩和などの要因もありますが、その背景となっているのはアジア各国での所得の増加であることはいうまでもありません。その中でも所得の増加が大きい中国からの訪日外客数の伸びが高くなっているのは当然です。この所得要因に加えて、価格要因もあります。円の減価、すなわち、円安です。ただ、最近時点でメディアで盛んに報じられている通り、中国の人民元が減価を続けており、原油価格の低下とともに世界の金融市場の不安定化をもたらしていますが、私の直感ながら、アジアからの訪日外客については為替の価格要因よりも所得要因の方が大きそうな気がします。その意味で、中国の成長鈍化は人民元の減価よりも影響が大きそうな気がしています。

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続いて、上のグラフは年データで訪日外客数と出国日本人数の推移をプロットしています。データの利用可能な最初の1964年から直近の直近の2015年までです。最初に書いた通り、大阪万博が開催された1970年以来45年振りに訪日外客数が出国日本人を上回りました。なお、訪日外客の国別シェアは、中国からが499万人とほぼ4人に1人に上り、韓国・台湾・香港を加えた4国・地域の東アジアで72%を占め、さらに、タイなどの東南アジア+インドが11%、103万人に達する米国をはじめとする欧米豪で13%などとなっています。なお、このブログでは短期の景気循環を見るために月次データやせいぜい四半期データに着目していて、各種メディアほど年データには焦点を当てないので、ご参考まで。

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最後に、政府観光局ではなく、国土交通省観光庁の統計で、訪日外国人消費動向調査の結果も同時に公表されています。昨年2015年10-12月期の四半期統計と2015年通年の年次統計です。統計のヘッドラインは最初に引用した記事の通りですが、記者発表資料から【図表1】旅行消費額と訪日外国人旅行者数の推移 を引用すると上の通りです。2015年の訪日外国人全体の旅行消費額は3兆4,771億円と推計されており、前年比+71.5%増を記録しています。単純に計算してもGDP比で+0.2%から+0.3%に上る経済効果を持っています。訪日外国人旅行者数は1,974万人と前年比+47.1%増と大きく伸びた一方で、1人当たり旅行支出も17万6,168円と前年に比べ+16.5%増加したため、掛け算で決まる訪日外国人全体の旅行消費額が大幅に増加しています。メディアの報道などで「爆買い」と称され、昨年の新語・流行語大賞を授賞されたことはよく知られている通りです。

つい先ほど、国際通貨基金(IMF)から「世界経済見通し改定」World Economic Outlook Update が公表され、世界経済の成長率が10月時点の見通しからやや下方改定されています。日を改めて取り上げたいと思います。

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2016年1月18日 (月)

積雪と今後のお天気情報やいかに?

朝起きた時点では一面銀世界でやや動揺しましたが、何とかオフィスにたどり着いてグッタリでした。夕方から急速にお天気は回復し、明日はいいお天気らしいですが、日本気象協会のサイトの情報を基に、今後のお天気を簡単に取りまとめると以下の通りだそうです。

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まず、当然ながら、路面に雪はまだ残っており、明日の朝は路面凍結に注意です。日本気象協会のサイトでも、上の画像のように注意を呼びかけています。私は電車通勤で自家用車は所有すらしていませんが、歩いて駅まで行きますのでコケないように気をつけたいと思います。

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私は京都の生まれ育ちで、基本的に気候に対する耐性はある方だと考えているんですが、それでも年齢とともに暑いよりは寒い方が苦手になりつつあります。ですから、冬が来て寒波到来で寒くなって、「この冬一番」などとニュースで言われると、これで最後の寒波と思いたくなるんですが、どうもそうではないようです。日本気象協会のサイトでも、「23日土曜日から24日日曜日にかけて冬型の気圧配置が強まり、この冬、最強の寒波がやってきそう」と予想しています。

春の到来を待ち焦がれる今日このごろです。

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本日の積雪やいかに?

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上の画像は日本気象協会のサイトから引用していますが、昨夕の段階から今日は東京、というか、関東も含めて広い地域で雪という天気予報で、通勤通学の時間帯に交通の乱れが生じる恐れと盛んにメディアで報じられていたため、私も今朝は少し早起きしてしまいました。一面銀世界ですが、私の通勤電車は動いているようです。何となくですが、このまま通常通りに出勤しようかと考えています。昨夜のNHKの天気予報だか、ニュースだかで、「南岸低気圧」と称していたんですが、私には「ダンガン低気圧」と聞こえてしまい、はて「爆弾低気圧」は記憶にあるものの、「弾丸低気圧」とは何ぞや、と考え込んでしまいました。
それよりも、昨日のうちにセンター試験を終えていて、幸いだった気がします。今年の受験生はツキがあるのかもしれませんが、受験生全員にツキがあっては、結局、条件は同じかもしれないと考えたりしています。ということで、もう少ししたら出かけます。いつもと同じ電車になりそうな気がします。

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2016年1月17日 (日)

映画「ブリッジ・オブ・スパイ」を見に行く!

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今日は、スティーブン・スピルバーグ監督作品でトム・ハンクス主演の映画「ブリッジ・オブ・スパイ」を近くのシネコンまで見に行きました。東西冷戦下の1957年、米国ニューヨークと東西を分かつ壁が築かれつつあったドイツのベルリンを舞台に、トム・ハンクス演じるのは保険を専門分野とする弁護士でありながら、米国で逮捕されたソ連のスパイの代理人となり、裁判で弁護するだけでなく、ソ連領空で撃墜されたU-2偵察機のパイロットやベルリンの壁の東側で捕らえられた米国人大学院生との交換を粘り強く交渉するというストーリーです。
ソ連のスパイの弁護を引き受けたことにより、自宅に銃弾を打ち込まれ家族を危険に晒したり、周囲の仲間から強い敵対的な感情をぶつけられるなどしながらも、職業倫理や人道的な意識を明確にしつつ、非常に困難な東独やソ連との交渉に立ち向かうトム・ハンクス演じる弁護士の活躍が見ものです。常に困難を引き起こす個人の幸福とその上位の正義の達成、この場合は、共産主義へのあり得ない敵対感情ですから、必ずしも正義ではないような気もしますが、個人の「小さな物語」と国家や社会の「大きな物語」の不整合の中で信念を貫く姿勢を維持することの難しさをよく描き出していたと感じました。トム・ハンクス演じる弁護士の依頼人たるソ連のスパイが、何かあると "Would it help?" と口癖で聞き返していたのが耳に残っています。
下の動画は映画の配給会社が YouTube にアップロードした予告編です。

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2016年1月16日 (土)

今週の読書は金融危機の原因を家計の債務とする『ハウス・オブ・デット』ほか!

今週の読書は金融危機の原因を家計の債務とする『ハウス・オブ・デット』、また、とうとう完結した「居眠り磐音江戸草紙」シリーズの第50巻と51巻など、以下の通り、文庫本や新書も含めて計8冊です。

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まず、アティフ・ミアン/アミール・サフィ『ハウス・オブ・デット』(東洋経済) です。2人の著者は米国の大学の経済学の研究者であり、原書は同じタイトルで2014年に出版されています。本書では2008年の金融危機の要因について、ファンダメンタルズ説、アニマル・スピリット説、銀行融資説を排して、LL理論と本書で名づけている Levered Loss モデルにより、米国家計の債務の積み上がりが原因である、とする説明を試みています。家計債務原因説については、すでに2012年4月の国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し」World Economic Outlook の分析編第3章で Chapter 3: Dealing with Household Debt と題した分析が加えられていますので、本書ではLL理論、というか、LLモデルに即した解明に焦点が当てられています。家計債務が経済の落ち込みを増幅させる負のメカニズムを持ち、さらに、この経済の落ち込みはは債権者よりも債務者に大きなダメージを及ぼし、格差を増大させる、などと主張されており、LLフレームワークについては第4章の p.67 の概念図が、また、LLフレームワークと雇用については第5章の p.85 の概念図が、それぞれ示されています。基本的には、債務返済が優先されるのに対して実物資産保有は劣後する、というわけですから、当然といえば当然のフレームワークだという気もしますが、データに基づく定量的な分析は第2章の注3に示された著者たちの学術論文に示されているようです。誠に残念ながら、私は不勉強にしてまだ目を通していませんので、以下にリンク先だけ示しておきます。本書の分析によれば、当然ながら、処方箋は家計に対する政策であり、家計の過剰債務が解消されない限り、総需要を喚起する金融政策や財政政策も有効ではないとの主張ですから、救済すべきは銀行ではなく家計だった、という結論が導かれます。また、今後については、責任共有型住宅ローンも提唱されています(第12章 p.237)。ただし、最後に最大限の注意を払うべきは、このLL理論はひょっとしたら米国、もしくは、他にはスペインなどの欧州の限られた経済にしか当てはまらない可能性がある点です。少なくとも、私の知る限り、日本で2007-08年からの金融危機時にLLフレームワークのようなメカニズムが作用したとは考えられませんし、このLLフレームワークを日本に適用するのはムリそうな気がします。科学としての経済学において、国ごとに適用すべきモデルが異なるのはいかがなものかという気もしますが、現時点では何ともいえません。
最後に、繰り返しになりますが、以下のリンクは著者達によるフォーマルな定量分析を含む学術論文です。本書のすべての読者に理解できる内容ではないと思いますので、ご参考まで。

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次に、フィリップ・コトラー/ミルトン・コトラー『コトラー世界都市間競争』(碩学舎) です。著者のコトラー兄弟はいずれもマーケティングが専門であり、兄のフィリップは大学の研究者でマーケティングの教科書も書いているほどの第一人者であり、弟のミルトンは中国在住のコンサルタントです。本書は2014年に刊行されており、タイトル通りの内容なんですが、やや私の目から見て焦点がボケているような印象です。というのは、イントロや現状把握に努めている第3章くらいまではいいとしても、多国籍企業が都市を選択するテーマの第4章と、逆に、都市が多国籍企業を誘致する第5章が本書の読ませどころなわけですが、読者をどちらに想定しているのかが判然としません。そのために、個別の事実の羅列にとどまって、法則性の究明の視点を欠いた議論に陥っている気がします。経済学を主たる分野とするエコノミストの場合、さまざまなケースに対応できるモデルを主たる分析対象とし、場合によっては、モデルを数式で表現したり、さらに、実証的な考察や研究に進んだりするわけですが、本書のような経営学を主たるテーマとする場合、モデルの考察ではなく、個別の事情のケース・スタディになることも少なくありません。当然ながら、企業を誘致する都市の条件は一様ではありませんし、都市を選択する企業の方もさまざまな評価関数とそのコンポーネントを有しています。あえて大胆に単純化すれば、企業立地が本書のテーマになるわけですが、一般化の困難なテーマといえそうです。もちろん、都市に対置されるのは農村であり、私の専門分野たる開発経済学などでは都市と農村の二重経済を分析するにあたって、都市では資本家部門が成立していて、限界生産性に応じた賃金が支払われるのに対して、農村では限界生産性がほぼゼロな一方で生存賃金が得られる、と考えており、農村から都市への労働シフトにより国全体の生産性が高まり、産業の高度化が進む、と考えられますが、都市についても途上国では首都だけかもしれませんが、先進国では多数存在し、その選択理論、あるいは、逆から見て誘致理論は極めて複雑です。本書については、やや壮大なテーマに挑戦して、焦点の定まらない結論に達した、あるいは、総花的で結論が明確でない考察に終わった、というような気がしてなりません。

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次に、鈴木賢志『日本の若者はなぜ希望を持てないのか』(草思社) です。著者はシンクタンク出身でスウェーデン在住の長い研究者です。日本政府が2013年に実施した「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」結果を基に、タイトルの通り、希望に関する国際比較を行っています。本書のタイトルで「希望」については、幸福におけるエウダイモニア的な「総合的希望」と個人レベルの「個別的希望」に分類し、基本的に前者の「総合的希望」を分析対象としているようです。その上で、日本の若者の場合、13-17歳と18-23歳で希望の落差があると指摘し、また、第2章では経済状況と希望、第3章では家族/人間関係と希望、第4章では学歴と希望、第5章では仕事と希望、第7章では社会との関わりと希望、など、記述統計に基づく調査結果の一般的な国別傾向を示しています。これはこれでとても参考になりますが、惜しむらくは、フォーマルな定量分析は限られており、せいぜい大学の教養部レベルの平均値の同一性に関するt検定によるかなり初歩的な有意性検定くらいしか私の頭には残っていません。サンプル数の関係もあって、クロスで、あるいは、操作変数を用いた因果関係などの分析はなく、基本は相関関係にとどまっています。個別の設問結果の考察はかなり羅列的かつ平板で、理解も浅いというか、通り一遍のような気がしないでもないんですが、著者はあくまで国際比較研究がご専門であって、若年者の研究や心理学の研究に多くの経験はないようですので、ある程度は目をつぶるべきなのでしょう。むしろ、個別の調査結果の多くをグラフ化してビジュアルに把握できるように工夫されており、直感的に日本の若者と希望に関する関係性もそれなりに理解できるようになっていますし、なるほどと思わせる部分も少なくありませんから、こういった点は評価すべきと私は考えています。すなわち、本書で日本の若者の意識、特に希望に関する意識や若者の希望とその他の要因との関係などを詳細に把握できると期待すべきレベルの学術書や専門書ではないかもしれませんが、入門書的に大雑把な傾向を把握する、あるいは、私のような専門外の者が「四角い部屋を丸く掃く」的な把握を試みようとする向きには、お値段とともに適切な本だという気がします。

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次に、山崎啓明『盗まれた最高機密』(NHK出版) です。著者はNHKのジャーナリストであり、本書は同じタイトルで昨年2015年11月1日に放送された「NHKスペシャル」のための取材結果を放送以外の方法で取りまとめて公表しています。タイトルの最高機密とは第2次世界対戦時の原爆開発に関する機密であり、原子力という関連から原発についても少しだけ触れています。米国の原爆開発計画、よく知られている通り名で「マンハッタン計画」は総額20億ドル、当時の日本の国家予算の35倍という規模で、しかも、単に物理学者を集めての新型兵器作りだけでなく、ドイツの工業技術の高さや「ナチズムへの恐怖」に基づく敵国ドイツでの原爆開発状況をスパイしながらの展開であったことが明らかにされます。また、必ずしも私自身は首肯しかねるものの、核兵器の戦争抑止力を開発者のオッペンハイマーに語らせ、国家が戦争という手段に訴えるのは敗北のリスクはあるものの、国家滅亡はないという一種の楽観主義によるものであり、核兵器の存在により国家の滅亡が視野に入れば戦争の抑止力になる可能性も指摘しています(p.62)。しかし、情報戦は最後にはドイツは原爆開発の意図も能力もない、という結論が明らかにされ、ナチスを倒した戦後はむしろ東西冷戦下でのソ連を敵に回した核兵器開発競争に転化するのは歴史が示す通りです。そして、そのソ連に技術情報をもたらしたマンハッタン計画に関係した物理学者は、ソ連のスパイというよりも、米国を唯一の核保有国でなくさせ、核のバランス、勢力均衡による戦争の抑止を目的として核開発情報を流した可能性が示唆されます(p.190)。さらに、取材の結果として、最後に驚愕の事実というか、単なる可能性ながら、米国の原爆開発責任者のグローヴス将軍は、戦争の早期終了ではなく、巨額の資金を認めた議会対策として原爆の威力を示すために広島と長崎に投下した可能性すら示唆されています(p.209)。大規模な取材の結果ながら、どこまで信じていいのか、私には判断しかねる部分もありますが、興味ある核開発史の一部なのかもしれないと受け止めています。

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次に、デイビッド・パールマター/クリスティン・ロバーグ『「いつものパン」があなたを殺す』(三笠書房) です。タイトル通りの健康本なわけで、著者は米国の開業医とジャーナリストだそうです。ただ、翻訳は順天堂大学医学部の教授で、抗加齢(アンチアイジング)の専門家ということです。この本の主張を一言でいえば、脳のため健康のためにグルテンを含まず脂肪を多く含む食事を推奨する、ということです。それに尽きます。それ以外は特に内容はないものと考えてよさそうですが、昨年の1-2月くらいからかなり流行った本ですので、ついつい期待して読んでしまいました。もちろん、最後の方で食事以外にも運動や睡眠についても取り上げていますが、運動はともかく、睡眠、特に不眠についてはグルテンの食事と関係いているという主張ですから、要するに、ポイントはグルテンに尽きるんでしょう。私はこの本のように、経済のシステムや人間の健康といった複雑極まりない対象に対して、問題の解決や状況の改善のために、本書のようなシンプルな対応策を主張するというのは、オッカムの剃刀の観点からしても、決して嫌いではないんですが、本書の場合は随所に「パレオ・ファンタジー」のようなものを感じてしまいました。「パレオ・ファンタジー」への反論書としては、昨年2015年4月18日の読書感想文のブログで取り上げたマーリーン・ズック『私たちは今でも進化しているのか?』がありますが、石器時代のような生活への回帰を主張する説は、歴史観もそれなりに重視する私には時計を逆回転させるような無理を感じます。経済学的な観点から歴史を逆回転させようとする主張は、その昔であれば「くたばれGNP」であり、最近では「里山資本主義」だったりします。いずれにせよ、タイム・マシンで時間を逆行するがごとき主張には、私は理屈ではなく本能的にうさん臭さを感じ取ってしまいます。パングロシアンに現時点までの歴史の終着点としての現在をすべて美化するつもりはありませんが、歴史の流れをを逆回転させても、単なるノスタルジーの表明に過ぎず、何の解決にもならないことは理解するべきです。

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次に、春名幹男『仮面の日米同盟』(文春新書) です。著者は共同通信のジャーナリストであり、タイトルの日米同盟とはいうまでもなく安保条約を指しており、後悔された外交文書などをひも解きつつ、安全保障面から日米関係を考察しています。特に、昨年は我が国で安全保障議論が活発化し、集団的自衛権の行使により日米同盟が強化され、我が国への外国からの武力行使の抑止力となって安全保障が強化される、というストーリーがまことしやかに語られましたが、その真実性を追求しています。その結果、安保条約に基づいて我が国に駐留している米軍は、韓国、台湾、東南アジアの戦略的防衛のために駐留しているのであり、我が国の防衛の第1次的な責任は自衛隊にある、という事実を明らかにしています。そして、その事実を公開された米国機密文書から発見した点について、インタビュー先の我が国政府高官がみんな認識していて驚かない点について、著者が驚いていたりします。その後は延々と沖縄返還や日本国土の中でも緊張感が高まっている尖閣諸島などについて論じています。何か、今さらという気もしますが、私も安全保障政策はまったく専門外のエコノミストながら、在日駐留米軍と自衛隊については、公開された米国機密文書の通りに理解しており、特に驚きも何もありません。その点について、著者は国会などにおける総理大臣などの政府答弁との齟齬を強調しているんですが、論点がずれているような気がしてなりません。すなわち、よくない表現かもしれませんが、日本は特に軍事や安全保障では「米国のポチ」といわれており、その状態についてどう考えるかを考察して欲しかった気がします。戦後、日本が独立する際に、いわゆる吉田ドクトリンにより、日本は安全保障面では米国の軍事力等に依存し、その分、リソースを経済発展に振り向ける、という方向で国力の向上を図って来ました。ですから、日米安保条約はまったくの片務的な条約であることは確かです。この事実に対して、何らかの観点から、安全保障政策に置いて日米対等の関係を追求するかどうかは国民の選択ですが、戦争や武力衝突を避けられるだけの抑止力の観点からは、さらに加えて、国民生活を豊かにできるとの観点も含めて、日本が「米国のポチ」になるという選択もあり得ると私は考えています。ジャーナリストとして、細かな和文英文の翻訳の違いも重要でしょうが、国民の選択に資するような論点の提示もお願いしたいと思います。

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最後に、佐伯泰英『竹屋ノ渡』と『旅立ノ朝』(双葉文庫) です。遥か彼方の大昔に始まり、NHKの木曜時代劇から土曜時代劇で取り上げられたことから人気となり、時代小説好きの私もついつい引き込まれてしまいましたが、ようやく完結しました。最終の50巻『竹屋ノ渡』では、すでに田沼時代は終了しており、それだけでなく、松平定信が老中首座として主導した寛政の改革も不首尾が明らかになりつつあったころ、11代将軍徳川家斉から江戸城に呼び出された坂崎磐音・空也の父子が神保小路に尚武館道場の再開を命じられます。最終51巻『旅立ノ朝』では、さらにその2年後、寛政の改革が水泡に帰し、松平定信が老中首座を解かれた後に、磐音が郷里であり、実父の坂崎正睦が国家老を務めている関前藩に里帰りし、藩内の内紛を処理します。田沼意次との徹底した確執はサラリと時の流れとともに後ろに追いやり、坂崎磐音と空也の父子による尚武館道場の再興、そして関前藩の立て直しが描き出されます。とても爽やかな物語の幕引きです。我ながら、長々とよくお付き合いしたものだと思います。このシリーズに匹敵するのは、『ガラスの仮面』くらいかもしれません。なお、この「居眠り磐音の江戸双紙」シリーズを取り上げたNHKの木曜時代劇では、最近では畠中恵原作の『まんまこと』シリーズ、宮部みゆき原作の『ぼんくら』シリーズが昨年末で終わり、一昨日からは元禄末期の大坂を舞台にした「ちかえもん」が始まっています。

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2016年1月15日 (金)

マクロミルによる「2016年 新成人に関する調査」の結果やいかに?

やや旧聞に属する話題かもしれませんが、ネット調査大手のマクロミルから今週月曜日の成人の日に合わせて、1月7日に「2016年 新成人に関する調査」の結果が明らかにされています。詳細なpdfのリポートもアップされています。まず、マクロミルのサイトから調査結果のトピックスを何と11点も引用すると以下の通りです。

トピック
  • これからの日本の政治に「期待できない」77%、
    理由は「戦争への不安」「税金の無駄遣い」「今後を担う若手議員がいない・当選しない」
  • 65%が、自分たちの世代が "日本を変えてゆきたい"
  • 関心のあるニュース、1位「テロ」、2位「少子高齢化」、3位「増税」、
    「成人年齢・選挙権の引き下げ」は7位
  • 2016年参議院選挙への投票意向、「投票したい」5割
  • 18歳選挙権の成立、「賛成」4割
  • 飲酒・喫煙年齢の18歳引き下げ、過半数が「反対」
  • 就きたい職業、人気1位は「公務員」、4人に1人は「わからない」
  • 就職に「不安」76%、高いながらも年々不安は軽減傾向に
  • 新成人のデジタル機器所有実態
    "iPhone" が "Android" をはじめて上回る、「パソコン」「携帯・PHS」は4年連続減少
  • SNSの利用率が減少、若者の "SNS疲れ" が顕著に
  • 今後の活躍に期待する新成人ランキング1位はダントツで「大原櫻子」

もう少しコンパクトに取りまとめられなかったのか、という気もしますが、毎年の定点観測でブログに取り上げている話題ですので、今年の新成人についても簡単に図表を引用しつつ紹介しておきたいと思います。

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まず、リポート p.2 から【図1】「日本の未来」について のグラフを引用すると上の通りです。2014年から3年間の推移を把握できるようになっています。私はこの手の調査で「どちらかといえば」を無理に加えて2分法で考えるのはどうかという気もするんですが、少なくとも、日本の未来を暗いと考える割合はこの3年の調査の比較でそう変わらない一方で、どちらかといえば暗いと考える割合が増加していることも事実ですし、明るいと考える割合も極めてわずかながら増加しています。ですから、どちらかといえば明るいが2年前から10%ポイント超の減少を示した一方で、逆に、どちらかといえば暗いが10%超の増加になった、という結論が正しい気がします。

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次に、リポート p.4 から【図4】政治、選挙、経済、外交への関心度 のグラフを引用すると上の通りです。これについては、「あまり」も含めて関心ないが増加し、関心あるが減少しています。エッセイや小説などでも天下国家を舞台にしたり、論じたりする「大きな物語」から、個人や家庭生活に焦点を当てる「小さな物語」に関心が移行していることは事実で、我が国の新成人についても同様の傾向が確かめられると受け止めています。ただ、中国の故事の「鼓腹撃壌」ではないんですが、政治経済外交などがうまくいっているがために国民の関心を呼ばない、という可能性もあるものの、民主主義国家の国民としては、こういった「大きな物語」にもっと関心を持って欲しい気はします。なお、グラフの引用はしませんが、【図5】では、関心のある政治・経済・社会のニュース について問うた結果が示されており、テロ43.6%、少子高齢化42.2%、増税40.8%、中国・韓国との関係40.0%などとなっています。

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続いて、リポート p.7 から【図9】就きたい職業 のグラフを引用すると上の通りです。これについては、すでに就職している人や専業主婦(主夫)は除かれています。相変わらずの公務員人気なんですが、景気がまずまずで人手不足を背景に、その比率は着実に低下しています。その反対に、事務系と技術系の会社員の割合が増加していますが、新成人の段階ですので、「わからない」との回答も4人に1人いたりします。また、グラフの引用はしませんが、就職に不安を感じている39.1%、やや不安を感じている36.7%との結果が示されていて、まだまだ多くの新成人が就職に不安を持っていることが判りますが、その比率は2011年調査の82.3%からは徐々に低下しているのも事実です。

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最後に、デジタル機器やネットワーク関係で、リポート p.9 から【図12】新成人の「SNS」利用実態 のグラフを引用すると上の通りです。なお、この直前に、グラフの引用は省略しますが、【図11】新成人の「デジタル機器」所有実態 の結果があり、ノートパソコンやデスクトップパソコンの比率が低下して、スマートフォンの割合が着実の上昇しているようです。それを念頭に、上のグラフを見ると、LINE や Twitter はピークアウトし、Facebook はハッキリと低下傾向ですから、いわゆる「SNS疲れ」が明瞭に見て取れます。私は新成人でも何でもありませんが、10年余り前に始めた mixi はほとんどアクセスすることもなくなり、Facebook では高校時代の友人2人と大学時代の1人しかつながっていません。実は、大学の同窓生は3-4日前に鴨川らしき写真をアップしていたので「いいね」をクリックしておいたものの、100人余りいる友達のうち私以外に「いいね」を押したのは2割くらいの比率だったようで、その京大の友人も私のブログはまったく見てくれている気配もありません。要するに、私のこのブログが典型となっているように、SNSやブログは自分の view を unilateral に世間に明らかにするだけで、人の意見を聞く場では必ずしもない、というケースが多くなったような気もします。私のような勝手者の中年オヤジだけでなく、新成人もそうなのかもしれません。

我が家の上の倅が成人式を迎えるのは来年です。1年前の今から私は来年の調査結果をとても楽しみに待っていたりします。

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2016年1月14日 (木)

大きく減少した11月の機械受注とマイナス続く企業物価上昇率!

本日、内閣府から11月の機械受注が、また、日銀から12月の企業物価 (PPI)が、それぞれ公表されています。機械受注は船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注の季節調整済みの系列で見て前月比▲14.4%減の7738億円となり、企業物価は国内企業物価のヘッドライン前年同月比上昇率が▲3.4%を記録しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

機械受注、11月は14.4%減 市場予想下回る、3カ月ぶりマイナス
内閣府が14日発表した2015年11月の機械受注統計によると、民間設備投資の先行指標とされる「船舶・電力を除く民需」の受注額(季節調整値)は、前月比14.4%減の7738億円だった。マイナスは3カ月ぶりで、減少率は14年5月(16.4%減)以来の大きさだった。QUICKが事前にまとめた市場予想(7.8%減)を下回った。15年9月(7.5%増)、10月(10.7%増)と伸びていた反動で大きく落ち込んだ。
内閣府は機械受注について「持ち直しの動きがみられる」との基調判断を据え置いたうえで、「11月の実績は大きく減少した」と単月の落ち込みに言及した。10月は上方修正していた。受注額(船舶・電力除く民需)の原数値は前年同月比1.2%増。同受注に大型案件は製造業で1件あった。
主な機械メーカー280社の製造業からの受注額は前月比10.2%減の3383億円だった。減少は2カ月ぶり。航空機や鉄道車両、内燃機関や風水力機械などの受注が減った。中国の景気減速の波及について内閣府は「電気機械や一般機械といった業種からの受注減が続いており、影響が出ている可能性がある」としている。非製造業は18.0%減の4379億円で、マイナスは3カ月ぶり。非製造業の減少率はデータをさかのぼれる05年以降で最大だった。運輸業・郵便業や金融業・保険業、農林漁業からの受注減が目立った。
内閣府は15年10-12月期の受注額(船舶・電力除く民需)について、前期比2.9%増になるとの見通しを示している。12月実績が前月比で横ばいなら、ちょうどこの見通しを達成できるという。
12月の企業物価指数、前年比3.4%下落 年平均は3年ぶり下落
日銀が14日に発表した2015年12月の国内企業物価指数(2010年平均=100)は101.1で、前年同月比で3.4%下落した。原油価格など国際商品市況の低迷で、関連製品の価格下落が続いた。前月比では0.3%下がり7カ月連続でマイナスだった。2015年通年の平均では前年に比べ2.2%、消費増税の影響を除くベースでは2.9%下落し、いずれも3年ぶりの下落となった。
前月比で下落の大きな要因となったのは、石油・石炭製品や非鉄金属だった。原油価格や同価格の下落が波及したほか、暖冬の影響が灯油価格を押し下げた。
通年ベースでも原油価格下落の影響が大きく、石油・化学製品、電力・都市ガスなどが下落に寄与した。日銀は今後の動向について「原油価格の下落や円高が物価の下押し圧力となる」(調査統計局)との見方を示している。
企業物価指数は企業同士で売買するモノの価格動向を示す。公表している814品目のうち、前年同月比で上昇したのは301品目、下落は402品目となった。上昇品目と下落品目の差は11月から縮小した。

いつもながら、よく取りまとめられた記事だという気がします。次に、機械受注のグラフは以下の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。影をつけた部分は、次の企業物価上昇率とも共通して、景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスはコア機械受注の季節調整済みの前月比で▲7.8%減でレンジでも下限は▲11.3%でしたから、これも下回った大幅減と受け止めています。9月と10月で計20%近く増加し、11月でその9割が戻ってしまったことになります。しかし、引用した記事の最後のパラにある通り、10-12月期の四半期ベースでは当初見込み通りの前期比+2.9%は何とか達成できそうですし、昨年12月調査の日銀短観では引き続き強気の設備投資計画が示されたところですので、統計作成官庁である内閣府が11月単月に関して但し書きをつけつつも、「持ち直しの動き」で据え置いたのは、ギリギリ理解の及ぶ範囲ではないかという気はします。でも、年初来の東証などの株式市場の動向に示されている通り、世界経済の方向性は不透明感を増しており、その意味で、現時点での企業のマインドが設備投資を増加させる方向にあるかどうかは、やや疑問が残ると考えざるを得ません。また、コア機械受注の外数ですが、外需については原油価格が低迷する中で、産油国からの引き合いが減少しているという見方もあり、機械受注のうちの外需がコア機械受注の先行指標となるとすれば、これも不透明感がぬぐいきれません。ひとつだけ設備投資マインドを向上させる要因は人手不足です。すなわち、生産要素を労働力から資本ストックに代替する動きなんですが、あくまで直観的な見方ながら、世界経済の不透明感が設備投資を抑制する作用の方が人手不足に対応した設備投資需要よりも大きいような気がします。

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続いて、企業物価(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。上のパネルは国内物価、輸出物価、輸入物価別の、下のパネルは需要段階別の、それぞれの上昇率をプロットしています。いずれも前年同月比上昇率です。ヘッドラインの国内物価上昇率は、今年4月統計で昨年の消費増税の影響が一巡して▲2.1%を記録してから、月を追うごとに下落幅を拡大して、5月▲2.2%、6月▲2.4%、7月▲3.1%、8月▲3.6%、9月▲4.0%から、10月にようやく下落幅が縮小に転じて▲3.8%を記録し、11月▲3.6%、12月▲3.4%と緩やかなペースながら、少しずつマイナス幅を縮小させています。ただし、まだまだ大きなマイナスを記録していることに変わりなく、また、縮小テンポは物足りないと考える向きがあるかもしれません。もちろん、国際商品市況における石油や金属などの価格下落に伴う物価低迷と考えるべきです。原油はまだ下落を続けており、人民元安と裏腹の円高とともに、物価の押し下げ要因となっています。ただ、上のグラフの下のパネルに見られる通り、さすがに、素原材料価格の下落もボトムに達しつつあるように見えなくもありません。

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2016年1月13日 (水)

日本財団「子どもの貧困の社会的損失推計」の詳細結果やいかに?

12月6日付けの読書感想文で少しだけ触れて、メディアの記事のリンクだけ示した日本財団と三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる「子どもの貧困の社会的損失推計」の結果が、旧聞に属する話題ながら12月21日に明らかにされています。詳細なリポートもアップされています。とても興味ある調査結果ですので紹介しておきたいと思います。

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まず、上のグラフは、リポートから p.26 図表 22 性別・経済状態別の最終学歴人口割合 を引用しています。リポートでは、最初にノーベル賞経済学者であるヘックマン教授の論文 "Skill Formation and the Economics of Investing in Disadvantaged Children" (Science, Vol.312 no.5782) から就学前、就学中、就学後の3段階の人的資本投資の収益率のグラフを示し、「子どもたちに対する投資は、公平性や社会正義を改善すると同時に、経済的な効率性も高める非常にまれな公共政策である」と指摘しています。その意味で、ひとつの指標としての教育の結果たる学歴はそれなりの意味を持つと私は考えています。上のグラフから明らかなように、「非貧困」家庭に置いては大卒の割合が、「生活保護」、「児童養護施設」、「ひとり親」と比較してかなり高いのが見て取れます。逆に、特に「生活保護」と「ひとり親」では中卒の割合が高いのも見て取れます。

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次に、上のグラフは、リポートから p.46 図表 44 学歴別人口および就業形態の推計結果 を引用しています。最初にお示しした学歴構成に加えて、その結果たる正規雇用と非正規雇用などの就業形態別人口に平均所得を乗じ、そこから社会全体での所得額や社会保障負担などを推計しています。上のグラフはその途中段階なんですが、海外の先行研究であるペリー就学前教育計画やアベセダリアン・プロジェクトなどを参考に、子供の貧困に対応した教育プログラムを採用すると仮定して、見れば明らかな通り、上半分の「現状シナリオ」では下の「改善シナリオ」と比べて、大卒がほぼ倍増する一方で中卒が激減し、正規職員が増加して非正規職員や無職者がやや減少する、という結果が示されています。

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最後に、上のグラフは、リポートから p.47 図表 45 社会的損失の推計結果の概要 を引用しています。差分がマイナスで示されているのがやや不思議なんですが、改善シナリオでは所得が+2.9兆円増加し、税・社会保障負担も+1.1兆円の増加が見込める、との結果が示されています。もちろん、符号をマイナスのままで示せば、現状を継続して改善を実施しない場合、所得で▲2.9兆円のロスを生じ、税・社会保障負担でも▲1.1兆円の社会的損失につながりかねない、という含意であることは明らかです。

最後に、私の従来からの主張なんですが、現在の日本の社会保障はシルバー・デモクラシーによって大きく歪められており、高齢者に偏りが見られます。高齢者は10年を経ても高齢者のままであるのに対して、子供や若年者は10年を経過すれば立派な社会人や納税者になる可能性を秘めていることは忘れるべきではありません。また、リポートp.50以下に今後の課題がいくつか記載されていますが、本リポートのひとつの欠点は供給サイドに偏った分析であるという点です。「大学は出たけれど」という言葉があるように、教育投資に見合う雇用がなければその力量を社会的に発揮できない可能性もあります。子供に限らず貧困対策のひとつの柱として、需要サイドの重要性も主張しておきたいと思います。

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2016年1月12日 (火)

景気ウオッチャーと消費者態度指数に見るマインドの改善と震災前の水準に戻りつつある経常収支!

本日、内閣府から供給サイドと需要サイドの典型的なマインド指標である景気ウォッチャー消費者態度指数が、また、財務省から経常収支が、それぞれ公表されています。景気ウォッチャーと消費者態度指数は12月の統計で、経常収支は11月です。景気ウォッチャーの現状判断DIは前月から+2.6ポイント上昇して48.7を、また、先行き判断DIは前月と同じ48.2を記録し、消費者態度指数も+0.1ポイント上昇して42.7を示しています。また、経常収支は季節調整していない原系列の統計で1兆1435億円の黒字となりました。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインなどを報じた記事を引用すると以下の通りです。

街角景気、現状判断指数は2カ月ぶり上昇 12月 基調判断は据え置き
内閣府が12日発表した2015年12月の景気ウオッチャー調査(街角景気)によると、足元の景気実感を示す現状判断指数は前月比2.6ポイント上昇(改善)の48.7だった。改善は2カ月ぶり。好況の目安となる50に届かなかったものの、季節調整値では3カ月連続で50を上回った。家計動向と企業動向、雇用関連のいずれの指数も上昇した。ボーナスの支給などを背景に消費者心理が上向いた。
街角からは「年末、ボーナス時期のため来客数の動きが良い」(中国地方の家電量販店)、「ボーナス月などの影響もあって比較的高価格帯の国産ワインに人気が集まっている」(北関東の食料品製造業)との声が出ていた。半面、気温が高めに推移したため「冬物の売り上げが低迷している」(四国のスーパー)との見方もあった。内閣府は「中国経済に関わる動向の影響などがみられるが、緩やかな回復基調が続いている」との基調判断を変えなかった。
2-3カ月後の景気を占う先行き判断指数は、前月から横ばいの48.2だった。11月は前月比0.9ポイント低下していた。「年末でボーナスが出たのか来客数は増加したが、ボーナスの効果がなくなるとまた減少する」(近畿の一般レストラン)と警戒する声も出ていた。内閣府は先行きに関して「中国経済の動向など海外情勢への懸念がある一方で、観光需要や受注の増加、雇用の改善への期待などがみられる」とまとめた。
12月の消費者態度指数、0.1ポイント上昇の42.7 原油安が寄与
内閣府が12日発表した2015年12月の消費動向調査によると、消費者心理を示す一般世帯の消費者態度指数(季節調整値)は前月比0.1ポイント上昇の42.7だった。3カ月連続で前月を上回った。ガソリン価格の低下傾向が続いたことなどが寄与した。ただ株価の下落もあり、伸びは小幅だった。内閣府は消費者心理の基調判断を「持ち直しの動きがみられる」に据え置いた。
4つの意識指標のうち、「暮らし向き」や「収入の増え方」が上昇した。その一方、「雇用環境」は前月から0.4ポイント低下した。「耐久消費財の買い時判断」は横ばいだった。
1年後の物価見通しについて「上昇する」と答えた割合(原数値)は前月から1.0ポイント低下し、81.1だった。
調査基準日は12月15日。全国8400世帯が対象で、有効回答数は5493世帯(回答率は65.4%)だった。
経常黒字17カ月連続、15年11月1.1兆円 原油安で輸入減
財務省が12日に発表した2015年11月の国際収支統計(速報)によると、モノやサービスなどの海外との取引状況を表す経常収支は1兆1435億円の黒字だった。黒字は17カ月連続で、黒字額は前年同月比で7033億円増えた。原油価格の下落で輸入額が減った一方、海外から受け取る特許の使用料や配当収入などが増えた。訪日外国人の増加で旅行収支の黒字も拡大した。
経常黒字は15年7月以降、1兆円を超える水準が続いている。貿易収支は2715億円の赤字になったが、赤字額は前年同月と比べて3598億円減った。輸出額はアジア向けの鉄鋼などが低調で6.3%減だったが、輸入額も原油安で10.9%減ったことで貿易赤字が縮小した。
サービス収支は615億円の黒字になった。前年同月は978億円の赤字だった。このうち特許や著作権などの使用料は3835億円の黒字、訪日外国人の国内消費額を映す旅行収支は985億円の黒字だった。それぞれ11月として過去最大の黒字になった。
企業の海外での稼ぎを表す第1次所得収支は前年同月比2697億円増の1兆5423億円の黒字だった。海外の子会社などから受け取る株式配当が増えた。

3つの記事を引用したので、とても長くなってしまいました。でも、いずれも、よく取りまとめられた記事だという気がします。次に、景気ウォッチャーと消費者態度指数のグラフは以下の通りです。上のパネルの景気ウォッチャーのグラフには現状判断DIと先行き判断DIをプロットしています。色分けは凡例の通りです。下のパネルの消費者態度指数のグラフはピンクで示したやや薄い折れ線は訪問調査で実施され、最近時点のより濃い赤の折れ線は郵送調査で実施されています。また、影をつけた部分はいずれも景気後退期です。

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マインド指標は景気ウォッチャー・消費者態度指数とも12月統計では改善を示しています。要因として考えられるのは年末ボーナス効果と石油価格の下落です。この2つが相まって実質購買力が上昇したんではないかと私は考えています。例えば、自動車ユーザーにはガソリン価格低下は家計を助ける恩恵ですし、ボーナスで収入が増加していればなおさらです。ただ、景気ウォッチャーの先行き判断DIが横ばいだったのは、引用した記事にもある通り、ボーナス要因はサステイナブルではなく、先行きでは剥落する可能性が高いと考えるべきです。さらに、消費者態度指数のコンポーネントを見れば、暮らし向きや収入の増え方は前月から改善しているものの、雇用環境だけは前月から悪化を示しています。上のグラフを見る限り、消費者態度指数は2015年末から緩やかながら改善を続けているように見えますが、一直線でマインドが改善するとは私は考えていません。すなわち、景気ウォッチャーと消費者態度指数の両方のマインド指標に共通して、年明け以降の上海市場や東証などの株価の下落が、どのように我が国の消費者や消費者に近い供給サイドのマインドに影響するかが不透明です。今後の留意点となる可能性が高いと受け止めています。

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次に、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。色分けは凡例の通りです。上のグラフは季節調整済みの系列をプロットしている一方で、引用した記事は季節調整していない原系列の統計に基づいているため、少し印象が異なるかもしれませんが、経常収支についてもかなり震災前の水準に戻りつつある、と私は受け止めています。例えば、私の方で経常収支黒字の名目GDP比を四半期ごとに計算したところ、2015年に入って、1-3月期+3.1%。4-6月期+3.4%、7-9月期+2.9%と、それなりの黒字幅を確保するようになっています。そして、経常収支のコンポーネントに着目すると、貿易収支が11月統計ではプラスを示しており、小幅の赤字にとどまったサービス収支と合わせた貿易サービス収支が黒字に転じています。2011年3月の震災以来、季節調整済みの系列で経常収支ベースの貿易サービス収支が黒字を記録したのは、2015年3月と11月だけであり、基本的には、輸出額の増加ではなく輸入額の減少、特に、国際商品市況における石油価格の低下に起因するとはいえ、貿易収支が赤字を脱しつつあることは事実であり、加えて、インバウンド観光客の「爆買い」により貿易サービス収支の黒字が早期に定着するする可能性は十分にあると私は受け止めています。

最後に、本日発表の経済指標を離れて、Financial Times (FT) と日経新聞で、FTのコラムニストのマーティン・ウルフがアベノミクスに対する悲観的な先行き見通しのコラムを書いています。このブログでも昨年大みそかの2015年12月31日付けのエントリーで、FTの2016年予想に "Will Abenomics fail in 2016?" というのがあると紹介しましたが、FTはアベノミクス失敗の予想のようです。リンクは以下の通りです。ご参考まで。

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2016年1月11日 (月)

週末の音楽は Anoice, into the shadows を聞く!

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週末の音楽は Anoice の最新アルバム into the shadows です。このグループの4枚目のアルバムなんですが、実は、世間的には前作第3のアルバムである The Black Rain の評価の方が高かったかもしれません。ピアノを中心とするインスト演奏のグループであり、とても不思議でゆったりと流れる音楽です。本来スペイン語ですが、英語でも通じる ambiente というのが正確かもしれません。環境音楽、とでもいうのでしょうか。私は音楽にいわゆる「癒やし」を求めるのではなく、気持ちを高ぶらせるというか、緊張感を求める方で、判りやすくいえば、野球応援の際のコンバット・マーチのようなもので、ある意味では、別の音楽ジャンルでいえば軍歌に求めるのと同じ効用かも知れないと考えないでもないんですが、このアルバムのような音楽も時には聞いたりします。アルバムの曲構成は以下の通りです。

  1. old lighthouse
  2. memories of you
  3. tempest
  4. autumn waltz
  5. a burnt-out nation
  6. forever sadness
  7. lost in daydreaming
  8. all is white
  9. invasion
  10. what is left

何と YouTube に以下の通り、アルバム収録の全曲がアップされています。50分余りあります。ご参考まで。

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2016年1月10日 (日)

先週の読書は想定外を考察する『ケインズ対フランク・ナイト』をはじめ6冊ほど!

先週の読書は、想定外を考察する『ケインズ対フランク・ナイト』をはじめ、以下の6冊です。なお、昨年12月の下旬に直木賞の候補が発表され、私の好みからいえば、宮下奈都の『羊と鋼の森』か柚月裕子の『孤狼の血』ではなかろうかと勝手に考えているところ、さすがに、いくつかの図書館の予約を入れたものの、かなり先にならねば回って来ないようです。そういえば、西加奈子の『サラバ!』なんて、もう一昨年2014年の直木賞なのに、いまだに予約中で回って来ません。初動が遅れるとこんなもんです。

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まず、酒井泰弘『ケインズ対フランク・ナイト』(ミネルヴァ書房) です。著者は筑波大学や滋賀大学を舞台にリスク経済の研究者として我が国の第1人者であるエコノミストです。本書の目的は冒頭の序に明示してあり、「『想定外』を想定するとは一体どういうことなのかを深く掘り下げること」です。その題材としてタイトルであるケインズとナイトの研究業績が取り上げられています。特に、ナイト流に確率分布が先験的または経験的に把握できるリスクとそうでない不確実性をキチンと区別した議論がなされています。その上で、実際の題材として焦点が当てられているのは東日本大震災、特に福島第1原発や原子力発電のリスクと不確実性であり、「原発建設の是非は『不確実性下の意思決定』の格好の問題」(p.118)と指摘しています。その結論は p.275 以下にあり、現時点で利用可能な基準のひとつとして、最悪の事態を想定しつつ、その最悪の事態を底上げするという意味でのマキシミン基準を上げています。もちろん、経済学の視点も忘れられているわけではなく、ナイト的な不確実性へのチャレンジ、特に、ケインズ的なアニマル・スピリットに基づく血気盛んな企業家の不確実性へのチャレンジが利潤に結実するという点を強調しています。第6章のケインズ的な企業家のアニマル・スピリットに基づく設備投資に伴う利潤、すなわち、投資行動と限界効率と確信状態の不可分な関係は、現時点で政府が賃上げとともに設備投資を財界に呼びかけているだけに、官庁エコノミストの私としてもとても興味深いものがあります。また、第8章のいくつかの指摘は、違った面からではあれ、経済学を職業の基礎にしている私に心に響くものがあったのも確かです。ただし、これらの多くのポイントに比して微々たる批判点ではありますが、一応指摘しておくと、これも第6章の市場均衡の美学として一般均衡理論を不動点定理から明らかにしているくだりがあり、基本的に本書は経済書の中でも専門書と位置付けられるとはいえ、大学の経済学部の学部生くらいならともかく、学問を離れて期間を経た一般ビジネスマンが読むには少し難しい内容かもしれないと懸念しないでもありません。また、本書のスコープの外なのかもしれませんが、リスクと不確実性とアニマル・スピリットだけでなく、企業家の性格を語る際にはシュンペーター的なイノベーションについても簡単に触れて欲しかった気がします。それにしても、昨年取り上げた読書感想文の中で、11月21日付けでポール・オームロッド『経済は「予想外のつながり」で動く』が昨年のマイ・ベストに近いと書きましたが、本書はそれを軽く超えた気がします。ピケティ教授の『21世紀の資本』を一昨年2014年の出版とすれば、昨年2015年に出版されて私が読んだ経済書の中では文句なしのマイ・ベストといえます。

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次に、ウルリケ・ヘルマン『資本の世界史』(太田出版) です。著者は経済ジャーナリストであり、原書は Der Sieg der Kapitals 、すなわち、『資本の勝利』なるタイトルで2013年9月に刊行されています。でも、たしかに、邦訳タイトル通りに資本や資本主義の世界史を、後述のように、私が歴史の特異点とみなしている産業革命以降、しっかりと追っています。ただし、古代ローマや中国も視野に入れています。歴史家の手になる書籍、例えば、ホブズボームやブローデルの書作からの引用も多く、さらに、最近の経済書として特徴的なのはマルクスの引用が少なくないことです。資本制下では過剰生産恐慌が生じ得るようになった、との指摘は大学時代以来であり、とても久し振りな気がします。ですから、現在の経済安定化や拡大のために実質賃金の上昇の重要性が何度も強調されています。ドイツで賃金上昇が実現しないことがユーロ危機のひとつの要因として上げられています。そして、最後の結論は、経済を成長させるためには、国家が投資を活気づけ貯蓄を抑制すべしとして、p.274 から5点に取りまとめてあります。すなわち、国家自身が投資する、資産税を課税する、実質賃金を上げるために国家が後押しする、老後の備えを不要にする公的年金を整備する、バブル抑制のために金融取引税を実行する、の5点です。全体として、何度か触れられる「スーパーバブル」だけが意味不明なんですが、経済の歴史をコンパクトに分かりやすく取りまとめ、多くのエコノミストの支持を得そうな処方箋を提示するなど、さらに、邦訳も含めてとても分かりやすい文体や表現でまとめられており、経済や資本の歴史に関するなかなかの良書ではないか、という気がします。大いにします。

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次に、アンソニー・ギデンズ『揺れる大欧州』(岩波書店) です。著者は英国の経済学者であり、超有名な『第三の道』の著者であり、当時の労働党ニュー・レイバーのブレア政権のブレーンでもあったエコノミストです。原題は表紙に見られる通り、Turbulent and Mighty Continent ですから、ほぼ邦訳通りなんですが、欧州とは大陸欧州であって英国は含まれていない点は留意すべきでしょう。まず、EU=欧州の権力構造について、キッシンジャーの問いかけである「欧州の代表は誰か」に対して、欧州議会や大統領などの公式の権力であるEU1とドイツのメルケル首相や少し前までの「メルコジ」などの実質的な欧州の意思決定の中枢を指すEU2を分けて考えることから始め、さらに、金融危機からはIMFが新たなプレイヤーとして欧州問題に加わると指摘します。世界の覇権は前世紀前半の2度の世界大戦により欧州から米国に移行した後は、世界レベルでの欧州の重要性は格段に低下したわけですし、最近の欧州問題とは、エコノミストの見方によれば、英国は参加していないものの、域内統一通貨であるユーロの問題にほかなりません。ギリシアやPIGSの財政赤字に端を発するユーロの問題をどう解決するか、あるいは、さらにその先で英国がbrexitするのか、そもそも英国からスコットランドが分離するのか、すでに覇権を米国に譲り渡し、いくら国家連合として大きな経済研や政治的なパワーを集合させても、欧州が19世紀のような政治・外交的な影響力や経済的な繁栄をを取り戻し、あるいは、何らかの意味で復活することはかなり困難と多くの政治学者やエコノミストが考えていることは、ほとんど明らかですから、私は米国と欧州との共存、あるいは、さらに、影響力ある国家として中国も加えるべきかもしれませんが、こういった世界レベルでの連携がいかに可能かに焦点を当てるべきと考えています。この私の見方にかなりよくマッチした経済書といえそうな気がします。

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次に、村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』(文藝春秋) です。作者はいうまでもなく、我が国でもっともノーベル文学賞に近いとされている小説家ですが、この作品は小説ではなく紀行文というか、旅行記ということで、このブログではノンフィクションの扱いとしました。タイトルは「ラオス」がパートアップされているんですが、ほとんどは欧米の旅行記であって、特にボストンは2度も出て来ます。欧米以外はラオスと熊本だけで、この小説家の欧米への目線を強く感じてしまいます。ボストンや米国のポートランドのほか、ギリシャの島、フィンランド、トスカナなどを取り上げています。土地の風景の印象、食事、さらに、場合によってはスポーツ観戦や音楽など、この小説家の文体が余すところなく楽しめます。おそらく、文章の中身自身はそれほど参考になるわけでもなく、もちろん、旅行ガイドブック的な活用は作者も考えていないでしょうから、その土地の紹介、旅行記というよりも、作者の視点や文体などを楽しむ本を考えるべきです。また、1650円+税という価格にしてはカラー写真がとても数多く収録されています。もちろん、光沢写真の豪華印刷ではなく、インクジェットのプリンタで打ち出したくらいのクオリティなんですが、とても雰囲気が伝わり文体ともマッチしています。私は p.75 のLP購入の写真、作者がキャノンボール・アダレイの「サムシンエルス」のLPのジャケットを持った写真が、昨年2015年12月20日の音楽鑑賞の日記で取り上げたばかりだったせいか、とても印象的でした。例外は数多くあるものの、ジャズの名演奏を収録したアルバムのジャケットはカッコいい、というのがピッタリと当てはまるような気がします。

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次に、筒井康隆『モナドの領域』(新潮社) です。著者はいうまでもなく我が国文筆界の大家です。書店の宣伝文句に、『新潮』連載時だと思うんですが、「巨匠の最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」とあったので、これは読まねばならないと強く感じてしまいました。ということで、この作品では、河川敷で腕が発見され、公園で足が発見され、明らかにバラバラ殺人事件の謎解きなんですが、とんでもない結末を迎えます。後半の裁判の章の法廷からGODと呼ばれ始め、最後の章の神の数学で結末を迎えますが、要するに、GODでも神でも造物主でも、何でもいいんですが、我々人間の考える全知全能の神の歴史観を余すところなく披露している小説です。タイトルの「モナド」とはプログラムの意味であり、私のこのブログでは何度か「アカシック・レコード」と呼んでいます。すなわち、太古の昔から悠久の未来までの歴史をすべて網羅した歴史書、というか、本書の用語でいえばプログラムであり、私の用語でいえば、歴史の進む方向に関する微分方程式体系ということになります。そして、歴史が微分法的式体系である以上、初期値が決まればその後のコースというか、ルートは決まってしまうわけですが、時折、特異点 singularity があって、シフトというか、ジャンプというか、不連続で微分不可能ないくつかの時点が200-300年ごとくらいにあり得る、と私は考えています。直感的に特異点だと私が見なしているのは、最近では、18世紀から19世紀にかけての産業革命と20世紀前半の2度にわたる世界大戦です。局地的な特異点としては、日本の場合は13世紀後半の元寇ではなかったかと考えています。この時点で何らかの要因で別の結末があれば、局地的ながら日本の歴史は変わっていた可能性があります。また、神が真理の体系であるということは、かなり仏教の世界観に近いということも出来るかもしれません。本題に戻って本書の読書感想文の続きですが、確かに巨匠の最後の傑作といえます。私はこの作者の本はそれほど読んでいないんですが、おそらく、『旅のラゴス』をもっとも高く評価しています。本書は『旅のラゴス』にはやや達しない印象があるものの、かなりの出来の作品です。ただ、1点だけ気にかかるのは、「時をかける少女」と同じでタイムパラドックスの処理が、本書ではタイムパラドックスではないんですが、記憶の改変・消去という意味でタイムパラドックスの処理に近い印象ですので同列に置くと、ややぎこちない気がします。もっとも、バラバラ殺人事件は疑問の余地なく解決されます。

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最後に、五十嵐貴久『炎の塔』(祥伝社) です。著者は推理小説などを中心にした売れっ子作家なんですが、私はこの作者の作品は初めて読みました。タイトルから理解される通りの内容で、作者によるあとがきでも映画「タワーリング・インフェルノ」を意識して、というか、バックグラウンドとして書かれた作品であることは明らかです。あべのハルカスをしのぐ地上100階地上450メートルの超高層ビルが、何と間抜けなことに、オープン初日に大火災に見舞われ、銀座にある巨大消防署が周辺署の応援や本庁のサポートも受けつつ、消火や救助に当たる、というストーリです。特に、女性消防士にスポットを当てています。当然のように、超高層の巨大ビルを建設したデベロッパーはヒール役の悪者であり、政治献金で東京都知事から開発許可を得て、社内的にも独裁者のような強引な手法でビル建設に邁進しているという設定で、げなげな女性消防士は何度も生命の危機に遭遇しながらも立派に消火・救助活動に当たり、被害者も最小限に抑えることが出来る、というハッピーエンドで終わります。ということで、あらすじはタイトルから常識的な小説読者が容易に想像できてしまいますし、火事や消火の技術的な内容についてはどこまで正確性を担保できているのかは読者には判断できませんし、あとは小説家の腕の見せ所はストーリーのスピード感とサスペンスの非現実性と少しの薬味、この場合は映画「タイタニック」と同じようにラブ・ストーリーが盛り込まれています。小説の出来としては標準的であり、特にベストセラーになりそうな気もしません。特に残念なのはエピローグです。火事が終息して救助された人々のその後について、もっとしっかりとキャラを設定してその後のあり得るべきストーリーを展開できればベターだったような気がします。最後の最後に、どうでもいいことながら、我が家はこういった火事の恐怖があるので集合住宅に暮らしていた際は低層階に住むように心がけていました。ジャカルタでは16階だか17階建てだかのアパートの3階でしたし、松戸や南青山の官舎では2階でした。高層の眺望のよさなどよりも火災被害のリスクの低さを選択した結果です。

長らく楽しんで読み継いで来た佐伯泰英作の居眠り磐音の江戸草紙シリーズがとうとう51巻で完結しました。早速に買い求め、今週にでも読みたいと考えています。

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2016年1月 9日 (土)

英国エコノミスト誌の Big Mac Index に見る為替の購買力平価やいかに?

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最新号の英国エコノミスト誌に、久し振りに、Big Mac Index が取り上げられています。上の画像の上のパネルの通りです。私の記憶では、この指標では買った日本の購買力平価はほぼ市場レートに一致していたんですが、アベノミクスの第1の矢の金融緩和に伴う円の減価により、市場レートほどの値上げが見られなかったような結果を示しています。そのため、下のパネルで円が減価したにもかかわらず輸出数量が伸びず競争力が強化されていない、との事実を示すグラフも添付されていたりします。参考まで、以下に引用元を示しておきます。

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堅調な雇用増を示した米国雇用統計は米国の利上げをサポートするか?

日本時間の昨夜、米国の労働省から昨年2015年12月の米国雇用統計が公表されています。ヘッドラインとなる非農業部門雇用者数は前月から+292千人増加し、失業率は前月と同じ5.0%を記録しています。いずれも季節調整済みの系列です。まず、New York Times のサイトから記事を最初の7パラだけ引用すると以下の通りです。

Robust Hiring in December Caps Solid Year for U.S. Jobs
In an impressive sprint at 2015's end, employers added 292,000 workers to their payrolls in December, the government said on Friday, punctuating a year of healthy growth.
The unemployment rate stayed at 5 percent last month, the Labor Department said, but that was mostly because large numbers of people went looking for work.
The department revised its earlier estimate of job creation in October and November, adding 50,000 more jobs to last year's totals. All in all, the economy added 2.65 million jobs for the year, capping a two-year gain that was the best since the late 1990s.
The jobless rate, which has declined since topping the 10 percent mark in October 2009, continues to hover just above what economists consider full employment - the point where further declines could start to push up inflation.
"I think this really is illustrative of the fact that economic momentum in the United States is still awfully strong," said Carl Tannenbaum, chief economist at Northern Trust. "In spite of the craziness we've seen from Asian markets this week, the fundamentals here at home are still solid."
Despite the improving job market, sluggish wage growth remains a persistent thorn. Wages remained flat in December.
Looking ahead, the biggest question is whether overall growth will remain strong enough to keep hiring steady, or whether turmoil in China and elsewhere in the global economy will weigh on the United States economy by holding down exports and further undercutting the struggling manufacturers.

この後、さらにエコノミストなどへのインタビューが続きます。いつもよりやや長くなりましたが、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門、下のパネルは失業率です。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。全体の雇用者増減とそのうちの民間部門は、2010年のセンサスの際にかなり乖離したものの、その後は大きな差は生じていません。

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米国の中央銀行に当たる連邦準備制度理事会(FED)が昨年12月に連邦公開市場委員会(FOMC)でゼロ金利を解除して利上げを開始した直後の米国雇用統計ということで、大いに市場やエコノミストから注目されましたが、最初に書いた通り、非農業部門雇用者数は前月から+292千人増と市場の事前コンセンサスを大幅に上回り、失業率も3か月連続の5.0%ですから、かなり完全雇用に近い印象ですし、マクロの米国景気動向を反映する米国雇用統計は堅調そのものと受け止めています。12月統計が出たことで季節調整替えがありましたが、少なくとも直近の2015年10-12月の3か月は雇用増が+200千人を超えており、失業率も5.0%ですから、大きな判断の変化につながる変更はないと私は受け止めています。日本はエル・ニーニョの影響で暖冬なんですが、昨冬は寒波に見舞われた米国も今年は暖冬らしくて、建設業でも雇用増が見られています。
ただし、北朝鮮の自称「水爆実験」はともかく、足元、というか、今週になって人民元安が進んだり、中国の株式市場が変調を来たたりし始めしており、我が国でも東証株価が5日連続で下げていますので、アジアを中心に世界の金融市場にはそれなりの警戒感が漂い始めているのも事実です。米国では今年から来年にかけて1年ごとに25ベーシスの利上げを4回、すなわち、年100ベーシスの利上げが予想されていますが、第2回めの利上げは少し後送りされる可能性もなくはないと私は考えています。すなわち、先行きの米国金融政策は堅調な米国国内景気と中国などのマーケットの動向の双方を視野に入れつつ決定されるものと考えられます。

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また、日本やユーロ圏欧州の経験も踏まえて、もっとも避けるべきデフレとの関係で、私が注目している時間当たり賃金の前年同月比上昇率は上のグラフの通りです。ならして見て、ほぼ底ばい状態が続いている印象です。サブプライム・バブル崩壊前の+3%超の水準には復帰しそうもないんですが、まずまず、コンスタントに+2%のラインを上回って安定して推移していると受け止めており、少なくとも、底割れしてかつての日本や欧州ユーロ圏諸国のようにゼロやマイナスをつけてデフレに陥る可能性は小さそうに見えます。

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2016年1月 8日 (金)

足踏みを続ける景気動向指数と賃金上昇が止まった毎月勤労統計!

本日、内閣府から景気動向指数が、また、厚生労働省から毎月勤労統計が、それぞれ公表されています。いずれも11月の統計です。景気動向指数のヘッドラインとなるCI一致指数は前月から▲1.7ポイント下降して111.6となり、CI先行指数も▲0.3ポイント下降して103.9を記録しています。また、毎月勤労統計の現金給与総額は季節調整していない原系列の統計で見て前年同月と比べて横ばい、ただし、所定内給与は+0.5%増となり、さらに、景気に敏感に反応する製造業の所定外労働時間は季節調整済みの系列で前月比+0.2%増を記録しました。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

11月の景気一致指数、2カ月ぶりマイナス 基調判断変えず
内閣府が8日発表した2015年11月の景気動向指数(2010年=100、速報値)によると、景気の現状を示す一致指数は111.6で、前月から1.7ポイント下がった。マイナスは2カ月ぶり。10月(改定値)は1.5ポイント上昇の113.3だった。直近数カ月の平均値などから機械的に判断する景気の基調判断は、昨年5月以降の「足踏みを示している」から変えなかった。
前月と比較可能な構成8指標のすべてが一致指数の低下につながった。全指標がマイナス寄与となるのは、現行系列ベースで12年9月以来という。11月の一致指数の悪化に最も影響したのは中小企業出荷指数(製造業)で、電気機械や金属製品などの業種が振るわなかった。自動車や薄型テレビなどが低迷した耐久消費財出荷指数のほか、鉱工業用の生産財出荷指数や商業販売額の低迷も重荷となった。
数カ月先の景気を示す先行指数は0.3ポイント低下の103.9で、2カ月ぶりに低下した。最終需要財の在庫率指数や、日経商品指数などが先行指数の押し下げ要因となった。
実質賃金、11月は0.4%減 5カ月ぶり減少、名目は横ばい
厚生労働省が8日発表した2015年11月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)によると、現金給与総額から物価変動の影響を除いた実質賃金指数は前年同月比0.4%減と、5カ月ぶりに減少した。名目賃金が横ばいにとどまった半面、消費者物価指数がプラスになったことが響いた。賞与や定期代などが含まれる特別給与が大幅に減少した。一方で基本給や残業代などは増えており、厚労省は「名目賃金は緩やかな増加基調」にあるとみている。
従業員1人当たり平均の現金給与総額(名目賃金)は横ばいの27万4108円だった。15年10月まで4カ月連続で増加していたが、11月は前年並みにとどまった。特別給与は8.6%減の1万4097円だった。厚労省は15年1月に調査の約半数にあたる、30人以上の事業所の調査対象を入れ替えた影響があったとみている。一方、基本給や家族手当にあたる所定内給与は0.5%増の23万9818円。昨春のベースアップにより9カ月連続で増加した。残業代など所定外給与は1.1%増の2万193円だった。
所定外労働時間は0.9%減の11.2時間。製造業の所定外労働時間は横ばいの16.6時間だった。

いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、下のグラフは景気動向指数です。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた部分は景気後退期を示しています。

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景気動向指数はCI一致指数、CI先行指数とも11月は下降しました。特に、CI一致指数は10月統計で久し振りに3か月後方移動平均がプラスに転じましたので、このまま1標準偏差以上にプラスに振れると、「『CIによる景気の基調判断』の基準」に示されている通り、基調判断が「下げ止まり」に上方修正される可能性が出て来たと感じないでもなかったんですが、結果はそうなりませんでした。すなわち、11月の1次統計についてはすでにかなり明らかになっており、景気との相関の高い鉱工業生産指数のうちの生産指数と出荷指数がともにマイナスでしたから、大方のエコノミストにはCI一致指数もマイナスというコンセンサスがあったように受け止めています。ですから、もともと2次統計で透明性の高い統計とはいうものの、CI一致指数に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスはドンピシャの▲1.7ポイント下降でした。くわしくCI一致指数の系列別の寄与度を見ると軒並みマイナスばかりで、中小企業出荷指数(製造業)、耐久消費財出荷指数、商業販売額(小売業)(前年同月比)、鉱工業用生産財出荷指数、投資財出荷指数(除輸送機械)、生産指数(鉱工業)などとなっています。12月の年末ボーナスがまずまずではなかったか、と私は考えていますので、これから明らかにされる12月統計に期待したいと思います。

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次に、毎月勤労統計のグラフは上の通りです。順に、上のパネルは製造業の所定外労働時間指数の季節調整済み系列を、まん中のパネルは調査産業計の賃金、すなわち、現金給与総額と所定内給与の季節調整していない原系列の前年同月比を、下のパネルはいわゆるフルタイムの一般労働者とパートタイム労働者の前年同月比伸び率である就業形態別の雇用の推移を、それぞれプロットしています。いずれも影をつけた期間は最初の景気動向指数のグラフと同じで景気後退期です。11月の賃金は前年同月と比べて横ばいとなり、物価上昇分を差し引いた実質賃金はマイナスとなった点を引用した記事では強調している一方で、同様に、記事では昨年1月からの統計のサンプル替えの影響も指摘しており、重点がどこにあるのかはよく分かりませんが、少なくとも、とても緩やかながら賃金が上昇しているのは事実と考えるべきです。もちろん、巷間いわれるような人手不足に比較して賃金の上昇が鈍いのは事実であり、私の考えるようなタイムラグの問題なのか、労働市場の構造的な問題なのか、そのあたりは足元のデータの不足もあって分析不足かもしれません。でも、経団連による「2015年年末賞与・一時金 大手企業業種別妥結結果」によれば、加重平均で大手企業の年末ボーナスは前年比+3.79%ぞうですから、12月統計に期待が持てそうな気もします。また、大きな流れとして、少なくとも、量的な雇用の増加から質的な賃金上昇や正規雇用の増加へのルートに乗っていることは事実であろうと私は受け止めています。問題はそのテンポです。賃上げについては、過去の数字ながら年末ボーナスとともに、先行きは今春闘の妥結状況を注目したいと思います。

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最後に政府統計を離れて、一昨日1月6日に、世銀から「世界経済見通し」Global Economic Prospects が公表されています。上の画像は縮小をかけたので見づらいんですが、世銀のサイトにアップされている Infographic です。もちろん、300ページ近いpdfの全文リポートもアップされています。
昨年2015年の実績見込の世界経済の成長率は+2.4%と、昨年6月時点の見通しから▲0.4%ポイント下方修正し、今年2016年も+2.9%と、昨年よりは上向くものの2015年6月時点から▲0.4%ポイントの下方修正となっています。日本経済については2016年の成長率を+1.3%とまずまずの水準に見込んでいます。でも、これも世界平均と同じで前回見通しよりも▲0.4%ポイント下振れしています。また、Chapter 4でTPPの経済効果と為替の2つのトピックを取り上げており、前者のTPPの分析では2030年までに日本のGDPを+2.7%押し上げると試算しています。一昨日に取り上げた政府試算とほぼ同じと受け止めています。でも、p.227 の FIGURE 4.1.6 Country specific impact of TPP: GDP and trade by 2030 を見る限り、TPPのメンバー国の中でGDPの増加幅が大きいのは、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、ニュージーランド、シンガポーツに次いで6番目となっており、TPPメンバー12国の中では平均的なのかもしれません。それから、よく読んでいないんですが、Chapter 3のタイトルが奮っていて、Who Catches a Cold When Emerging Markets Sneeze? となっています。その昔、「米国がくしゃみをすれば日本が風邪をひく、米国が風邪を引けば日本は肺炎になる」とか表現された時代もありましたが、現在では世界経済の中心は新興国なのかもしれません。

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2016年1月 7日 (木)

人工知能やロボット等で代替可能な労働はどれくらいか?

とても旧聞に属する話題ですが、昨年2015年12月9日に野村総研から601種の職業ごとに、コンピューター技術による労働の代替確率を試算した結果が公表されています。

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いきなり結論ですが、日米英の3か国で人工知能やロボット等で代替可能な労働の比率を試算した結果が上のグラフの通りです。コンピューター技術による代替確率は日本でもっとも高く49%に上っています。見れば分かる通り、英国では35%、米国でも45%となっています。なお、この試算の詳細は明らかでなく、結論だけが紹介されているんですが、労働政策研究・研修機構が2012年に公表した「職務構造に関する研究」で分類による601種類の職業に基づいた上で、オックスフォード大学のマーティン・プログラムを利用しているようです。繰り返しになりますが、詳細なリポートはなく結論だけですので、現段階ではこれ以上のコメントはしようがありません。

マーティン・フォードの著書を2冊ほど、昨年から今年にかけて読んだ結果について、昨年2015年5月30日に『テクノロジーが雇用の75%を奪う』を、今年2016年1月2日に『ロボットの脅威』を、それぞれの読書感想文にアップしていますが、これらの本にも警告されている通りの結果が示されたのかもしれません。

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2016年1月 6日 (水)

TPP協定の経済効果やいかに?

やや旧聞に属する話題ですが、2015年10月5日に大筋合意をした環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に関して、その経済効果を分析したリポート「TPP協定の経済効果分析」が昨年2015年12月24日に政府から明らかにされています。結論として、実質GDPは+2.6%増、2014年度のGDP水準を用いて換算すると、約+14兆円の拡大効果が、また、労働供給は約+80万人増と見込まれる、との推計結果が示されています。図表を引用しつつ、簡単に見ておきたいと思います。

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まず、上の画像は少し見づらいんですが、リポート p.34 の 図表4-1: GDP増加のメカニズムと導入されているダイナミックなメカニズム を引用しています。見れば分かりますが、TPP協定による外生的なインパクトとして、(1) 関税率の引き下げ、(2) 貿易円滑化と非関税障壁の削減、の2点に起因する輸出入の増加などを仮定した上で、内生的な成長メカニズムとして、① 貿易開放度上昇が生産性を押し上げ、② 実質賃金率上昇が労働供給を拡大し、さらに、③ 投資増が生産力を拡大する、といった実体経済への3つのルートを定式化しています。上の図では、より具体的に、図中①は拡大する貿易により日本経済全体の生産性が高まる経路を示し、そして②は高まった生産性によって賃金が押し上げられ、実質所得増だけでなく労働供給が促される経路を示している。最後に、図中③は投資が供給能力を高める経路を示している。関税率引下げや円滑化措置・非関税障壁削減によって生じた物価下落や①や②のメカニズムによって生じた生産性向上が実質所得増、投資増へとつながり、供給能力を高める、ということとなります。

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次に、上の画像は少し見づらいんですが、リポート p.35 の 図表4-2: GDP変化 を引用しています。結論として、最終的な実質GDP水準は+2.6%程度増加し、これを2014年度の実質GDP水準で換算すると+14兆円程度の押上げになります。その際、労働供給も+1.3%程度増加すると見込まれており、これを、これも2014年度の就業者数をベースに人数換算すると+80万人程度に相当することとなります。また、資本ストックについても+2.9%程度増加すると試算されています。
なお、これらの経済効果をリポートでは、GTAPモデルのシミュレーションにより試算・計測しています。GTAP とは Global Trade Analysis Project の省略であり、このモデルは米国のパーデュー大学により開発・運営されていて、おそらく、関税分析や環境分析などの分野の世界標準モデルであると私は認識しています。

モデルによる試算は絶対に正しいとは言い切れず、ある程度の幅を持って見るべきですが、一国経済が開放性を高めて自由貿易に近づくと経済厚生が高まるのは、少なくともエコノミストの間では自明とさえされています。ただし、TPPによりプラスの経済効果を享受するグループがある一方で、逆に、経済厚生をロスするグループが現れる可能性があります。アベノミクス第2弾は分配にも留意すべき段階に入ったと私は受け止めています。

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2016年1月 5日 (火)

やっぱり正月太りは統計的に真実だった!

正月3が日を終えて昨日からオフィスで通常業務が始まりました。どうもこの季節は体が重く感じられ、単に正月ボケだけでなく、実際に体重が増加していることは確かなんですが、ドコモ・ヘルスケアから「お正月太りは本当だった! 年末年始の体重増加をデータが証明」なる調査結果が昨年2015年12月22日に公表されています。

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まず、上のグラフはドコモ・ヘルスケアのサイトから 週ごとの平均体重と体重増加 を引用しています。2014年10月からほぼ1年間の毎週データなんですが、明らかに、お正月3が日を含む週で大きな体重増加のスパイクが見られます。お正月に続くスパイクは、軽く想像される通り、お盆だったりします。「盆と正月…」という表現がありますが、体重増加についてよく当てはまりそうです。

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続いて、上のグラフはドコモ・ヘルスケアのサイトから 週ごとの平均歩数 を引用しています。これも2014年10月からほぼ1年間の毎週データです。最初のグラフとは逆に、お正月3が日を含む週でおおきな歩数減少が見られます。要するに、運動不足、というか、本格的なジョギングなどの運動というよりは、普段のいわゆる「体を動かす」ことが少なくなっていることを表しています。でも、お盆はともかく、私は正月は食べ過ぎで体重が増加していると感じています。いかがでしょうか。

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2016年1月 4日 (月)

今日はご用始め!

今日はご用始めです。その昔は、女性の中にはオフィスに振り袖を着てきたり、男性もお酒を引っかけて仕事もせずに早々に退庁したり、といった慣行もあったところ、現在では何ということもなく、通常通りの仕事が始まりました。

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ところで、我が家のお雑煮は女房が作るので角餅のすまし汁なんですが、私の生まれ育った京都では、当然ながら、丸餅の白味噌です。それだけでなく、お正月のお餅の食べ方には地方の特徴があるらしく、ソフトブレーン・フィールドの調査による全国ご当地お餅人気投票結果が上の画像の通りです。ソフトブレーン・フィールドのサイトから引用しています。そういえば、我が家では磯辺巻きが多いような気がします。関東の標準なのかもしれません。何ら、ご参考まで。

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2016年1月 3日 (日)

週末ジャズは fox capture plan, BUTTERFLY を聞く!

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もう明日からご用始めなものですから、正月3日とはいえほとんど通常の日曜日と同じで、今日は音楽鑑賞のブログです。ということで、fox capture plan の第4作目の最新アルバム BUTTERFLY を取り上げます。収録曲は以下の通りです。

  1. the beginning of ....
  2. the last story of the myth
  3. Butterfly Effect
  4. 混沌と創造の幾何学
  5. ...with wind
  6. inchoate
  7. Plug in Baby
  8. Kaleidoscope
  9. In the darkness
  10. Christmas comes to our place
  11. Supersonic

前の COVERMIND にその前触れを感じたファンもいたかもしれませんが、本作から大きく方向性が変わったというか、実験的な取り組みが始まったのかもしれません。あるいは、進化しているといべきか、要するに、今までのオリジナル曲中心のフル・アルバムでは、かなりシンプルなループの曲が少なくなく、思わず無意識に口から出るような中毒性を持つオリジナル曲中心のアルバムだったんですが、直前の COVERMIND は、もちろん、オリジナル曲はありませんから、その意味でループ曲は収録されておらず、この最新アルバム BUTTERFLY では、何と、最初の4曲にストリングズが入っています。5曲めからは従来のループ曲が見受けられるんですが、ストリングズにはびっくりぽんです。どうでもいいことながら、ストリングズは下の動画を見る限り、女性中心みたいで、思わず、高嶋ちさ子の12人のバイオリニストを思い出してしまいました。ピアノもフツーにグランド・ピアノだったりします。でも途中から、というか、アルバムの後半は従来と同じループもあるオリジナル曲という気もします。従来のアルバムとの連続性を考慮した激変緩和措置なのか、バイオリニストを雇うご予算の制約なのか、私には判りかねます。ある意味で、それなりの覚悟を持って聞くことが必要かもしれません。従来のこのグループの曲調からすれば、11曲めのSupersonicが聞かせどころなんでしょうが、ストリングスの入った新しいイメージとしては3曲めのButterfly Effectが注目のような気がします。
下の動画は3曲めのButterfly Effectです。

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2016年1月 2日 (土)

年をまたいだ今週の読書は『ロボットの脅威』ほか

正月2日ながら、土曜日ですので読書感想文を書いておかないと溜まってしまいかねません。年末年始休みでしたので時間はありましたが、仕事上にも有益であろうと考えられる「課題図書」的な読書もあったりしました。マーティン・フォードの『ロボットの脅威』ほか、以下の通りです。

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まず、マーティン・フォード『ロボットの脅威』(日本経済新聞出版社) です。著者はコンピュータ工学部卒業の企業経営者、未来学者であり、前著の『テクノロジーが雇用の75%を奪う』は昨年2015年5月30日付けの読書感想文で取り上げています。本書も前著と同じ問題意識なんですが、よりターゲットを絞ってロボットや特に人工知能AIを中心に、前著と同じように工学的な技術の進歩が自然人たる我々人間の職を奪い、所得を激減させる可能性を議論しています。前著は2009年に原書が出版され数年遅れの翻訳でしたが、本書の原書は2015年の出版ですから、時を置かずに邦訳が出ています。前著の感想文にも書きましたが、生産性が向上する一方で労働時間の短縮は進まず、機械化や自動化の進展とともに非正規雇用ばかりが増加し、その裏側では本書が指摘するように、雇用者の所得が伸び悩んだり、あるいは、日本などでは減少したりしています。本書では工学的な技術問題だけでなく、経済学的な所得上の問題点についてはベーシック・インカムによる解決の方向が模索されています。第8章では思考実験として、極めて勤労意欲高くしかも賃金不要な異星人が地球に来襲して我々地球人の職と所得を奪うという例え話が披露されていますが、異星人の登場を必要とせず、この地球上の世界でも歴史上に奴隷制という時代があったことを思い起こさせます。私は自然人による労働がほとんど不要で、それでありながら製品やサービスが豊富に生産されるとすれば、マルクス主義的な観点からは共産主義的な分配が可能になるんではないかと期待しています。ですから、ベーシック・インカムがいいかどうかは疑問なしとしませんが、大きな労働投入が不要になり、かつ、生産が人々の欲求を満たすに足りるくらいの高水準の産出をもたらす社会の問題点は、おそらく分配なんだろうと直感的に考えています。最後に、以下の日経新聞の書評もご参考まで。

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次に、宮内惇至『金融危機とバーゼル規制の経済学』(勁草書房) です。著者は日銀OBであり、考査畑が長かったんでしょうか、決済機構局長経験者です。現在はお茶の水大学の特任教授という、よくわけの分からないポストなんですが、何度も「お茶の水大学の研究室にて」と書いていますので、著者にとっては誇らしいポストなんだろうと思います。ということで、前置きが長くなりましたが、タイトル通りの本です。でも、プルーデンス政策を極めて狭義にしか捉えられず、ほぼ実務の世界からだけ見ているようで、少し違和感がありました。というのは、プルーデンスだけでなく規制政策として重要なのは、規制のない状態で達成される市場均衡をいかにして規制で歪めるか、あるいは、「歪める」という言葉が不適当であれば、均衡をずらすか、という点です。この市場均衡と規制均衡の意味がよく理解されていないような気がします。マクロプルーデンスについても可変的自己資本規制など限られた論点だけを恣意的に取り上げている印象があります。プルーデンス政策は何よりもバランスが重要であり、ギシギシに締め上げてイノベーションの芽を摘むことを避けつつ、大きなリスクの顕在化を避ける必要があるわけで、システミック・リスクさえ回避できればいいというものではありません。もちろん、金融業や金融機関の営業実態に合わせた規制が必要なわけであり、英米流のマーチャント・バンクとインベストメント・バンクを分割した規制もあれば、大陸欧州のようなユニバーサル・バンキングに対する規制もあります。その意味で、本書でまったく触れられていないんですが、米国の投資銀行が持株会社化して連邦準備制度理事会(FED)の監督下に入ったというのは、準備預金を通じた規制を受けるという意味であり、私自身はあらゆる金融機関、すなわち、預金を受け入れて信用創造できるマーチャント・バンクだけでなく、日本の証券会社に当たる投資銀行、さらに、機関投資家に当たる生保や損保、もちろん、各種のファンドなども準備預金、日本独自の用語によれば日銀当座預金を通じた何らかのプルーデンス規制当局からのコントロールが不可欠と考えていますが、その点については言及がありません。物足りない印象です。日銀の経験者には、その昔の「ヤキトリ」にしたりや何やで、市中銀行を締め上げていた記憶があるんではないでしょうか。いずれにせよ、カタカナであふれた本書を見れば、経済政策の本体以上に輸入の部分が大きく、英米をはじめとする諸外国から大きく遅れた日本のプルーデンス政策ですので、それなりのキャッチアップが必要です。その際に、「ヤキトリ」は別にしても、日本特有の慣行まで含めたきめ細かな制度設計が求められます。例えば、諸外国でもそうなのかもしれませんが、日本ではセルサイドの証券会社とバイサイドの機関投資家である生保やファンドの力関係がセルサイドに偏っています。こういった日本の特徴も踏まえたプルーデンス規制についての議論も必要ではないでしょうか。私のような専門外のエコノミストに本書はそれなりに勉強にはなりますが、やや著者の実務経験という強い自覚からか、かなり偏った印象を受けました。ほとんど数式の展開がありませんし、学術書ではないとしても、かえって理解が進まないような気がしないでもありません。数学もまた言葉なり、です。

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次に、マーク・アダムス『アトランティスへの旅』(青土社) です。一応、本書は米国人ジャーナリストの著者によるノンフィクション、ということになっているんですが、そもそもアトランティス大陸の実在性については疑問だらけであり、大元がフィクションに近いんではないかという印象があります。それはさておき、いろんな場所でいろんな人にインタビューし、本書のインタビュー内容自体はノンフィクションなんだろうと思います。冒頭の p.24 でプラトンがアトランティスについて言及したのは「高貴な嘘」(ノーブル・ライ)ではなかろうか、というインタビューから始まっていますから、著者はその前提で議論を始めているつもりなのかもしれません。ですから、どこまでまじめに問題意識をもって読むかにも依存しますが、極東の地である日本からまったく専門外の私なんぞが読めば、それはそれで楽しくロマンティックな冒険談として受け入れることも可能です。そうでなければ、ウンベルト・エーコ教授による『バウドリーノ』の法螺話くらいに低く評価する人がいても不思議ではない気もします。コナン・ドイル卿のシャーロック・ホームズ物語に対して、完全にフィクションと割り切った上でシャーロッキアン諸氏がいろいろと研究して議論を闘わせるように、アトランティス大陸についても不存在を前提としたアトランティス学が成立するのかもしれません。私のようなアジアに住む門外漢が、それにお付き合いする必要はないのかもしれませんが、まあ、知的なお遊びと考えるべきなのでしょう。

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次に、篠田節子『となりのセレブたち』(新潮社) です。私はこの著者については最近の作品しか読んでいないんですが、本書は前世紀の1999年や2000年に公表された短編も含む5編を「セレブ」という、やや怪しげなテーマのもとに編んでいます。収録短編は「トマトマジック」、「蒼猫のいる家」、「ヒーラー」、「人格再編」、「クラウディア」です。動物を登場させた「蒼猫のいる家」と「クラウディア」の2編もそうなのかもしれませんが、他の3編はまったくのSFといえます。怪しげなドライ・フルーツとアルコールを同時に摂取して願望を満たす夢を見る「トマトマジック」、キャリア・ウーマンの妻が不倫をして家を出る際に、まったく生理的に受け付けないハズのネコを抱いて家を出る「蒼猫のいる家」、おそらく架空の吹き流しなる深海魚が女性のアンチエイジングに効果をもたらすとともに、男性にも飛んでもない使われ方をする「ヒーラー」、気の利いた企業やそれなりの能力ある人間が日本を見捨てて海外に出たため、やや問題ある人間だけが残った日本で高齢者の人格を再編する脳外科手術が実施される「人格再編」、売れないカメラマンが同棲していた女性の自宅から追い出され、その女性の飼い犬のクラウディアと山小屋で暮らし始める「クラウディア」と、5編とも基本はコメディとして書かれているような気がするんですが、よく読むと哀れで悲しげなストーリーなのかもしれません。5編の短編のうち、私が男性だからというわけでもないんですが、圧倒的に「ヒーラー」を面白く読みました。

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次に、真梨幸子『アルテーミスの采配』(幻冬舎) です。著者は私の好きな作家のひとりであり、湊かなえや沼田まほかるとともに読後感の悪い嫌ミス作家でもあります。この作者の作品は、ですから、妙に入り組んで複雑な構成になっているんですが、本書もまったくそうです。第1部と第2部に短いエピローグの構成となっていますが、第1部では、本書と同じタイトル『アルテーミスの采配』なる書籍の企画がなされて、AV女優のインタビューを中心に進みながら、そのインタビューを受けたAV女優が殺されるという殺人事件が起こります。インタビュアーの視点で物語は進みます。第2部では、この『アルテーミスの采配』なる書籍を企画した出版社に派遣されている編集者の視点でストーリーは進められ、殺人事件の謎解きと極めて複雑な人間関係の解明に当てられます。第2部では「アルテーミス」とは殺人まで含めて請け負う裏サイトということになっており、この裏サイトでAV女優の連続殺人事件が実行されている可能性が示唆されます。そして、第2部の終わりの方からエピローグで真実が明らかにされるわけです。私のような頭の回転の鈍い読者には、なかなか追跡がかなわない場面も少なくないんですが、論理だけで割り切れない人間の何ともいえない残酷な面とか、あるいは、すべてがお金に起因する憎しみや嫌悪感といった感情なども、とても健全な青少年には読ませたくないようなドロドロした人間模様とともにこの作者独特の筆致で描き出されています。好きな人は好きなんでしょうが、最初に書いたように読後感は決してよくありませんから、私を含めて、それなりのファンにのみオススメします。

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次に、柿﨑明二『検証 安倍イズム』(岩波新書) です。著者は共同通信のジャーナリストです。よりリベラルな立場から安倍内閣を批判しようと試みているようですが、私の専門外ながら、集団的自衛権の安保法制などについては、おそらく批判が当たっているような気もします。私自身も右翼的な政権のあり方には疑問を持っています。そして、著者は国家の介入という観点から安倍政権、というか、タイトルに敬意を評していえば、安倍イズムを批判しているんですが、私は経済に関しては市場への国家の介入というのは、リーマン・ショックに起因する経済・金融危機以降は多くのエコノミストがその必要性を主張しているところであり、的外れな批判ではないかと受け止めています。唯一当たっているのは少子化対策としての出生率目標的なものを家族生活に関する介入というのは分かります。でも、本書冒頭で取り上げている政府による経済界への賃上げ要請というのは、私の目から見て社会改良主義や社会民主主義の色彩の強い政策と映るんですが、いかがなものでしょうか。むしろ、私のイメージする右派的な経済政策というのは規制緩和であり、政府の介入なく企業がより自由な経済活動を行えるようにする新自由主義的な政策ではないかと私は考えており、その意味で、安倍イズムは政治や安全保障政策では右派かもしれませんが、経済政策では極めて社会改良主義的・社会民主主義的でリベラルな左派的政策を実行しているように受け止めています。そして、最後に、著者は毛並みのいい安倍総理ご自身に対して、祖父たる岸元総理の影をどうしても見たいらしく、盛んに岸元総理の発言などを引用していますが、的外れではないでしょうか。実は、私の父は私と同じく京都の生まれ育ちで、昭和一桁のかなり差別的な意識の強い人物でしたが、その父の差別意識丸出しの発言をもって、私の性格なり何なりを判断されると、私はとても迷惑に思うでしょう。でも、この著者は安倍総理の父親の発言をすっ飛ばして祖父の見方を持って来て、平気でそういった議論を展開しているような気がしてなりません。読者によっては「言いがかり」に近い受け止めをする人もいそうな気がして心配です。

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最後に、星野進保『政治としての経済計画』林雄二郎[編]『日本の経済計画』(日本経済評論社) です。私の専門分野のひとつは開発経済学で、ジャカルタに派遣された折とか、長崎大学に出向していたころに、いくつか専門の学術論文も書いています。ということで、途上国向けに我が国の戦後の経済政策についてODAの一環として協力するとすれば、もちろん、いくつかの経済政策分野があり、最右翼はその昔の通産省的な産業政策なんでしょうが、経済計画の策定についてもひとつの候補となるような気がします。私がジャカルタに派遣されたのも経済計画の中で経済見通しを計量モデルにより策定する、というプロジェクトでした。ということで、この2冊を読んでみました。どうでもいいことながら、『日本の経済計画』の方は1957年の出版で、1997年に新版が出ています。オリジナルの本は私が生まれる前に出版されているということになります。お勉強の成果は1月4日のご用始めの後にメモを取りまとめて、今月中下旬ころに研究所の上司に提出したいと予定しています。

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2016年1月 1日 (金)

初詣に行く!

改めまして、
あけましておめでとうございます。

私は我が家の近くの神社に初詣に行きました。とても穏やかないいお正月です。破魔矢を買っておみくじを引き、写真を撮って来ました。帰宅すると年賀状が届いていました。

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我が家では昨年まで一家そろって初詣に出かけていたんですが、昨夜というか今朝未明には倅2人が別々に初詣に出かけてしまいました。上の倅は明治神宮に、下の倅は近くに、それぞれ行ったそうで、今年の初詣は各人でお参りを済ませておく、ということになりました。これも子供の成長の賜物かもしれません。

本年もよろしくお願い申し上げます。

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あけましておめでとうございます!

あけましておめでとうございます。

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新しい年2016年が先ほど明け、エコノミストの端くれとして、少しでも日本と世界の経済が上向き、国民生活が豊かになることを祈念しております。
それでは、そろそろ寝ます。おやすみなさい。

なお、上の画像はART BANKのサイトから借用しています。

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