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2016年3月19日 (土)

今週の読書は橘木教授の『貧困大国ニッポンの課題』など計7冊!

今週の読書は、格差問題に詳しい橘木教授の『貧困大国ニッポンの課題』など、以下の通り、計7冊です。

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まず、橘木俊詔『貧困大国ニッポンの課題』(人文書院) です。著者はおなじみのエコノミストであり、本書の主張もそうなんですが、成長よりも分配を重視する経済学者です。本書はいろんな機会に著者が公表してきた論文やエッセイを取りまとめたものですが、第Ⅰ部が格差と貧困、第Ⅱ部が福祉、第Ⅲ部が教育の3部構成となっています。あとがきに沿って内容を要約すると、まず日本では貧困で苦しんでいるのは誰か、ということを明らかにした上で、なぜそれらの人が貧困に陥ったかを、社会学と経済学の視点から解釈を施し、さらに、社会に用意された諸制度の効果との関連を明らかにし、特に重点的に記述した分野は、家族の変容の効果、不況の下で支払い能力を低下させた企業の役割、年金、医療などの社会保障制度、人がどこまで受けられるかという教育制度、そして労使関係や最低賃金といった労働制度ということになります。これらの諸制度は日本から貧困者を削減することに寄与するわけですから、どのような制度が望ましいのか、そしてそのような制度にするにはどのような政策を施せばよいかを論じています。私は基本的に著者の立場に賛同するものであり、特に、第Ⅲ部の教育については公費負担の増額による格差是正がもっとも強く求められていることを主張しておきたいと思います。ただ、第Ⅱ部を中心としてやや古い論文が多く、後に取り上げる『日本 呪縛の構図』で解き明かされているような現政権の方向性、すなわち、政治外交や安全保障政策ではかなり右派的な方向を主張しつつも、経済面では賃上げや同一労働同一賃金などを経済界に迫る姿勢の解明などが出来ていません。まさか、意図的に避けているんではないでしょうから、現在の安倍政権に関する著者の新しい認識を知りたい気がしてなりません。

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次に、イエンス・ベルガー『ドイツ帝国の正体』(早川書房) です。著者はドイツのジャーナリストであり、本書の副題が「ユーロ圏最悪の格差社会」となっている通り、ドイツの経済社会の格差について告発する本となっています。ただし、原書の出版は2013年ですから、少し翻訳まで間隔が空いた印象かもしれません。ということで、ドイツといえば、いっしょに手を組んで戦争に負けたのは大昔のお話としても、英仏と並んで欧州バリバリの先進国であり、医学をはじめとして科学技術も最先端で、経済的にも良好なパフォーマンスを示している、という印象があったんですが、本書ではそのドイツ経済の歪みを格差の観点から明らかにしようと試みています。特に、資産格差の大きさを主張し、企業規模に従った格差や自営業者の貧困を取り上げるとともに、税制などの格差容認制度を明らかにしています。世界的な経済格差拡大の始発点として、英米でサッチャー政権とレーガン政権という新自由主義的な保守政権が成立した1980年ころを境に、ドイツでも経済的な格差が拡大し始め、累進税率の引き下げや法人税の軽減、しかし、消費税率の引き上げなどにより富の集積を促進したと主張しています。こういった1980年ころを起点とする格差の拡大については、英米だけでなく、日本やドイツにおいてもまったく同じ歩みと見なすべきでしょう。著者はジャーナリストであって、エコノミストではないんですが、最終章で格差是正のための16の提言を明らかにしています。まず、富裕層に対する統計調査を実施して実態を把握しつつ、資産税の再導入、優遇税制の撤回、高税率の累進課税の導入、外国所得への課税強化などの必要性を指摘しています。制度的にドイツ特有の要因も少なくありませんが、日本をはじめとして世界的に共有できる格差是正の方向性も打ち出されています。それなりに、精度の違う国への適用は慎重であるべきかもしれませんが、格差是正の必要性やその方向性については大いに同意できると私は受け止めています。

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次に、R. ターガート・マーフィー『日本 呪縛の構図』上下(早川書房) です。著者は日本在住が長く、外資系の投資銀行勤務の後に現在は筑波大学において日本や東洋に関する研究者をしています。でも、本書は本格的な研究保・専門書というわけではありません。また、著者はやや「遅れて来たリビジョニスト」であり、本書でも明確に日本異質論に立脚しています。もっとも大きなポイントは明確に戦後日本の対米従属を認め、日本の政治経済外交などを動かしているのは主権在民の下の国民ではなく、ひょっとしたら、日本人ですらないワシントンDCの米国政府高官かもしれない、と示唆しています。2013年7月19日付けのこのブログで取り上げた白井聡『永続敗戦論』(太田出版) と同じ主張であり、とても講座派的な見方ではないかと受け止めています。でも、おそらくは、講座派というよりも米国的な陰謀論の系譜につながるのかもしれません。本書は上巻の第1部で我が国の歴史をひも解き、下巻の第2部で政治経済文化などを解き明かしています。第1部では、日本人の特性のひとつの損切りが出来ずにズルズルと行ってしまう原因を埋没原価に求めています。私は無謬論だと思いますが、実は同じなのかもしれません。そして第2部では、対米従属のコンテキストの中で、中国の台頭などを受けた世界情勢の変化を踏まえ、いつまでも兄貴分としての米国の善意を前提とした日米同盟は、この先についてはサステイナブルではなく、アジアから米国が撤退した後の日本の孤立を解消するためには、かつての明治期の「脱亜」の反対の「入亜」が必要だと結論しています。私は専門外なのでよく判りませんが、最近の論調で「米国の撤退」が盛んに取り上げられていますが、どこまで米国が撤退するのか、大西洋からの撤退、太平洋からの撤退、はあり得ても、西半球というか、米国大陸からの撤退はあり得ないわけでしょうし、とてつもなく長い先の米国のアジア太平洋からの撤退を前提として日本の進むべき道を考えるには、私の認識や知識は本書にはまったく及びません。

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次に、マリアノ・リベラ/ウェイン・コフィー『クローザー マリアノ・リベラ自伝』(作品社) です。マリアノ・リベラは野球ファンなら誰でも知っているニューヨーク・ヤンキースので活躍した投手であり、MLB記録の652セーブを上げた史上最高のクローザーです。定冠詞を付けてのクローザーというタイトルの本を出せる投手経験者の最右翼といえます。リベラ自身はパナマの出身ですが、まさに、米国のサクセス・ストーリーの代表といえます。まるでファンタジーのような成功物語ですが、リベラ自身がとても敬虔なクリスチャンでもあり、随所に聖書を引用し神を称える姿勢が伺えます。勝負の世界に生きるクローザーですから、もっと勝ち気で燃えるような闘争心を予想する向きもあるかもしれませんが、この自伝ではまったく逆の淡々と与えられた仕事をこなすシンプルで真っ当、そして、勝負相手に対するリスペクトを忘れず、芸術家というよりは職人的な投手イメージが描き出されています。野球人、職業人としてだけではなく、妻を愛し家族を大切にするという意味で、神ならぬつましい人間像です。しかし、クローザーとしてはパナマの片田舎の漁村から花のニューヨークに来て、ヤンキースのフランチャイズ・プレーヤーとして約20年、トーリ監督の下でキャプテンであるデレク・ジーターらとともにチームの第2期黄金時代に貢献します。少しは大げさに誇張してある部分も少なくないんでしょうが、まるでファンタジーのような夢物語です。特に、レギュラー・シーズンもさることながら、ポストシーズンのゲームで無類の勝負強さを見せた投手ですから、1990年代後半のワースド・シリーズに勝ちまくった折のストーリーが印象的です。9割近くがカットボールだったそうですが、判っていても打てないんですから、相手打者もどうしようもなかったんでしょう。その意味で、我が国でリベラというか、この本に匹敵する自叙伝は、江夏を取り上げた『左腕の誇り』ではないかという気がします。また、リベラの翌年にはジーターが引退しましたので、そのうちに、定冠詞付きの「キャプテン」と題する自伝が出版されるのかもしれません。写真集は出ているようですが、自伝も出るような気がします。なお、もしもジーターの自伝『キャプテン』が出版されれば、それに対抗するのは鳥谷敬『キャプテンシー』(角川新書) をおいて他にはあり得ません。3月10日発売です。そのうちに読んでこのブログでも取り上げたいと思います。

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次に、佐藤亜紀『吸血鬼』(講談社) です。作者はいわゆるファンタジー作家なんですが、平野啓一郎が「日蝕」で芥川賞を授賞された折に、平野=新潮社連合とトラブルがあった点でも有名です。詳しくは Google にでもは聞くとよいでしょうが、私は平野=新潮社に道理があったと認識しています。ということとは別にして、この作品の舞台は19世紀半ばのポーランドです。吸血鬼といえばトランシルバニアではないかと思うんですが、オーストリアのハプスブルク家支配下のポーランドの片田舎で、血液が抜き取られているのではないかと疑われるような死亡事例が何人か出ます。主人公は中央から派遣された官吏ゲスラーとその妻エルザ、また土地の大地主である詩人アダム・クワルスキなども重要な役割を果たします。不審死があった場合、キリスト教以前の土着の迷信で死体を壁の穴から出して、その穴をふさいで戻って来ないようにしたり、「ウピール」と呼ばれる吸血鬼が墓から蘇らないように、首をはねるなどの風習に愕然としつつ、他方で、オーストリア帝国からの独立を目指すとしつつも、実は百姓一揆とそれほどレベルの違いのない騒動があり、その中で官吏の妻のエルザも流産で死にます。大地主のクワルスキの家に皇帝家の紋章のある旧式の銃が持ち込まれたり、それが蜂起に重要な役割を果たしたりと、いろいろな舞台回しがあります。でも、私は少し違和感が残り、どこといって具体的に指摘することかできませんが、本来の、というのおかしなことですが、何か吸血鬼のストーリーにしては「違う」と感じるものが残りました。キリスト教以前の土着の迷信と近代的な農奴解放からさらに進んで19世紀半ばの社会主義革命も視野に入れた近代的な世界を目指す民衆と、この作品ではこういった相矛盾する2つの民衆像を描き出そうと試みていますが、成功しているかどうかは読者の読み方次第かもしれません。結局、私の疑問は場所がポーランド、ということなのかもしれません。

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最後に、増田寛也編著『東京消滅』(中公新書) です。同じ著者と出版社で2年前に『地方消滅』という新書が話題になりました。私も少し遅れて読んだんですが、このブログでは取り上げませんでした。その『地方消滅』では、いわゆる「生産年齢」の女性、すなわち出産に適した年齢の助成が大きく減少する地方自治体の存在をクローズアップしていましたが、本書では東京における高齢化の進展とその高齢者の地方での受入れについて論じています。すなわち、人口が減少して高齢化が進む日本の中でも、東京だけはどこ吹く風で若者が集まり、華やいだ街、そんなイメージはもう成り立たなくなる可能性を強く示唆しています。2015年から25年にかけて、いわゆる1都3県の首都圏では75歳以上の高齢者が約175万人増加し、本書では1人あたり医療密度なる指標を推計した上で、東京圏での医療・介護施設の不足から、近い将来に、介護施設を奪い合う事態が発生するとし、また、地方の介護人材がさらに首都圏に集中すれば、「地方消滅」に拍車がかかるため、ひとつの解決方法として、本書では地方における東京からの高齢者の受入れ、あるいは、地方への移住を含めた解決策を提言しています。もちろん、高齢者を押し付けられる地方からすれば、高齢者よりも若者の移住を望む声が出る可能性に配慮しつつも、さまざまな可能性を考慮した上で、東京圏からの高齢者を地方で受け入れることの利点を主張しています。違った視点に基づく違ったロジックでは違った結論も出そうな気がしますが、ひとつの見識として参考になるような気もします。それにしても、本書は前著の『地方消滅』ほどには話題になっていないような気がするのは私だけでしょうか?

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