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2016年7月30日 (土)

今週の読書は経済書、専門書、小説とバランスよく計6冊!

このところ、週6冊というのが定着しつつあるような気もします。少し多い気がするので、もっとペースダウンしたいところなんですが、8月が近づいて時間的な余裕もありそうと考えないでもありません。今週の読書は以下の通り6冊で、経済書2冊、教養書2冊、小説も2冊です。

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まず、赤林英夫・直井道生・敷島千鶴[編著]『学力・心理・家庭環境の経済分析』(有斐閣) です。本書は慶応大学が2010年から実施している「日本子どもパネル調査」が2時点間のデータ蓄積を終えたことから、慶応グループの研究者が子供と教育の関係に関する経済学からのアプローチの研究成果を取りまとめた学術書です。冒頭の2章が経済学的な教育の役割やデータの特徴などについて解説した後、過程や親の経済力や社会的なバックグラウンド、あるいは、家庭環境や生活の質 QOL が子供の認知的な(cognitive)能力、すなわち、いわゆる成績にどのように影響するか、あるいは、出生時の体重などの健康がその後の学びにどのように影響するかを分析しています。いくつかの知見が得られているものの、現時点では判断を留保すべき内容となっています。すなわち、例えば、所得が子供の成績に影響を及ぼすかどうかについては、データをプールしたクロスセクションの分析では明らかに正の相関がみられる一方で、longitudinal なパネルデータでは算数/数学などの一部で引き続き正の相関が観察されるものの、かなりの程度に相関が失われてしまいます。もちろん、非認知的な能力、すなわち、協調性、粘り強さやガマン強さなどが何に影響を及ぼし、何から影響を受けるのか、といった分析も現時点では少し物足りない気もします。しかし、この2時点間のデータが利用可能になった時点で、分析としては不十分で物足りないながらも研究成果として公表する意義も決して小さくないと私は受け止めています。すなわち、データへの協力を求め、こういったデータの必要性に対する認識を高めるためには、やや強引な手法かもしれませんが、ギリギリで longitudinal なパネルデータが利用可能となる2時点間のデータがそろった段階でも、何らかの研究成果を示すべきとの圧力も感じるからです。以下の通り、出版社のココログのサイトにウェブ付録を設けたのも新しい試みかもしれませんが、補論で計量分析の基礎を解説するのは不要という気もします。

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次に、ヴォルフガング・シュトレーク『時間かせぎの資本主義』(みすず書房) です。著者は公明はドイツのマルキストです。経済学というよりは社会科学全般、ないし、社会学に専門性が高いような気がします。ドイツ語の原題は GEKAUFTE ZEIT ですから、時間を買う、という意味だと思います。2012年のフランクフルト大学社会研究所におけるアドルノ記念講演をもとに2013年に出版されています。ということで、本書では、大雑把に戦後経済を振り返って、1960年代はブレトン・ウッズ体制下での経済的な繁栄がもたらされた一方で、1970年代前半の石油危機などの外的要因も加わって高度成長が終了し、その時点でケインズ的な財政出動によるインフレによる時間かせぎがはじまり、それも行き詰って、1980年代はレーガノミクスやサッチャリズムによる新自由主義的な経済政策が模索され、規制緩和と民営化による資本の収益の拡大による、やっぱり、時間かせぎをした後、2000年代のいわゆるリーマン・ショック後の金融危機や世界経済の停滞がピークを迎えたと分析し、銀行危機・国家債務危機・実体経済危機という三重の危機を迎えたとの認識を示します。それまでの資本主義は危機の先送りの過程で民主主義は解体されてしまった中で、資本主義の危機はいつまで先送りできるのか、あるいは、民主主義が資本主義をコントロールすることは可能か、について考察が進められます。著者の結論としては、少なくとも、現状の中央銀行による量的緩和などの金融政策を用いた時間稼ぎは、今のところ、時間を稼ぐという目的は果たしているように見える一方で、その資金源が最終的には国民の税金であることに変わりはなく、買われた時間を利用して問題の根本解決に取り組まない限り、いずれは中央銀行が自ら抱えた不良債権のためにその通貨圈の貨幣価値を下落させることになる、というものであると私は認識しています。ある程度は是認できる正しい認識のような気もしますが、我が国でいえば、金融政策を否定した「構造改革派」の考えにも近い気もします。

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次に、阿川尚之『憲法改正とは何か』(新潮選書) です。著者は慶応大学名誉教授であり、米合衆国憲法の専門家です。本書では、英国からの独立と米合衆国憲法の制定、その後の修正憲法の過程とその理念を論じ、ついでに、日本国憲法の改憲論についても常識的な議論を展開しています。国の成り立ちとその姿を決める成文法としての憲法を論じ、一般の法律よりも修正方法を厳しくした理念については判らないでもないものの、200年余りの米合衆国憲法の歴史で議会が修正すること27回、しかし、世界大恐慌機のローズベルト政権のころには、連邦最高裁が違憲判決を出しまくりながらも、大統領府が危機克服に事業を展開する一方で、連邦最高裁の判事の入れ替えを画策するなど、いわゆる三権分立の下でのチェック&バランスとともに、米合衆国では連邦政府と州政府の間の緊張関係もあり、それなりに緻密な論理展開により憲法が修正されていることが理解できます。目を転じて、我が国の日本国憲法についても、統治の原理としては変更すべきでない部分があります。例えば、国民主権とか基本的人権などですが、他方で、統治の原理まで行かない行動様式、というか、実践的な行政や裁判などの権力の行動様式については、場合によっては時代とともに変更することも考えて然るべき場合も考えられないでもないんではないかと思います。本書で論じているように解釈改憲の手法で実質的な改憲がなされたこともありますし、少なくとも憲法修正に関する議論を封じ込めるのは原論の自由の蹂躙に当たりかねない場合もあり得そうな気もしますし、もう少し自由で柔軟な議論が起こらないものかと、専門外ながら、私も考えないでもありません。私がもっとも期待するアウトカムは、十分に議論した上で、現行憲法のうち守るべきは何かについての国民的なコンセンサスが確立することであって、十分な議論なしに現行憲法の修正は許すべきではない、との結論はいかがなものかと受け止めています。

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次に、チャールズ C. マン『1493』(紀伊國屋書店) です。著者は米国の科学ジャーナリスト、また、サイエンス・ライターであり、英語の原著も同じタイトルで2011年に出版されています。前著の『1491』でコロンブスによる発見前の米州大陸について、主として自然科学的な見地からの知的貢献をなした後、本書ではタイトルから容易に想像される通りに、コロンブスの米州大陸発見後の自然科学的な見地からの「コロンブス交換」をテーマにしたノンフィクションです。すなわち、主として欧州人が欧州から米州大陸に持ち込んだもの、また逆に、米州大陸から欧州や中国をはじめとするアジアなどの旧世界に持ち込まれたもの、について分析しています。まず、米州大陸に持ち込まれ、欧州人を脅かしたものとして病気があります。米州大陸、特にインカ帝国との関係で天然痘が持ち込まれたのが歴史的に有名ですが、北米湿地帯に持ち込まれたマラリアと黄熱病が、入植者の欧州人に大量死をもたらしたと著者は主張します。逆に、欧州にもたらされたジャガイモがアイルランドなどの飢饉を救ったのも事実ですし、新大陸からの食料が中国における人口爆発と人口大国への道を切り開いた、とも分析しています。やや、アナール学派の歴史分析っぽいんですが、社会的な視点も忘れられているわけではなく、アフリカから奴隷として黒人が強制的に渡った点もコロンブス交換の一種として描き出されています。もちろん、新大陸から欧州に持ち出されたものとして有名な銀やタバコ、あるいは、ゴムなどの産品が当時のグローバル化の波に乗って世界を行き交う様は、わくわくさせられるものすらあります。今年2016年4月23日付けの読書感想文でフェイガン『人類と家畜の世界史』を取り上げましたが、時間と空間をかなり絞ってあるものの、やや似た構成と内容になっているような気もします。コロンブスの米州大陸発見1492年から500年の記念の日に、私は外交官として在チリ大使館に勤務していたことを懐かしく思い出しました。

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次に、角田光代『坂の途中の家』(朝日新聞出版) です。長らく図書館予約の順番待ちの行列に並んで、ようやく回って来た話題作です。作者は直木賞も受賞し、『八日目の蝉』や『紙の月』などの映画化された作品もある人気の小説家です。この作品は、幼児の子育て中の専業主婦が裁判員裁判の裁判員、といっても、補充裁判員に選出され、しかも、担当する刑事裁判が乳児の虐待死という設定で、『八日目の蝉』から『紙の月』とキワモノ度が増した後、さらにキワモノ的な色彩が強くなった気がしないでもありません。「週刊朝日」で連載が終了したのが3年ほど前ですから、売れっ子作家が忙しいのか、大きな手直しがあったのか、私は連載中の本作品を読んでいないので何とも判りません。個人の自由度が増して基本的人権が確立した一方で、半ば封建的な家制度が崩壊しつつあり、子育てや老人介護などでもしも社会的なケアが十分でないなら、自由度が増しながらも小さくなった家庭への負担が大きくなる可能性はあります。この作品で裁判の被告となっている女性は、ある意味で、大きくなった負担の犠牲者かもしれないと、この作品の主人公が考える一方で、私のような読者のサイドではそれほど多くの家庭が崩壊しているわけでもない、という事実を知っています。社会派の大きな問題を取り上げたサスペンスなんですが、最初に書いた通り、別の意味では、キワモノ度が増した気もします。そのあたりはエコノミスト的に考えるとトレードオフなのかもしれませんが、少し私のような読者にはキワモノ的な雰囲気が強くなった点が気にかかります。まったく別の観点から、2点だけ指摘しておくと、私の見落としかもしれませんが、「ストレス」という言葉が出て来ません。何らかの作者の主張が込められているのかもしれません。さらに、本作品のタイトルが『坂の途中の家』となっている理由を、これまた読み落としてしまいました。

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最後に、畠中恵『おおあたり』(新潮社) です。しゃばけシリーズ最新刊です。短編5話からなっていて、本のタイトルと同じ「おおあたり」、「長崎屋の怪談」、「はてはて」、「あいしょう」、「暁を覚えず」の5話です。いつもながら、長崎屋の若だんなとその周辺にいる佐助と仁吉をはじめとする妖のお話です。まず、若だんなの幼なじみで菓子店の三春屋の跡取りながら安野屋に修行に出ている栄吉が辛おかきでおおあたりを取りながら、模倣品が出て、結局、何だかんだで婚約者を逃してしまう表題作から始まって、獏の噺家の怪談がリアルに再現されるように追いかけられるお話、などなど、今年は特につながりのない短編集です。昔話シリーズで、佐助と仁吉が長崎屋で奉公を始めたころのお話も収録されています。ということなので、話頭を転じて、同じ作者による2シリーズを比較したいと思います。すなわち、このしゃばけのシリーズが新潮社から出ているほかに、実写の時代劇ドラマにもなり、文芸春秋社から出ているまんまことのシリーズです。表面的に、もっとも大きな違いは人ならぬ妖が出て来るかどうかなんですが、実は、時の流れが違うんではないかと私は感じています。しゃばけシリーズはサザエさんと同じで、登場人物は年を取らない、もしくは、時間の歩みがとても遅いように感じる一方で、まんまことシリーズは着実に年月が過ぎ去って、子どもが生まれたり、老人が死んだりします。しゃばけシリーズでは、栄吉は安野屋に修行に出たまま三春屋には戻って来そうもありませんし、時の流れを止めるために、婚約者と分かれさせられたりしているように私は感じます。別の言い方をすれば、時の流れが人ではなく妖と同じ悠久の流れになっているんではないかと思います。長崎屋の若だんなの婚約者はまだ子供のおりんちゃんですから、この祝言は遠い遠い先のお話のように設定されています。それに比べて、まんまことシリーズでは、主人公の麻之助はお寿ずと祝言を上げて、出産時に女房と娘のお咲を亡くしたりしますし、幼馴染で親友の八木清十郎の父親は死にます。時の流れが妖ではなく人と同じ気がします。まんまこのとシリーズには、これを示唆する『ときぐすり』というタイトルの単行本もあります。でも、この両シリーズには接点があって、それが大貞の親分です。本書の最終話は、大貞の親分が中山道を下って来る別の親分を接待するのに、若だんなが知恵を貸すこととし、そのためにみょうちきりんな薬を飲むお話なんですが、まんまことシリーズには大貞の親分の倅の小貞が麻之助のもう1人の幼馴染で親友の相馬吉五郎に男惚れして、岡っ引きの手下のようなマネをしたりします。私は本書が大貞の親分の初出かと思って、本書を貸してくれた同僚に質したところ、もっと前にも大貞の親分が登場しているようです。しゃばけシリーズのファンで、まんまことシリーズは読んでいないようですので、私のように両シリーズがごっちゃになって記憶が不鮮明ということもないようです。すなわち、大貞の親分はかなり早い段階から両シリーズに共通して登場しているような気がします。時間の流れの違う両シリーズのいずれにも登場する大貞の親分とその倅の小貞は、はたして、年を取るんでしょうか、死んだりするんでしょうか、とても興味深い展開ですが、確かなことが判明するには後10年くらいはかかりそうです。20年くらいかかるかもしれません。そうなると、私の方の寿命が尽きそうな気がしないでもありません。

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