今週の読書は経済書から小説まで計6冊!
今週は先週から当然のようにペースダウンし、経済書をはじめとして、以下の6冊です。
まず、森川正之『サービス立国論』(日本経済新聞出版社) です。著者は経済産業研究所の官庁エコノミストです。私と同業者ですので、かつて同じ課で仕事をしていたこともあって、それなりに顔見知りではありますが、ご著書をいただけるほどの間柄ではありません。ということで、本書はタイトル通りにサービスに関する経済分析です。まず、我が国サービス業の生産性について実証分析を紹介し、米国をはじめとする諸外国と比べてものすごく低いというわけではないものの、さらなる生産性向上の余地があると結論しています。ただし、いわゆるボーモル病は成り立つ可能性が高いとも見通しています。そして、サービス産業のイノベーションに話が進み、労働や雇用との関係では、サービス産業に限らないんですが、明らかに、生産性が上がると雇用は減少するという短期的な関係を論じています。最後は国際化や景気循環との関係などが論じられており、7章や8章ではサービス産業の生産性と需要との関係が取り上げられています。私の従来からの主張なんですが、サービス産業に限らないんですが、当然に、需要が高まると生産性は向上します。サービス産業ではホテルや遊園地を想像すれば明らかなように、需要が増加すればホテルの部屋は埋まって従業員1人当たりでも、資本ストックたる部屋1部屋当たりでも、どちらでも生産性は高まります。こういった需要と順循環的な生産性の計測に私は常々疑問を持っており、何らかの構造的な生産性向上のための政策的な措置がなくても、少なくとも短期には需要増加により生産性が高まりますから、どこまでターゲティング・ポリシーのような政策措置が必要なのかは疑問に感じています。その疑問に応えてくれはしませんが、それなりの学術書であり、サービス産業について考えさせられる本です。
次に、友野典男『感情と勘定の経済学』(潮出版) です。著者は明治大学教授で行動経済学や実験経済学の専門分野とする研究者です。ほぼほぼカーネマン教授の『ファスト&スロー』や一連の著作に基づいた入門書で、特にオリジナリティはないような気もしますが、行動経済学についてわかりやすく解説しています。直観的に判断するシステム1と熟慮して判断するシステム2の分類は、まったくカーネマン教授と同じですし、利得よりも損失により大きく対処するのは、ツベルスキー=カーネマンのプロスペクト理論そのものですから、このキーワードを使って欲しかった気がします。伝統的な経済学が想定する合理性からやや欠けるという意味での「限定合理性」というキーワードも現れません。しかしながら、こういった専門用語で表現される内容を平易に解説し、加えて、共同体原理で動く無報酬のボランティア活動に市場原理の金銭インセンティブを持ち込むことのムリ、あるいは、必ずしも日本人特有でないとしても同調性のある経済社会での選択行動、リスクに対する主観的確率と客観的確率のズレ、あるいは、リスク回避すべきケースなのに回避しようとしない正常性バイアス、などなど、最後は幸福論まで、いろいろと行動経済学の観点から解き明かしています。ただ、1点だけ気にかかるのは、最後にまとめて参考文献が並べられてはいますが、本文中にはまったく注記もなく、学術書であれば「剽窃」に近い印象です。何とかならなかったのでしょうか?
次に、速水健朗『東京β』(筑摩書房) です。著者はフリーランスのジャーナリストであり、タイトルにつけられた「β」とはソフトウェアなんかの完成版前のプレリリースにつけられるβバージョンと同じ意味らしいんですが、永遠に東京はβバージョンのままなのかもしれません。大雑把に地理的に東京を区分した章立てとなっており、湾岸のいわゆるウォーターフロントから始まって、新宿副都心、スカイツリーや東京タワーなどのランドマーク、そして、個別的な地点としての新橋と羽田が最後の方に取り上げられています。小説、映画、ドラマ、あるいはその他のハイカルチャーやサブカルチャーから東京について文化的に把握しようと試みていますが、この手の文化論では忘れられがちな視点ながら、背景としての経済的な動向、すなわち、高度成長期とか、バブル経済とか、経済の停滞などにも目が配られています。京都から東京に出て来た田舎者としての私なんぞには、それなりに参考になる部分もありますが、東京で生まれ育ったわが家の倅たちにはどうなのか、と思わないでもありません。東京という都市を「花の都」と見るか、当然の日常の風景と受け止めるか、読者の視点によりかなり違いが生じるような気がします。でも、東京在住者でもそうでなくても、日本の首都の文化的な姿を把握するのはそれなりに意味のあることだと考える向きもあるかもしれません。
次に、ネッサ・キャリー『ジャンクDNA』(丸善出版) です。ハッキリいって、理科系でない私にはとても難しかったです。英語の原題は日本語と同じで、著者はウィルス学で博士号を持つ研究者です。現在の科学では、「遺伝子はタンパク質をコードするDNA配列」と定義され、それ以外のタンパク質をコードしない部分は「ジャンクDNA」とよばれつつ、それがボリューム的には98%に達するわけなんですが、このジャンクDNAに関する入門書・解説書ながら、当然かなり難しいです。私の理解した範囲では、遺伝子に起因する病気の発生確率を順々に解説しているようにしか読めませんでした。その意味で、ジャンクDNAは遺伝的な病気の原因とか、老化や寿命との関係が研究されているという事実がある一方で、p.241の図14.1にも見えるように、生物がより知的で高等になるにつれて増えていくのはタンパク質のコーディングに関わる遺伝子数ではなく、コーディングしないジャンクDNAの割合だったことも明らかになっています。ヒトのゲノムは解析されましたが、宇宙の暗黒物質ダークマターと同じように、ゲノムの中にもまだ解明されていない「ダークマター」があり、遺伝的な疾病や老化だけでなく、タンパク質のコーデョングならざる何らかの意味を持っている可能性があるのは判りました。まあ、それだけです。私の知的好奇心が、コチラ方面に向いてないのかもしれません。
次に、ジャイルズ・ミルトン『レーニン対イギリス秘密情報部』(原書房) です。著者は英国のノンフィクション作家であり、邦訳本も何冊かあって、なかなか人気のようです。本書の英語の原題は RUSSIAN ROULETTE であり、2013年の出版されています。邦訳タイトルの通り、ロシア革命直前の1916年から革命初期の1921年くらいまでのソ連における英国諜報部(SIS)の活動を追ったノンフィクションです。当然ながら、英国サイドの公開情報に基づいた記述ですので、ソ連サイドの情報はほとんどないようですから、それなりのバイアスはあるものと考えるべきですが、昔ながらのスパイ活動、すなわち、変装や消えるインク、あるいは、パスポートなどの偽造などなど、ソ連に潜入した英国スパイの活動がテンコ盛りです。イアン・フレミングの小説に登場する007ジェームズ・ボンドのモデルとされるシドニー・ライリーも登場します。英国スパイは、まず、ロシア革命初期にはソ連の対独戦継続を画策し、東部戦線が停戦されると、今度はコミンテルンのインドへの「革命の輸出」を阻止すべく、積極的かつ金銭に糸目をつけない活動を繰り広げます。ソ連サイドの情報がないのは残念ですが、当時の超大国である英国が米国や欧州あるいは日本などの同盟国の動向などお構いなしに、自国の都合で対ソ連の諜報活動を展開している様子がよく伺われます。現在の米国もその意味では同じようなもんなんだろうという気がします。
最後に、長岡弘樹『赤い刻印』(双葉社) です。今週の読書で小説はこれ1冊です。作者は『傍聞き』や『教場』などの警察小説で人気のミステリ作家です。私も『傍聞き』と『教場』は読んでいます。本書も短編集で、4話から編まれています。第1話は『傍聞き』と同じ母子が主人公として登場し、シングルマザーの母親は所轄の課長に昇進し、女の子は小学6年生から中学3年生に成長しています。何年たっても年齢が増えないサザエさんスタイルとは異なるようです。ほか、医大の学生と教授の関係、特に、脳の海馬の障害から1日しか記憶を保持できなくなった学生に対して日記を命じた教授と、さらに、薬物の毒性に関する興味深い物語、自殺した小学生の親の小児科医と自殺の原因を作った担任との駆け引き、老齢の母親と障害を持つ弟の介護に疲れ切った女性を見守る医師の役割、などなど、決して恵まれた状況にあるわけではない個人個人をやさしく見守る作者の視点、さらに、不正を許さない厳しい目線、さまざまな人間関係のからみ合いの中で見えて来る真実を描き出しています。
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