先週の読書は経済書のオーバーペースで9冊を読み飛ばしてしまう!
先々週は適度なペースダウンを達成した気がしたんですが、先週は近くの図書館から経済書がいっぱい借りられて、ついついオーバーペースに陥ってしまいました。経済書を中心に以下の9冊です。今週はもう少し抑え気味にしたいと考えています。
まず、小池和男『「非正規労働」を考える』(名古屋大学出版会) です。著者は労働経済学の大御所、もう80代も半ばだろうと思います。我が母校の京都大学経済研究所の所長の経験もあったかと記憶しています。出版社を見ても、一般向けというよりも、かなり学術書に近いと考えるべきです。ということで、本書では非正規労働について、職務内容や昇進、給与などについて、政府統計の時系列をたどるんではなく、ケーススタディや個別の聞き取り調査から論を説き起こしています。古くは1950年代の造船所における社外工や1960年代の自動車工場の臨時工など、その後、本工に採用される場合とそうでない場合の違い、あるいは、賃金格差などを研究対象としています。未熟練雇用すべてを非正規にすれば労働への配分を減少させる、るいは、コストを削減することが出来るにもかかわらず、すべてが非正規とならずに正規雇用が残る要因を探ったり、景気循環対策における非正規雇用の合理性などを論じています。ただし、現時点で注目されている同一労働・同一賃金についてはまったく視野に入っていません。少し残念かもしれません。
次に、藤田昌久[編]『日本経済の持続的成長』(東京大学出版会) です。本書は著者が所長を務める経済産業研究所(RIETI)の研究成果を集大成したサーベイ論文集といえます。人口動態、貿易、企業活動、生産性、雇用などマイクロからマクロまで幅広い経済的な話題を網羅しており、出版も東大出版会ですから、それなりのレベルの学術書と考えるべきです。私が特に記憶に残ったのは、第2章で貿易を分析しており、バブル経済崩壊後の日銀理論に翻弄された「失われた20年」における円高は企業努力で対応できないほど輸出競争力を変化させる、といった分析でした。「失われた20年」の主役だった日銀金融政策の失策とアベノミクスの方向性の正しさを裏打ちした分析といえます。また、労働関係でも興味深い分析があり、注目の非正規雇用にとどまらず、最低賃金や女性雇用の拡大やダイバーシティなどについても論じられています。ただし、前書と同じように、ごく最近のトピックである同一労働・同一賃金については、本書でもスコープが及んでいません。少し残念です。
次に、みずほ総研『中国発 世界連鎖不況』(日本経済出版社) です。各章をみずほ総研のエコノミストが分担執筆しています。入社時の社名などからみごとに3社のバランスを取っていることが伺われますが、それはさて置き、タイトル通りに、昨年年央からの中国などの新興国を起点とする世界経済の停滞を対象に、その広がりの可能性と処方箋を解き明かしています。読ませどころは主として後半にあり、第Ⅳ章のリスク分析から、この先、アブナい4か国としてベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン、トルコを名指しで取り上げています。それに次ぐのは、ロシア、南アあたりでしょうか。そして、意外と我が国経済が中国経済圏に組み込まれている事実を指摘して、中国発の世界不況でもっとも影響の大きい国のひとつと結論されています。それはその通りだと私も合意します。しかし、最後に、世界経済の現状は各国が金融緩和競争によって自国通貨の減価を目指し、それを基礎として輸出や外需に基づく成長を目指している、従って、財政政策にスイッチを切り替えたり、日本の場合は成長戦略が必要、というもので、このあたりはかなり怪しいと私は受け止めています。問題が需要不足にあることは同意しますが、金融政策でも短期的には需要を創出することは不可能ではありません。金融政策にムリなのは長期的な供給サイドの強化です。私の考える処方箋は、短期的に金融政策で需要を下支えしつつ、成長戦略で長期的な供給力を担保するというものです。
次に、永濱利廣『60分でわかる「マイナス金利」』(三才ムック) です。監修者は第一生命経済研の人気エコノミストで、タイトル通りのムックなんですが、第1章が20項目のQ&Aに当てられており、第2章から第3章にかけて少し詳しい解説が置かれています。冒頭から、マイナス金利に対する極めて妥当な評価が述べられており、円高や株安を阻止し、日銀のインフレ目標達成のための強い決意を示す政策手段と位置付けられています。もちろん、タイトル通りに基本的には入門編のムックなんですが、基本的な評価が私のようなリフレ派から見て極めて正しいです。例えば、よくメディアなどで政府や日銀に対する批判的な見方として紹介されているように、マイなし金利を導入しても現状では、結局、円高や株安が進行しているのでマイナス金利は失敗だったのではないか、という誤った見方に対しては、冒頭から、マイナス金利にしていたからこそ現状程度でとどまっていたのであって、マイナス金利で泣けれあもっと円高や株安が進んでいた、と正統的な経済学の解説を加えています。ですから、基本線を解説しつつも、キチンとした経済の理解に基づいていることが読み取れ、マイナス金利だけとか、金融政策だけの解説にとどまっているわけではなく、日本経済全体の正しい理解や為替相場を通じての世界経済の理解、あるいは、日銀に先行してマイナス金利を導入した欧州の例を参照しつつ、幅広い経済の理解に結びつくところが大きなポイントだろうという気がします。高校生ではさすがに少し難しいかもしれませんが、大学に入ったばかりで、決して経済学部ではない大学生とか、経済学の専門教育を受けているわけではない若手のビジネスマンなどにも大いにオススメです。逆に、専門知識があり経済分析の業務を担当している向きには物足りないかもしれませんが、それはそれで、専門分野だけに部分的なりとはいえ、新たな知識も得られるのではないかという気がします。タイトル通り、1時間ほどで読み切れると思います。
次に、デイビッド・ヨッフィー/マイケル・クスマノ『ストラテジー・ルールズ』(パブラボ) です。著者はハイテク分野での戦略論を専門としており、それぞれ、ハーバード大学およびマサチューセッツ工科大学のビジネス・スクールの研究者です。出版社は聞きなれないところです。それはともかく、本書はビル・ゲイツ(マイクロソフト)、アンディ・グローブ(インテル)、スティーブ・ジョブズ(アップル)という3人のIT業界の経営者たちの戦略的思考法のプロセスを解き明かし、5つの法則にまとめたものです。すなわち、ほぼほぼ第1章から第5章までのタイトル通りであり、pp.21-22から引用すると、第1に未来のビジョンを描き、逆算して今何をすべきかを導きだす、第2に会社を危険にさらすことなく、大きな賭けをする、第3に製品だけではなく、プラットフォームとエコシステムを構築する、第4にパワーとレバレッジを活用する - 柔道と相撲の戦術、第5に個人的な強み(パーソナル・アンカー)を核にして組織をつくる、ということだそうです。随所に3人の経営者のエピソードが盛り込まれており、めちゃくちゃに働いた、などが印象的でした。こういった経営学の戦略論は私の専門外といいつつ、ここまでワーカホリックに働く経営者に私はなれそうにもありません。加えて、もう少しイノベーションとの関係に着目してくれていれば、経営学だけでなく経済学のエコノミストにも親しみやすい本になった気がしないでもありません。
次に、アンドリュー・クレピネヴィッチ/バリー・ワッツ『帝国の参謀』(日経BP社) です。話題の書です。少なくとも、専門外のエコノミストである私が手に取って読んでみようと考える程度には話題の書だという気がします。著者は後述の国防総省総合評価局の勤務経験者で、現在は安全保障関係のシンクタンクNPOに勤務しています。ということで、序文などではしつこいくらいに否定しているんですが、本書は米国国防総省総合評価局のアンドリュー・マーシャル局長なる90代の人物の生涯を振り返る伝記です。ニクソン政権のジェームズ・シュレンジャー長官以後のすべての国防長官に仕えている、と本書では記されています。著者2人の上司だったわけですが、1950-70年代くらいまでの米ソの冷戦下での米国側からのソ連の軍備に対する安全保障上の総合評価を確立した人物とされています。国防総省に総合評価局 Office of Net Assessment (ONA) が設置され、本書では Office を「室」と訳しているものの、実体的には「局」なんだろうと私は受け止めていますが、90代半ばの最近時点まで局長を張っている人物です。読ませどころは連戦下での総合評価、ネット・アセスメントであり、仮想敵国の戦力を分析するというもので、その分析結果を大統領や国防長官をはじめとする政権トップに伝達するのが評価の役割と心得えて、最終的な解決策の震源は慎むという態度を取っていると本書では記されています。情報ないし諜報と訳される「インテリジェンス」には、情報収集と分析と、特に安全保障上の場合はそれに対する対応の3段階があると私は考えていますが、そのうちの分析を長らく国防総省で担当してきた人物の伝記なわけで、1980年代のレーガン政権期にほぼ活動の頂点を迎え、1990年代初頭にはソ連が崩壊し、インターネットの発達などの諸条件の変化などにより、インテリジェンス活動は別の局面を迎えます。2000年代に入れば中国という新たな大国の台頭があります。そういった変化の激しい時代に、私のような安全保障の門外漢にも参考になる本だという気はしますが、今の若者には我が国のバブル経済のころの話をしても体験なくて理解が及ばない場合もあったりしますので、米ソ冷戦なんてバブルよりも前の時代のしかも海外の安全保障上の人物の伝記が、どこまで受け入れられるかは未知数のような気がします。私くらいの年齢層が読者の中心かもしれません。
次に、大橋鎭子『「暮しの手帖」とわたし』(暮しの手帖社) です。現在放送中のNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」に対してモチーフとなった、というか、ほぼほぼ原作本と見なしていいと思います。2010年大橋鎭子89歳の折に単行本として出版された後、今年になってポケット版が刊行されています。NHK朝ドラの影響は甚大です。表紙は大橋鎭子その人であり、章別の扉も自筆の手書き文字だったりします。写真を見る限り、高畑充希よりは女学校の先生役だった片桐はいりに似ている気がしないでもありません。第1章は、何といっても著者の人生に大きな影響を及ぼした、という普通の表現ではムリがあるくらいのカリスマ編集者である花森安治との出会いを置いています。そして、第2章からは少女時代、高等女学校時代、などなどクロノロジカルに著者の人生を追ったエッセイです。朝ドラでも印象的だった歯磨きチューブの破裂事件なども盛り込まれていますが、現時点までの朝ドラの進行で大きく印象が異なるのは、向井理が演じている叔父と坂口健太郎が演じた帝大生の星野はこのエッセイには現れません。まあ、朝ドラはノンフィクションではなく、本書がほぼほぼ原作とはいっても、フィクション性の強いドラマで再現されているわけですから、ある意味で、当然の変更かもしれません。私は朝ドラ前半で印象的だったシーンとして、星野の帰郷を河原で見送る常子役の高畑充希の凄みのある笑顔が記憶にあったりします。それはともかく、本書は90歳近い人物の著作とは思えないくらいに、とても若々しくみずみずしい表現と文体で、読者にグイグイと迫って来ます。これくらいの年齢の著者であれば、やや事実を脚色しつつ自慢話に持って行ったりとか、戦争の暗い時代の恨み言が多かったりとか、気に食わない出来事や人物にやたらと批判的になったりする場合も少なくないように私は受け止めているんですが、そういったカギカッコ付きの「老害」的な表現や「偏屈」な面はほとんど見受けられません。実に素直で天真爛漫な人柄のよさがにじむような文章です。もちろん、戦後からの昭和の時代を駆け抜け、ある意味では女傑と受け止める場合もありそうな人物による自伝的なエッセイですから、時代背景に対する理解を欠く読者も多そうな気がしますが、単なる「暮し」や女性といった視点だけでなく、その時代の雰囲気までも感じ取ることが出来ます。
次に、米澤穂信『真実の10メートル手前』(東京創元社) です。作者は売れっ子のミステリ作家であり、この作品は第155回直木三十五賞候補作のひとつに、このブログにすでに読書感想文をアップした伊東潤『天下人の茶』や門井慶喜『家康、江戸を建てる』などとともに、リストアップされています。前回には大きく外したんですが、性懲りもなく、今回の直木賞は湊かなえ『ポイズンドーター・ホーリーマザー』ではなかろうか、と予想しておきます。ということで、元に戻せば、この作品は作者の生み出した女性ジャーナリストの大刀洗万智を主人公としており、ネパールを舞台にした前作『王とサーカス』と同じベルーフ・シリーズの短編集です。タイトル作を先頭に6篇の短編が収録されています。ということなんですが、大刀洗万智を主人公とするベルーフ・シリーズの常で、大刀洗万智本人が物語を進めるわけではなく、ワトソン役は短編により異なります。ですから、とても不自然なことに、主人公の取材にワトソン役が同行しなければなりません。同業者のジャーナリストはまだしも、中学生や外国人が取材に同行するのはムリがあるような気もしないでもありません。本短編集にはいわゆる本格ミステリではなく、災害による死亡や心中も含めた自殺による死亡のケースもあり、その真相に主人公が迫ります。もっともミステリらしい短編は「ナイフを失われた思い出の中に」であり、警察が逮捕した男性とは異なる人物が真犯人ではないかと強烈に示唆しています。でも、本作品も警察に逮捕された男性から発表された文章がかなり不自然で、どうして不自然かというと、男性の父親や姉に比べて、かなり文章作成から読み取れる知性に差があるような気がするからです。他は、決して隠れた真犯人を探し出すわけではありませんが、人の死亡にまつわって真相を明らかにするという意味では、とても本格的な謎解きです。私の勝手な予想に従えば、ひょっとしたら、直木賞ではないかもしれませんが、面白いミステリです。
最後に、篠田節子『竜と流木』(講談社) です。著者は人気の作家で、生物パニックのサスペンス作品です。ミクロ・タタに棲む愛くるしい両生類ウアブは島の守り神として自然の循環の中で水をきれいに保つために一定の役割を果たすとともに、島の子供達や幼いころの主人公と泉で戯れていたんですが、インフラ整備のためにウアブの棲む泉から水道をひいてから、さまざまな異変が始まります。ウアブを隣の島メガロ・タタにある富裕層向けのリゾートとして開発されたココスタウンの池に移したところ、夥しいウアブの死骸が浮き上がり、同時に、主人公の父親である米国人や同僚たちが真っ黒で俊敏なトカゲのようなものに立て続けに襲われ、噛まれてショック状態になったりします。しかも、このトカゲは口中に細菌を持っているらしく、リゾートを利用する富裕層はともかく、医者にかかれない貧しい島民の場合は死に至ったりして、その被害は広がり続けます。同じ作者の『ブラック・ボックス』が何となくウヤムヤで終わったのに対し、この作品は問題の「竜」をかなりアブナい、というか、トリッキーな方法で根絶させることが出来ます。ちょっとしたSF小説っぽい仕上がりになっていて、ストーリー展開も軽快ですが、やや登場人物を作り過ぎていてキャラが同意できません。でも、人気作家の人気小説ですし、読んでおいて損はありません。
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