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2016年9月 4日 (日)

先週の読書はTPPのルポなど計7冊!

今週は僅かにペースダウンして、ジャーナリストによるTPPのルポをはじめとして、教養書や小説も含めて、以下の通り計7冊です。来週はもう少しペースダウンする予定です。

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まず、 山田優・石井勇人『亡国の密約』(新潮社) です。タイトルから明らかなように、昨年大筋合意されたTPPに関して、ジャーナリスト2人の手になるルポルタージュなんですが、実は、前半半分超のボリュームはウルグアイ・ラウンドでの国家貿易で輸入されるミニマム・アクセス(MA)米が、合理的な市場原理ではなく日米の密約により、米国産米のシェアが毎年47%と半分近くに達しており、米国産米の生産シェア1割程度からかなりかけ離れている、という主張を延々と繰り返しています。ややカンバンに偽りがあるんではないか、という気がしないでもありませんが、ウルグアイ・ラウンドからTPPに至る農産物貿易交渉を一括して取り上げる意図なのかもしれません。そして、著者たちの主張はp.236に見られる通り、TPPも骨抜きにされた、というものです。すなわち、聖域なき関税撤廃、金融・通信・知的財産権などの高度サービスを含めたルールの統一、といった新時代にふさわしい自由貿易協定であるべきTPPが経済学が主張するような最大厚生をもたらす自由貿易とはかけ離れた内容であり、中国が主導するAIIBに日米が対抗するTPP、という構図で経済よりも政治・外交の観点が優先した、との結論です。ということですから、著者のジャーナリスト2人はかなりエコノミスト的な観点に近く、自由貿易の利益を大いに肯定し標榜する視点からのルポといえるのかもしれません。また、日米同盟に関して、ビルマルクの言葉を引いて「同盟とは騎士と馬の関係」であるとし、日本は馬であって米国に従属する立場であることを示唆しており、日米関係についてかなり正確かつ講座派的な認識が示されていますし、ウルグアイ・ラウンド当時と今回のTPP交渉とで農水省のプレゼンスが大きく異なっている点について、小選挙区制の浸透・深化による農水族議員の凋落、と見ているのももっともだという気がします。いろいろと物足りない点もありますが、私のような貿易交渉に不案内なエコノミストには参考になる点もあって、それなりに興味深いルポでした。

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次に、上岡直見『鉄道は誰のものか』(緑風出版) です。著者は環境経済研究所代表という得体の知れない団体を主催しているようですが、化学関係のエンジニアを引退した方のようです。本書では、タイトルと大いに異なり、鉄道に対する期待の大きさとそれに比例した失望感が繰り返し何度も表明されています。基本はエンジニアの視点だという気もして、朝日新聞の書評で「理系の出身でありながら、問題意識はきわめて政治思想の研究者に近い」と持ち上げているのは少し理解できません。最初に、大都市圏の通勤・通学電車の混雑、あるいは整列乗車を評して、行列で有名になった旧社会主義国の商品出回り状況になぞらえているのは至極もっともとエコノミストの私も同感しますが、どうしてそうなったのかといえば、需要が供給を上回っているからであり、単純なエコノミストであれば価格=電車賃の引上げを提唱するのではないか、という気がします。あるいは、ラッシュアワーの電車の一定数を占める通勤サラリーマンの多くが交通費を定期券で実物支給もしくは実費支給されていて、事実上、価格メカニズムが働かなくなっているという点も見逃せません。ですから、著者のように混んでいる上に料金が高い、との指摘は矛盾しているわけで、本書でも取り上げているように、別料金を徴収して座れる電車、「ライナー」などと称されている特別列車などを利用するためには、あるいは、これをデフォルトにするためにはそれなりの運賃引き上げが必要そうな気もします。ただ、その背後には独占力というものがあり、東京をはじめとする大都会ではJRや民鉄の間である程度の競争がある一方で、ほとんど選択の余地ない地方では独占力を背景にサービスを低下させても需要は減少しないという事業者のおごりも垣間見えます。ただ、60歳過ぎというこの年齢の著者の見方ですから、第4章での障害者に対する見方は独特のような気がしますし、逆に、障害者の車いすにここまで着目しながら、ベビーカーには電車のドアに挟まれて事故を起こしたという以外の目が行き届かないのも悲しい気がします。もちろん、大都市圏においてもそれなりの独占力を持っている鉄道会社ですから、時折、こういった批判本が出てそれなりのプレッシャーをかけるのも社会的には必要なんだろうという気はしますし、最後のリニア新幹線に対する見方なんぞは私とかなり共通していることは否定しません。

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次に、栗山尚一『戦後日本外交』(岩波現代全書) です。著者は1990年ころのバブル期に外務省に事務次官を務めていた人物で、もちろん、キャリアの外交官です。天下り空いた後に、『アジア時報』なる刊行物に寄せていたコラムを取りまとめたものです。著者は2015年に亡くなっていますので、ひょっとしたら未完かもしれません。2部構成の計13章から成っているんですが、読む値打ちがあるのは第8章までです。戦後外交、というか、日本の方向を決定した吉田ドクトリン、すなわち、安全保障では米国の保護の下に入って、利用可能な政策リソースは経済発展に振り向ける、という外交政策から始まって、国連、自由経済研、アジアの外交三原則を踏まえつつ、安保条約改定、沖縄返還、日中国交正常化などの戦後外交の歩みを振り返っています。沖縄返還時の核密約など、私の腑に落ちない記述も決して少なくないんですが、第2部の最終章の憲法第9条の解釈、あるいは、明確に自衛隊は軍隊であると断定するなど、私の理解と共通する部分も少なくありません。著者は外交官試験の憲法に関する口頭試問で、自衛隊は軍隊であると明言した本書にと記しており、私も現在勤務している経済官庁に就職する際にマルクスの『資本論』全3巻を読了していると面接で述べたことを思い出してしまいました。著者が亡くなった後に編まれた書物であり、物足りない感は半端ないんですが、条約局勤務の長かった著者の外交感覚を伺える好著だという気がします。でも、繰り返しになりますが、大いに賞賛の的となっていた我が国のバブル期に国を背負った外務省事務次官ですから、すっかり先進国の中でも沈みきった我が国の現状を省みて、少し感覚的なズレがあるのは仕方ないような気がします。それから、評価はビミョーなところですが、外交はキャリアの職業外交官が担うべきか、国民から選ばれた選良たる政治家が担うべきか、そういった視点で読み進むのも一案かという気がします。

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次に、堀田江理『1941 決意なき開戦』(人文書院) です。エコノミストながら、それなりにヒストリアンを自負している私でさえ、馴染みのない著者が馴染みのない出版社から出した本ですが、ご本人が2013年に出版した Japan 1941 と題する本の日本語版らしいです。ボリュームの割には、どうということもない内容で、どこかの書評で「正統的な歴史」といった趣旨の表現を見たような気がしますが、極めてよく表現すればそうなりますが、逆からいうと凡庸極まりないともいえそうです。あとがきに、現時点で日米開戦の事情を記述するのも意味があるような著者の言い訳がありますが、賛同する読者がどこまでいるかは不明です。結局、天皇がxxしておけば…、とか、開戦反対だった海軍がxx…、とか、近衛総理がxxだったら…、とか、仮定のお話で開戦が回避できたような著者の見方には私はまったく賛同できません。これらは歴史家の語り口としてはやや奇っ怪な表現であり、どうして開戦してしまったのかを史料の解読を積み重ねて解明すべきところを、現実とは異なる仮定の話で開戦が回避可能だったようによそおうのは歴史家の態度としては疑問なしとしません。結局、結論としていえば、p.367にある通り、「結局は、誰も自らの身や組織を挺して、決定的に戦争に歯止めをかけることをしなかった結果が、開戦だった。」ということなんでしょうが、戦後70年を経てこの到達点かね、という気がしないでもありません。タイトルも英語タイトルと日本語とでビミョーに違っていて、決意のしっかりした開戦だったら、どうだったのかね? という疑問も湧いて来てしまいます。私個人としては欠のしっかりした開戦だった方が結果が怖い気がしないでもありません。いずれにせよ、終戦の日の前にはこういった本が出版されて、それなりに注目される歴史的経緯があるわけで、高校生の夏休みの読書感想文に好適なレベルの書物、という推薦は出来るかもしれません。ただ、何度か出て来る「同盟国」というのが英米の「連合国」らしいと私が気付いたのが、かなり読み進んでからでしたので、まあ、"Allies" の邦訳でしょうが、通常のヒストリアンや歴史研究者と少し違った用語が使われている点は注意が必要かもしれません。

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次に、ロビン・ダンバー『人類進化の謎を解き明かす』(インターシフト) です。著者はオックスフォード大学の進化心理学の研究者であり、私が知っているのは、強制的な規範や法を抜きに親しい安定した社会関係を維持できる人数の上限は150人、というもので、本書にも登場します。なお、本書は Human Evolution 、すなわち「人類進化」という現代で2014年に出版されています。要するに、本書ではヒトをケモノを分かつ点がいくつかあり、発声と会話、火を使った料理、社会的な集団形成などについて、何がこれらのヒト、というか、本書ではホモ属と呼ぶところのヒトの特徴をもたらし、それはいつごろなのか、という謎を解明しようとしています。その際のツールのひとつで重要な役割を果たしているのが pp.84-85 でアルゴリズムが示されている時間収支モデルです。エネルギーを得るために大量の時間を費やすのは非効率ですし、それを解決したのが火を使った料理であり、摂取カロリーの増大とエネルギーを得るための時間の節約につながった、と主張しています。さらに、社会性の形成の観点から、いわゆる毛づくろい=グルーミングを社交につながる源として重視し、毛づくろいに代替する会話が誕生し、さらに動物にはない笑いが人間には出来るようになり、音楽に発展するとともに、音楽とトランス状態になる一部のヒトから宗教が生じる、という見立てです。さらに、第9章では、本書でいうペアボンディング=単婚(モノガミー)と多婚(ポリガミー)についても生物学的な見地と社会学的な見地から考察を試みていますが、私の目から見て仮説の域を出ず、それほど説得力ある仮説でもないような気がします。取りあえず、エコノミストであり、マルキストの素養ある私の目から見て、いわゆる原始共産制までの人類の進化に関する興味深い解明だったような気がします。しかし、その後の剰余生産物が可能となるまで生産が拡大し、同時に社会階層や格差が生じた後の経済社会に目を配るのがエコノミストの役割かもしれません。いずれにせよ、興味深い「ヒトがヒトたる進化の過程」を解き明かそうと試みた好著です。社交や社会性といった切り口から、私のような専門外の読者にもわかりやすく出来上がっています。

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次に、真梨幸子『私が失敗した理由は』(講談社) です。作者は売れっ子のイヤミスの作家であり、私も最近作はほとんど読んでいます。本作はメタ構造になっているというか、著者が自らのペンネームとデビュー作の『孤虫症』の作品名も明らかにウワサ話で登場し、埼玉県の所沢市をついつい想像してしまう首都圏のベッドタウンのタワーマンションを舞台に、いろんな人が死ぬミステリです。というか、イヤミスです。作中では、ドロドロのミステリということなんでしょうが、イヤミスではなく「ドロミス」と表現されていたりします。この作者の作品ですから、必ずしも正常な意識で論理的な解決が示されるわけではありませんが、いろんな登場人物がいろんな発言をして、1ダース近い殺人がある中で、この作者の作品としては登場人物の間柄が私にも分かりやすかった気がします。要は、出版社をやめて独立した編集者が、失敗談を集めた本を出版しようと取材を続けるうちに、いろんなヒトが殺人に巻き込まれ、波乱万丈の人生を送るというストーリーで、とても現実にあり得るお話とは思えませんので、作中人物に感情移入するのは難しそうな気もします。でも、私も通勤電車で読んでいて、ついつい笑い声を上げて周囲から注目を集めてしまったりしたんですが、楽しいエンタメ小説であることは確かです。ケースは5つ取り上げられており、マイホーム、独立、選挙、結婚、家族の順です。まあ、あくまで一般論ですが、人の不幸は蜜の味、人の失敗は娯楽ともいえますので、それなりに楽しく読める小説です。イヤミスといいつつも、それほど読後感は悪くありません。小説に感情移入せずに第3者的に読めば、笑顔も出るかもしれません。

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最後に、青山文平『半席』(新潮社) です。作者はつい最近に直木賞を受賞した人気の時代小説作家で、よく確認していないんですが、この作品は直木賞受賞後第1作かもしれません。時代小説の短編集ですが、主人公は同一人物で、もちろん、時代背景も同一です。タイトルの「半席」とは、1代限りの旗本を意味し、すなわち、本人は旗本なんですが、家督を継いだ惣領息子は御家人に戻されてしまう、という江戸時代の幕府のシステムらしく、主人公がこのシステムを利用し、なのか、このシステムに苦しみ、なのか、御家人から旗本に身上がるべく、目の前の仕事に励む若き徒目付の片岡直人が主人公となった6話の短編から編まれています。でも、お役目の公式な仕事となるのは第5話だけで、この主人公の片岡直人に上役から振られたのは、腑に落ちぬ事件にひそむ「真の動機」を探り当てる御用ということになります。すなわち、犯人も罪状も明らかであって、ミステリでいえば whodunit ではなく、whydunit を解き明かすというのが、少なくとも4話までの筋立てです。例えば、職務に精勤していた老侍が、なぜ刃傷沙汰を起こしたのか、といった事犯です。主人公は一回り12歳年上の上司から、青臭い建前論で年寄侍から真実を聞き出す名人のように扱われています。そして、無役を嫌う主人公は自分の家を「半席」から脱して、自分の息子が生まれながらにして旗本になれるように、立身出世を目指し、結局、目標とする役方の勘定方になるよりも、徒目付にとどまってお役目を果たす、という人生を選択します。主人公は徒目付の片岡直人とその上司の頭である内藤雅之なんですが、下谷広小路の偽系図売りで登場する浪人ものの沢田源内が何ともいえないキャラで際立っており、定食屋のオヤジとともに、いい脇役を演じています。ややめずらしいことなんですが、私はドラマ化を熱烈に希望しています。

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