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2016年11月19日 (土)

今週の読書はハズレの経済書や愛読のミステリのシリーズ最新刊など計10冊!

今週は、いわゆるFinTechや人工知能(AI)の金融業界における活用などの経済書に加えて、米国大統領制度に関する教養書、人気のミステリのシリーズ最新刊などなど、以下の通りの計10冊です。

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まず、城田真琴『FinTechの衝撃』(東洋経済) です。著者は野村総研のコンサルタントであり、私はその昔に同じ著者の『ビッグデータの衝撃』という本を読んだ記憶があります。2012年8月1日付けの読書感想文のブログで取り上げています。その他、『xxの衝撃』と題する本も何冊か出版しているようです。ということで、米国などでは、金融業、特に銀行に対する顧客からの評価が低い一方で、ハイテクのIT企業は好かれており、そういった後者のテクノロジー企業が銀行業などの金融分野に進出してきた現状をリポートしています。銀行では支店での取引ではなく、スマートフォンなどのモバイル機器を使った取引が多くを占めたり、いわゆるIT化がインターバンクの決済などのバックエンドではなく、顧客とのインターフェイスとなるフロント業務で生じていると指摘しています。その背景としては、米国では1980-2000年生まれのミレニアル世代が多数を占めつつある人口動態の中で、デジタル・ネイティブ、あるいは、スマート機器の使いこなしなどでFinTechとの相性のよさを示している点が追加的に上げられています。そして、FinTechそのものについては、クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』でいうところの破壊的技術革新であろうと示唆しています。そして、銀行業界だけではなく、証券業や保険業などのFinTechも視野に入れ、幅広くその技術や影響について解説を加えてくれていますが、私のようなシロートにも配慮して、というか、何というか、詳細な技術的な解説はありません。ですから、まさに、私のような専門外のシロートが「四角い部屋を丸く掃く」ように、キーワードを理解しつつ深入りせずに、何となく判った気になれる、という意味で、とても良書だと思います。おそらく、コンサルとしては第4章の金融機関のフィンテック戦略のあたりが眼目のような気もしますが、私はそれほど興味もなかったのでスラッと読んでしまいました。最後に、人工知能(AI)などが金融業界でどのように活用されているかについては、次に取り上げる『人工知能が金融を支配する日』でも同じようなテーマに取り組んでいるんですが、ビットコインで有名になったブロックチェーンの将来性については正反対の結論となっています。すなわち、本書では時間も手間もかかるだけに偽造に対する障壁となる、という評価なのに対して、次に取り上げる『人工知能が金融を支配する日』では時間と手間がかかって実用的ではない、との結論です。まあ、考え方次第なんだろうという気がしますが、総合的に、金融業界における新たなテクノロジーについて1冊だけということであれば、本書の方をオススメします。

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次に、櫻井豊『人工知能が金融を支配する日』(東洋経済) です。私はよく知らないんですが、著者は金融市場・金融商品・金融技術の専門家だそうです。私のようなシロートにも判りやすいように、金融市場や金融商品についても簡単に解説した上で、人工知能(AI)がいかにして金融取引、特に、ヘッジファンドで利用されているかを概観しています。リーマン・ショック以降の金融取引でのAI利用の様相が大きく変化したと著者は指摘しています。私から見て興味深いのは2点あり、第1に、IBMやGoogleといったハイテク企業の人工知能(AI)研究者が、次々とヘッジファンドに引き抜かれているという事実です。最新のAIテクノロジーを金融取引で駆使し、驚異的な分析能力と取引速度を有するロボ・トレーダーを開発することを目標としているといいます。そうなれば、まさに勝者総取りの世界で、金融取引の利益が独占されかねませんが、容易に想像される通り、我が国ではこういったハイテク金融取引の技術が米国に比べて遅れに遅れており、グローバル化する金融取引の恩恵にあずかれない可能性があります。なお、こういった金融技術の遅れについて、著者はかつての護送船団の影響と分析しています。第2に、英国オックスフォード大学のマーティン・プログラムなどで推計し、Frey & Osborne の論文が明らかにしたように、AIの進歩により失われる雇用がいっぱいあって、このブログでも今年2016年1月7日付けのエントリーで取り上げたとことですが、実は、大規模かつ急速に雇用が失われるのは金融界の雇用と予想されています。米国のように、バイサイドのヘッジファンドなどにパワーバランスが傾くのではなく、日本では証券会社などのセルサイドに圧倒的な影響力があって、バイサイドの投資運用会社は見る影もないんですが、こういった運用におけるAIの活用などはバイサイドに影響力アップにつながるんでしょうか、それとも、証券会社などのセルサイドがAIの活用でも先行するんでしょうか、私には少し興味あるところです。

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次に、宮川重義『世界の金融危機とバブルの分析』(中央経済社) です。著者は京都学園大学の研究者です。亀岡かどこかにあった大学ではないかと記憶していますが、京都出身の私でもよく判らなかったりします。本書は著者も明け透けに書いているように、ナラティブでバブルや金融危機について分析しようと試みた部分が多く、かなりの限界を感じます。ハッキリいって、物足りません。一応、米国発の世界大恐慌から始めて、北欧、米国のサブプライム・バブル崩壊後の危機、1997-98年のアジア通貨危機、日本のバブル崩壊と1997年ころの金融危機、バブル期の日本銀行の対応や量的金融緩和政策等の金融政策を分析しようとしているんですが、目新しい観点や分析はまったく見られません。例えば、米国発の世界大恐慌については、p.30において、貨幣ストックの減少、デフレによる銀行貸し出しの減少、金本位制の足かせの3点を原因として上げていますが、経済学者としての特段の見識は感じられません。みんながいっていることを取りまとめて結論にした、というカンジでしょうか。ナラティブだけでなく、VARプロセスを応用したインパルス応答関数による時系列分析も見られるんですが、p.181やp.271のグラフでは、ほとんどが信頼区間の幅にゼロが含まれてしまっており、かなり強引に結論を引き出していると私は考えざるを得ません。中でもひどいのが第7章の我が国の1980年代後半のバブル経済の内幕を見ようとした部分で、ほとんどがジャーナリストの著作の切り貼りで済ませており、著者みずから当該章の冒頭で「屋上屋を架す」と称しているのには苦笑せざるを得ませんでした。いくつかネットで文献を探していたら、アマゾンのオススメに出て来たところ、都内の区立図書館ですぐに借りられたので読んでみましたが、期待外れでした。タイトルにひかれたんですが、今年7月の出版で3か月後にすぐ貸し出しが可能となっているという点が、本書の内容の薄さを物語っている気がします。なお、アマゾンのカスタマ・レビューはまだありませんでした。最初のレビューは星いくつでしょうか?

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次に、待鳥聡史『アメリカ大統領制の現在』(NHK出版) です。著者は我が母校の京都大学の研究者です。タイトル通りに米国の大統領制を論じていますが、もちろん、現在だけを歴史的に切り取っているわけではなく、250年近い米国の歴史から現在に至る大統領制を概観しています。そして、その最大の特徴を国権の最高機関である議会への抑止力と位置づけています。すなわち、「分割政府」という言葉を著者は使っていて、私は「分割権力」の方がいいような気もしますが、いわゆる三権分立の政治体制の中で、大統領は議会の暴走を抑止する役回りであり、19世紀には奴隷解放を宣言して南北戦争を戦い抜いたリンカーン大統領くらいしか歴史には残らず、米国における大統領の憲法上の権限が小ささを指摘します。その流れが変化したのは1930年台のローズベルト大統領のニューディール政策であり、大恐慌からの本格的な復帰は戦争経済を待たなければならなかったものの、米国大統領の政治経済に占める重要性を浮き彫りにしたと指摘します。ただし、本書では何の言及もないんですが、ニューディール政策の実行に当たっては、ローズベルト大統領の意向に沿って、議会民主党幹部が数多の法律を通しまくったのが背景にあり、大統領と議会における与党幹部に緊密な協力体制、というか、大統領の強力なリーダーシップの基での議会運営という観点は見逃せません。法案についていえば、大統領は署名を拒否する権限はあるものの、議会でオーヴァーライドされればどうしようもありませんし、そもそも日本の内閣のような法案提出や予算案作成といった権限は米国大統領にはまったくありません。こういった制約の大きな米国大統領なんですが、これも本書は指摘していないものの、政治任用が幅広く存在する米国で政府をはじめとする公職3000人の人事権があるという面も見逃せません。ただ、人脈にも限りある中で、トランプ政権では人事は共和党主導になりそうな雰囲気が見られるものの、限りある権限で何が出来るのか、メキシコ国境に壁は築けるのか、イスラム教徒の入国は阻止できるのか、トランプ次期米国大統領の手腕の見せどころかもしれません。

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次に、大越匡洋『北京レポート』(日本経済新聞出版社) です。著者は日経新聞の記者で、今春まで北京駐在だったそうです。少し前から中国経済が変調を来たして、新興国経済に波及してさらに世界経済の下押し圧力となっています。基本的には極めて古典的な過剰生産恐慌のひとつと私は受け止めていますが、そういった構造要因も含めて本書では幅広く中国内部の「暗部」について取り上げています。すなわち、民主主義のない社会における統制過剰、隠蔽、縁故、拡張主義、国際規律無視、あるいは、絶対的で憲法の上に位置する共産党の存在、などなど、書き出したら切りがないんですが、その中でも私の印象に残ったのは経済的格差の拡大です。経済成長に伴って国民が平均的に豊かになって行き、むしろ、経済的な不平等が縮小する方向に向かうのは、戦後の西側経済でも観察された事実であり、経済学的にはクズネットの逆U字仮説と呼ばれて、ほぼ戦後期には成立が確認されたんですが、今世紀の中国には当てはまらないのかもしれません。それから、民主主義がない中での政府の横暴については、本書では中央政府というよりは無数にある地方政府や実際に政府と同じ役割を果たしている党組織や国営企業でこそ広く見られると指摘していますが、そうなのかもしれません。その意味で、私はまだまだ中国の国内で開発余地が残されているように感じないでもないんですが、本書でも慎重な表現ながら、中所得国の罠に中国が陥っている可能性が示唆されています。加えて、国際面では、経済的には人民元の国際化については一定の成果を得たものの、安全保障や外交では韜光養晦を棄てて、いかにもムチャな大国意識に基づく拡張主義、横暴な国際ルールの無視により、日本などの周辺国や米国をはじめとする先進国との国際協力にも影響が及びかねません。高成長のころにアフリカなどで資源を高値で買いに走りはしたものの、もしも、国際社会で孤立することとなればさらに成長を阻害する可能性すらあります。でも、本書はジャーナリストの手になる優れたルポルタージュながら、さすがに、解決の処方箋はジャーナリストの手に余るのかもしれません。それだけが残念です。

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次に、秋田浩之『乱流』(日本経済新聞出版社) です。副題は『米中日安全保障三国志』となっています。著者は日経新聞をホームグラウンドとするジャーナリストで、2008年には同じようなタイトルで『暗流 米中日外交三国志』という出版もあるそうですが、10年近くで状況が大きく変化しているでしょうから、私は読むつもりもありません。ということで、日本を取り巻く安全保障に関するルポルタージュです。爪を隠して力をナイショで蓄える鄧小平的な韜光養晦の路線を現在の習近平政権が放棄し、海洋進出の意図を隠そうともせずに、海底油田やガス田があり、また、シーレーンとしても重要な南シナ海や東シナ海に勢力を伸ばそうとする一方で、米国は中東のイラクやアフガニスタンに兵力を割かれ、日本は古色蒼然たる吉田ドクトリンのままで、中曽根内閣の当時に防衛費のGDP1%枠を放棄したにもかかわらず、相変わらず、自衛隊はそれほど頼りにならない、といった中で、安全保障について議論し、中国のしたたかな外交や安全保障政策が明らかにされています。7月10日付けで取り上げた『帝国の参謀』の主役を務めるアンドリュー・マーシャルについての言及もあり、私には興味深く仕上がっているように見えます。本書では、バランス・オブ・パワーの論理に基づいて世界を解釈するのをリアリストとし、私のように、あるいは、フリードマンの『レクサスとオリーブの木』のように、通商の盛んな間では武力紛争は起きないと考えるのをリベラリストとしていますが、現在のわが国では嫌韓論や嫌中論の本ばかり賑やかな中、本書は冷静に米中の駆け引きを明らかにしつつ、4つのシナリオを提示しています。日米同盟を主軸としつつも、米国が主導する現状維持のシナリオ、米中がせめぎ合うシナリオ、米国との軍事同盟ではなく中国との協商関係を強化するシナリオ、日本が自立する弱肉強食のシナリオ、です。私のような安全保障に関するシロートの知らない事実をいっぱい詰め込んだ上に、知っている事実まで含めてウラ事情をていねいに解説してくれていて、ある意味で、私には関係ないだけに面白く読めました。ただ、中国で群に対するガバナンスがどこまで確かなのかは不安が残ります。かつての我が国の関東軍のようにシビリアン・コントロールがまったく効かずに、軍が独断専行してしまうリスクはどこまであるんでしょうか?

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次に、近藤史恵『スティグマータ』(新潮社) です。自転車レーサーの白石誓を主人公とするサクリファイスのシリーズ最新刊の長編です。私はこのシリーズはすべて読んでいると自負しています。なお、この作品のタイトルとなっているスティグマータ stigmata とは「聖痕」、すなわち、十字架に磔にされた際のイエス・キリストと同じ傷跡、という意味のラテン語だと理解しています。どうでもいいことですが、傷はたくさんあるんでしょうから複数形です。ということで、主人公の誓が欧州に移住した後、日本でチームメートだった伊庭も渡欧して来て、グラン・ツールの中でももっとも日本で人口に膾炙したツール・ド・フランスが舞台となります。伊庭のチームにはドーピングの発覚で名声を失墜した世界的英雄のロシア人メネンコが復活して所属し、ツール・ド・フランスにも参戦します。なぜか、誓はこの伊庭を仲介としてメネンコから同じチームのスペイン人の動向をマークするように依頼されてしまいます。そして、不穏な空気が漂う中、誓と伊庭とメネンコと、そして、これも復活したニコラも加わって、いよいよ、ツール・ド・フランスが始まります。別途、誓が前のチームに所属していた時にアシストしたエースのミッコ、また、前年総合優勝のレイナ、ミッコと同じチームから現れた新星などなど、三つ巴、四つ巴のレースが展開します。メネンコとニコラとミッコはチームのエースとして、そして、誓はそのニコラのアシストとして、伊庭はアシストなしの単騎のスプリンターとしての出場です。しかし、最初のタイムトライアルでニコラが3年前に死んだはずのドニを見たといっていきなり調子を崩します。3年前、ドニはニコラがツールを去るきっかけとなったわけで、チームのエースの心理的な動揺はアシストの誓にも影響します。また、最後の方ではメネンコのレース参加の真の目的がほのかに浮かび上がり、それを阻止しようとする誓が逆に脱落したりします。相変わらず、とても面白いミステリです。次回作も大いに期待して私は待っています。ドーピングに対する作者の姿勢にとても共感しました。

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次に、上田早夕里『夢みる葦笛』(光文社) です。作者は中堅どころの売れっ子SF作家であり、私も『華竜の宮』や『深紅の碑文』などのオーシャンクロニクルのシリーズを愛読していたりします。私はSFよりもミステリなんですが、円城塔や宮内悠介などどともに、好きなSF作家のひとりです。この作品集は短編10篇で編まれており、収録順にタイトルだけ羅列すると、「夢みる葦笛」、「眼神」、「完全なる脳髄」、「石繭」、「氷波」、「滑車の地」、「プテロス」、「楽園(パラディスス)」、「上海フランス租界祁斉路320号」、「アステロイド・ツリーの彼方へ」となります。最初の4編は光文社文庫の『異形コレクション』のシリーズに収録されており、「プテロス」のみが書き下ろしとなっています。なお、最後の「アステロイド・ツリーの彼方へ」は創元SF文庫の2015年の年刊SF傑作編のタイトルに採用されており、SF短編の傑作といえます。創元SF文庫の『アステロイド・ツリーの彼方へ』は私も読んでおり、ほぼ3か月前の今年2015年8月20日付けの読書感想文で取り上げています。広く知られた通り、というか、ガンダムなんかでも出て来るように、アステロイド・ベルトとは火星と木星の間に存在し、そこの探索用に猫型の情報端末をごく一般ピープルが最後の仕上げをする、そして、その猫型端末はアステロイド・ベルトを越えてさらに先に探索に進むことを希望する、というストーリーです。短期間に2度読んだからかもしれませんが、この短編集に収録されている中で、私にはもっとも印象的な作品です。その直前の「上海フランス租界祁斉路320号」は昭和初期の上海を舞台にしたパラレルワールドをテーマにした作品ですが、これも印象的でした。どうでもいいことながら、タイムトラベルにまつわるパラドックスにはどのように対処されているのだろうか、と気にかからないでもありませんでした。ほか、最初の『異形コレクション』に収録されている4編は、オカルト的というか、ホラーの仕上げにもなっており、少し気味悪く感じる読者もいるかもしれませんが、人間に憑依するのがオカルト的というか、霊的なものではなく、3次元の我々から見た高次元の存在、というのもSF的な仕上げになっています。その他に順不同ながら、最近流行りの人工知能(AI)ならぬ人工知性、宇宙探索、地下都市、パラレルワールド、人の夢などなど、必ずしも従来のSFの枠に捉われず、ホラーやオカルトの要素も取り入れて、作者の力量が十分にうかがえる短編集です。

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次に、中沢新一『ポケモンの神話学』(角川新書) です。本書は1997年に出版された単行本、また、2004年に新潮文庫で出版された内容にまえがきやあとがきを加えただけの内容であり、決して、ポケモンGOなどの2016年におけるポケモンについて論じているわけではありません。1996-97年ころのポケモンですから、本書でも明らかにされている通り、ゲームボーイでプレーするゲームであり、『コロコロ・コミック』などではマンガになっていたのかもしれませんが、少なくともテレビのアニメの放送は1997年4月からですから、本書では考慮されていません。映画は1998年夏休みからです。ということで、著者はニョロボンになぞらえて、オタマジャクシを取っていた子供時代と重ね合わせて、ポケモンをゲットして図鑑を完成させるゲームについて、子供らしい虫取りやオアマジャクシ、あるいはザリガニ取りなどとの連想を膨らませます。まあ、そうなんでしょうが、フランスポスト構造主義でどこまでポケモンを解明できるかは私には不明です。私の感触では、極めて大雑把に、現時点での20代から17-18歳くらいまでがポケモンとハリー・ポッターで育った世代だと思います。2008-10年の2年間、私は地方大学の経済学部で教員をしましたが、その時の学生諸君の世代がポケモン第1世代のような気がします。現在だと20代後半ということになります。個々の学生によってポケモンの評価が大きく異なり、まったくのムダだったとしか評価しない学生もいれば、友人関係や家族での楽しみ方などでそれなりに評価する学生もいました。それにしても、今年はポケモンGOで大きく復活した気がします。私は最初の海外勤務から帰国した1994-95年くらいにゲーム機を買い求めた際、ハードウェア的にすぐれているという観点からセガサターンを買ってゲームをしていましたが、ビデオのVHSとベータマックスの競争と同じで、マシンとしてのハードの完成度よりもソフトのバリエーションなどのほうが勝負の分かれ目だということをすっかり忘れていて、プレステの天下となった折には悔しい思いをして、その後はゲームには手を出しませんでした。結婚して子供ができ、我が家の倅たちが小学校4年生と2年生の時に、ニンテンドーDSを買い与えた記憶があります。常日ごろの私の主張ですが、ゲームやアニメは我が国が世界に誇る文化だという気がします。

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最後に、阿古真理『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版新書) です。著者については、私はよく知らないながら、関西方面でご活躍の食に関する著述業の方のようです。ですから、いきなり、「炊く」という言葉は標準語ではおコメに対してしか使わないとあって、「水炊き」という言葉はどうなんだろうか、と不思議に思ったりしました。それはともかく、パンについて幕末あたりから日本に入ってきた歴史をひも解いています。個別には、アンパン、バゲットやバタールなどのフランスパン、カレーパンなどを取り上げ、銀座の木村屋、神戸のフロインドリーブなどのパン屋さんも紹介しています。ただし、メロンパンだけは起源、というか、由来というか、発祥については不明だそうです。誠に残念ながら、日本だけではページを埋め切れなかったのか、本場本元の西洋までさかのぼってパンの由来などにも触れています。私は何といっても、戦後米国の過剰小麦粉を供与されての学校給食の影響が大きいと思います。その後、コメ余りの中で学校給食に米飯が持ち込まれたりして、結局、余った食料を小学生に食べさせているような気がしなくもありません。パンという一種の食文化を通しての日本文化論というほどの広がりでもなく、本書はどちらかというと、グルメ雑誌の延長線上に位置して、雑誌情報よりはやや詳しめに手広く情報を集めた、というカンジの本かと思います。でも、それなりに流行っていることも確かで、人によっては一読の価値はあると考える向きもありそうです。私はグルメでも何でもなく、ついでにいうなら、おしゃれでもなんでもないんですが、食べ物に関しては興味あるものですから図書館で借りました。なお、本書の冒頭に2011年の統計でパンに対する支出がコメを上回って話題になった、とあって、時期的に間違いなく私が統計局の担当課長として記者発表したんだろうと思うんですが、誠に残念ながら、まったく記憶にありません。

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