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2016年12月17日 (土)

今週の読書は経済書や小説も含めて7冊にややペースダウン!

今週の読書は経済書や小説などを含めて以下の通りの7冊です。ただ、新刊ではないので取り上げませんでしたが、一昨年話題になった『京都ぎらい』も読みました。嵯峨出身で宇治在住という洛外派の著者の見方や考え方に、宇治出身の私も大いに共感するところがありました。また、米澤穂信の古典部シリーズから6年振りに短編集として第6巻『いまさら翼といわれても』が出版され、さらに、シリーズ最初の『氷菓』が山﨑賢人と広瀬アリスの主演で来年封切りの実写映画化されるということなので、前の1-5巻を読み返し始めています。というのは、5巻全部を読んだという記憶がないからです。今のところ、第1巻『氷菓』、第2巻『愚者のエンドロール』、第3巻『クドリャフカの順番』を読み終え、3巻までは読んだ記憶がありました。第4巻か第5巻が短編集のハズで、実は最新第6巻も短編集なのですが、短編集は読んだ記憶がなく、単に忘れているだけの可能性もあるところ、これから読み返したいと思います。第6巻『いまさら翼といわれても』は今日中に近くの区立図書館に借りに行く予定です。

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まず、河音琢郎ほか[編著]『オバマ政権の経済政策』(ミネルヴァ書房) です。編著者のグループはなぜか、というか、何というか、全員が京都大学大学院のご出身ですから、そういうグループなんだと思います。8年前には同じ出版社から『ブッシュ政権の経済政策』を出版しているようですが、私は未読です。ということで、タイトル通りの内容です。ただ、経済学の観点から分析した経済政策だけでなく、政治学も含めた政治経済学の観点からの研究書です。オバマケアと俗称される医療保険改革はもちろん、特に、TPPをはじめとする第8章の通商政策はそうですし、第9章の外交・安全保障政策なんかは通常は経済政策のスコープからは外れているかもしれません。いずれにせよ、2009年に前政権からリーマン・ショック直後のいわゆる Great Recession の米国経済を引き継いだ後のオバマ政権におけるややリベラルな方向性を志向した経済政策が対象とされています。ということで、サブプライム・バブルの崩壊という極めて大きなマイナスのショックからオバマ政権の経済政策は始まり、その分をある程度割り引いて考える必要すら感じるものの、基本は、特に財政政策面で議会との協調がうまく行かずに、緩和的な金融政策とやや財政再建を目指した財政政策の軋轢の中で、米国経済の舵取りは必ずしも万全ではなかった、私は評価しています。大きな眼目であった医療保険改革については制度的に確立し、2013-14年のわずか1年で、無保険者が13.4%から10.4%に▲3%ポイントも低下した成果が本書でも示されています。ただ、社会保障政策のもうひとつの柱であった年金政策については本書でも目立った成果がなかったと結論しています。また、世界に開かれた通商政策ではTPPの合意に成功したものの、今年の米国大統領選で勝利したトランプ次期米国大統領が早々に破棄を明言しており、オバマ政権での盤石の取組みが欠けていた可能性もあります。オバマ政権の経済だけでなく全体としての政策を評価するひとつの指標として、今年2016年の米国大統領選挙において、非常な内向き政策を表明し反リベラルの旗幟を鮮明にしたトランプ候補が最後に当選したという事実とともに、民主党の予備選では社会民主主義者を自称するサンダース議員の検討にも注目すべきであり、オバマ大統領の各種政策はリベラルに支持を集めることに失敗し、逆にオバマ政権のリベラルな政策に対する反発が左右両派のやや極端な方向性への支持を増加させた可能性があると私は考えています。要するに、オバマ政権のリベラルを志向した政策は客観的に成功したかどうかはともかく、米国市民の支持を集めることには失敗した、と私は考えています。

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次に、永野健二『バブル 日本迷走の原点』(新潮社) です。著者は京都大学経済学部での私の先輩、というか、日本経済新聞をホームグラウンドとしていたジャーナリストです。団塊の世代のようですから一線は退いているのかもしれません。私も同僚と今夏に我が国の高度成長期に関する研究成果を取りまとめ、主として途上国の政策当局者や企業幹部向けに供しているところですが、我が国の戦後の高度成長期、すなわち、大雑把に1970年代前半の石油危機までを考えると、いわゆる政官財の三すくみというか、三者一体となった日本独自の戦後システムの中で競争を抑制し、割安な為替と豊富な労働をテコにキャッチアップ型の成長を遂げたのが特徴ですが、1970年代前半にその高度成長も終演を迎えて安定成長期に入り、さらに、その前後からケインズ政策がインフレを招くという形で限界を露呈し、英国のサッチャリズムや米国のレーガノミクスといった新自由主義的な市場を最大限に活用する経済政策に舵を切ることとなります。その過程で米国がインフレ抑制のために猛烈な高金利を実施し、それがドル高を招き米国の国際競争力を大きく毀損したため、1985年のプラザ合意によりドル高是正が図られ、日本から見れば急速な円高が進みます。戦後の輸出に有利な為替が崩れることから、金融政策が極めて緩和的な方向にシフトし、それが遠因となってバブル経済を招きます。ちなみに、1980年代終わり近くに私は役所の経済モデルのうち、日本モデルを担当しており、データ作成で公定歩合が2.5%で動かなかったのをよく記憶しています。通常、エコノミストの分析には人間が現れないといわれたりしますが、ジャーナリストの手になる本書ではバンバン実名が出ます。もちろん、政治家や役所の高官、責任ある立場の経営者などですので「公人」ということで何ら差し支えはないと思います。ですから、個性的な人が、反社会的勢力も含めたアングラ社会の人も含めて、本書の中にウジャウジャいて、とてもお面白く読めます。私は1991年3月に日本を発って海外赴任したので、バブル崩壊直後の、例えば、1991年5月に発覚した尾上縫事件などはほとんど実感として知らないんですが、そういった社会性あふれる事件も再現されていたりします。もちろん、ドキュメンタリーというか、ノンフィクションであることはいうまでもありませんが、まるでフルカラーの映画を見ているようです。ただ、副題のように「日本迷走の原点」はバブル経済を招いたことではありません。バブル崩壊後の処理を誤ったのが、その後の「失われた20年」の大きな原因であることは記憶しておくべきでしょう。

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http://eb.store.nikkei.com/asp/ShowSeriesDetail.do?seriesId=D3-00032111C 次に、クラウス・シュワブ『第四次産業革命』(日本経済新聞出版社) です。著者はダボス会議などを主催する世界経済フォーラムの創設者であり、世界の政治経済を40年余りリードしてきた人物といえます。英語の原題は The Fourth Industrial Revolution であり、そのまま邦訳しているようです。今年2016年の出版です。ということで、第4次に至る1-3時についてはご想像の通りであり、第1時が悠久の昔の農業の開始による定住をもって第1次産業革命と定義し、第2次は特に第何次と付けずに普通にいう産業革命であり、上記期間とか鉄道とかのアレです。そして、第3次産業革命を最近までのデジタル技術の発達による通信革命とほぼ同義に使っています。そして、本書のタイトルたる第4次産業革命とは人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)、あるいはロボットなどに限らず、遺伝子技術やゲノムに関連したテクノロジー、あるいは、ナノテク、再生可能エネルギー、量子コンピュータなどの幅広い分野における現在進行形も含む近未来のエマージング・テクノロジーに支えられているとしています。まあ、2045年をシンギュラリティの特異点として、そのあたりでの従来とは不連続な技術の進歩を概観する向きもありますので、ほぼ同じ方向を向いた議論かと私は受け止めています。まだ必ずしも確定していない近未来の技術に支えられていますので、第4次産業革命とは形がハッキリしているわけではありません。いくつかの特徴を本書などでも抽出しようと試みていますが、成功しているかどうかは時間が経過しないと判然とはしません。プラットフォーム・ビジネスが主流になるようですが、今年の1月23日付けの読書感想文で取り上げたジェレミー・リフキン『限界費用ゼロ社会』と同じように、限界費用がほぼゼロとなり、公共財に似て非競合的である財が消費の中心になる経済を想定していますので、市場メカニズムでどこまで資源配分を解決できるかも不明です。悪く称すると、群盲象を撫でるが如き議論だという気もしますが、方向として好ましくないのが明らかなのは、テクノロジーにより代替される雇用が創出される雇用を上回る可能性が高く、すなわち、雇用が喪失する可能性が高い、という点と、格差や不平等が拡大する方向での成長に帰結する可能性が高い、という2点です。本書では解決策は示されていません。最後に、どうでもいい点ながら、付章でディープシフトとして、イクツカノチッピング・ポイントについてビジネスリーダーから予想を集めて2025年までの実現可能性を探っているんですが、シフト13の経営の意志決定にAIが用いられるシフトについては2025年までにチッピング・ポイントが到来する確率は45%なんですが、ホワイトカラーの職務をAIが代替する確率は75%と弾き出しています。ビジネスリーダーは自分たちの仕事はAIには奪われないものの、自分たちの部下の仕事はAIで代替されると見なしているようです。何と自分勝手な、と思うのは私だけでしょうか。
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次に、朝日新聞取材班『子どもと貧困』(朝日新聞出版) です。昨年2015年10月から今年2016年7月まで、朝日新聞において特集として掲載された記事を基に書籍化されています。デフレ経済が続いているとはいえ、先進国の一角を占める我が国において、ほとんど死と隣合わせのような貧困、それも何の自己責任も問えないような子供の貧困をジャーナリストのメから取材によりケーススタディとして取り上げています。個々の実例として、極めて重視すべき貧困問題であり、個々のケースについてはよく取材もされていますが、社会全体としてどのような取組みが必要とされるのか、最後の最後にこども食堂の活動の実例がいくつか紹介されていますが、国民ひとりひとりが現に目の前にある子どもの貧困に対して何が出来るのかを問うて欲しかった気がします。でないと、なんだか、貧乏自慢のようになりかねませんし、本書の中でもいくつか子供のための施設が地域の迷惑施設のように扱われているような例も散見されます。誇り高い朝日新聞の記者の取材ですので、母子家庭や失業家庭の子供の貧困について、こういった上から目線で取材することもあり得ますでしょうが、かなり他人事のような冷めた記事が多いような気がしました。本書に収録された取材記者のコラムの中で、税負担が増加するという形で痛みを伴っても子供の貧困を解決する覚悟が国民にあるかどうかを問うているセンテンスがありましたが、そんな問題ではないんです。私がいつも主張しているように、本書に収録されたような状態に置かれた子供に対して基本的人権が守られるようにすることは正義の問題だと思います。国民の選択の問題ではありません。最後に、子どもの貧困についてさまざまな取材がなされていて、学校の教師や研究者、地域などのNPO法人などが取材を受けていますが、次の『無葬社会』の感想とも重複しますが、宗教界の僧侶などには取材が及んでいません。朝日新聞記者の問題なのか、現在の宗教界の問題なのか、こういった人権問題であるとともに地に足つけて議論すべき社会問題に、宗教界からの声が出てこないというのは我が国特有の問題がありそうな気もしないでもありません。

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次に、鵜飼秀徳『無葬社会』(日経BP社) です。著者は報知新聞から日経ビジネスの記者を務めたジャーナリストであるとともに、浄土宗の僧侶の顔も持っている人物で、1年余り前の2015年9月6日付けの読書感想文のブログで取り上げた『寺院消滅』の著者でもあります。ということで、まず疑問なんですが、横浜の火葬場だけなのかもしれませんが、初っ端 p.10 の火葬場の10日待ちというのについてはウソっぽく読みました。私も年何回かお葬式やお通夜に出席することがありますが、さすがに火葬場の10日待ちというのは都内では聞いたことがありません。こういった細かい点で事実関係に疑問を持たれると、他の部分の真実性にも疑いが飛びししかねないような気がして少し残念な気がします。お墓については完全にビジネスになっていて、本書でも永代供養墓を詳しく紹介していますが、我が家も首都圏でお墓を購入しています。京都の東山今熊野にある菩提寺に相談し、住職同士がいとこに当たるという東京の浄土真宗のお寺を紹介してもらい、私の父の納骨を済ませています。ですから、異常に地価の高い東京でいろんな形式のお墓があるのは理解できるところです。ただ、これも疑問なんですが、p.108 の樹木葬=散骨について桜に「輪廻転生」するイメージ、というのも理解できませんでした。輪廻転生から抜け出すのが仏教でいうところの悟りであり、いわゆる解脱であるハズで、浄土宗の僧侶でもある著者には重々理解されていると思うんですが、そのあたりの表現ぶりが私の理解を超えています。それから、どうしても2章のお葬式に着目してしまうんですが、お葬式がビジネス化してアマゾンのお坊さん便について取り上げてあり、その視点は私も共有するものがありました。日本語で俗に「坊主丸儲け」という言葉がありますが、例えば、京都の拝観料への課税などで市民が寺院に対して冷たい視線を送ったのには理由があり、寺院や僧侶がこのご時世に優遇されすぎている、という一般市民の視点も著者には取り入れて欲しかった気がします。

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次に、長岡弘樹『教場2』(小学館) です。警察モノを得意とする人気ミステリ作家の前作『教場』に続く第2弾です。主人公というか、前作と同じように白髪隻眼の風間教官を中心とし、警察学校の初任者課程にスポットを当てた短編集が6編収録されています。2013年に公刊された前作の『教場』はほぼ3年前の2014年1月19日付けの読書感想文で横山秀夫『64』とともに取り上げています。第1話の「創傷」では、初任科第100期短期課程に在籍し、医師から警察官に転職した変わり種の桐沢篤を主人公に、かつて病院で治療した同期生が中小企業の町工場で何を作っていたかに思い当り愕然とする、というものです。第2話「心眼」では、教場における備品の盗難が相次ぎ、しかも、盗まれたのは、PCのマウス、ファーストミット、木琴を叩くマレットなど、単独では使い道のないものばかりで、その解決が図られる、というものです。第3話「罰則」では、プールでの救助訓練が嫌でたまらない学生の津木田卓がたくらむちょっとしたイタズラ、屈強な体格のスパルタ教師である貞方教官に向けたイタズラの結末を追う、というものです。第4話「敬慕」では、女子学生の菱沼羽津希が初任科第100期短期課程の中でも特別な存在として、広告塔として重用されている一方で、レスリング部出世院で体育会系の枝元佑奈をテレビのインタビューの手話通訳として引き立て用に使おうとしたところ、意外な事実が発覚する、というものです。第5話「机上」では、刑事を志願し将来の配属先として刑事課強行犯係を強く希望している仁志川鴻は、殺人捜査の模擬実習を提案し、意外な結末を迎える、というものです。第6話「奉職」では、警察学校時代の成績が昇進や昇級、あるいは、人事異動等ことあるごとに参照される重要性があり、同期で卒業生総代を争う成績優秀な美浦亮真と桐沢篤の葛藤を描く、というものです。私は同じ公務員ながら、警察の世界はほとんど知りませんが、最終第6話の p.226 で、警察学校の初任者過程というか、警察官試験合格者の全色の変り種一覧の落書きが提示されていて、ここまでバラエティに富んでいるのかとびっくりしましたが、第1話の町工場での密造品なんかは警察からすれば、とんでもないことであり、どこまでホントなのか、実感あるのか、よく判りません、フツーの私のような公務員の世界ではあり得ないお話のような気もします。私はこの作者の短編シリーズでは傍聞きの方に好感が持ています。

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最後に、西内啓『統計学が日本を救う』(中公新書ラクレ) です。作者はベストセラーになった『統計学が最強の学問である』の著者です。特に、強い意図もなく何となくで図書館で予約してしまったんですが、中身はほとんど統計学を用いての経済学的な解説に終止しています。というのも、私は一応『統計学が最強の学問である』を読んだんですが、なあ、ハッキリいって、大した中身もなく、ほとんど忘れてしまっていたもので、本書はそれなりに新鮮に感じました。しかも、著者の主張はほとんど私と一致しています。本書では、着眼点として、第1章では高齢化の原因は平均寿命の延伸ではなく少子化であると指摘し、これは極めて論理的で統計的にも正しいと私は感じていますし、第2章の貧困対策としての社会保障政策のあり方の議論についても、ほぼエコノミストとして同意しています。第3章の医療経済学的な分析は著者の専門分野ですので、私の感想は差し控えるものの、私のようなエコノミスト、すなわち、ベンサム的な功利主義に基づく学問を専門とするエコノミストでさえ、やや顔を赤らめるようなコスト・ベネフィット分析が赤裸々に展開されています。人の健康や生命を扱う医療であるがゆえ、慎重な考えが必要とも言えますし、逆に定量的な割り切った計算も必要ともいえます。このあたりは私はパスです。第4章の最終章では、とうとう経済成長の必要性につての議論が展開されます。正面切った正当な議論だと思います。ただし、例えば、橘木先生などは成長と分配をトレードオフとして捉えているような気がしますが、そういった視点は本書の著者にはありません。分配の問題はまったく別途として考えているような雰囲気です。そのあたりは本書の弱点のような気がします。すなわち、統計で捉えられる部分均衡的な解決策はとても明解で論理的で正確な気がしますが、統計で捉えられていない、あるいは、モデルの中に入り切らない別の重要な問題まで目が届いていないようです。でも、その限界は許容されるべきくらいに本書の主張は明解で正確です。

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