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2017年1月21日 (土)

今週の読書は経済書や専門書に小説と新書も加えて計7冊!

今週の読書は以下の通り、経済書や専門書に小説と新書も加えて計7冊です。ただし、今週号の経済週刊誌のいくつかで書評が取り上げられた『大統領を操るバンカーたち』上下巻のうちの上巻を読み終えたんですが、タイムリミットで現時点ではまだ下巻が読めていません。さすがに、上巻だけの読書感想文は奇怪な気がしますので、上下巻セットで来週に回します。先週の8冊からはビミョーにペースダウンしたんですが、新書が3冊あって少し冊数としては多い気がしますが、心理的なボリュームとしては私はペースダウンしたつもりになっています。ただし、来週はドッと予約が回って来てしまいましたので、今日は自転車で取りに行くのがタイヘンそうな気がします。せっかく今週ペースダウンしたにもかかわらず、来週は大きくペースアップすること確実です。

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まず、小川光[編]『グローバル化とショック波及の経済学』(有斐閣) です。タイトル通りに、ショックの波及に関する定量分析を主たるテーマとしています。第1部は長期時系列データに基づく地域の対応分析であり、第2部では個別ショックへの対応分析を行っています。まず、第1部で、地域経済や市町村レベルでのショックに対する対応として、グローバルショックでは共通因子モデルの構造が変化したかどうかを実証し、最近時点に近くなるほど内需主導から外需依存を強め、その分だけショックの影響が大きくなっている点を示唆しています。財政ショックに対する自治体行動については私は少し異論があり、本書では投資的支出でショックへの調整を図っている点をサポートしていますが、逆から見れば、景気循環の振幅を大きくさせるような調整であり、私は支持できません。自治体財政のショック対応の国際比較は、制度面での違いを無視しており、どこまで評価できるか疑問です。ここまではいいんですが、第2部では自治体の予防接種政策は横並びかフリーライダーかを空間的自己回帰モデルで検証しており、モデルの選択が疑問です。ただ、リーマン・ショック後の金融円滑化施策については、都市と地方の効果の差はこんなもんだという気がします。また、自然災害ショックへの備えについて、銀行などの外部資金調達がより難しいと考えられる規模の小さな企業で保険の活用が進んでいないのは、そもそも、保険料支払いの資金アベイラビリティを無視した議論のように見受けられ、保険会社の提灯持ちであればともかく、これも疑問なしとしません。最後の南海トラフ地震への備えについては、徳島県阿南市の調査をもとに地震災害の要因などから家賃を推計しようと試みていますが、海岸性からの距離が津波災害への耐性を持っていて家賃に有意に効いているほかは、ほとんで意味のない回帰分析のように私には見えます。せっかく借りて読んだんですが、特に第2部はどこまで役に立つ分析なのか疑問だらけです。

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次に、ジョナサン・ウルフ『「正しい政策」がないならどうすべきか』(勁草書房) です。著者は長らくユニバーシティ・カレッジ・ロンドン哲学部教授を務め、現在はオックスフォード大学に移っている政治哲学を専門とする研究者であり、英語の原書は原題 Ethics and Public Policy として2011年に出版されています。ということで、数年前に米国のサンデル教授が正義論で脚光を浴びましたが、その流れで英国の哲学研究者が正義に関して論じた本書では、動物実験、ギャンブル、ドラッグ、安全性、犯罪と刑罰、健康、障碍、自由市場について論じ、最終第9章で結論を引き出しています。でも、ハッキリ言って、日本語タイトルは不可解です。エコノミストの目から見れば政策選択の理論を論じているように見え、哲学を論じた本書とのかい離が大きく誤解を与えかねないと危惧しています。動物実験だけを取り上げて、家畜を屠殺して食用に供する点はスルーしているのも奇妙な気がしますが、エコノミストの観点からは第2章のギャンブルと第3章のドラッグを興味深く読みました。特に、昨年はいわゆるカジノ法案と呼ばれたIR法案が国会で審議されましたし、ギャンブルとフドラッグについてはそれなりに経済学の視点も重要と考えます。しかし、まず考慮すべきは、市場経済というのは完全情報というあり得ないような強い前提でその効率性を成り立たせているわけで、ハイエクですら認めるように、完全な情報が利用可能であれば市場経済でも社会主義的な指令経済でも、あるいは他の資源配分システムでも、おそらく、効率的な資源配分が可能になることは間違いなく、論ずるに値しません。ですから、私がギャンブルについて感じているのは、はなはだ非合理的である、という1点です。確率的に損するに決まっているのにギャンブルするのは、まあ、社交場のお付き合いがあるからです。加えて、我が国のパチンコについては北朝鮮の核開発などへの資金を提供している可能性も考慮して、私は手を出していません。それから、ドラッグについては私は解禁するのも一案かと考えています。というのは、現在のように厳しい禁止下に置いて猛烈なプレミアムで価格が跳ね上げるんではなく、かつての専売制の下にあったタバコなどと同じように政府ないし公的機関の専売とし価格を引き下げた上で、ドラッグの使用者を把握して治療に差し向けるためです。ギャンブルも一定の中毒性を有しますが、ドラッグは完全に中毒を引き起こし医療機関による治療が必要です。それから、ギャンブルもドラッグも禁止している制度下では、どうしても非合法団体、特に日本の場合は暴力団の暗躍を招く原因となります。そのあたりを総合的に勘案した政策がセカンド・ベストとして採用されるような気がします。

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次に、エリック・ワイナー『世界しあわせ紀行』(ハヤカワ文庫NF) です。2012年出版の単行本が昨年2016年年央に文庫化されています。著者はジャーナリストで、ニューヨーク・タイムズをクビになり、全米公共ラジオ(NPR)などで世界のいくつかの国の海外駐在員を務めた経験があります。英語の原題は The Geography of Bliss であり、2008年に出版され、邦訳の単行本は2012年に刊行されています。昨年文庫本化されたものを取り上げています。ということで、タイトル通りに、幸福について考えるために世界中を旅行した紀行文です。訪問して本書に収録されているのは、最終章の著者の本国である米国を別にして、第1章のオランダから第9章のインドまで9か国です。オランダは世界降伏データベースを構築している学者を訪問し、その後、幸福度が高そうな欧州のスイスとアジアのブータンを訪れ、さらに、アイスランドをはさんで、金銭的に豊かなカタールとそうでないモルドヴァを比較し、アジアに戻ってタイ、そして、英国では幸福度の高くないスラウという街で6人の幸福学研究者が心理的傾向を変更させることを目指したBBCの実験を取材しています。ブータンは先年国王夫妻が来日した折にも話題になりましたが、国民総幸福量(GNH)なる指標で有名ですし、インドでは宗教的な短期セミナーを体験しつつ彼の国の幸福感は著者も謎であると認めていたりします。でも、最終的に、著者はタイ的な「マイペンライ(気にしない)」が幸福への近道ではなかろうかと示唆しているように私には読めました。ただ、幸福を個人的な状態と考えるだけでなく、英国におけるBBCの実験もそうで、功利主義的に幸福が可算かつ加算・減算できるものとして、政策目標とするのは不適当な気もしますが、何らかの方法によって世界全体の幸福度を高めることが望ましい、との著者の考えの方向は示唆されているような気がします。ただし、それを直接的にやってしまえばセロトニンを分泌する薬物を配布するのも一案となってしまい、本書でも、幸福感を感じるために食事も忘れて脳の一定の部分に電気を通じさせるスイッチを押し続けるマウスの事例が何度か批判的に引かれているのも事実です。このあたりの含意はビミョーなところがありますので、読み進むにはある程度の批判的な精神が必要かもしれません。

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次に、ウンベルト・エーコ『ヌメロ・ゼロ』(河出書房新社) です。昨年亡くなったエーコ教授の小説としての遺作に当たります。ただし、まだ邦訳されていない小説があり、La misteriosa fiamma della regina Loana 『女王ロアーナ、神秘の炎』は岩波書店から刊行予定らしいです。ということで、『薔薇の名前』で始まった小説のシリーズも、私はすべてこの著者の小説は邦訳されている限り読んだと思いますが、これで絶筆であり、遅い刊行の『バウドリーノ』や『プラハの墓地』ではよりエンタテインメント色をとよめ、本作ではさらにその傾向を強め、多くの読者が楽しめる小説になっているように私は受け止めています。舞台は1992年のミラノであり、主人公のコロンナは編集者として雇われ、「ドマーニ」と題する新しい日刊紙の発刊に向け、準備作業に入ります。出資者はコンメンダトールなるイタリアの勲位を持ち、業界では名を知られた人物であり、真実を暴く新聞を作るというのが表向きの理由となっているものの、じつは、触れられたくない裏話を取り上げるという脅しで、自社株を安く回してくれたり、名士仲間に入れてくれたり、といった日本の総会屋の雑誌や新聞に近い出版物であり、イタリア的には、というか、日本的にもそうで、ホントに出版される前に発刊取りやめになることが予想されるシロモノでだったりします。このため、コロンナの雇主は発刊準備から発刊中止に至るまでを小説に書いて売り出すことを思いつきます。すなわち、前評判をあおっておけば、いざ中止となった時の保険になると考え、ゴーストライターのコロンナを雇うわけです。他に6人ほどの記者を雇い、彼らには本当のことは伏せて、創刊準備号「ヌメロ・ゼロ」の編集会議を開きます。創刊準備号とはいっても、枝番まであって0-1号から0-12号までが計画されていたりします。そして、編集会議の内容をそのまま本にしようというわけです。ジャーナリズムを舞台に、その内幕を暴くのが著者の狙いなんでしょうし、小説のラストは、いかにもウラ情報を取るためにウラ社会との接点を持った記者の末路をあぶりだした形になるんですが、他方、労働騎士勲章を叙勲し、支持者にはイル・カヴァリエーレと呼ばれ、テレビと新聞の違いがありながら、ベルルスコーニ元首相を髣髴とさせる登場人物=出資者もあります。読ませどころは記事の作り方を話し合う日々の編集会議であり、著者自身の饒舌が乗り移ったかのように抱腹絶倒の怒涛の展開となり、記者達がトンデモな話をぶち上げたりします。いろいろと与太話が続く中で、特に私が印象に残ったのはムソリーニの最期に関するものですが、ほかにも風俗的というか、イタリア的な面白さがいっぱいです。このあたりは、『バウドリーノ』のホラ話に通ずるもの、というか、その現代版という気もします。

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次に、河村小百合『中央銀行は持ちこたえられるか』(集英社新書) です。著者は日銀出身の日本総研エコノミストであり、本書はいわゆる現在の黒い日銀の前の白い日銀のころの旧来に日銀理論を幅広く展開しています。日本総研がそもそも翁夫人の活動拠点ですから、そうなっているのかもしれません。私も気を付けているんですが、ものすごく「上から目線」で書かれた新書です。本書のタイトルとなっている「中央銀行は持ちこたえられるか」と同じタイトルを取っているのが第5章なのですが、基本的に、大規模な量的緩和による国債などの資産購入にともなう日銀の財務について「持ちこたえられるか」同化を懸念しているように読めます。ほかは、一貫して財政再建を訴えているわけで、判らないでもありません。というのも、財政は強制力を持って税を徴収したり、逆に公共事業を実施したり社会保障などで財政リソースをばらまいたり出来るんですが、金融については特に銀行が合理的な経済行動を取ってくれないと政策効果が発揮できません。ですから、市場メカニズムが正常に機能するよう、規制緩和や財政再建を力説するセントラル・バンカーが少なくないのは私も理解できます。でも、本書の最大の欠陥は、リフレ派の理論に基づいた現在の異次元緩和が日銀のインフレ目標の達成はおろか、ほとんど物価の上昇に寄与していない点につき、何らの分析や解釈を加えられていない点です。単なるお題目、というか、安倍総理ならば「レッテル貼り」と表現するかもしれませんが、単に日銀が債務超過になるかどうか、財政赤字が積み上がっているという事実関係のみを述べているに過ぎません。日銀財務が悪化して日銀職員のお給料にしわ寄せが行くのを懸念しているとも思えませんが、ちなみに、震災後に我々公務員のお給料は震災復興経費捻出のためにカットされたりした経験があります。それにしても、財政再建が出来ない政府が悪い、それを真っ当に伝えないメディアも悪い、正しいのは著者をはじめとする旧来の日銀理論の信奉者だけ、という、ものすごく視野狭く「上から目線」の新書です。著者あとがきなどを見ると、数十人を相手にした講演会の議事録を起こして書籍化したような印象を受けるんですが、興奮してやり過ぎたのかもしれません。もっとも、こういった新書が出ると「闘うリフレ派」のエコノミストも立ち向かう人が出るようなも気もします。でも、それは泥仕合になりかねないリスクをはらんでいそうな雰囲気を感じないでもありません。

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次に、水島治郎『ポピュリズムとは何か』(中公新書) です。著者は千葉大学の政治学の研究者です。昨年最大の話題のひとつであった米国大統領選におけるトランプ大統領の当選などの先進各国におけるポピュリズムの台頭について解説してくれています。私は1991-94年の3年余り南米はチリの首都であるサンティアゴに経済アタッシェとして大使館勤務を経験し、隣国アルゼンティンのポピュリズムなどもお話には聞いてきましたが、最近では欧州や米国でもポピュリズムの台頭が見られ、我が国でも大阪維新の会などがポピュリズム政党と見なされており、エコノミストの専門外ながら、とても参考になりました。本書でも定義されているように、ポピュリズムとは既存の政治家や官僚・企業経営者をはじめとするエリート層に対するアンチテーゼとして位置付けられ、幅広く国民の中から包摂されていないと感じられる階層の支持を受け、例えば、先進国でいえば、まさに米国のトランプ大統領の目指す政策、製造業のブルーカラーとして働く白人中年男性の利益を全面に打ち出すような政策を志向していると理解されています。ただし、日本ではほとんど実感ないんですが、そのために反移民政策、特に反イスラム政策を推進しかねない方向を志向しているようにも見えます。その理由がふるっていて、イスラム教は男女平等ではなく、反民主主義であるという民主主義やリベラルを標榜するポピュリズムが最近の傾向であると本書は指摘しています。かつてのナチスは授権法により民主主義を否定しましたが、その逆を行くと見せかけて反イスラムの方向を志向するもののようです。また、私はまったく専門外ですので、アウゼンティンのペロン党やフランスの人民戦線やその党首であるルペン女史くらいしか知らず、ほかは何の知識もなかったんですが、大陸ヨーロッパにおけるオーストリアの自由党やベルギーVBなどのポピュリスト政党の動向、あるいは、スイスの直接民主主義に基づく国民投票でいかにポピュリズム的な結果が示されるか、などの、まあ読み物も興味深く読めました。私がこのブログで何度か指摘した通り、良し悪しは別にして、間接民主制は、ある意味で、増税などの国民に不人気な政策を決定・実施する上で、別の視点に立って民意を「歪める」働きが求められる場合があるのも確かです。その昔には、 田原総一朗『頭のない鯨』(1997年)では、国民の不人気政策は「大蔵省が言っているから」というわけの判らない理由で、大蔵省が前面に立って悪役を務めることで政治家も言い訳して来た、と主張していたように記憶しています。我が国でもそういった「悪役」を務めて不人気政策を遂行することが出来なくなったわけで、その意味で、具体的かつ個別のポピュリスト政党を論じなくても、ポピュリズム的な政策形成への流れというものは出来ているような気がしますし、何らかのきっかけで政党として支持を集める素地もあるように感じます。最後に、先進国の中南米のポピュリズムの違いを論じて、伝統的な中南米のポピュリズムではエリート層への配分を中間層へ差し向けることを要求したのに対して、先進国でのポピュリズムは移民、特にイスラム系移民に向けられる分配リソースを中間層へ戻すべし、と主張する点にある、との指摘は新鮮でした。さらに、時代背景もあるんでしょうが、中年米のポピュリズムはバルコニーから集まった聴衆に対して演説するコミュニケーションである一方で、先進国はテレビやネットを活用する、というのも判る気がします。ポピュリストかどうかはビミョーなところですが、在チリ大使館に勤務していた折に、キューバの故カストロ議長が若かりしころの演説をビデオで見たことがあり、私はスペイン語は経済関係しか詳しくなかったものの、とても感激した記憶があります。「君だ!」といって聴衆の一角を指さすんですが、かなり角度的にムリがあったにもかかわらず、私自身が指差された気がしました。雄弁が求められる国民性だったのかもしれません。長々と書き連ねましたが、今週3冊読んだ新書の中では、私から見て一番の出来だった気がします。

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最後に、青木理『日本会議の正体』(平凡社新書) です。少し遅れて図書館の予約が回ってきましたが、日本会議に関する新書です。著者は共同通信のジャーナリストであり、本書のあとがきにも明記されている通り、日本会議に対しては批判的なまなざしを送っています。その上で、類書と同じような内容であり、発足当時の生長の家の強い影響や新党や仏教などの宗教との強い結びつき、憲法改正やその前段階としての教育基本法の改正に対する志向、夫婦別姓への反対などの伝統的な家族観などなどが明らかにされていますが、その意味ではありきたりな内容で、本書の大きな特徴は然るべき人物に対するインタビューをかなりナマな形で収録している点ではなかろうかという気がします。防衛大臣の稲田代議士まで登場します。私の考えは何度かこのブログでも明らかにしたつもりですが、私自身は進歩的かつリベラルな考えを有しており、進歩の反対が歴史を現時点で押しとどめようとする保守であり、もっと強烈なのが歴史を逆戻りさせようとする反動ないし復古というように捉えています。その意味で、日本会議は私の基本的な価値観の逆に当たっていると認識しています。ただし、それは歴史観と宗教観が大いに関係すると考えるべきです。すなわち、中国ほどではないにしても、日本でも円環的な歴史観を有している人は少なくなく、私のように直線的といわないまでも歴史の進歩が一方的かつ不可逆的と考える人は少ないかもしれません。一例としては、宗教的な輪廻転生が上げられます。私は浄土真宗の信者として、一方的というか、不可逆的な輪廻転生からの解脱と極楽浄土への生まれ変わりを信じていますが、来世の輪廻的な生まれ変わりを信じている人はいなさそうで、まだまだいる気がします。歴史の歯車を元に戻そうとすることは、私には無意味で不可解な努力だと見えるんですが、そういった努力をしている筆頭が日本会議だという気もします。私の理解を超えている組織・団体です。

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