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2017年6月24日 (土)

今週の読書は話題の経済書など計6冊!

先週の読書は文庫本があったこともあって8冊とオーバーペース気味だったんですが、今週は話題の経済書も含めて、新書もあり計6冊とややペースダウンしました。もっとも、もう少し減らして週4-5冊、というのが理想のような気もします。

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まず、ジョージ A. アカロフ/ロバート J. シラー『不道徳な見えざる手』(東洋経済) です。著者はともに米国の研究者であり、2人ともノーベル経済学賞受賞者です。ですから、いうまでもなく、トップクラスのエコノミストです。同時に、必ずしも実験経済学的な意味からだけではなく、市場の不合理さというものを是正すべく政府の役割を一定認めるタイプのエコノミストでもあります。すなわち、市場原理主義的な右派エコノミストではなく、政府の市場への介入を必要と考えるリベラルな差はエコノミストと見なしてもよかろうと私は考えています。そして、この2人の共著で少し前に『アニマル・スピリット』という著書も上梓していますので、宣伝文句としてその続編、とされています。これも市場のごまかしのひとつかもしれません。英語の原題は Phishing for Phools であり、このタイトルは「カモ釣り」と邦訳されているようです。2015年の出版です。ということで、繰り返しになりますが、市場の無条件の効率性を礼賛するわけではなく、合理的にカモを釣るようなシステムに満ちている現実を描写しています。広告による消費者の欲望の誘導から始まって、世の中こんなクソみたいな釣りや詐術で溢れているさまを多くの事例を上げて説明してくれています。例えば、クレジットカードで必要以上に促される消費、薬効まがいの過大な効果を宣伝される食材、自動車のセールスマンはあの手この手を使って、後々考えてみればまったく不要と思うようなオプションをオススメしたりします。さらに、米国特有かもしれませんが、政治過程におけるロビイストの役割、酒やアルコール、また、ギャンブルなどへの依存などなど、テンコ盛りで紹介しています。もっとも、著者も認めている通り、これらの事例は新しいものではなく従来からたびたび指摘されている事実でもあります。逆から見て、それだけに根絶が難しく、国民や消費者は騙され続けているともいえます。従って、本書の対策編も大したことはありません。ある意味で、前著の『アニマル・スピリット』で感じたのとよく似た失望感も味わってしまいました。こういった本を売るのも、市場のごまかしかもしれません。

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次に、ティモシー P. ハバード/ハリー J. パーシュ『入門オークション』(NTT出版) です。著者は米国の中堅どころの経済学研究者であり、英語の原題もズバリ AUCTIONS であり、2015年の出版です。実用性を疑問視される経済学の中でも、最先端の実用的な経済学と目されるマーケット・デザインの中でも、特に代表的な分野であるオークションに関するコンパクトで明解な入門書です。ただ、入門書ながら学術書であることに変わりありませんし、最先端分野ですので、それなりの理解力は必要とされるものと覚悟すべきです。ただ、難解な数式の羅列はなく、逆に、まったく数式を用いていないので、そこは弱点にすらなっています。むしろ、適度に数式で説明する方が、特に日本人などには判りやすかったんではないか、とすら思えます。例えば、Vickrey の記念碑的な1961年の論文ではAppendixが3つ付属していて、数式を展開するオンパレードとなっています。そこまでしなくても、まったく数式を排除するのも理解を妨げる場合があります。ということで、市場経済が効率的であるためには完全競争、すなわち、市場参加者がプライステイカーである必要があるんですが、オークションでは供給者又は需要者が単独であって、プライステイカーの前提は成り立ちません。しかし、オークションという言葉で想像されるサザビースやクリスティーズなどの美術品の競売だけではなく、実は、公共投資における政府調達や周波数免許あるいはネーミングライツの提供など、政府がオークションを開催することは決して少なくなく、そのデザインをしっかりしておかないと国民に無用の負担を生じる場合すらあり得るわけです。ですから、公共部門にとってこそオークション理論は重要ともいえます。特に、オークション理論の初学者向けの説明は、多くの場合、売る財がひとつだけのケースで説明を留めることが圧倒的に多いんですが、本書ではその限界を乗り越えて、第7章で複数単位オークションや複数財オークションにも手を広げています。もちろん、阿賀国でもっともオークションを一般的に知らしめたヤフオクに相当する米国のイーベイなどのネット・オークションも取り上げ、その中で評判(たぶん、レピュテーション?)の問題も解説を加えています。ただ、情報の非対称性に基づくアカロフ的なレモンの問題もレピュテーションで解決できると市場原理主義的な見方も出来ますが、私はそこまで市場に対して楽観的ではないエコノミストですので、念のため。

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次に、小松成美『虹色のチョーク』(幻冬舎) です。著者はスポーツ関係の著作の多いノンフィクション・ライターで、著作リストにはサッカーの中田、横綱白鳳、ラグビーの五郎丸などを取り上げたものがア含まれていました。ただ、本書はスポーツではなく、知的障がい者雇用に関して川崎にある日本理化学工業とその従業員、もちろん、障がいを持った従業員とその家族、さらに、経営者に関するインタビューを基にしたルポルタージュです。陸前高田の八木澤商店を舞台にし、このブログの昨年2016年末の12月30日付けの読書感想文で取り上げた『奇跡の醤』と同じなんですが、働くとはどういう意味があるのか、企業の社会的な存在意義とは何か、企業と従業員の関係はいかにあるべきか、を問う力作です。私のようなエコノミストから見れば、というか、市場原理主義などの右派エコノミストからすれば、労働とはレジャーを犠牲にして所得を得る手段であって、働く喜びとか、人の役に立つ感慨などは考慮の外に置かれており、同時に企業についても利潤最大化主体であって、冷酷にコストをカットし、競争相手をなぎ倒して成長を遂げる存在としてしか想定していません。本書の舞台となっている日本理化学工業の川崎の工場では、社員83名のうち62名が知的障がい者であり、各人の能力に見合った仕事上の工夫を凝らすことで、知的障がい者が製造ラインの戦力となり、社員の多くが定年まで勤め上げる企業となっています。それだけではなく、彼らの作るダストレスチョークは国内50%のシェア1位を誇っています。実は、その昔、2人いる倅のひとりが反抗期のようになった時期に、「僕にどうなって欲しいのか」と質問され、カミさんが言い淀んでいるのを見て、「世のため、人のために役立つ人間になって欲しい」と回答したことがあります。私自身を含めて、定年を目の前に迎えても、その思いは昔から変わりありません。利潤最大化を目指す企業体であっても、雇用者のために、社会のために、いろいろと出来ることはあります。現在の我が国大企業のように非正規雇用でコストをカットし、設備投資もせずにひたすら内部留保を溜め込むだけの存在が、果たして好ましい企業のあり方なのかどうか、もう一度考えるべきタイミングなのかもしれません。ただ、本書について少し物足りなく感じるのは、企業を側面から支える銀行や公的機関の役割について、三菱銀行や地元の市役所など、やや扱いが軽い気もします。経営者の力量と雇用者の生産性などの企業努力だけでやって来た、というわけでもないでしょうし、企業を側面から支える関連団体にも目を配って欲しかった気がします。

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次に、吉村誠『お笑い芸人の言語学』(ナカニシヤ出版) です。作者は大阪の朝日放送のテレビの制作者から研究者に転じた人で、いずれにせよ関西をホームグラウンドにしているようです。テレビ制作者としての主な担当番組は、『シャボン玉プレゼント』、『新婚さん!いらっしゃい』、『晴れときどきたかじん』、『ワイドABCDE~す』、『M-1グランプリ』などだそうですが、私はもともとテレビはニュースと阪神タイガースのナイター以外にはあまり見ませんし、京都を離れて長くなりますので、知っていたり、知らなかったりです。不勉強の至りです。ということで、本書では、著者の経験からお笑い芸人については、ビートたけしと明石家さんまを主として念頭に置き、この2人にタモリを加えたビッグ3、さらに、暴力団との不適切交際で引退した島田紳助にも言及があります。そして、極めて単純に本書の結論を短く取りまとめれば、お笑い芸人の言語でもっともインパクトある理由は生活言葉で語っているから、ということになります。そのお笑い芸人の生活言葉に対比する形で、文字の言語、さらに、話し言葉ながら生活言葉ではなく、例えばニュースを伝えるアナウンサーのような標準語=東京語を対比させています。ただ、このあたりまではいいとしても、かなり論理が飛躍している部分が少なくありません。その昔の明治期の文語体ならいざ知らず、現在の文字化されたいわゆる文章については、かなりの程度に話し言葉に近い、と私は考えています。例えば、私はいくつか楽器の演奏をしなくもありませんが、演奏された結果とそれを記録として残した、というか、より正確にはその演奏の元となったスコアの間の隔たりと、話し言葉とその文章化された書き言葉の間の隔たりを比較すれば、後者の言葉の隔たりの方が音楽の隔たりよりも断然小さい、と私は考えています。例えば、私はピアノ曲ではショパンやリストが好きな一方で、ベートーベンも決して嫌いではなく、あくまで例えとして、私が弾くベートーベンのピアノ・ソナタとグルダの弾く同じ曲は、ミスタッチを無視して、あえてスコアに落とせば同じスコアになるんだろうと思うんですが、実は、かなり大きな違いがあります。すなわち、同じ芸術としても文学や話術については、人類すべてとはいわないまでも、かなり多くの人がしゃべれる一方で、キチンとした文章を綴れる人はしゃべれる人よりも少数ですし、その格差はやや大きくなり、さらに、ピアノの技量ということになれば、もっと格差が大きくなります。その格差と比較して話し言葉のインパクトを考えるべきであり、その視点は本書では決定的に欠けており、そのため、書き言葉と話し言葉の優劣や生活言語と標準語の比較といった、関西的な反東京・反中央の姿勢を見せつつも、その実態は劣等感丸出しの議論に終始しているような気がします。記録する手段として、話し言葉に対する文字言語、あるいは、音楽演奏に対するスコアだけでなく、デジタルな技術進歩により動画や音声ファイルがここまで普及した段階の議論としては大いに物足りないものがあり、誠に残念です。

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次に、大崎梢ほか『アンソロジー 隠す』(文藝春秋) です。女性作家11人による「隠す」をテーマとしたアンソロジーです。実はこのグループはアミの会(仮)と名付けられており、この会によるアンソロジーは3冊目だそうで、第1弾が『アンソロジー 捨てる』、第2弾が『毒殺協奏曲』となっていて、さらに、第4弾が『惑: まどう』として7月だか、8月だかに出版予定らしいです。収録作品は、収録順に、柴田よしき「理由」、永嶋恵美「自宅警備員の憂鬱」、松尾由美「誰にも言えない」、福田和代「撫桜亭奇譚」、新津きよみ「骨になるまで」、光原百合「アリババと四十の死体」と「まだ折れてない剣」、大崎梢「バースデーブーケをあなたに」、近藤史恵「甘い生活」、松村比呂美「水彩画」、加納朋子「少年少女秘密基地」、篠田真由美「心残り」であり、あとがきは永嶋恵美が書いています。初めて作品に接する作家もいたりするんですが、やっぱり、慣れ親しんだ私の好きな作家である柴田よしきや近藤史恵の作品に出来のよさを感じます。大雑把にミステリ仕立ての作品が多いんですが、作品によってはホラー気味のものもありますし、家族小説や恋愛小説のようなものも含まれ、いずれも短編としてスラッと読めるものばかりです。もちろん、テーマは表題の通りであり、何かが隠されます。もちろん、モノとは限りません。どうして隠すかの理由も含めて、読み応え、とまではいきませんが、少なくとも暇潰しには最適です。やや、女性作家らしく仕上げようとしている、あるいは、仕上がっている、という感じが強く、この点に関してだけは好き嫌いが分かれそうな気もします。

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最後に、中北浩爾『自民党 「一強」の実像』(中公新書) です。著者は一橋大学の研究者であり、政治外交史の専門家です。特に、タイムラインは不明確ながら、戦後政治史・政党史の中での自民党の解明を試みています。分析の視点としては、派閥、総裁選挙、ポスト配分、政策決定プロセス、国政選挙、友好団体、地方組織、個人後援会、そしてもちろん、理念も含めて、あらゆる角度から自民党の本質に迫ります。ただ、著者自身も認めている通り、ここまで長期の政権を維持している政党ですから、硬直的に長期にかわりばえのしない方針を維持し続けているなら、例えば、例は悪いかもしれませんが、社会主義革命だけを目指していたり、あるいは、憲法改正だけを考えていたりすれば、ここまで長期の政権は維持できませんから、臨機応変に方針をコロコロと変更してその時期その時期に対応した政策を実行していたのであろう、ということは容易に想像できようかと思います。私はキャリアの国家公務員として政府に勤務し、現在は研究者ですので生の政治にそれほど近いわけではありませんが、おそらく平均的な日本国民よりは自民党に近いポジションにいるような気もします。その私でも理解できない、というか、知らなかったような制度的、あるいは、歴史的ないろいろな事実を網羅しています。逆から見て、サブタイトルにある現時点での安倍内閣の「一強」の解明はなされていません。ですから、専門外ながら、私の勝手な想像をたくましくすれば、現時点での安倍内閣の「一強」の源泉は経済政策にあると考えるべきです。1992年の米国大統領選におけるクリントン候補のスローガンで、"It's the economy, stupid!" というのがありましたが、まさにそれです。昨年2016年5月28日付けの読書感想文で取り上げた松尾先生の『この経済政策が民主主義を救う』も基本的に同じ趣旨だったことが思い起こされます。私は、左派勢力が共謀罪法案に反対し、改憲を阻止するためには、経済政策による国民からの支持の取り付けにとって、極めて重要だと考えているんですが、それに成功したのが改憲勢力だったのでとても残念です。日銀の独立性の美名の下に、旧来の日銀理論を擁護し国民生活を犠牲にしまくった左派勢力の無策を嘆くとともに、この経済政策の成功こそが現在の安倍内閣の「一強」の大きな要因だと考えるべきです。

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コメント

反抗期の息子さんへの一言、なかなか言える言葉ではありません。素晴らしい。この本はどこかの図書館で借りてみます。「人のために生きる」、私のサラリーマン生活は終わりましたが、それを考える余裕はありませんでした。ちょっと残念です。

投稿: kincyan | 2017年6月28日 (水) 22時00分

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