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2017年12月10日 (日)

先週の読書はまずまず充実の経済書など計6冊!

先週はいろいろあって、昨日のブログに米国雇用統計が割り込んで読書日は1日長めだった影響もあり、また、昨日から今日にかけて母校の京都大学を往復した新幹線でのヒマ潰し読書もありで、経済書も多くて計6冊。以下の通りです。

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まず、井伊雅子ほか[編]『現代経済学の潮流 2017』(東洋経済) です。最近時点における日本経済学会の春季及び秋季の年次総会における会長講演や特別報告、さらに、パネル討論を収録した学会公式刊行物です。もう20年も発行されていて、私は今まで読もうとしなかったんですが、なぜ、急に読む気になったかというと、来年春季大会のパネル討論に参加することになりそうだからです。なかなかに光栄なことだという気もしますが、どうして今まで読もうとしなかったかというと、ハッキリいって余りに高度であるからというのが第1の理由です。判りにくい例ながら、私は少し前までフツーにゴルフをプレーしますが、トップクラスの男子ゴルファーのプレーを見ても、何の参考にもなりません。それと似たようなもんです。第2に、データや分析が細かくなり過ぎた印象もあります。STAP細胞ではありませんが、科学的な見地からはブラックボックスではなく再現可能性という見方も重要です。個票を用いた実証分析は、私もミンサー型の賃金関数を推計したりした経験もありますが、もちろん、インチキの可能性を主張するつもりはないものの、外部の人の再現可能性が極めて限られるような気がします。第3に、本書の最終章で展開されているようなエビデンス・ベースの政策立案はとても重要なことであり、政策効果を出来る限り定量的に「見える化」することは必要なんですが、その定量的に「見える化」した結果を評価する評価関数のようなもの、それがどのようなものかは私にはまだ実感ないものの、そういった評価関数のようなものの開発が立ち遅れているような気がします。まあ、定量的な「見える化」が先行するのは理解できます。そうでなければ、評価関数も出来ませんから、そこは理解するんですが、まったく評価関数の理論的な展開ないままに進んでいる現状には、少し疑問に思わないでもありません。こういった理由から、今まで最新の経済理論に触れることなくダラダラと過ごしてきたんですが、やっぱり、定年退職を前に急に思い立って勉強を始めてもダメだという気がしてきました。短時間でしょうから、パネル討論を乗り切ることを第一義に考えたいと思います。

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次に、高島正憲『経済成長の日本史』(名古屋大学出版会) です。著者は東大社研のポスドク研究者であり、出版社からも理解できる通り、かなり純粋な学術書と考えるべきです。といいつつも、実は、私は京都大学経済学部の学生のころは西洋経済史のゼミに所属していましたので、私にとってはそれなりに馴染みのある分野です。しかし、本書では著者はアンガス・マディソン教授の向こうを張って、超長期の日本経済のGDPを推計しています。古代といえる730年からの推計です。というのも、マディソン推計は、さすがに、そこまで訴求しておらず、しかも、日本の場合はベンチマークがかなり粗くなっていて、本書のような研究も存在価値あるといえます。本書は3部構成を取っており、第1部では農業生産を推計し、第2部では人口の推移を推計し、最後の第3部では農業以外の生産を推計するとともに、GDPとして体系的に推計を進めています。人口データも推計していますので、1人当りのGDPが求められる結果となっています。いずれにせよ、マディソン推計でも、中世以前については、いわゆる生存最低ラインといわれる1人当りGDPで年間400ドル、これは米ドルではなく1990年価格のゲアリー・ケイミス国際ドル単位なんですが、その年間400ドルの生存最低限を少し上回る水準で、かなり恣意的な推計になっている恐れも感じられます。本書によす推計では、マディソン推計をやや上回る1人当りGDPげ推計されている一方で、ポメランツ教授のいう大分岐については、日英間で1人当りGDPを見る限り、かなり早い時期から分岐が生じていた可能性が示唆されています。ただ、本書では延々と根拠とし得る古文書の計数を紐解きつつ、数量的な積み上げによる推計を、方法論とともに詳細に展開しているわけで、私の求めるものは本書の方法論では完全にスコープの外になってしまうんですが、その推計されたGDPの背景となる経済社会の動向についてはまったく無視されています。すなわち、飢饉でGDPが大きく減少したとか、農地の開墾が進んで農業生産が伸びたとか、もちろん、経済史上の大きな論点であるイングランドにおいて産業革命が始まった謎も解明されません。でも、それはそれで、こういった数量的な把握に基づく経済史の研究も重要であろうということは理解すべきです。

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次に、中島真志『アフター・ビットコイン』(新潮社) です。著者は、日銀から大学の研究者に転じていて、要するにそれくらいの年齢だということかと思います。本書の内容を簡単に取りまとめると、ビットコインはもう終わった過去のことだが、ビットコインの記録方式であるブッロク・チェーン=分散型台帳技術は金融にとどまらず、いろいろな分野で大きな変化をもたらす、ということかと思います。ビットコインについては、私もそろそろブームが終了し、終焉の時期を迎えている気はしますが、なくなりはしないと思います。何らかの新機軸が現れた場合、何らかの合法的あるいは非合法的な「お得感」により普及の基礎が与えられる場合があります。家庭用ビデオの場合はポルノでしたし、Airbnbのような民泊の場合は税逃れだった気がします。ビットコインについてはシルクロードのようなご禁制品の売買とか、もっと大がかりにはマネー・ロンダリングだったわけで、現在、ビデオでポルノ以外も見るように、ビットコインでの支払い方法は何らかの形で残ることとは思いますが、現行の現金による支払方法に取って代わることはなかろうと私も思います。他方、ブロック・チェーンは確かにうまく使えばさらに応用可能な気もします。他方で、私は技術的な内容について詳しくないながら、経済社会的な検討が本書では不十分な気もします。要するに、やや楽観的に明るいブロック・チェーンの未来を提示するだけで、その陰の部分に対しては目を閉じさせる内容化という気がします。すなわち、現在の銀行をはじめとする金融仲介機能を基にしたビジネス・モデルが、大げさにいえば、一気に崩壊する可能性を無視している気がします。ブロック・チェーンを用いれば海外送金の手数料などが安くできる、ということは、金融仲介機関の生産性がやたらと上がる、逆から見て、現在の規模の経営体は不要になる可能性が高い、と覚悟すべきです。おそらく、暗黙の裡に著者はブロック・チェーンを用いた金融仲介は現状の銀行などの機関が行うことを想定しているように見受けられますが、それによって銀行は生き残るかもしれませんが、企業規模は大きく縮小する可能性があることは忘れるべきではありません。ドラマの『陸王』などの池井戸作品に登場する一部の日本の銀行マンは、融資などで目利きではないような描かれ方をしていますが、そういったビジネス・モデルが一気に崩壊する可能性もあるわけです。

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次に、鯨岡仁『日銀と政治』(朝日新聞出版) です。作者はいわゆる新聞記者で、日経新聞や朝日新聞、また、分野も政治部や経済部など幅広いご活躍のようです。本書では、1990年代日本経済のバブル経済の崩壊やデフレに入ったあたりから最近時点までをスコープに、特に1998年の日銀法改正からの時期を重視して、経済統計ではなくジャーナリストらしく取材を基にした日銀と政治との関係をあぶり出そうと試みています。日銀の記者クラブ在籍経験があるようですから、いくぶんなりとも、日銀理論に親しみを覚える、というか、極端な場合は洗脳まがいの影響を受けているのではないかと恐れながら読み進んだんですが、さすがにそんなことはなく、もうそんなジャーナリストやエコノミストは一握りなんだろうと思います。ということで、私のように金融政策の部外者ながら、決して、無関係ではない官庁エコノミストからすれば、それなりに興味深い内幕者だという気がします。金融政策、というか、中央銀行の独立という考え方については、先進国ではほぼほぼ確立したと受け止められていますが、物価に責任を持つ中央銀行の金融政策は、当然にして、国民生活と深い関わりを持つわけですので、国民の選好からは逃れることは出来ないと考えるべきです。すなわち、中央銀行の独立というのは、独裁政権におけるものではなく、民主主義下の独立であり、選挙によって表明された国民の選好に無関係ではあり得ません。その意味で、中央銀行の独立を支えるのはその正しい政策決定・遂行であり、白川総裁のころまでの旧来の日銀理論に凝り固まって、国民生活を無視して政策の裁量性だけを尊重させ続けた日銀は独立するに値しない存在だったと私は考えています。そして、2012年12月の総選挙の争点であったように、物価目標を明らかに国民が選んだのですから、政策目標はそれで決まりなわけです。しかし、苦しいところは、現在の副総裁の岩田教授がその昔に主張していた批判は、それはそれで正しかったと私は考えていますが、他方、岩田副総裁も含む執行部で実行している金融政策によっても、サッパリ、物価は上がらず、まったくインフレ目標が達成されない点です。白い日銀理論ではなく、黒い日銀理論でもなく、第3の政策が必要なんでしょうか。私はリフレ派として現在の黒い日銀の政策が正しいと考え続けているだけに、やや当惑しているというのが正直なところです。このままでは日銀が国債をすべて買い切っても物価が上がらないのではないかと大きく心配しています。最後に、300ページの少し前あたりから、現在の黒田総裁以下の日銀執行部を選任する際の候補者が個人名で上げられていて、その個々人について、何がどうだから適任とか、ダメ、とかが余りにもあからさまに記述されています。私は少しびっくりしてしまいました。綿密な取材に基づくものでしょうから、その真実性について疑問を差し挟むことは控えますが、現任の日銀執行部人事であり、もう少し時間を置くとかの配慮はできなかったものでしょうか?

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次に、ジャック・アタリ『2030年ジャック・アタリの未来予測』(プレジデント社) です。著者はフランスの生んだ鬼才であり、トランプ米国大統領の誕生を予言し、マクロン仏大統領を政界に押し上げた、ともいわれています。本書のフランス語の原題は Vivement après-demain であり、訳者あとがきのよれば、「明後日を生き生きと」という意味だそうです。2016年の出版です。ということで、タイトル通りに2030年の予想です。書かれた時点から考えると、約15年後の予想なわけで、著者が1943年生まれだそうですから、80代も後半に達していて、著者ご本人の2030年時点での生死は何ともいえないところかという気がします。それはともかく、国家の運営から個人の生き方まで、かなり破天荒な中身、つまり、ご高齢者の放談に属する内容も含めて、かなり面白かったと受け止めています。まあ、要するに、15年後には何でもアリということなんだろうと思います。2030年ですから、カーツワイルの予言する2045年のシンギュラリティのかなり前なんですが、私が感じた大きな本書の特徴のひとつは、AIやロボットによる労働の代替を含めて、かなり大きなイノベーションを予言している点だという気がします。しかし、その上で、人口動態=高齢化、地球環境問題や特に水資源不足、経済の停滞、経済的不平等の進行、金融システムの脆弱性問題、果ては、民主主義の後退からカルトと原理主義の台頭、さらに、怒りや激怒をモチーフ新たな世界規模の戦争までを可能性として予言しています。これだけ悲観的な予想をいっぱい並べたら、ひょっとしたら、どれかが当たるかもしれない、と現実主義者で正直な人なら感じてしまうかもしれません。ただし、最後の第4章では生死観まで取り上げて、一気に宗教家のような言説を展開し、私のような単純な読者を煙に巻こうかということなんだろうか、とよからぬ想像すら働かせてしまいます。たしかに、いろいろと悲観的な予言を並べる一方で、それを最終章ではひっくり返して見せ、アタリ一流の「未来は変えられる」みたいな、特に根拠ない楽観論を展開し、悲観論と楽観論のバランスを取る、というよりは、最初に書いた通りに、何でもアリな未来をご高齢者の放談めいて書き連ねているような気もします。おそらく、読者によって、そのポジションによって受け取り方が違う気がします。どうとでも読める未来の予言です。

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最後に、木村泰司『西洋美術史』(ダイヤモンド社) です。著者は、美術評論家なのか、西洋美術史家なのか、私にはよく判りません。米国カリフォルニア大学バークレー校で美術史学士号を取得の後、ロンドンにてサザビーズの美術教養講座にて WORKS OF ART を修了したとされていますが、専門外にてよく判りません。本書は4部構成となっており、第1部では古典古代のギリシア・ローマ時代から始まって、宗教の発生や神がいかにして生まれたかについて美術との関係を探り、どうして裸体が彫刻に残されたのかについてなどを開設しています。第2部ではキリスト教の影響の下で、欧州における絵画の発展を跡付けています。ルネッサンスからの文芸復興、そして、カラバッジオが登場し絵画の世界に革命を興します。第3部では絶対王政期からナポレオン期のフランスに着目し、イタリアからフランスに美術の中心がどうして移ったのかを考察しています。そして、第4部では産業革命により文化的な後進国であったイングランドないし英国において美術的な反撃がどのようになされたか、印象派が受け入れられなかった理由、米国マネーが美術界発展に寄与した波形、などなどにつき論を進めています。常識的に知っている内容も少なくないんですが、系統的に取りまとめてくれているのは有り難い限りです。芸術分野としては、ランガーなどの説に従えば、絵画や彫刻などの本書の守備範囲である美術のほか、ノーベル賞の対象にもなっている文学、いうまでもなく音楽、そして、舞踏の4分野が想定されています。どうしても鑑賞に時間がかかる音楽や文学と違って、美術は考えようによっては一瞬で鑑賞が終わりますから、それだけ延々と蘊蓄を傾ける時間があるともいえます。本書で一貫して主張している、感性で見るのではなく、理性で読む美術を身につけるのも国際はビジネスマンの嗜みかもしれません。

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