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2018年3月 3日 (土)

今週の読書は経済書をはじめとしてとうとう9冊読んでしまう!

先週末はいろいろと図書館を回って、かなり集めに集めてしまい、こういうめぐり合わせもあるのかと思うほど予約の本を引き取ってしまいました。結局、各種の読書を合わせて計9冊でした。以下の通りです。

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まず、清田耕造・神事直人『実証から学ぶ国際経済』(有斐閣) です。著者は慶応大学と京都大学の国際経済学を専門とする研究者です。なぜか、私は母校の京都大学の神事教授ではなく、東京にあるという理由だという気もしますが、慶応大学の清田教授と面識があったりします。ということで、かなり標準的な国際経済学の理論モデルと実証について、ヘクシャー・オリーンの要素均等化定理から始まって、とても幅広くサーベイしています。本書では著者が国際経済に関して独自に実証研究をした結果を示している、というわけではなく、定評あるジャーナルなどから実証研究の結果をサーベイしているわけです。最初の方は、ヘクシャー・オリーン定理に基づいて貿易を決定する要因を分析したモデルの実証結果を示し、続いて、クルーグマン教授のまさにノーベル経済学賞の受賞理由となった差別化と規模の経済に基礎を置く産業内の水平貿易の理論モデルと実証を示し、メリット教授の企業の生産性と海外展開に関する新々貿易理論モデルと実証結果にスポットを当てています。第5章以降では貿易政策を分析対象とし、関税や保護貿易の理論モデルと実証結果をサーベイしています。付録として、データの在り処や簡単な入門編の計量経済分析の手法の紹介なども収録されています。全体として、学部生というよりは、博士前期課程くらいの大学院生を対象とするテキストのレベルかと思います。終章で、無作為化比較実験(RTC)に関する脚注で、「国際経済学の隣接分野である開発経済学では、フィールド実験などの手法を取り入れ…」(p.270)といった記述が見られて、私の専門分野の開発経済学は国際経済学の隣接分野なんだ、ということを改めて実感しました。しかしながら、海外生活の経験も豊富で、開発経済学を専門とし昨年は所属の国際開発学会で研究成果の学会発表もしていて、私自ら「国際派エコノミスト」を自称しているんですが、国際経済学に関しては見識があまりないことを実感しました。大学院教育を受けていないから仕方ないのかもしれませんが、それなりに官庁エコノミストとしてのお仕事で実証研究はしてきたつもりですが、この年齢に達してなお勉強不足を感じさせられた1冊でした。

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次に、松島斉『ゲーム理論はアート』(日本評論社) です。著者は東大経済学部教授であり、本書のタイトル通り、ゲーム理論について『経済セミナー』に連載したコラムや賀寿靴論文の解説などを本書で取りまとめています。いろいろな日常生活に関する話題から、ハッキリと日常生活から大きく離れたトピックまで、ゲーム理論でどのように解釈できるかについて数式を交えずに解説を加えています。ただ、冒頭のサッカーのPK戦でゴールキーパーの取るべき戦略について考えた上で、「ランダムに左右に飛ぶ」というのは、ゲーム理論の結果導出される最適戦略としても、やや情けない気もします。それは別としても、本書では、ヒトラーのような全体主義的な独裁制が現出するかどうか、また、オークションなどもテーマとして取り上げ、いわゆるマーケット・デザインやメカニズム・デザインを積極的にゲーム理論により我が国に適用しようという意欲はあるようです。他方、本書の著者らの設計による「アブルー・松島メカニズム」の簡単な解説も盛り込んでおり、アカデミックな自慢話もしたい意欲も大いに感じられます。ただ、悪いんですが、著者ご本人は本書を一貫したテーマで見つめることが出来るのかもしれませんが、一般読者を代表した私の目から見て、ハッキリとバラバラで取りとめないテーマが並べられているように感じてしまいます。メカニズム・デザインに話を絞って入門書的に構成を改めた方がよかった気がしますが、まあ、著者の好みなんでしょうね。また、細かい点を指摘すれば、確かにオークションにおける勝者の呪いは、情報の非対称性のために誤った情報に基づいて高値で競り落としてしまった、ということも出来るんですが、通常は違う理解ではないかという気もします。ヒトラーを支えたアイヒマンに対するハンナ・アーレントの「小役人的」という評価についても、ゲーム理論というよりも、本書でも取り上げられているジンバルドー教授のスタンフォード監獄実験などで示された心理学的な知見に基づいて理解したほうが、一般的にはすんなりと頭に入るような気もします。もちろん、私のような末端のエコノミストでも経済学中華思想というのを持っていて、東大教授がゲーム論中華思想に浸っているのは当然という気もします。ビジネスマンなどの一般の読者には少しオススメしにくい本かもしれません。

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次に、高橋洋『エネルギー政策論』(岩波書店) です。著者はよく判らないんですが、学部レベルでは東京大学法学部を卒業した後、大学院レベルでは東京大学大学院工学系研究科の博士課程を修了して学術博士の学位を取得し、現在は都留文科大学社会学科教授だそうです。本書は出版社の紹介を見る限り、明記はしていませんが、エネルギー政策論の入門編ないし大学の学部上級生向けの教科書を意図して企画されたようです。私の大学生時代は遥か彼方の昔ですが、環境経済学すら講座としては確立されていませんでした。今は、京都大学経済学部にも環境経済学の授業があるようですが、エネルギー政策論については、おそらく経済学部が適切ではないかという気もしますが、大学や大学院のどこの学部に置けばいいのかも確立された結論はないような気がします。その中で、公共経済学や環境経済学はもちろん、安全保障を含む国際関係論、そして、工学的な知識も必要でしょうし、エネルギー政策論は極めて学際的かつ多角的な位置にある一方で、2011年の福島原発事故から、本書でエネルギー・ミクスと呼ぶエネルギーの将来像、もちろん、原発の位置づけも含めたエネルギー調達のあり方に関する議論の必要性が高まっているのも事実です。そういった中で、極めて高品質な試みといえますし、和y太氏のような専門外のエコノミストが太鼓判を押しても仕方ないんですが、確かにこのまま教科書としても適用可能なレベルに達しているような気がします。そして、その昔、私が公務員試験を受ける際にミクロ経済学のテキストは岩波書店の『価格理論』でしたし、岩波書店とはそういった良質の教科書を刊行する出版社のひとつであると目されていました。その面目躍如という気がします。その上で、いくつか指摘しておきたい点があります。第1に、1次エネルギーと2次エネルギーに関して、同じ点と違う点をもっと明確にすべきではないかと思います。現在の技術水準からして、かなり多くのケースでは燃料か何かで熱を発して水を沸騰させて、その昔の蒸気機関の応用でタービンを回して動力を得る、というケースが多いかと思います。もちろん、蒸気機関でタービンを回して電気という2次エネルギーを得る場合もありますし、そのまま動力として用いるケースもあります。私の限定的な工学の知識からすれば、タービンを回さ図に直接電力を得るのは太陽光発電だけです。タービンを回すものの熱は発しないのは風力発電や潮力発電などです。いずれも2次エネルギーである電力を取り出すために用いられると認識しています。この燃料と電力の同じ点と違う点をもう少し工学的な視点と経済学的な視点から解説して欲しい気がします。第2は、細かい点ですが、経済成長と二酸化炭素排出のでカップリングまで取り上げるのであれば、その背景にあるクズネッツ環境曲線も紹介しておけばいいんではないか、という気がします。第1の点に比べて第2の点は極めて些末ですが、経済学、特に私の専門である開発経済学の観点からは決して意味ないことではないと感じています。

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次に、奈良潤『人工知能を超える 人間の強みとは』(技術評論社) です。著者は、私から見ればよく得体の知れない人物なんですが、基本的にはコンサル活動をしているようで、認知心理学者ゲイリ ー ・クライン博士に師事して、クライン博士の教えを忠実に守って普及に努めているようです。そして、本書でもハイライトされているんですが、その教えとは naturalism を邦訳した現場主義の直観による判断、ということになります。そして、そのクライン博士の直観勝負に対比させているのが、とても迷惑そうな気がしますが、ノーベル経済学賞を受賞したカーネマン教授です。コチラは、ヒューリスティックにバイアスがあり、システム1よりもシステム2でじっくりと判断を下すほうが望ましい、という考え方です。本書の著者はかなり手薄な論証でクライン博士の直観勝負こそが人間が人工知能(AI)を超える強みであると結論します。まあ、判らないでもありません。というのは、カーネマン教授や心理学一般で用いられるシステム2の方こそAIが膨大な情報を参照しつつディープ・ラーニングで確立させた判断方法であり、少なくとも情報量の点からは人間の頭脳がAIにかなうわけはありません。ですから、人間がAIに勝てるとすればイステム1の領域であるのは、ある意味で、当然のことだともいえます。ただ、かなりお粗末な議論の進め方であり、人間の強み、特にAIに対する強みが直観に起因するとしても、それを直観で議論を進めているような印象であり、ツッコミどころがあまりにも多くて、逆に、説得的な部分が少ない気がします。AIを否定せんがために、シンギュラリティは来ないというのは言論の自由の一部のような気がしますが、他方で、2045年に来るというカーツワイルを支持する人達もいるわけで、単なる信念の表明に終わっているだけでは、何ともお粗末としかいいようがありません。結論を提示した後はスペースを埋めるのに苦労したようで、ページ数で半分も行かないうちに直観を鍛えるためのトレーニング法の4章とか、5章ではコツの伝授にトピックが移っていきます。そして、6章以下は読むに耐えないので、私はかなり飛ばし読みをしてしまいました。そして、「AI憎し」の思想の普及を図っているのかもしれませんが、もしそうだと仮定すれば、その意図は失敗しています。繰り返しになりますが、心理学的なシステム2では人間はAIに太刀打ちできないことは明らかながら、それをもっと便利に利用するという指向方向が見えません。システム2でAIに負けるならシステム1で勝負、とばかりに、システム1を鍛える方向に話が行ってしまい、支離滅裂な出来栄えとなっています。ここ数年の読書の中でも最低レベルの1冊でした。

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次に、キース E. スタノヴィッチ『現代世界における意思決定と合理性』(太田出版) です。著者はカナダにあるトロント大学の名誉教授の大御所であり、専門分野は認知心理学です。オックスフォード大学出版局から刊行されている判断・意思決定論シリーズの1冊でとして2010年に出版されています。英語の原題は Decision Making and Rationality in the Modern World であり、邦訳タイトルはそのままではないかと思います。ということで、伝統的な主流派経済学がホモエコノミクスとして超合理的な個人の経済行動を分析対象とする一方で、20世紀後半の認知革命から生まれた人間の認知研究や認知科学、すなわち、経済学でいえば行動経済学ですし、心理学ならば進化心理学などで、人間の意思決定における不合理性を次々に明らかにしてきたという歴史的な背景の下に、本書は書かれており、入門編かもしれませんが、確実に学術書と見なすべきです。本書の著者は合理性について道具的な合理性と認識的な合理性の区別を導入しますが、前者の道具としての合理性はまさに経済学の前提とするところであり、効用もしくは利得の最大化を目指す最適化行動の判断といえます。同時に著者は薄い合理性と広い合理性の区別も導入し、実は、本書は最終章に至るまで前者の薄い合理性につき考察の対象としていますが、薄い合理性とは目的の正当性を問わないものと考えてよさそうです。すなわち、ヒトラーが世界征服のためにいかに合理的な手段を取るかどうか、といった判断について考えるものです。本書で展開している合理性、あるいは、現実の人間行動の非合理性については、行動経済書きや実験経済学ではほぼほぼ明らかにされてきており、カーネマン教授がノーベル経済学賞を授賞されたのは、まさにその功績です。ツベルスキー-カーネマンのプロスペクト理論が本書でもスポットを当てられています。また、カーネマン教授の『ファスト&スロー』でも取り上げられていたシステム1とシステム2、ほぼ前者がヒューリスティックに相当するんだと私は考えていますが、このシステムの違いは行動経済学や心理学ではかなりの程度に受け入れられてきています。ですから、入門編の学術書ながら、行動経済学について読書している向きには、特に目新しい要素は少ないような気もしますが、最後の最後にある合理性を合理的に判断するメタ合理性については、何か、目を開かせるものがありました。最後に、学術的にはとてもよく取りまとめられている一方で、経済学と心理学の用語の差なのかもしれないんですが、私には邦訳がイマイチしっくり来ませんでした。

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次に、アーサー・ディ・リトル・ジャパン『モビリティ進化論』(日経BP社) です。著者はコンサルティング・ファームのコンサルタントであり、自動運転やモビリティの観点から、交通サービスの方向性や今後の自動車産業について論じています。昨年2017年2月から7月にかけて、日経テクノロジーオンラインにアップされていた記事を加筆修正して書籍化しているようです。一昨年2016年に同じ出版社からデロイト・トーマツ・コンサルティングの『モビリティー革命2030』という本が出版されていて、このブログの2016年12月24日付けの読書感想文で取り上げていて、かなり二番煎じに近いんですが、まあ、注目の自動運転技術ですし読んでみた、というところです。人口規模と人口密度で都市構造と交通サービスを整理するところまではよかったんですが、世界における交通サービスや自動車産業の動向と日本国内の動きをゴッチャにして論じてしまっていて、かなり整理が悪い気がします。もう少し顧客のことを考慮すれば、この程度の内容では、少なくともトヨタをはじめとする自動車メーカーは食いつきが悪そうな気がします。というのも、本書の結論で注目すべきポイントのひとつは、p.185に示されている各国別の自動運転による自動車生産への影響なんでしょうが、日本が▲18%ともっともネガティブ・インパクトが大きく、米国の▲4%や欧州の▲11%を上回っているわけで、貿易のみならず、国内産業への波及の大きさからいっても、我が国はかなり自動車製造業のモノカルチャーに近い産業構造であり、その昔にコーヒー豆がコケたらブラジル経済がコケたように、自動車産業がコケると日本経済は停滞しかねないわけですから、自動車産業についてはよりていねいな分析がなされるべきです。それが、自動運転やレンタカーに代わるカーシェアリングやUberのようなライドシェアリングで自動車への需要が落ち込む可能性も含めて分析対象となっていながら、コスト面での試算にとどまっているのは不親切な気がします。コンサル的に、というか、オンライン・マガジン的に仕方ないのかもしれませんが、ポンチ絵でごまかしている雰囲気が強く、私には説得力不足と見えました。

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次に、アビゲイル・タッカー『猫はこうして地球を征服した』(インターシフト) です。著者は「スミソニアン」誌のジャーナリストであり、サイエンス・ライターです。そして、何よりも猫好きのようです。英語の原題は The Lion in the Livingroom であり、Carl Van Vechten による The Tiger in the House を大いに意識したものとなっています。2月3日付けの日経新聞の書評を見て借りてみました。その日経新聞の書評では、「昨年暮れ、日本でのネコの推定飼育数がイヌのそれを初めて上回ったというニュースが流れた。その差はおよそ60万匹。ただし、米国ではネコの方が1200万匹も多いという。」としています。私はどちらかんといえば、というか、ハッキリと猫好きであって、母親が好きだったので、京都の生家では猫を飼っていたことが多く、犬は飼ったことがありません。ですから、まったくどうでもいいことながら、私は猫の蚤取りが出来ます。白っぽい猫は蚤取りがやりやすいのも知っていたりします。要するに、私から見て猫はかわいいわけです。ですから、まあ、教養というほどのこともなく、井戸端会議的な雑学知識として本書も読んでいます。現在のイエネコの祖先はリビアヤマネコであり、西暦600年くらいまではいわゆる柄の差はなく、ほとんどすべてが今でいうキジトラの柄だったのが、ここ1000年ほどで柄に差が出て来た、というのは雑学知識としては極めて貴重です。また、洋の東西を問わず、猫は鼠を捉まえると考えられていて、それだけに船に乗せられて世界各地に猫が生息地を広げた、といわれているんですが、実はほとんど鼠を捉まえることはしない、でも、野良犬と違って野生が残っていて自活は出来る、ということらしいです。ついでながら、飼い犬が野良になるとゴミなどの残飯以外には食料確保が難しく、野良犬が子を残すことは極めてまれな一方で、野良猫は大いに食料確保の能力があり、祖先のリビアヤマネコの名から想像される通り、中東のご出身ということでラクダ並みとはいかないものの、水分補給もさして必要とせずに狩りの獲物から生き血をすすり、まったく問題ないようです。私の知る限りの犬と猫の違いとしては、犬は人に住み、猫は家に住む、というのがあって、本書では犬の方はともかく、猫はフェロモンの臭いでコミュニケーションを取ろうとするので場所に住むというのは確からしいというのは確認できました。また、私の父親がよくいっていたんですが、人間とペットの関係は、犬の方が誤解して人のペットになっていて、猫については人の方が誤解して猫をペットにしている、というのがあり、少なくともその雰囲気は感じ取ることが出来ました。特に、インターネットがこれだけ普及し、静止画像や動画が手軽にアップロードできるようになれば、見た目で犬よりも猫の勝ちだと私は考えます。いずれにせよ、食物連鎖の頂点に立つ超肉食獣の猫が大好きな読書子にはオススメできる1冊かもしれません。

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次に、鈴木貴博『仕事消滅』(講談社+α新書) です。オックスフォード大学のフレイ&オズボーン論文などで、人工知能(AI)の深化・普及やそれらをインストールしたロボットにより人間労働が代替されるとの研究成果が示されていて、このブログでも取り上げた記憶がありますが、本書はそれに対してコンサルタントの著者が正面から回答を出すべく試みています。職の数のベースで、すなわち、雇用者の人数ベースではなく、あくまで分類上の職の数のベースでほぼ半数の職が失われる、というぜんていで、本書ではわかりやすく、2025年には、まずタクシーなどのドライバーの仕事が消滅し、金融ではAIファンドマネジャーが人間を駆逐する、そして、2030年には銀行員、裁判官、弁護士助手など専門的頭脳労働者がAIに換わる、さらに、2035年には経営者、中間管理職、研究者、クリエイターもAIに置き換えられ、サラリーマンは逆年功序列化する、としています。特に、専門的な頭脳労働の方がAIに置き換えやすいというのは、常識に反するかもしれませんが、説得的です。というのも、肉体労働に置き換わるロボットについては生産設備の能力の限界があって、そうそうはロボットを製造できない一方で、デジタル・データと見なされるAIについては容易にコピーが可能だからです。そして、職が奪われるという事実に対して、本書の著者はビル・ゲイツのロボットへの課税を換骨奪胎して、ロボットに賃金を支払うようにし、その賃金は政府に収め、それを原資にベーシック・インカムを充実させる、という方向性を打ち出しています。とても斬新です。ロボットの登録には自動車などの登録と同じで車検制度により自動車の整備状況を把握しているのと同じシステムが使えると主張し、実現可能性について決して夢物語ではないと結論しています。ただ、国際的な何らかの抜け穴を国際協調によりふさがないことには、例えば、実体的に中国にあるロボットの製品が日本国内市場を席巻すれば、国内に未登録で賃金を支給されていないロボットがあるのと同じことですから、その国際的な取り決めによる抜け穴の防止は必要です。今週は人工知能(AI)に関する読書を2冊したわけですが、圧倒的に本をが優れています。ロボットへの賃金支払い、というか、課税とベーシック・インカムを組み合わせて対応するというのは理論的にはあるいはかなり優れていそうな気がします。ただ、大きなハードルは、裁量労働制の拡大による剰余価値の獲得に熱心な経営者なのかもしれません。

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最後に、ピーター・トレメイン『修道女フィデルマの挑戦』(創元推理文庫) です。著者は英国の歴史家であり、同時に、アイルランドの歴史やケルトの歴史文化についてノンフィクションや学術論文を発表しており、その道の権威でもあるようです。この修道女フィデルマのシリーズは7世紀後半のアイルランド南部を舞台に、アイルランドの5王国のうちのモアン王国の国王の妹であり、修道女にして、古代アイルランドのブレホン法の弁護士・裁判官の資格も持つ美貌の女性フィデルマが探偵役を務めるミステリです。主人公フィデルマはシリーズの進行とともに年齢を重ねて行っているようですが、20代後半から30前後に達しています。相棒として、ホームズに対するワトソンやくではないんですが、サクソンの修道士エイダルフが配されることも多くなっています。ネットで調べる限り、このシリーズは20作を超えていますが、2012年でストップしているようです。なぜか、邦訳の発行順が原書と違っていて、私は原書の発行順に邦訳を読んだのでOKだったんですが、邦訳書の発行順に読むとかえって混乱しそうな気もします。本書は邦訳では3冊目の短編集であり、学問所入所直後にフィデルマの身の回りの品を入れたポウチ紛失の謎を解く「化粧ポウチ」、学問所の最終試験の課題として出された頭蓋骨消失事件に挑む「痣」、そして学問所を卒業後、ドーリィの資格を得て修道女になってからの4つの事件、すなわち、殺された女性の身元と犯人を推理する「死者の囁き」、3晩続けて聞かれた死を告げるバンシーの声の正体を解く「バンシー」、有名なローマ第9ヒスパニア軍団の鷲の謎にフィデルマが挑む「消えた鷲」、消えた川船にまつわる犯罪を暴く「昏い月 昇る夜」の全6編を収録しています。第5話は500年ほど昔の謎に挑むということで、御手洗潔のシリーズのような立てつけだったりします。私は本シリーズは邦訳が出版されている限り、すべて読んでいますが、主人公のフィデルマが王妹としての身分も、ドーリーとしての学識も、とても優れていることは確かにしても、それにしても、極めて高ビーで威圧的な態度で事件解決に当たる一方で、古代アイルランドの法体系や基本的な意識が近代の男女同権や個人の方の下での平等などに極めてよく合致しており、どこまでが歴史的な事実か、それとも創作家は知りませんが、主人公には好感持てないものの、法体系や社会的な制度体系にはそれなりの好感を持って読み進んでいます。なお、11世紀イングランドの修道士カドフェルを主人公にしたエリス・ピーターズ作のミステリのシリーズと合せて読むと、数百年の間にほとんど中世という時代は進歩していないんではないか、と思わされてしまいます。

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