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2019年7月17日 (水)

日銀の考える「賃金上昇が抑制されるメカニズム」やいかに?

先週7月12日金曜日に日銀ワーキングペーパー「賃金上昇が抑制されるメカニズム」が、日銀調査統計局の職員と東大社研の玄田教授との共著で明らかにされています。もちろん、pdfでもアップされており、ダウンロードができます。玄田教授は、先年、『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』という本を編集しており、私もこのブログの2017年5月20日付けの読書感想文で取り上げています。ということで、本論文を私が読んだ範囲でのエッセンスについて簡単に取り上げると以下の通りとなります。

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まず、第1に、本論文では、非正規雇用の労働市場がルイス転換点を迎えると、それ以前に比べて賃金はより急速に上昇する、と基本的な考えを明らかにしています。それが上のグラフで、ワーキングペーパーの p.4 (図表2) から引用しています。ルイス転換点に達すると労働供給曲線の傾きがスティープになります。ただ、上のグラフの右上がりの太線の労働供給曲線が賃金に対して弾力的であれば、すなわち、少しの賃金上昇で労働供給が大きく増加するのであれば、均衡賃金の増加は小幅にとどまり、2000年代には非正規雇用の労働供給の主要な担い手であった女性や高齢者は、まさに、この通りに労働供給の賃金弾力性が高かった、と指摘しています。
第2に、企業マインドや企業行動のひとつのパターンとして、賃金の上方硬直性を指摘する見方も紹介されています。すなわち、賃金はもともとケインズの指摘を待つまでもなく下方硬直性があるわけですが、この下方硬直性に起因して、将来の賃金引き下げを回避するために現時点では賃上げしない、という企業マインドや企業行動が観察されると指摘します。

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第3に、ルイス転換点にホントに近づいているのか、という疑問に答えるため、留保賃金の動向からの分析があります。それが上のグラフで、ワーキングペーパーの p.10 (図表4) から引用しています。私はこの点がもっとも大きな疑問となっており、実は、ルイス転換点はまだそれほど近づいていないのではないか、別の表現をすれば、賃金上昇がみられない現状は完全雇用ではない、と考えなくもないんですが、この疑問にかなり正面から回答しようと試みています。その結果、男性と55歳以上高齢者は留保賃金が高くてまだルイス転換点には近づいておらず、潜在的な労働供給拡大の余地が残されている一方で、女性は留保賃金が低くてルイス転換点が近づいており、女性の労働供給をさらに増加させるためには大幅な時給上昇は不可欠、と結論しています。追加的に、労働力調査のフローデータの分析から、労働力人口ストックの拡大は女性と55歳以上高齢者が労働市場から退出あるいは引退しないことにより押し上げられていると指摘しています。

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第4に、ある意味で日本的な賃金支払い方法として賞与の分析がなされています。それが上のグラフで、ワーキングペーパーの p.28 (図表20) から引用しています。見れば理解できる通り、特別給与=賞与は好景気-賃金上昇局面と不況期-賃金抑制局面で非対称性があり、企業の売上高利益率の1%の下落は今期のボーナスに対して4~5%程度の変化をもたらす一方で、利益率1%の上昇はボーナスを1~2%程度しか押し上げておらず、ボーナスには賃金上昇を抑制する方向での非対称性が存在する、と結論しています。ただ、惜しむらくは、この非対称性の原因は追求されていません。加えて、ボーナスと雇用流動性や転職との関係も分析されており、特別給与は人材流出対策として中高年よりも流動性が高い若年に手厚く配分されてきており、この点も賃金上昇を抑制する要因のひとつとなっていると指摘しています。
最後に、必ずしも賃金上昇に完結するトピックではなく、賃金上昇から物価上昇につながるルートについても分析が行われており、賃金と生産性と単位労働コストの関係については、特に、製造業、建設業、飲食・宿泊業等で賃金上昇を生産性の向上が相殺し、単位労働コストの上昇を抑制して、さらに、物価上昇に波及しないようなメカニズムができている、と指摘しています。ただし、運輸・郵便業では生産性向上は見られるものの、人手不足による賃金上昇の方が大きく、単位労働コストは結果として上昇しており、また、医療福祉業では賃金上昇とともに生産性も低下しており、単位労働コストが上昇している、と結論しています。
最後の最後に、今後の課題として上げられているうちで私の目を引いたのが、外国人労働者の就業は人工知能(AI)による技術革新とともに、労働需要の増大を緩和し賃金上昇を抑制する可能性です。その通りだと思います。

途中でも書いたように、私は、ホントに労働市場がルイス転換点に近づいているのか、別の表現をすれば、フィリップス曲線の傾きがスティープになる局面に入っているのか、その意味で、ホントに人手不足なのか、という疑問がありました。本論文による留保賃金の分析から、その点はかなりクリアになった気がします。ただ、1点だけマクロ経済の観点から労働分配率の低下が見逃されている気がします。すなわち、昨年2018年8月23日のこのブログで取り上げたように、IMF Working Paper WP/18/186 では、「先進国において雇用保護規制の緩和は15パーセントに相当する平均的な労働分配率の低下に寄与した可能性がある」("job protection deregulation may have contributed about 15 percent to the average labor share decline in advanced economies") と指摘しており、この労働分配率の低下が賃金上昇の抑制にどのような影響を及ぼしたのか、あるいは、逆なのか、すなわち、賃金上昇の抑制が労働分配率の低下につながったのか、が残されたマクロ経済学的な論点のひとつだという気がします。

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