今週の読書は歴史書ばかりで計4冊!!!
今週の読書は、先週末から読み始めて、水曜日10月20日に読書感想文をアップしたケルトン教授の『財政赤字の神話』がメインになってしまい、それ以外は4冊、すべて歴史に関する本ばかりで以下の通りです。
まず、金井雄一・中西聡・福澤直樹[編]『世界経済の歴史[第2版]』(名古屋大学出版会) と河崎信樹・村上衛・山本千映『グローバル経済の歴史』(有斐閣アルマ) です。とてもよく似たタイトルの2冊ですから、内容も大きくは異なりません。どちらも学術出版社からの出版です。ただ、前者は経済史、後者は経済の歴史、というのは同じようでいて、実はかなり異なっています。また、上の画像だけを見ると判然としないんですが、やや大きさが異なります。上の『世界経済の歴史[第2版]』がA5版なのに対して、下の『グローバル経済の歴史』はいわゆる四六判で少し小さくなっています。ページ数は変わりありませんが、大きさの分、『世界経済の歴史[第2版]』の方がいっぱい詰め込んである印象です。ということで、どちらも経済の歴史をグローバル・ヒストリーの連関関係で見ているわけですが、私の直感的な印象では『世界経済の歴史[第2版]』の方が経済的な見方が多く、『グローバル経済の歴史』の方は歴史的な見方が支配的な気がします。どちらも、従来の世界史的な王朝史ではありません。私自身は『世界経済の歴史[第2版]』の歴史観の方に馴染みがあり、ある程度は主流派経済史のノース教授などの制度学派的な色彩を持ちつつ、マルクス主義的な発展段階論も踏まえています。『グローバル経済の歴史』はもっと素直に、というか、何というか、特段のバックグラウンドなしに歴史を歴史そのままに記述している印象です。読み比べたわけではありませんが、ボリュームの要素もあって、『グローバル経済の歴史』は通史で終わっていますが、『世界経済の歴史[第2版]』は第Ⅰ部で通史を記述した後、第Ⅱ部ではテーマ別の歴史に取り組んでいます。一昨日のケルトン教授の『財政赤字の神話』を読んだばかりだったので、『世界経済の歴史[第2版]』第Ⅱ部第9章 信用システムの生成と展開が面白く読めました。MMTだけでなく、本書でも「はじめに預金ありき」で、預金を原資に信用が展開される、という議論は明快かつ徹底的に否定されています。すなわち、原初に預金を集めたから貸出ができる、というわけではまったくなく、銀行がかすから預金が増える、というメカニズムであると冒頭から指摘され、金匠のゴールドスミスの証券から始まるという信用の歴史が明らかにされています。また、京都大学経済学部の恩師は西洋経済史とともに、経営史の講義も担当していたのですが、その経営史についても幅広く議論されています。シュンペーターやチャンドラーの経営史的な貢献などです。いずれにせよ、歴史学については、というか、経済史については展開の歴史がハッキリしており、マルクス主義的な色彩の強い発展段階論から、経済発展論や成長論が展開され、先進国を対象とする成長論を発展途上国に応用して従属理論となり、このあたりから経済史と開発経済学が分岐し、前者はウォーラーステインの貢献などにより世界システム論となり、最終的に現在のようなグローバル・ヒストリー論に結実しています。単なる歴史ではなく、経済史、あるいは、経済に焦点を絞った世界史なのですが、なかなか勉強になります。少し前に流行った高校の世界史をやり直すよりは、こういった経済史の本を読む方が私にはあっている気がします。強くします。
次に、濱口桂一郎・海老原嗣生『働き方改革の世界史』(ちくま新書) です。著者は、厚生労働省出身の労働研究者と労働に詳しいジャーナリストです。私は研究機関でごいっしょした経験もありますが、ほとんど面識はありません。そして、ややタイトルに「難あり」なのですが、話題を呼べそうなので働き方改革を前面に押し出しているものの、それが100%間違いとも思えませんが、実は、労働運動ないし労働組合の歴史とした方が、より正しく本書の中身を反映しているように考えます。特に、主要な中身は12講から成っており、労働関係の古典的な学術書を読み解く形で、私の好きな方法論だったりします。主要な歴史の流れに沿って、団体交渉や争議などの集合取引という労使対立のから始まって、労働者の経営参加や共同経営といった労使の協調の考えが取り入れられ、その2本足で労働運動が進められてきたとの歴史的な解明がなされています。ただし、これは大陸欧州の場合であって、英米のアングロ・サクソンでは相変わらず前者の集合取引一本槍で、逆に、日本では労使協調が主流になっているのはよく知られた通りです。もちろん、21世紀に入ってからは、日本に限らず、英米や大陸欧州でも労使対立的な色彩が徐々に薄れ、というよりも、労働組合の組織率がどの先進国でも大きく低下しているのが事実でしょう。こういった点は、最後の12講で唯一我が国研究者の本が取り上げられ、そういった労使関係の二元的な側面が特に強調されています。最後に、本書でも何度か言及されているように、日本でも少し前までは労働運動や労働組合といえば、かなりの強者の論理に支配されており、正規雇用の熟練工などのための活動だった気がします。すなわち、主婦のパートや学生アルバイトなどといった非正規雇用はお呼びではなかったわけで、その意味で、昨今の格差拡大にはどこまで力が及んだかは大きな疑問です。私の勤務する大学でも、日本では特に世代効果が大きいと認識されており、従って、景気後退期に就職する学生諸君の生涯賃金はかなり低下し、その影響は米国などと比べてかなり長期に及びます。これから先の方向として、こういった世代効果も含めて、旧来の賃金や労働時間などの狭い意味の待遇だけでなく、社会一般における格差の問題や非正規と正規の同一労働同一賃金の実現に向けて、労働運動や労働組合の果たす役割は大きいと私は認識しています。私も、大学教員に再就職して、役所勤務のころは管理職として労働組合を長らく離れていましたが、もう一度組合員となり、いろいろと考えを巡らせたいと思います。
最後に、本郷和人・井沢元彦『疫病の日本史』(宝島社新書) です。著者は、東大資料編纂所の研究者と作家です。両者の対談が主要な部分を占めています。私はこの両者による同じ出版社からの『日本史の定説を疑う』を読んだ記憶があります。やっぱり、対談を基にしていました。ということで、ハッキリ言って、どうということもない内容です。相変わらず、社会全体が右傾化する中で、「日本人すごい論」がいっぱい出回っていますが、本書も、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染者や死者が日本では少ないという「事実」について歴史的な解明を試みています。ただ、結論はややお粗末で、「穢れを嫌うから」という1点で終わっています。それを延々と歴史的に解説しているだけであり、そもそも、我が国がCOVID-19のパンデミックを避けられたのかどうかは、現時点で判断するのはややリスクが伴う気がしますし、実は、PCR検査が他国と比較して圧倒的に少なく、症状のない感染者を見逃している可能性については認識が及んでいないようです。加えて、日本に伝統的な神道が穢れを嫌い遠ざける一方で、古典古代期に海外から導入された仏教は穢れを救う、とか、宗教的な見方が示されているのはやや笑いを誘う部分があり、私は通勤電車で読んで笑ってしまって、ややバツの悪い思いをしたりしました。宗教に関しては、ルネサンスや宗教改革がペストの流行を一因とするのはその通りなのですが、そもそも、キリスト教が下層階級から受け入れられ始めたのがペストを一因とする点についても考えが及んでいないようです。明治維新直前の孝明天皇が天然痘で亡くなったのは、細菌テロの可能性があると示唆していますが、そもそも、明治期に入ったあとでドイツに留学した超優秀な陸軍軍医だった森林太郎が脚気の治療で大間違いをしたほどのレベルの医療情報しかないわけですので、明治以前に細菌テロが可能とも思えません。私は歴史も科学的に研究すべきだと考えていますし、単に、他の人が知らない面白そうな事実を並べればいいというものではないような気がしています。
| 固定リンク
コメント
グローバル経済の歴史の二冊は面白そうですね。図書館に予約を入れておきましょう。しかし、読むスピードがおそいので、たまる一方です。入門・日本経済ですら、まだ積んだままです。
投稿: kincyan | 2020年10月30日 (金) 08時50分
私は、今を去ること40年以上も昔に、歴史にするか、経済にするかで、結局、間を取って経済史を勉強することにして経済学部に進学したわけですが、いろいろと稼ぎの基になっているとはいえ、歴史の面白さは忘れることができません。これからも歴史書はたくさん読むと思います。
投稿: ポケモンおとうさん | 2020年10月30日 (金) 23時29分