今週の読書は経済学と政策形成の歴史に関する経済書をはじめとして計5冊!!!
今週の読書は、経済学がいかに政策へ反映されていったかの歴史を紐解いたジャーナリストの手になる経済書のほか、将棋界に大きな旋風を巻き起こした藤井聡太八段の勝負の歴史、さらに、メディアやプロパガンダに関する新書の新刊書計4冊、それに、1年半前のミステリ話題作を含めると計5冊です。
まず、ビンヤミン・アッペルバウム『新自由主義の暴走』(早川書房) です。著者は、ニューヨーク・タイムズのジャーナリストです。英語の原題は The Economists' Hour であり、2019年の出版です。邦訳タイトルはやや意訳が過ぎており、たしかに、結論としては新自由主義ネオリベ経済学の役割が終了したという結論であることは私も同意するものの、少なくともネオリベが暴走したことをジャーナリストとして跡づけているわけではありません。そうではなく、本書は基本的には欧米において経済学がどのように政策形成に影響を及ぼしてきたかについて歴史的な考察を加えています。戦後すぐの米国アイゼンハウアー政権発足のころまではほとんど経済学、あるいはエコノミストは政策形成に影響を及ぼしたとはみなされておらず、ケネディ政権でケインズ政策が本格的に取り入れられるようになり、ニクソン大統領は「今や我々みんなケインジアンである」という人口に膾炙したセリフを口にしたわけですが、その後、1970年代の2度の石油危機からインフレ抑制に失敗したケインズ政策がマネタリズムを始めとするネオリベ経済政策に取って代わられ、1980年前後から政権についた米国レーガン政権、英国のサッチャー政権でネオリベ経済政策が実践され、サプライサイドの重視による減税や規制緩和も含めて、いかに経済的な格差の拡大をもたらし経済を歪め、現在の長期停滞をもたらしたかを明らかにするとともに、2008-09年のリーマン証券破綻後のGreat Recessionでネオリベ政策に終止符が打たれて、ふたたびケインズ経済学に取って代わられるまでの歴史的な経緯をたんねんに追っています。ただし、ジャーナリストらしく、中心に据えられているのは経済学の理念とか方法論ではなく、原タイトルにもあるようにエコノミスト個々人に焦点が当てられています。もっとも、マネタリズムとかのネオリベ経済学がすべて否定されているわけでもなく、典型的にはマネタリストの中心人物だったフリードマン教授が強烈に主張した変動為替相場は今でもEU以外の主要な先進国では堅持されているわけで、経済政策のすべてが大きくスイングしたわけではありません。なお、本書後半で、私が外交官として3年余りを過ごしたチリが取り上げられています。フリードマン教授に率いられたシカゴ学派のシカゴ・ボーイズがピノチェット将軍がクーデタでアジェンデ政権を転覆させた後、民主的ならざる方法でネオリベ政策を展開した例として持ち出されています。現地で経済アタッシェをした経験から、かなりの程度に正確な分析と受け止めています。
次に、朝日新聞将棋取材班『藤井聡太のいる時代』(朝日新聞出版) です。著者は、朝日新聞のジャーナリスト集団であり、テーマは今をときめく藤井聡太八段です。2016年に史上最年少で四段に昇進してプロ棋士の仲間入りを遂げると、そのまま公式戦での連勝を29まで伸ばして、現在は王位と棋聖の2冠を手中にしています。その藤井聡太八段を2002年の誕生から直近まで朝日新聞のジャーナリストがていねいに取材して構成しています。各章のタイトルが、修行編、飛躍編など、いかにも棋士らしいタイトルにされており、読書の際に心をくすぐられます。私はそれほど藤井八段に関係する本を読んでいるわけではありませんが、本書では中心は人柄とか周囲の人間関係とかに置かれているのではなく、そのものズバリの勝負の軌跡がメインとされています。ですから、まったく将棋のシロートである私にはムズいところがあり、加えて、勝負の展開を中心に据えているにもかかわらず、盤面がほとんど収録されていないので、理解がはかどりませんでした。でも、私も藤井八段がおそらく数十年に一度の棋士であろうことは理解できますし、こういった形で誕生からの歴史を取りまとめておくのも大きな意味があると思います。私なんぞのシロートではなく、将棋にたしなみがあり、藤井八段のファンにはたまらない読書になると思います。
次に、佐藤卓己『メディア論の名著30』(ちくま新書) です。著者は、京都大学の研究者です。タイトル通りに、メディアの名著30冊について、大衆宣伝=マス・コミュニケーションの研究、大衆社会と教養主義、情報統制とシンボル操作、メディア・イベントと記憶/忘却、公共空間と輿論/世論、情報社会とデジタル文化の6分類で紹介しています。専門外の私が読んだ記憶あるのはパットナム教授の『孤独なボウリング』くらいのもので、書名を聞いたことがあるものですら、リップマンの『世論』とマクルーハンの『メディア論』のほか極めて少なかったです。私は基本的に、原典に当たるのがベストと考えていて、報道を引いてツイートするのとか、書評でもって読んだ気になるのは戒めているのですが、メディア論という専門外の分野では、こういった新書に目を通して古典的な名著を読んだ気になるのもいいかもしれないと考えてしまいました。
次に、内藤正典『プロパガンダ戦争』(集英社新書) です。著者は、現代イスラムの地域研究を専門とする同志社大学の研究者です。本書の副題は「分断される世界とメディア」となっており、この副題の方が本書の中身をより正確に表しているような気がします。というのも、分断の基となったメディアの報道を引いていて、そういったカッコつきの「プロパガンダ」が分断を引き起こしたといえなくはないものの、結局、イスラム世界の擁護に回っているとしか思えません。私はインドネシアに3年間家族とともに暮らして、宗教的にも地域的にもイスラム世界に偏見や差別は持たないと考えていますが、タイトルからしてプロパガンダによってイスラムや中東世界が先進諸国から分断されている、といいたいんだろうと読んでしまい、かえって逆効果のような気がします。
オマケで、相沢沙呼『medium』(講談社) です。著者は、ミステリやラノベの分野の作家であり、私は初めてこの作者の作品を読みました。約1年半前の2019年の出版であり、私がこのブログで取り上げる新刊書ギリギリ、もしくは少し外れ気味かもしれませんが、一応、最後に取り上げておきたいと思います。というのも、何せ、出版社の謳い文句そのものに、第20回本格ミステリ大賞受賞、このミステリーがすごい! 1位、本格ミステリ・ベスト10 1位、SRの会ミステリベスト10 1位、2019年ベストブック、の五冠を制したミステリ作品だからです。タイトルのmediumとは「霊媒」という邦訳が当てられており、その複数形がまさにメディアなわけです。ということで、霊媒探偵が降霊によって犯人を特定するというミステリにあるまじき反則技、まさに、ノックスの十戒に真っ向から反するような謎解きに見えるんですが、実はそうではなく緻密な推理による謎解きが最終章にて明らかにされます。極めて論理的な解決です。その意味で、明らかに本格ミステリといえます。ただ、別の観点からはやや反則気味であると指摘する識者もいる可能性は私も否定しません。この「別の観点」は明らかにしないのがミステリ作品紹介の肝だと思います、というか、この点を除けば、本格ミステリ好きのファンには大いにオススメです。本書だけは、別途、Facebookでも紹介してあります。
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